「勇者の奥義」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
「ようやく見つけたぜ、お嬢」
1時間前。独自のツテでギルドの受付嬢を追っていたジュダは、
スマホをいじりながら昼間から酒を煽っていた彼女を発見する。
「あ、見つかっちゃった。
流石ジュダさん、やりますねぇ」
「お嬢もなかなかのもんだよ。
仕事はもうやめたのか?」
「あー……まぁ、ギルドの方もしばらくお休みってことで」
「上司が轢断されてるってのに?」
「別に私は総裁の部下ってわけじゃ」
「その偽装に使われたやつの方だよ」
「……はぁ」
参ったなぁ、と笑いながら後頭部をかいて。
「流石ジュダさんです。
で、物は相談なんですけど、見逃してくれませんか?」
「報酬次第だな」
「15%でも十分な大金だったじゃないですか」
「それはそれ、これはこれ、な」
うーん、と困ったように首をかしげる。
「なら、ジュダさんの欲しがってそうな情報で」
「そうだ。そいつだ。
フローレス・フローズンは今どこにいる」
「今はまだホクトセンジュですね。
そろそろ地下鉄路線内に入る頃合いかと」
そう言ってスマホの画面を向ける。
路線図上には光る点が高速で移動していた。
「鉄道女王もいっしょか」
「えぇ。ほんとに救いようがない人たちですね。
ま、『らしい』とも言えます。
応援したいんですけどねぇ、推しの恋路ってのは」
「とか言いながらあっさり情報を渡すじゃねぇか」
「いやそりゃ自分の命の方が大切でしょ」
どこまでも自分には正直。
これもまた魔族の特徴なのかもしれない。
「ヨモギウエハラの手前で地上にでます。
その瞬間に上から飛び乗れば、あるいは」
「ぎりぎり間に合うか」
「そうですね。私を見逃せば間に合います」
「……お嬢、勘違いしてるな」
ジュダの体に電撃が走り、腰の勇者の剣に手が伸びる。
「雷撃抜刀は、音より速いぞ」
冷や汗が流れる前に己の末路を悟り、
死を覚悟した受付嬢だったが。
「だが技名を叫ぶ時間がねぇ。
拾った命、大事にしろよ」
そのまま回れ右してヨモギウエハラへと駆け出したジュダ。
すれ違う形でジュダを追ってきたスタンが受付嬢に気付き。
「受付嬢のお姉さん! あの、師匠はどこへ!?」
あの日、自分をナンパしようとしたチャラ男とは違う。
ジュダに鍛え上げられた肉体は既に一人前の冒険者の筋肉だ。
「推しの恋路、か……」
「えっ?」
そうぼそりと呟いて。
「仕事、終わったんです。
今ならお茶。付き合いますよ」
こうして少年は大人になるのだが、
それはまた別のお話。
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かくして場面はヨモギウエハラ駅手前。
勇者ジュダがトンネル・ドンに体を引き裂かれながらも電車に飛び乗り、
窓を割って車内に侵入したところから物語は再開する。
「見つけたぜぇ……フローレス・フローズン!」
「駆け込み乗車は危ないですからおやめください」
騎士として、社長として、運転主任として。
お客様を守るために前に出たヴィクトリアではあるが。
(なんで私の相手っていつもこんな強敵ばかりなんでしょうか)
このヴィクトリア、いつも勝ち目がない戦いをさせられているが、
これでも世界全体ではかなりの上澄み。
上位1%には入る程度の強者である。
しかし世界の1%はランキングで言えば上位5000万。
一方の相手は上位10位以上のバケモノである。
社会人野球の優勝チームのエースで四番が
全盛期のイチロー、マツイ、オオタニさんと対決するようなもの。
これには流石に同情を感じざるをえない。
「せっかくの拾った命、ここで捨てるんですか?」
そんなヴィクトリアの横から姿を表すアナスタシア。
「てめぇ、最初から気付いてやがったな?」
「そこはお互い様でしょう」
「意外と平和主義だったりするとこを含めてとでも?」
「こう見えてまだ人類種を殺したことがないんですよ」
かつての戦争から今の冒険者に至るまで、
ジュダが殺した魔物の数は多めに見積もって数千体。
一方のアナスタシアが殺した数は、少なく見積もって800万。
後の学説によると、最大で1000万に届くとも考えられていた。
改めて魔族を根絶したのは誰かを思い知らされてしまう数字である。
「それでもこっちには特攻装備がある。
俺はお前を殺せるぞ、新魔王」
「理論値は理論値でしかない。
現実というものを学んでみますか? 残念勇者」
一触触発の2人だが、ここでさらに。
「待って!」
マールが横から姿を表して。
「アナスタシアさんは、もう人類種の根絶とかそういう無意味なことをしない!
私も、あなたにも! 魔王を駆除する必要はもうない!
それより今は!」
「雷幹線の爆弾か……
だがそれを仕掛けたのは駆除すべき魔物だ。
そいつの指示じゃないと何故言える?
第一にそいつは……」
「訂正しろ」
「!?」
その瞬間。居合わせた全員が『本物』のオーラを感じた。
「私のアナスタシアはそんなこと言わない。
訂正しろ」
ジュダはかつて一度だけ、その『本物』を見たことがあった。
目の前の人物と同じような、
白い流線型にスーツに身を包んだ紫の魔物。
(魔王の、威圧感……!)
もはや本質的に格の差が違うことを押し付けてくる、圧倒的な圧力だった。
「わ……悪かった……」
「口の利き方」
「申し訳ありませんでした!!」
そこには情けなく土下座する勇者の姿があった。
やはりこの竜人は、残念な男。
最後まで勇者の成り損ないだったのだ。
ともあれ、お客様同士で血を流すことなく事態が収まったことには
ほっと胸を撫で下ろすヴィクトリア。
一方、もう1人その場に居合わせていたアナスタシアはというと。
(『私の』って、言ってくれた……!)
それは、推しの恋路がほぼ確実に終点までたどり着けることが確定した瞬間だった。
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「なるほどな。事情はわかったよ。
で、オバワラより西はどうすんだよ」
車内で傷の手当を受けつつシレっと相談に加わるジュダ。
「やっぱりここはファン・ラインの路線、
大街道線を使用するしかない」
「線路がないところを列車は走れない。当然ですね。
こんなことになろうかと、既にオバ急の技術者に連絡済みです。
オバ急の線路とファン・ラインの線路を繋げます」
「脳筋のK急にそんなコネクションが……」
「私達のことなんだと思ってるんですか鉄道女王。
そもそもオバ急の路線は事実上K急の路線でもあります」
「DAI-K急……実在していたんですか」
K急を中心に首都近郊の私鉄を統合する夢の計画、DAI-K急。
結局は現実にならなかったものの、実現に向けて走り回った初代社長、
太陽の騎士オオタニ=サンの意志は、健在であった。
「ともあれ幸いにも本街道線の電化は済んでる。
でも、この路線を通してくれるようファン・ラインへ交渉するのは難しい。
向こうにシオンが居るにしても、大きすぎる組織は一人の判断では動けない。
どうあっても間に合わない」
それはつまり、非合法でこの路線を通るしかない、と。
「大街道線はこの時間、15分に1本のペースで電車が走る。
区間速度は70km/h……ここはそのペースで走るしかない。
でも、それだと」
「雷幹線には、追いつけない」
時速80km/h以下で爆発する爆弾の仕掛けられた雷幹線は現在、
時速85km/hを維持して西へ向かっている。
秘密の最大速度時速160km/hを誇るK急1000型試作MK-Ⅱは、
このままの速度で走れれば……
「追いつけねぇよな、グランサカーツでは」
そう、追いつけないのだ。
先発であることに加え、雷幹線はエルフの森を切り開き、
ほぼ直線でグランサカーツまでの線路を引いている。
一方の大街道線は海沿いを大きく迂回する路線だ。
しかしマールは、追いつけるという確信があった。
その理由は彼女がシオンを信頼していたから。
シオンならば……
『とにかく指揮は私が取るよ。
私が作ったのはひかりだけではない。
ひかりを含めたファン・ラインの全列車を管理するシステムと中央制御センター。
私の技術で……問題を解決してみせる。
それで、最初の指示だが……』
中央制御センターにたどり着いたシオンが最初に行った指示。
それは……
『未開通のグランサカーツとハータッカ間の
雷幹線専用路線を動かすよう変電所に連絡してくれ。
実走試験はまだだけど、走ることはできるはず。
これでだいぶ時間が稼げるさ』
これなら、グランサカーツの先、ハータッカまでの間に追いつける。
だがそれもあくまで最大速度で走り続けた場合の話。
この本街道区間を時速70km/hで走れば、とても間に合わなくなる。
「じゃぁどうやって前の列車を追い抜くんだ?」
「簡単なことだよ。本街道は複線。
上下線に加えて駅には追い越し線がある。
ここをその都度ポイントを切り替え、状況によっては逆走運転。
前を入る列車を、すべて追い抜く」
言うは易し。しかしそれは当然のこととして。
「極めて危険です。
正直、見過ごせないというのが本心ですね。
本街道線は今も大勢の人が利用しています。
逆走運転中に正面衝突が起きてしまえば……」
「うん。それは私もそう思う。
せめてすべての列車を一度止められれば……」
状況を確認するため車内に広げられた鉄道模型。
すべてアナスタシアの私物である。
ジュダは初めて見る模型を興味深そうに眺めていた。
「あー、俺はよくわかんねぇんだが。
電車だろ? 電気を止めれば動かなくなるんじゃねぇの?」
「そうしたらこちらも動けません」
「あ、そっか……
なら、電線を通して高電圧をかけてショートさせ、列車を壊しちまうってのは?」
「本来ならふざけるなと言いたい話ですが、うまく行けば理想ですね。
しかし、おそらくそれでは変電所も壊してしまう。
結局こちらが動けなくなります」
うーん、と唸るジュダ。
ここでふとさっきまで見ていた鉄道模型を手に取る。
「そういやこいつ、どう動いてんだ?
電線が無いようだが、電池か?」
「いえ、それは線路から給電しています。
線路も車輪も金属ですから」
「ん、ならさ。
本物の線路に電気を流して列車を壊すってのは、無理なのか?」
素人発言に思うジュダの言葉。
これにマールとアナスタシアは顔を見合わせて。
「できる、かもしれません」
垣間見えた光明。
だがそれはそれとして別の問題がある。
「でもポイントとポイントの間の2つの線路、
すべてを列車が埋めてしまえば……」
「そこから先には進めなくなってしまいますね」
「止めるタイミングが重要ってことか……
これは一世一代の賭けだぜ」
ごくりと息を飲んで興奮した笑みを浮かべるジュダ。
が、アナスタシアは冷ややかな目を返す。
「運否天賦にはできませんよ。
勇者、あなたの剣を貸しなさい」
「はぁ!? ふざけんなよ新魔王!
どこに勇者の剣を魔王にくれてやる勇者がいるかってんだ!」
「勇者の剣でなく、その腰に刺さったもう1本のなまくらです」
ジュダの腰には2本の剣が刺さっている。
一見錆びついたなまくらにしか見えない古代の勇者の剣スターダイナ。
それと、普段遣いの店売り最強装備プラチナソード。
なまくらを貸せと言われて綺羅びやかな後者を渡す様はなんとも奇妙だ。
「だから勇者の剣じゃないナマクラを」
「こっちがナマクラなんだよ。よく見てみろ」
「……本当ですね。よくよく見ないとわかりませんねこれは。
よくそんな骨董品が使えてますねあなた」
「アナスタシアさん、そんな剣で何を……え?」
剣を受け取った直後。
何を思ったかアナスタシアは、
その剣で自らの腹を切り裂いた。
「っぅ……!」
「アナスタシアさん!!」
「おいおいおいおい!」
どばどばと流れ出る血液。
だが、何も問題はない。
「魔王は勇者の剣でしか殺せません。
ただ、死ぬほど痛いだけです」
「死ぬほど痛いんじゃん!!」
ドン引きの周りはとりあえず無視して。
流された血をインク、剣をペンにして車内に魔法陣のようなものを描き始めた。
ここでジュダはふと気付く。
(あれ? 今しれっと勇者の剣渡してたらこいつ殺せてたんじゃね?)
イグザクトリー。
(しかし、何描いてんだこいつは)
座席の間の通路に何本も線を描いていくアナスタシア。
一体どんな魔法陣で、何を召喚しようというのか。
真っ先にその答えに気付いたのは、マールだった。
「これ、本街道線の時刻表!?」
「流石ですねマール。その通りです」
毎日ベッドの下に隠した時刻表で夜を楽しんでいたアナスタシア。
彼女の頭にはすべての時刻が暗記されている。
そしてその数字を、ダイヤグラムの形で図形として可視化。
ここにポイントの場所を重ねれば……
「列車を止めるべきタイミングがわかります」
╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋
まもなく時間の図表計算が終了。
見つめ合って頷き合い、マールが腰を浮かせる。
「私が先に飛んで線路に電撃を流す」
「お願い、マール」
「うん。流石にちょっと消耗すると思うけど……」
「ならお前には任せられねぇな、鉄道女王」
「ぷぎゃっ」
立ち上がろうとしたマールの頭を上から抑えて、座らせる2mの巨体。
「俺がやる。任せとけ」
自分が入ってきた割れた窓から身を乗り出し、外に出ようとするジュダ。
が、ここでふと何かを思い出したように後ろを振り返り。
「あー……そういや俺、勇者じゃなくて冒険者なんだわ」
「はぁ。で?」
「報酬がないと動かねぇ」
「わかりました。いくら欲しいんですか?」
「そうだな……」
にやりと笑って。
「アキジマ駅の、あなごめしだ。頼んだぜ」
こうしてしっかりと望む報酬を要求し、
遥か先に見えてきたオバワラ駅へと走り出す。
(なにやってんだ、俺は。
ほんと情けねぇ男だ。
勇者にはなりそこね、魔王のクエストを受注して……)
ため息代わりの一呼吸を挟んで、全身に電撃を纏う。
「まぁいいさ。あなごめしが食えるならな。
いくぜ……龍雷流、奥義!」
全速力で走る勢いそのままに跳躍。
稲妻の剣を引き抜いて。
「5……4……3……2……1」
タイミングをあわせるファイナル・カウント・ダウンから。
ほとばしる電撃を一気に線路へ叩きつける。
「雷鳥、発車!」
雷幹線に爆弾した魔族は、まさに青い空を乱す者。
呼んでいるあの声は、SOSである!
「ポイント、切り替え!」
遅れて駆けつけたヴィクトリアがポイントを切り替えて列車に飛び乗る。
しかし全力を出し切ったジュダは列車には戻れず、ここで途中下車だ。
「絶対に間に合わせろよ!
赤ん坊1人でも死なせてみろ!
高跳びもさせねぇ! 絶対にブチ殺してやる!
勇者の名に賭けて、絶対にブチ殺してやるからなぁぁぁぁああああ!」




