鼠依ダイダラの異世界大冒険
ワールド様の世界に行く前のダイダラじゃ。
1話「どこかの世界」
この世界は理不尽だ。私の今いる世界はいつも戦争が絶えなかった。私はいつも人を殺した。平和なんて言葉は、平民は赤子にさえも聞かせてはいけない禁句だった。
だが私は密かに平和を願った。私にとって大切な家族の平和を祈ることは重要なことだった。
この世界から戦争がなくなることはない。この世界は理不尽だからだ。一部の上部の人間のために、この世界はある。
そいつらがこの世界を握っている。そいつらの金のために戦争がある。
この世界の空は赤い。爆撃の赤だ。どうしてこんなにも、私たちは殺し合うのだろう?
今日もまた人を殺した。今日から娘に殺しの技術を教えないといけない。病気の息子は戦えない。本来なら戦えない人間は殺すべきだが、金を払って生かしている。
「おかぁちゃん」
「どうしたの」
「あたし……人殺しになりたくない」
私は彼女を抱きしめてこう言った。
「……おかぁちゃんが人を殺すのはいいのね?」
目を見開いて震えて泣いているのがわかる。かつて私も父にこう言われたからだ。
逃げられない現実。彼女は泣きながら言った。
「あたしも病気に生まれたかった」
そうだね、私もそう思うよ。でもね?
「大切な人を守るんだよ」
私は恋人を守れなかった。双子の子供、娘と息子を産んだ後、私を守るために戦った恋人は、婚姻を結べる前に亡くなった。
故に私に夫はいない。彼が弱かった、それだけだ。
弱い彼の子を産んだ私は強い子を育てる義務がある。娘に技術を教えながら、私はその『才能』に驚いた。娘はみるみる内に成長していき強くなる。
私は自分が育てる才能があるのか、娘が吸収する才能があるのか、そもそも私に殺しの才能があるのが受け継がれているせいなのか、分からなかった。
ただ分かるものもあった。それは人間という者の限界だ。組織に所属している以上、歯車の一部として働かざるを得ない。
だから人間として生きる上で、上に逆らうのは死を意味した。
切られれば死ぬ。逃げるしかなくなる。堕ちていく。その程度の存在。
「この世界は理不尽ね」
いつしか私の口癖になったこの言葉。せめて、娘と息子は守りたい。
父も母も、もうこの世界にいない。だから子供たちは守りたい、そんな時だった。
私が出張に出ないといけない時だった。娘は弟を守ると誓った。
私が帰ってきた時、そこに家はなかった。爆撃の中、子供たちを失ったのかと、私は泣いた。
「この世界は理不尽ね」
私は涙を拭きながら立ち上がった。私から奪った奴らを殺さないといけない。そう思った時だった。
「お前が根住か」
私のコードネームを呼ぶ声が聞こえた。振り返ると男が立っていた。
「お前に情報がある。お前の息子は生きている。死なせたくなければこの女を殺せ」
私はその情報を見た時、全てを悟り笑った。笑って目の前の情報を首を落として消して、現場へと向かった。
そこには一人の少女が立っていた。全くもって、理不尽なものだ。私は標的に向かって言った。
「息子のために死んでもらうわ」
少女は仮面を付けていた。そして泣いていた。私と彼女のバトルが始まった。
拮抗する実力、この歳でこれ程までの実力があるのは素晴らしい。きっと才能があるのだろう。
私は全力で向かった。一瞬の出来事だった。彼女は手を緩めた。
どうしてそんな事をするのかわからない、私は首元に刃を向けて止まった。
「どうして手を止めた?」
「………………」
「甘ちゃんね、ところであなたの弟は助かるの?」
彼女は目を見開いて飛び退いた。
「約束くらい果たしなさい。お姉ちゃんでしょ」
私は絶対に手を緩めない。私を越えられずしてこの理不尽な世界を生きられるはずがない。
いくつかの金属音のあと、一瞬の隙をついた彼女のナイフが私の腹に刺さった。
「気づいていたの? おかぁちゃん」
「いいこと? この世界は理不尽よ。守りたいと思ったものを守り抜きなさい」
「あたしは……おかぁちゃんも守りたかった……」
「ありがとう、優しい子ね。その優しさは内側に秘めなさい。私もまた、父や母を越えて彼を選んだのだから。生きて生きて生きて……」
大切な人、湯九の……彼の子供を守ると誓った。たとえこの命を捨てようとも。たとえ世界を恨もうとも、たとえ神を殺してでも、私は私の道を行く。
私は私の平和を願う。私の大切な人の平和を。この世界が理不尽なのは、神がそう作ったから。私は一人の人間だ、神には敵わない。
もしいつか、神様に生まれ変わったら、世界を変えてみせる。理不尽な世界から世界を救ってみせる。
彼女がナイフで心臓が止まるまで刺す最後の処理を終えるのを見守りながら、私は目を閉じた。
もしあの世があるなら、理不尽ではない世界がいいと願う。
人は変わらなくても、きっと世界は変わるはずだから。
神という名の人が作った、有能な人のための世界なんて……真っ平御免だ。
どちらにせよ、もうこれで私の生は終わる。あの世では楽にさせてくれよ?
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目を開けろという声が聞こえた気がした。
2話「その世界は」
「ようやく目を開けたな」
「誰だお前は」
空中に浮かぶ私は、慌てることもなく光の塊に問う。空が光り輝き出した。
「よくぞ来た、彼の国の者よ」
荘厳な顔の光り輝く者が現れて大きな声で言った。
「お前は生まれ変わり、鼠依ダイダラとなった!」
「はぁ?」
「お前は、鼠依ダイダラとして、神として生きるのだ」
「お前が神ではないのか?」
「私も神だ」
その光の塊の言い方だと、私も神として生まれ変わるらしい。
「断ることもできるぞ」
「断ったらどうなる?」
「元の世界に帰そう」
あの世界は理不尽だ。絶対に嫌だ。何より私が神になるなら色んなことができるようになるだろう。好都合だ。
「受けよう」
「では行け! ダイダラよ、期待しているぞ」
説明不足なんて、いくらでもどうとでもなる。それよりパラシュートもなしに、このまま落ちて死ぬなんてことも勿論ないんだろうね?
私は空の旅を謳歌しながら、そんなことを考えていた。古臭く小さな世界だと思っていた。だがこの認識は後に変わることになる。
少なくとも私の元いた世界より広かったからだ。地上に降り立ち、町を探した。
町に着き人々に声をかけたが、誰も私の事を見ない、見えていない。なるほど、これが神か。ではどうしたらいいのか?
神が行くべきは教会だろうと踏んで、教会の扉に手をかけようとしたら、触れず転んだ。
「大丈夫ですか?」
私に声をかけるものがいた。私はやれやれと立ち上がり彼を見た。
栗色の毛に幼い顔立ち、小柄な子供だ。
「あなたは神様ですね?」
「わかるのかい?」
「僕は禰宜ですので」
ネギ……わからない。なんのことだ? 聞いた事のない文化だ。
「ああ、えっと、プリーストと言うべきでしょうか?」
うーん? いやなるほど、異文化か。変な格好をしているからわからなかったが、これが神を迎える格好か。
「僕と一緒に人助けしてくれませんか?」
「いいだろう。私は鼠依ダイダラ。君は?」
「ユグです」
「な……え?」
私は固まってしまった。ユグ、湯九と同じ名前か? そういえばどことなく、彼に似ている気がする。
「どうしたんですか?」
「いや、すまない。ちょっと驚いてしまって」
私はユグと繋がった。
それから沢山の人たちを救ってきた。沢山の魔王や魔族、邪神を殺してきた。そうしてある時、気づいた。
「この世界は……理不尽ではない」
私という神がいれば、皆救われるのだ。私が皆を救えるのだ。私は人を超えた存在なのだ。
だがこのままだとまずいのもわかった。チュートリアルを終えたとワールド様に言われた私。神は私だけではない。邪神は元々神だ。そして私のようにこの世界に喚ばれた者だ。
彼らは力をつけていた。私も力をつける必要がある。そしてユグと共に見つけた。
「ここですね。ダイダラ様、気をつけて」
私は中に入り、ワールド様、ゴッド様に会った。二段階目の神になり私は益々強くなる。
同時に私はユグを愛した。絶対に守ると決めた。私が守ると決めた者が守られないはずがない。神は子供が作れないそうだが、愛は作れるはずだ。
前の世界で守れなかった湯九の代わりに彼を愛し守ると決めた。
そうして旅を続けた。人を救う旅は、とても楽しかった。争いがなかったわけではない。だがこの世界の人は生きることを楽しんでいた。
悪は許せなかったが、悪もまた楽しみのために生きていた。
人を殺すことばかりのあの世界とは違う、この世界なら平和を見れるかもしれないと思う。
神も完璧ではない。だがそれはきっと、段階を経たら変わるはずだ。
力こそ全てだ。変わる、きっと変わる。私はもう平民のあの頃ではないんだ。
上の人間になった、上の神になったんだ。だからもう世界を変えられる。
この世界を救ってみせる。ユグとならできる。
「ダイダラ様」
「ユグは心が読めるんだったね」
「きっと世界を救いましょう」
「ああ、愛するユグ。私たちならきっと救える」
私たちは旅する中で三段階目にもたどり着いた。光か闇を選択するのに当然私は光を選択した。この世界を照らす光に私はなるのだ。
三神のワールド様、ゴッド様、エッセンス様は中々素晴らしい方々だ。この世界の仕組みは素晴らしい。これならきっと理不尽なことなど起こらない。完璧な世界だ。
後は私ができる努力をしたらいいだけのはずだ。力を得る、神にできることを増やす。
私は旅の中で、雷依インドラ様に力を授けてもらった。神のエネルギーを見る目はとても素晴らしい。
まだ勝てないだろう相手には絶対に挑まない。力をつけて殺せばいい。
そうしてユグと旅を続けていたら、ユグにも変化はあった。ユグの方からも私のことをちゃんと見てくれるようになった。
最初は恥ずかしがっていたユグも私を見て求めてくれるようになった。
触れ合うしかない、性的な体の関係ではないが嬉しかった。愛し合うということに満ちていた。
頬を撫でると嬉しがる仕草が可愛かった。ユグの全てが好きだった。
私はこの世界をとても愛している。だから魔王や魔族や邪神から、私はユグと世界を守ると誓ったのだ。
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あの日までは。
3話「災厄の誕生」
私はいつの間にか十段階目まで来ていた。力を求めて、最強になった。
そう思っていた。だがいくら段階が上がっても、やれることは変わらなかった。
敵を倒す、これだけだ。勿論人の心は救える、だが、もっと凄い力が欲しかった。
ワールド様や、ゴッド様や、エッセンス様、更には精霊神様たちは、私より大きなエネルギーを持っているのに力を持て余している、そう感じる。
「ダイダラ様……」
「わかってるんだよ、傲慢だということは。でもやっぱり怠慢だ。これではダメだ」
このままだと良くないことが起こる。そう感じていた。
わかっていた、力だけではどうにもならない事を。わかっていた、中位の神が万能ではないことを。
「ユグ、私は目指すぞ」
「ダイダラ様……」
「私は上位の神を目指す」
「……ダイダラ様」
ユグを抱きしめて私は言う。
「ついてきて欲しい」
「……はい」
普通の方法では無理だろうと踏んでいた。上位の神と同等の力を得たいと思えば得られるなら、そうしているだろうから。
それをしないということは、ワールド様とゴッド様とエッセンス様にはその気はないということだ。
何故だろうと考える。私が堕ちてもいいのかと考えるのだ。そんなはずはないだろう。だが、手駒としか考えていないのかもしれないとも思う。
「直接聞いてみるのが早いね」
「……そうですね」
ユグの元気がない。私は再びユグを抱きしめて安心させる。
「大丈夫、私が世界を救ってみせる」
「ダイダラ様、ならばまずはデス大陸を攻略しませんか? そうすればワールド様たちも考えてくれるかもしれませんよ?」
ユグが言いたいこともわかる。だけど、そんな簡単なことからしたくはない。
いつでもできる事をする必要がない。時は有限だ、ユグの命もまた有限だ。巫女や禰宜は下位の神になれない。
その理を覆すには……もっと力がいる。自分の力で手にしないと覆らないだろう。
こんなにも魔法や神の力に溢れている世界で、できないなんてことはない。
絶対できる、確信があった。だがそれを得るには普通の方法では無理だった。ワールド様は、いやワールドはもう私と会うつもりはなかったのだろう。デス大陸の攻略なんて物にかまけさせて操るつもりだろうがそうはいかない。
私は探した、上位の神になる方法を。だが、そんな物は残っていなかった。
だから自力で編出すことにした。ある邪神でやってみることにした。
それはある神の手記に残っていた方法の亜種だ。
自分の力を誰かに分け与え大きくする。それは死ぬと返ってくるというものだ。
それならば、殺せばいいのだ。
「ダイダラ様! そんな事はやめてください!」
「ユグ、お前のためだ。お前に死んで欲しくないんだ」
ユグは顔を歪めて泣いた。だが、私は大丈夫だと言って涙を拭いてやった。
私はもう止まらない。邪神に分け与えた力を殺して返してもらう。
すると力が溢れた。
「ふふふ、ハハハ! やっぱりだ。これが隠された方法だったんだ!」
私は次々に邪神に種を植えて殺した。どんどん力が溢れる。とはいえ、十段階目から十一段階目になったと言えるほどではなかった。
地道な作業になる、そう思った時だった。
ユグが倒れた。何故だ? 病か?
「ダイダラ様……」
ユグは泣いていた。
「ごめんなさい……僕のせいで……」
「ユグのせいじゃない。ウンディーネの力なら治るだろう。雷の力は惜しいが、水の力に変えてもらって治そう」
ウンディーネなら会ってくれるだろう。そう思って海岸をユグを背負って走っていた時だ。
ウンディーネはやはり会ってくれた。
空間に私だけ入って頭を下げる。
「すまん、助かる。頼みがある。ユグの病を治す手伝いをして欲しい」
「無理よ、彼は病ではないもの」
ウンディーネは意味不明なことを言った。病でなければなんだと言うのだ。
「あなた気づいてないのね? あなた……いや、言わない方がいいわね」
気づいていないとはなんだ? 何が何だと言うんだ?
「このままだと、彼、死ぬわよ?」
「どうしたらいい! どうしたらユグを救える?」
私は必死に願った。ユグが助かるならそれでいい。
「そうね、手始めにデス大陸攻略してみたらどうかしら?」
笑いながら言う彼女に頭が停止した。何を呑気に訳の分からないことを言っているんだ? この女は。
「デス大陸を攻略する頃にはきっとユグ君も良くなるわよ」
「そんなわけないだろう! ふざけるのはやめて治療法を教えろ!」
「……それが最善だと思うけど?」
「はぁ?」
私には訳が分からなかった。私はもういいといい、空間から出すように言う。
「あのね。堕ちるわよ? あなた」
「お前らが堕とすんだろう?」
「お願いだから、正常に戻ってよ。ユグ君のためにも」
「ふざけた奴がユグの名を口にするな!」
私はありったけのエネルギーをウンディーネにぶつける。受け止めるものの、焦った彼女は私を空間から出した。
「頭を冷やしなさい!」
ユグの元に戻ると、どんどん体調が悪くなっていた。きっと……きっとゴッドかワールドかエッセンスが何かしているのだろうと感じている。
怒りをふつふつと沸き上がらせながら、どうやったらあいつらを倒してユグを救えるのかを考えながら、ユグを背負った。
「ダイダラ……様」
「ユグ、どうした? 何か食べたいものがあるのか?」
私が走りながらユグの要望を聞こうとすると、ユグはとんでもない事を言い出すのだ。
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私は白主と……ユグを失った。
4話「愛してる」
「ダイダラ様」
蛇依マダラに起こされた。どうやら昔の夢を見ていたようだ。
「なんだ? 折角いい夢を見ていたのに起こさないでよ」
「……すいません。早く邪神でも強くなれる方法を知りたくて」
三段階目程度で堕ちた彼女にはわからないだろう。だが、やり方さえ知ればいずれ……私の計画の種になる。
「いいだろう、教えようか」
私は立ち上がり邪神たちの中心に行く。この力で登りつめた私はどこまでも堕ちよう。
あの日私が堕ちたせいで闇に囚われ死んでしまったユグを生き返らせることだって可能だと思っている。
この世界なら可能なはずだ。まだまだ分からないことだらけのこの世界ならきっと……この理不尽も覆せる。
何故私が堕ちていたのかはわからない。気づいたら堕ちていた。きっと三神が悪さしたんだろう。恐れを為したかな?
だがこれでもう好きに暴れられる。邪神として知らしめてやる。
そしていつかワールドのところに行き、彼らを仕留めて私が世界を管理する。
そうすればきっと、ユグにもあえる。いやそれだけじゃない。
娘や息子の魂をこの世界に連れてくればいい。私を喚べるのだから可能だろう。
この世界なら息子の病気も治せるかもしれない。娘の力も有効活用できるだろう。
湯九も来させられるかもしれない。ユグと二人で私を愛でてくれるかもしれない。
そういう妄想を全て忘れさせる雄叫び聞いて、現実に戻される。やれやれ早く全てのこの世界を手にしなければ。
早くこの世界の神の頂点に立たないといけない。
私は期待値の高いマダラを手招きしてやり方を教える。
「それでは私の力が減りませんか?」
「同時に返ってくるから問題ない。あの邪神の男神で試せばいい。私が言っていることが本当だと分かったら忠誠を誓え」
「はいっ!」
男神にマダラの力を引っ張りくっつける。男神はドキドキしていたが、知らない方がいい事もある。
マダラはある狐神と引き分けて以来、力を得るのに必死だ。その内、昔の私と同じくらいにはなるだろう。
駒としては最適だが、どうせなら高みを目指して私の副官くらいにはなって欲しいものだな。
いずれ四段階目くらいにはすぐなれるだろう。光を選択して堕ちるということは、世界はそういう仕組みで動かされているということだ。
闇を選択しても堕ちるだろう? 堕ちていくということだ。それを皆に話すと、私の計画について来てくれると叫び暴れる。
ワールド達への不信感と共に、より良い世界へ変えよう。
「この世界は理不尽だ」
本当はこの世界は理不尽なものではなくても、誘い文句には丁度いい。
「魔王や魔族、邪神が虐げられる。ならば変えてやろう」
彼らもまた理不尽に抗う者だ。
「彼らを救えるのは我らのみだ」
邪神教を立ち上げて数年、この教えで大きくなってきた。デス大陸の魔王たちも従うようになってきた。
殺すなんてもったいない、駒にすればいいのだから。
言っただろう? 楽にできることからする必要なんてないんだ。
全ては愛する者のために。愛が世界を救うのだから。
ああ、早くユグに会いたい。あの子の肌の温もりを取り戻したい。
この世界ならきっとなんでもできる。この魔法と神の力の世界なら、私が管理すれば全て上手くいく。
待っていろワールド、ゴッド、エッセンス。お前らは殺すか、下につけるかして、私の思い通りにしてやる。
私が負けるはずがない。最早彼らを超えている。
今目の前にある理不尽を殺して、私の世界を作ってみようか。
私は……神なのだから!
「ユグ、待っていて。すぐにあなたを生き返らせてみせる」
全てを手にする日も近い。ふふふ、ハハハ!
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何故私が間違っているんだ。私は正しい。ユグを、ユグを取り戻せるはず。なのになんで……死ぬのが私なんだ……?
愛は正義だ。私はそれだけだ。娘のために死んだのも、愛があったからだ。息子を私の代わりに守って欲しかったからだ。娘ならそれができるからだ。
できる者ができる事をしたら全て上手くいくはずだ。ワールド達は怠慢だ。手を抜いている。そこに愛はない。
だから私が代わると決めたのに、何故負けるのが私なんだ。ここに愛はない。
つまりここに正義はない……? 嫌だ、帰りたくない。ユグにも湯九にも会えない世界に帰りたくない……帰りたくないんだ!
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誰かに手を握られた気がする。
最終話「愛」
私は目を開けた。
「うーん! 可愛い! おかぁちゃんに似ている気がするなぁ」
「君もお母さんの血を引いているんだから当然だろう?」
何故か成長した娘と知らない男が目の前にいた。近い。
というか体が動かない。私はどうなっているんだ?
「まさかあたしも子供を持つなんて思わなかったな」
……そうか、私は娘の子供の体に魂を容れられたのか。残酷なことをするものだ。
「このこの名前どうしよう?」
「そうだな、君のお母さんの名前にするとかどうだい?」
娘の夫は突飛なことを言う。だが娘は頷いて私に名付けた。
「おかぁちゃんの根住ってコードネームをつけようか」
「ダメだよ、馬鹿だな。本名もつけてあげなよ」
娘の夫は笑いながら娘に聞く。
「なんて名前か忘れてないんでしょ」
「ダイアか。そうしようか」
こうして私はダイアという名前と、根住というコードネームを与えられた。
またこの世界で生きていくのか。嫌だな。こんな世界……いや、そうか。そうなんだな。
変えてやればいいんだ。そうだったんだ。私が変えてやればいいんだよ! ハハハ! あの世界の神は乗っ取ってやれなかったけど、この程度の世界なら、あの世界で培った私の力で乗っ取れるだろう?
私は決意して声を上げた。泣き声にしかならなかったけど、私はこれ以上なく嬉しかった。湯九と愛し合って生まれた娘と共にこの世界を変えてやる……ん? 何かが手に当たったな。
「それにしても君と君の弟君と同じく、君も双子を産むなんてね」
どうやら、私には弟がいるようだ。何とかして見れないだろうか?
「ほーらほら、二人の面会だよー」
娘がちょうど私に向けて弟を抱っこする。その子はまるで……湯九だった。
いや、そもそも息子も湯九に似ていたくらいだから当たり前かもしれない。だがこれではまるで……運命じゃないか。
「名前、折角だからおとぅちゃんの名前にしようと思う」
「覚えてるの?」
「おかぁちゃんがいつも寝言で言ってたからね」
はい? な、何を言って……いるんだ?
「ユグ。この子の名前はユグだよ」
……こんな事があっていいのか、私は泣いて泣いて泣いた。
「ははは、ダイアも嬉しそうだ。きっと仲のいい姉弟になるだろうな」
「私が必ず守る。もう、おかぁちゃんみたいな人を生まないために」
私が守るよ。もう誰も苦しまない世界にするために。もし、弟の魂にユグの魂か湯九の魂が入っているなら、尚のこと私が戦おう。
この世界を必ず変えてみせる。そのために生まれ変わらせられた気さえしてきたよ。
ワールドの事も多少は見直した。だがまだダメだ。この世界を管理しているのはワールドではないならだ。
この世界の神という名を被った人間を引きずり降ろさないといけない。
そのためにも……娘には生きて護ってもらわないといけないな。
それまで暫し眠らせてもらおう。それにしても……ふふふ、ハハハ!
中々どうして、この世界も捨てたものじゃないのかもしれないじゃないか! ハハハハハ!
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「それにしても……寝顔がおかぁちゃんそっくりだよ」
「そんなに似てるの?」
「うん、殺しに疲れて寝てた時の寝顔見た事あるんだけど、本当に赤ちゃんみたいに寝てるなって思ってたんだ。おかぁちゃんが赤ちゃんになったらこんな顔なんだろうな」
「意外と君のお母さんの生まれ変わりなのかもよ?」
「そうかな? だったら嬉しいな」
こうして元の世界に戻るのじゃ。