「女王の遺志」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
――10月1日、午前10時
12時から予定されていたニューブリッジ中央駅での雷幹線開通式典を前にして、
ファン・ライン本社にて記者会見が開かれた。
本来ならば夢の超特急雷幹線の開通というめでたくも記念すべき1日のはじまりだったはず。
しかし、カメラを向けられた技術主任シオン・マヒデの口から語られたのは、
後に彼女2つ目の魔法科学賞のメダル授与に繋がる発明、雷幹線とはまるで関係ない内容。
「本日午前0時25分、ヒダチ線アヤノ駅付近で発見された轢死体だが。
調査の結果、昨日消息不明となった総裁、マール・ノーエであることを確認した。
世界は、魔王を倒した英雄を。鉄道女王を、失ったのだよ」
淡々とした語り口調に記者たちがざわめきだす。
それぞれが一斉にシオンに質問を向ける。
自殺か、他殺か。他殺なら犯人は誰なのか。
シオンは柔らかな作り笑顔で質問を聞き流していたが……
『では今日予定されていた雷幹線の開通は、
延期になるんですか!?』
その質問に一呼吸を挟んで片手を上げ、鋭い目を作った。
「事実として、私達ファン・ラインは『最悪の鉄道会社』と呼ばれて当然の
殿様経営を続けていたと言わざるをえない。
巷で叫ばれているように、赤字路線を廃線にし、
これ以上民のための税金を無駄にしないよう事業を縮小していくことは
経営を考える上として当たり前の話。
そう考えれば、雷幹線は無駄の極みと言わざるをえない」
さらにざわつく会見場。
これは同時に生中継されていたネット配信でも同じだった。
それぞれの立場からのコメントが弾幕となって画面を埋め尽くす。
ファン・ラインに敵対的なコメントと擁護するコメントの割合は、
この時点で9:1だ。
「だが君たちはここ数年のマールの努力を知っていたはずだ。
既に多くの社員が彼女の言葉で心を入れ替え、
少しずつだが確実にサービス向上が進んでいる。
鉄道建設に批判的だった地元住民もマールの言葉でほだされ、
駅の開業後は鉄道の恩恵に感謝していると聞く」
弾幕が止まり、一部の人のみが強い己の主張を書き込む。
中には一人で荒らしのように、ファン・ラインへの悪評価を連ポスする者も居た。
だがその反面、マールと出会い、彼女の話を聞いた大勢が、
一言ずつマールを称賛するエピソードを語り始めた。
ファン・ラインへの称賛ではなく、マールへの称賛を。
「鉄道女王の死は自殺なのか、他殺なのか。
そしてもしも他殺だとすれば、その犯人は誰なのか。
これは未だ調査中だが、確実に言えることがある。
それは、ここ数年のマールの働きと、
今日の雷幹線開業が無関係ではないということだ」
それは間違いないだろう。
味方を増やし続けるマールに危機感を覚え強硬策に出たのか。
雷幹線開業に対して強いヘイトを持っていたのか。
もしくは、終わらない戦いを前にマールが諦めてしまったのか。
多くの可能性が考察されたが、
その多くがマール個人には味方寄りの立場で考察しているように見えた。
「事業を縮小しなければならないファン・ラインの現状を考えれば、
雷幹線計画はこのタイミングからでも中止にするべき。
少なくとも今日開業する予定のニューブリッジ―グランサカーツ間以外はね。
その考えは、確かに一理あると言わざるをえない。
だが、今日このタイミングでマールが命を落とした今、
私はその言葉を……」
「断固として拒絶するっ!」
「私がマールの……大切な幼馴染の!
鉄道女王の遺志を継ぐ!
私、シオン・マヒデがファン・ラインの次期総裁だ!
私の残りの命、数百年!
そのすべてをファン・ライン再生と発展に賭けると誓おう!
故に、雷幹線は予定通り開業する!
これは、鉄道女王が残したレガシーだ!」
マールへの思いが高められた上でのこの宣言に、
会議場も動画配信も大きく震えた。
ここでさらに、今日までのシオンを知る者が語る。
アイアンシンギュラリティで知られる彼女は、
ただの技術者で、メカにしか興味がないような人物だった。
だが、今はもう違う。
その背後に、鉄道女王の遺志が見えるようだ、と。
当初、雷幹線の開業に対する賛否は
9:1で否定派が優勢だった。
しかしマールの死と、シオンの総裁就任を経て。
このタイミングで行われた意思表明の結果では……
63%が雷幹線の開業を支持していた。
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――11時
かつて魔王軍残党の拠点があった屋敷。
その会議室に集っていた魔将軍は、もう2人しか残っていない。
それだけでなく、彼らの精神的主柱であり新魔王となるはずだったアナスタシアの席も、
今は空座となってしまっていた。
アナスタシアに関してはただいなくなったというだけの話ではない。
魔将軍ゾロゲが残したレポートには、アナスタシアの本性が記されていた。
前魔王亡き後、残っていた魔将軍や7ツ星の多くを屠ったのは人間ではない。
アナスタシアその人である。
実質的に彼女は、ただ1人で魔王軍残党を壊滅させたと言える。
「あの裏切り者の本性に、もっと早く気付いていれば……」
悔やんでも、もう遅い。
そもそもアナスタシアは魔王の血こそ引いていたが、新たな魔物を生み出す力はない。
魔物の全滅は、最初から約束されていたのだ。
「だが、ただでは終わらないぞ……!
鉄道女王亡き後も人類種のシンボルとなる新たな鉄道……
それが走る世界など、認めはしない……!」
シオンの総裁就任の配信を見終えて、
魔王軍残党はここに最終作戦を開始する。
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――11時50分
「そろそろはじまるよ! アナスタシアさん!」
ゴタノノ駅を出て3分、末廣旅館。
ここが当面の2人の愛の巣である。
おかみのフクフクは既に買収し口止め済み。
ほとぼりが冷めるまでここに潜伏するつもりだ。
ギルドの連中も、まさか現場から徒歩10分に鉄道女王が生きて潜んでいるとは予想だにしないはず。
「アナスタシアさん? 見ないの?」
テレビにかじりつき雷幹線の開通式典の始まりを今か今かと待つマールなのだが、
一方のアナスタシアは。
「…………」
朝食のヨーグルトをこぼしたまま拭く気力も残っていなかった。
(ありえない……私が……私が優位に立つつもりだったのに……!
こんな……こんなことって……
本人曰くこれで普通とか……
エルフの女性は化け物なんですか……!?)
哀れ、アナスタシア。
完全に上下関係をわからされた元魔王の娘がそこにうなだれていた。
というか、2人は何をしていたんだろうか。
金太郎鉄道10年3本勝負かな?
しかもこのしょーもないイチャイチャにより、
マールはシオンの総裁就任宣言を見逃し、
文字のニュースでしか把握していない始末である。
哀れシオン。やはりこのエルフはもうダメだ。
「あっ! はじまった!」
ゆっくりとホームに入ってくる雷幹線。
テレビの中でファンファーレが響き、くす玉が割られた。
ここでようやく最低限動けるだけの気力を回復させたアナスタシア。
マールの隣に体を寄せてテレビを見つめる。
「今までの鉄道車両とはまるで形が違いますね……
すらっとした白いボディに青いライン……
まるでマールみたい……」
「やだなぁ! 私はあんなにかっこよくないよぉ!
それにしても、どうやってあんな形を思いついたのかなぁ、シオンちゃんは」
多分それ、知ったら流石のマールも泣くと思うから知らない方がいい。
くれぐれも諸兄も事実を教えないように。
「あ、噂をすれば!」
笑顔で手を振ってカメラにフォーカスされるシオン。
他のファン・ライン社員たちがやつれて疲れた表情でロープを切る中、
シオンだけは清々しいほどに晴れきった笑顔でカメラに手を振っていた。
「……私が死んだのにあの笑顔、さすがに酷すぎない?
あと服がダサい」
不機嫌をアピールするように頬をふくらませるマール。
親の心子知らずレベル100。
誰かこいつを殴り飛ばしてやってくれ。
あともう雷幹線のデザインの由来も教えてやれ。
「まぁ良いではないですか。
早く世界が『鉄道女王』としてのあなたを忘れなければ、私達は雷幹線に乗れませんわ」
「それはそうなんだけど……
アナスタシアさんだけでも乗ってきたら?」
「嫌です。マールを置いてなんていきませんよ」
「っ! っ~~~!! アナスタシアさぁぁん!!」
「えっ!? 嘘ですよね!?
ま、まだ体力がありますの!?
ちょ、ちょっと待っ……あぁっぅ!」
2人がまた金太郎鉄道をはじめてしまったようなので場面を切ろう。
おそらくマールは当たり前のように目的地を目指さず西のリズモのそば屋独占を目指す。
そのために東に進んで暴走半島をぐるぐると何周もすることになるのだろう。
はたして普通にやっては勝てないと悟りグランサカーツのプロ野球団購入に走るアナスタシアの明日はどっちだ。
次回の決算、33億VS-4億。NHK。




