「雷幹線大爆発」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
――2時50分
12時5分にニューブリッジを出発した雷幹線「ひかり」1号は間もなくニャゴニャ着。
3号、5号、7号と続けて出発していく雷幹線。
初日の運行は順調に進んでいるかに見えた。
「お電話ありがとうございます。
ファン・ラインお客様センターです」
ここは雷幹線の開通にあわせて新設されたタバッタ駅隣のファン・ライン総合指令センター。
そこに届いた1本の電話で、事態は一変する。
「先ほどニューブリッジを出発した、ニューブリッジ発グランサカーツ行雷幹線。
ひかり9号に、爆弾を仕掛けた」
「お客様? 申し訳ありません、もう一度繰り返し……」
「その爆弾は時速80km/hになった時自動的にスイッチが入り、
それ以上のスピードで走っていれば爆発しないが、
再び80km/hに減速すると、爆発する仕掛けになっている。
信じられないと言うと思うので、貨物579列車にも同じ爆弾を仕掛けた。
メロン発オーワケ行。モミジまでノンストップだろう。
どこでもいい。好きなところで15km/hまで減速してみろ。
爆弾は必ず爆発する」
淡々と一方的に用件を伝えた後、電話は音をたてて切断される。
「お客様? お客様! もしもし! もしもし……部長!」
3時5分。犯人の言葉通り貨物579列車は爆発、炎上。
この危機にファン・ラインは対応を迫られるも、
腐敗しプロ意識を失わせていた上層部社員達にできるのは責任の押し付け合いのみ。
必然、すべての指揮は新総裁のシオンに任されることになる。
「君たちはマールがいないと何もできんのか!
これではマールもヴァルハラで……」
と、言いかけてシオンの表情が硬直し。
「いや、その件は今は……かまなわないさ。
とにかく指揮は私が取るよ。
私が作ったのはひかりだけではない。
ひかりを含めたファン・ラインの全列車を管理するシステムと中央制御センター。
私の技術で……問題を解決してみせる。
それで、最初の指示だが……」
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――3時15分
「なんでマールはそんなにゲームがうまいんですか!?」
「うーん、普通にやってるだけだけど」
列車でGO! でもまるでマールのようにいかないアナスタシア。
ぐぬぬと口元を一文字に結び、改めて自分の蒸気アカウントを開く。
「なら次はS列車でいきましょう!
初期資産ゼロ、借金スタートからいかにして……」
「あー……そのゲームは……」
思わず苦笑いを浮かべるマール
「私がやってた仕事と同じだからさ……」
「……ぁ」
苦笑いを浮かべる目元がじわりと滲んでいたことに気付き、
アナスタシアは思わず自分の浅はかさを恥じた。
「いや、アナスタシアさんがやるなら私、見てるから……」
「ごめんなさい!」
立ち上がってマールを抱きしめるアナスタシア。
マールの顔がちょうど胸に埋もれる形だ。
彼女がわざわざ立ち上がってこの身長差を作った理由。
それは、偽りの笑顔の裏に滲んでしまった涙を拭い隠すため。
そして、傷ついたマールの心を優しく包むためだった。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「……うん、いいよ。大丈夫。私は大丈夫だから」
辛い仕事から逃げるため偽装死を選んだマール。
しかし、マールは趣味を仕事にしてしまっていた。
この先、鉄道という魂に等しい趣味を捨てることなく、
可能な限り仕事を思い出すことがない物を取捨選択していかねばならない。
これはかなりの無理難題に思えるが、
そこは鉄オタのジャンルが多岐にわたることからもわかる通り、
どうにか注意を払っていけば、マールの心の傷もいずれ癒えるはずだ。
「失礼します、お客様」
「あ、少しお待ちください」
部屋の外から女将に呼ばれたアナスタシア。
そっと解放されたマールが弱々しく微笑み頷く。
若干の不安は覚えたが、マールを残して部屋の戸を開けた。
「どうしました?」
「こちら、お客様にと」
「……手紙? ありがとうございます」
今どき手紙とは古風。
とはいえ偽装死にあわせてスマホは処分している。
連絡をとるなら手紙しかないのはそうなのだが。
(あのメデューサですか……もう連絡は取るなと言ったのに……)
冷や汗を流しつつもそっと中身を読み進める。
それはギルドの書式に則っての『クエスト』の依頼だった。
が、3分の1を読みかけたところで。
(私達には、関係ない)
首を振って捨ててしまおうとする、が。
「待って、まだ全部読んでない」
「マール!?」
いつの間にか後ろからマールが顔を覗かせていた。
しまったと重ね重ね自分がどうしようもないことを悔やむアナスタシア。
この手紙は、絶対に見せてはいけない内容だったのに。
「関係ない! もう私達には関係ないから!」
「関係あるでしょ。鉄道のことなんだから。貸して」
「あっ……」
手紙を奪われるのを我が事ながら他人事のように見守るしかできない。
マールの表情からは、その感情が読み取れなかった。
差出人不明のクエスト依頼。
そこには今起きている事件の最新情報がつらつらと記されていた。
「雷幹線に、爆弾が」
「でもファン・ラインが対応しているんでしょう?
ならもう任せてしまっても……」
「アナスタシアさん、出る準備して」
絶対にそう言うと思っていた。
絶対にそう言ってほしくないと思っていた。
現実はいつでも予想通りで残酷に進んでいく。
「ダメですマール!
ここで出ては、偽装死をした意味がなくなります!
私の知る限りシェイドはもういない!
同じ手段はもう……」
「それでも、行かなきゃ。
シオンはあれで少し抜けてるところがあるし、
あの子には任せてられない」
「またあの日常に戻るつもりですか!?
そんなことをしたら、あなたは……
別に良いではないですか!
雷幹線が爆発したとしても……」
「アナスタシア」
ぞくりと背筋が凍りつく。
「それ、本気で言ってる?
もし本気なら私達、ここまでだよ」
マールは本気だ。
このままでは成田離婚ならぬ日暮里離婚だ。
アナスタシアは視線を斜め下に向け、出てしまいそうになる本音を口に押し戻す。
どうにか嘘を紡ごうとするも、口が動かない。
どうでもいいわけがない。
まだ乗れてもいない最新の超特急が爆破されるなんて、平気でいられるはずがない。
少なくとも自分だけは解決のために動きたい。
それでも、マールの心を思えばこそ。
「魔族も、人類も……
私達で滅ぼす必要も、助ける必要もないでしょう……?」
「……そうだね、それは本当にそうだと思うよ。
ずっと足を引っ張られてきた。
なんでそんなことするのって、ずっと思ってた。
でもね、アナスタシアさん。
私も、同じ愚かな人類種なんだよ。だから……
大好きなものを、守りたい。
自分の体よりも、大切なものがある。
わかってるのに、体が動いちゃう。
そういう愚かで救いようのない鉄オタ……
いや、鉄バカなんだよ。
アナスタシアさんも、そうでしょう?」
弱々しくも強い意志で本物の笑顔を作って。
「救いようがないね、私達」
目に滲みかけた涙を拭うこともせず。
「えぇ、滅ぼしようがありません」
まもなく旅館を飛び出した2人。
最寄りのゴタノノ駅に走りつつ、マールは上着を脱ぎ捨てる。
「3秒でつく。
舌を噛むから、喋らないで」
ごくりと息を呑みマールの手を強く握る、が。
「……?」
何事も起きない。
ドレミ、ファ。そこで音階が止まる。
「そうだ、VVVVFインバータが壊れたままだった」
「こんな時に!?
一体誰に壊されたんですか!?」
お前だお前。
「どうしようかな……
これが使えないと私の魔力が全然持たない……
アナスタシアさんは、飛べないんだよね?」
「申し訳ありませんが……」
そう会話をしつつも足は駅に向け走り続ける。
少しでも。少しでも前へ。
前へ進みながら解決策を考える。
「恥を忍んでタバッタに向かうしかないか。
そこから雷幹線に乗せてもらって……
あ、雷幹線に乗れる。やったね」
「やりましたわね」
うーん、公私混同。
だがそううまくいくものだろうか。
できれば偽装死したままでいたいという執着は捨てるにしても、
現状のファン・ラインが味方になってくれるかは分の悪い賭けだ。
普通に考えてマールは許されない。
人は合理よりも感情を優先してしまう。
こういう所の見通しが悪いのもエルフの感覚が人とズレている故なのか。
「ここからノーエに向かって乗り換えでタバッタへ……」
到着したゴタノノで列車を待つ2人。
この駅は各駅停車しか止まらない。
その上でノーエまで乗り入れる列車を待つとなるとかなりの時間ロスが……
『まもなく1番線に臨時列車が参ります。
ご乗車できませんので、お間違えのないよう』
「臨時列車? なんだろうね」
「くっ……何故急いでいるこんな時に……
カメラが手元にありません!」
だんだんテンションが元に戻ってきたなこいつら。
そこでホームにやってきたのは……
「嘘でしょ? どうして?」
見間違うはずがない。
あんなにも赤ければ、見間違うはずがない!
「K急1000型!?」
K急に導入されたばかりの最新の歌う電車。
だが、微妙に車体の構造が違うのをこの2人は見逃さない。
「いえ、違います!
私がまだ見たことも乗ったこともない……」
ドアが開くと同時に2人の前に現れたのは、赤い鎧で身を硬めた女騎士。
「この車両は!? あなたは!? どうしてここに!?」
うーん、質問の優先度。
「K急1000型試作MK-Ⅱ。
二代目K急社長、シーナ・オオタニ・ヴィクトリア。
ここに来た理由は、ある方に頼まれたためです」
とりあえず車両に乗り込んだ2人。
VVVFインバータが独特の歌声をあげて車体が動き出す。
「何この加速度!?」
「流石K急の新型です。3倍速いですね」
「当然です。スペックノート上の最高測度は130km/h。
しかし実数値はさらに上です」
「いやちょっと待って!
K急の路線区間の制限速度って120km/hだよね!?
それより速くした意味ないよね!?」
「あります。それは、こんな時のため……
こんなこともあろうかと!」
制限速度を無視しさらに加速していく赤い流星。
闘武の路線をK急の車両が走るというだけで垂涎ものだというのに、乗っているのは未知の新型。
それがありえない速度で走るのだから、それはもう。
「あぁ……素敵な歌音……!」
アナスタシアは正気を保つのが精一杯だ。
「でも、ある方っていったい誰が……」
「はい。私の……」
言葉を一度止め、首を傾け。
「……不義相手?」
「えー……?」
「騎士の不義は文化です!
何も問題ありません!」
そうかな? そうかも。
そうこう言っている間に電車はホクトセンジュを通過。
ここからヒダチ線に乗り入れ、ノーエへ……
「ちょ、ちょっと!
ノーエはそっちじゃない!」
「ノーエには向かいません」
列車は最高速度を維持したまま線路を進み、地下へ潜る。
「英断シルバーへ乗り入れ!?
一体どこに向かうつもりなんですか!?
私達は……」
「雷幹線を追ってグランサカーツへ行きたい。
そうでしょう?」
「そうです! ですからファン・ラインの……」
「ファン・ラインが今のあなたを受け入れるわけないじゃないですか」
「う……」
突きつけられる現実。
しかし、ということは……?
「私達私鉄各社は、ファン・ラインに変わる新時代の鉄道会社としてお客様の期待を背負わせていただいています。
確かに今のファン・ラインの状況は見るに耐えない。
噂される分割民営化もやむなしと言えるでしょう」
「…………」
今にも泣き出しそうな顔でどうにか踏ん張るマール。
アナスタシアに睨みつけられながらも、ヴィクトリアはどこ吹く風で話を続けた。
「ですが、それは私達がファン・ラインを侮蔑の目で見ているというわけではない。
むしろ、最初からずっと。
ファン・ラインへの思いは、変わっていない」
ヴィクトリアは目の覚めるような敬礼をマールに届けて。
「尊敬と憧れ!
それが、すべての始まりであるファン・ラインと……
鉄道女王への思いであり、騎士の忠義ですっ!」
「……!!」
どうにか踏ん張っていたマールが破顔する。
涙がとめどなく流れていく。
やはり地下水の流出問題は今も昔も不可避のようだ。
「今、ファン・ラインは危機にある。
故に今、私達私鉄がファン・ラインを……
いえ、鉄道女王を助ける!
私鉄の路線だけで、あなたをグランサカーツに届けます!」
「なっ……! そ、それは……!」
マールとアナスタシアの表情が曇る。
それは……
不可能である。




