「のぞみはひかりを追い抜ける」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
「本街道に入れた!」
「ファン・ラインの電車は全車駆動系のショートで運休中。
この修理費用と機会損失の補填賠償金はいくらになるのでしょうか」
「やめて考えたくない」
「K急も払いませんよ」
「これだけのことをやったんだ。
勝てば官軍負ければ賊軍、もう絶対に雷幹線に追いついて
爆弾を解除するしかない」
もう一歩も引けない。
もとい、最初から一歩も引けない。
「この先26回のポイント切り替えがある。
流石にこれは私が飛んでやるしかないね。
じゃ、行って……」
「お待ち下さい鉄道女王」
腕をぐるぐると回してやる気をアピールしたマールの前で
まるで本物の女王陛下に仕える騎士のようにヴィクトリアが傅く。
「この列車はK急の列車です。
そしてあなたは鉄道女王である以前にお客様。
お手を煩わせることはありえません」
決意を込めての騎士の宣誓だがマールは訝しむ。
「この先何が起きるかわからないのは事実で、
未知に備えて少しでも魔力を温存したいのも事実。
でも、いかにDAI-K急と西の私鉄各社が協力してくれるとはいえ、
本街道は貧乏くじを引かされたファン・ラインの単独路線。
それぞれのポイントに切り替え員を配置できているはずがない」
「仰るとおりです」
「となれば私達の誰かがその都度飛び降りてポイントを切り替えて戻ることになる。
その間も速度は落としたくない」
「私は無理ですよ。
魔王の魔法では遠隔でのポイント切り替えはできません。
線路が消し飛びます」
「アナスタシアさんが飛べれば話が早いのに、なんで飛べないの?」
「飛行魔法がどれだけレアリティの高い才覚が自覚はありますかマール!」
飛べるというだけで魔道士としては上澄み。
そしてこの3人の中で飛べるのはマールだけで、
アナスタシアは足の遅さが弱点のひとつだ。
「ですから、私が行くのです!」
そう言うや否やヴィクトリアは列車を飛び出し、
腕を組んだままで列車と並走、
そのまま加速からの、跳躍。
ポイント切り替え機に、軽く小指を当てる。
「何のためにK急の運転主任が厳しい武者修行を行い、
小指1本でポイント切り替えができるまで己を鍛えるのか!
まさか伊達や酔狂だと思っていたなんてことはないでしょう!」
線路脇から再度跳躍し、あいた窓から飛び込んでの
スーパーヒーロー着地&ドヤ顔。
これにマールとアナスタシアは同時に息を呑んだ。
((伊達や酔狂だと思ってた!)ました!)
かくして赤い流星は本街道を疾走する。
ヨトバシから盟鉄、金鉄、半弓、讃陽と私鉄各社の線路を進む。
雷幹線はもう目前だ。
「もしも爆弾が雷幹線の車内にあるなら、とっくに車内点検で発見されているはず。
しかしまだ見つかっていないということはつまり、爆弾は車体の下に取り付けられている」
「あの車高の低さです。
走行中の雷幹線の下に潜り込むことはできませんよ」
「そうだね。でも、潜り込める場所はある」
現実の日本の新幹線と、ラインの雷幹線の路線は異なる。
富士山及び富士樹海にあたるアールヴヘイムとグォーサヴァイト横断するのが東京大阪間の大きな違い。
一方、博多大阪間に関しては現実とほぼ同じ路線を通っていた。
そんな中で、ただ1つ現実と異なる区間。
それが、九州に入る直前、関門海峡である。
現実で長さ3kmのトンネルで結ばれるこの区間。
異世界ラインでは、巨大な吊橋が用いられていた。
「ナインゲートブリッジを渡る2分24秒。
ここが唯一で、最初で最後のチャンスだ」
マールの計画は、飛行魔法で吊り橋の下に周り、
爆弾の解除作業を行うこと。
しかし、ここでマールのアクセラレートスーツの不調が足を引っ張る。
飛行魔法は精密な魔力調整が必要となる。
スーツの補助なしで飛行魔法と同時に
爆弾の解除というこれまた精密さが必要とされる作業は難しい。
「でも今の私には出来ない。
やれば出来るのかもしれないけど、
時間がかかりすぎる」
その事情をマールは堂々と宣言する。
やる気とか、根性とか、そういうものをこのエルフは
最初から一切信用していないのだ。
「ならどうするんですか?
私達は『とりあえず逝っとけ』の社訓で
あなた達を運んでいますが……」
「あくまで『今の私には出来ない』だけだよ」
マールはにやりと笑ってアナスタシアに振り向く。
「え?」
「アナスタシアさん。
あなたが私の背中に乗って、
爆弾を解除して欲しいんだ」
「なっ……!」
魔王の強大な魔力を精密な爆弾解除に使用する。
そんな突然の無理難題に怯んだ、
の、ではなく。
(私が……マールに乗る!?)
あくまで平常運転だった。
こうして問題解決まであと少しというところまで進んでおきながら、
別の場所では物語のラスボスが動き出していた。
それも今のマールとアナスタシアにはどうしようもない。
高度な政治的問題である。
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マールが戦ってきた相手は魔族ではない。
民意と社員だった。
その2つの先頭に立つラスボス、それは……
「ひかり9号を、停車したまえ」
ファン・ライン中央指令センターで電話の受話器を耳に当て、
シオン新総裁は苦悶の表情を浮かべていた。
電話の主は選挙で選ばれた国の代表。
国民の税金を予算とする今のファン・ラインの、
真のトップとも言える相手である。
「雷幹線の車両。線路。
そして何より、乗客数千名の命。
それは確かに重い。
だが、もしも爆弾が市街地で……
特に、ノースナインの工業地帯で爆発すれば。
その被害額はさらに跳ね上がる。
ナインゲートブリッジを渡る直前。
オオゴオリ駅手前の田園地帯だ。
そこで、雷幹線を止めろ」
ここまで、シオンはシオンなりに最善を尽くしてきた。
ファン・ラインの依頼を受けたギルドも犯人の魔物を特定し既に駆除している。
だが、肝心の爆弾は、解除の目処が立っていないのである。
(まさかご丁寧に、すべての車両に爆弾をつけてくれるとはね。
これではどうしようもないじゃぁないか)
そこは列車の床を切断しても解除できない場所。
車体の下からでなければ、絶対に外せない部分であった。
(後方車両を切り離し、救出用車両を繋ぐ計画は失敗に終わった。
もはや私達に為す術はない。
ならば被害を最小限に抑えるのが……)
「確かに、最も合理的な判断だねぇ」
最後は、トロッコ問題だった。
哲学史における永遠の未解決問題。
この二択、並の人間が答えるとどうなるのか。
当然、何もできない。
並の人間では、判断すること自体ができないのだ。
だがシオンは違う。
彼女は合理に生きている。
その冷めた頭脳は、人間の命すら1人あたり21gとして計量可能なのだ。
故にシオンは、トロッコ問題に解答できてしまう。
「ならば、私の結論は……」
ちらりと指令室から確認できるすべての線路状況を確認する。
現状で赤いランプが灯っている、つまり、運休状態にある路線は2つ。
雷幹線。そして、本街道本線だ。
そんな本街道本線にはつい数時間前まで、
正体不明の電車を示すランプが高速で移動していた。
(…………)
シオンの頭が暗算を重ねていく。
雷幹線の車両代。
線路の補修費用。
乗客1800名の命の重さ。
予測される爆発の被害。
そして……
(動く点Pの到達時間)
その計算結果は。
(既に追い抜いている。なら……)
すぅ、と大きく息を吸い込み。
決意を込めて。
「ひかりは止めない。
うちの総裁も、止まらないからねぇ」
それだけを伝え、シオンは電話を切った。
(辞表は用意しておこうかねぇ。
ま、それはそれとして)
元々シオンに権勢欲はない。
今の椅子はあくまでマールの意志を継ぐ決意で座っただけのこと。
マールが生きているなら、返してやるだけの話だ。
そのためにも……
「頼んだよ、私達の鉄道女王。
私達の、英雄!」
「うん、任せて!」
既に赤い流星は雷幹線を追い抜いている。
カミゼキ駅着。23時40分。
あと15分で、雷幹線がやってくる。
「私が橋の下を飛ぶ。
アナスタシアさんは私の上に乗って、爆弾の解除をお願い」
「わかりました。まかせてください」
ここに来てもう作戦も何も無い。
単純明快、最後の力技だ。
決意の瞳で頷いたアナスタシアを、マールは意外そうな表情で眺める。
「意外。上に乗ってとか言ったから、
ずっと変なこと想像してると思ってた」
「なっ……マール!」
果たしてより頭がピンクなのはどっちなのか。
頬を赤らめて怒るアナスタシアにいたずらっぽく微笑んで。
「肩の力は抜けた?」
「もう! この口は……!」
そっと腰元に手を回され、力強く引かれる。
何をされるかを理解しつつも抵抗はしない。
そう、悪いのは私だ。
こんな口は、塞いでもらわなければ。
流星が流れ、エーテルの星が輝く空の下。
この世界で唯一の、時も光も止められる魔法が紡がれた。
「アナスタシアさんの唇、あったかいね」
「そんなわけないでしょう。
これが終わったら、しばらく身を隠して療養してもらいますからね」
マールの温感はまだ正常に機能していない。
だが、ちょっと怒ったように優しく口をすぼめたアナスタシアにやれやれと笑顔を返し。
「アナスタシアさんは、魔族だから知らないのかな?
人類種はね、物の温度を感じる温感と、
心の温度を感じる温感が、別にあるんだよ」
この人は、こんな時にまで。
でも、だからこそ。
だからこそ、私の……
「行こう」
「はい、行きましょう」
途中まで2人の様子を遠くから見守っていた騎士ヴィクトリアは、
何が起きるかを察した直後に可能な限りの速さで目をそらした。
そのまま手持ち無沙汰になり、なんとなくスマホを開き、着信履歴を確認。
主任、主任、主任、通知拒否設定、主任。その先に続く名前は。
『聖杯(偽)』
わかってる。わかってはいる。
というか電話帳にこんな名前で人を登録する人は自分以外にはいないだろう。
それでも、こうして楔を打ち込んでおかなければ、
私は不義の恋に走ってしまう。
そう決意していたはずなのだが。
「……もしもし」
不義の恋は、騎士の文化である。
こうしてひと仕事を終えた騎士を背に、2人の目はひかりを捉えた。




