「D」(Destroy!!)
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
ここで時間を遡って。
――9月30日、昼12時10分。
「意外ですね。俺達がそんなに紳士的だったなんて」
暗い廃工場の中、魔族のチンピラがそう漏らす。
「なんのことだ?」
「鉄道女王っすよ? 俺達の敵! 魔王様の仇!
ブチ犯して腕の1本くらい切り落として当然でしょう!」
怒りの込もった叫びに、もう1体の魔族がため息をこぼす。
「やろうとしたさ。
して、出来なかった」
「なんでっすか!? 魔力は封じてるんでしょ!?
なら、あんなメスガキ!
せめて裸にひん剥いて!」
「だから、できねぇんだよ」
「なんで!?」
「あの服の下に防具を着込んでやがるんだ。
脱がせようにもまるで脱がせられねぇ。
触ったやつの手が焼きただれた。おそらく、ミスリル製だよ。
半端な刃物じゃ傷もつけられねぇし、俺達じゃ何もできねぇ。
あの服もちゃんと着せとかないと、文字通り『手がつけられねぇ』のさ」
その会話を耳しつつ、マールはほっと胸をなでおろす。
(まさかこんな形でカナンのうっかりに感謝するなんてね……)
つい先程も一瞬尿意を感じたばかりだったが、それももう消えている。
改めてカナンにはもう感謝してもし足りない思いだ。
(ダメだ、魔法が使えない。
どれだけの時間が経ったんだろう。
11時からの労使交渉は、流石にもう間に合わないよね……)
9時45分。エチゴ屋の中で情報屋のシュガーと落ち合った。
買おうとしたのはいつも通り組合の最新内部状況と、
前回依頼した鉄道入札に関する使途不明金の調査報告。
ついでにもしもわかるならアナスタシアさんの情報をと依頼しようとしたものの。
「いやぁ、ごめんなさいねぇ、総裁」
ニューブリッジ駅にて車両整備の任に就きつつ、ギルドでバイトをし、
同時に魔王軍諜報将ゾロゲ配下のエージェントでもあった受付嬢は、
後頭部をかきつつまるで申し訳無さを感じてないゆるい笑顔でマールの口元に何かのスプレーを噴射した。
そこから先の記憶はなく、今に至る。
(相手は魔族みたいだけど……)
耳をすませて聞こえてくる声は2人分。
だが、マールの耳はもう1人のかすかな呼吸音を感じ取っていた。
「なら別に服の上からでもいいんで、ぼこらせてくださいよ!
あいつは魔王様の仇で、俺達魔族の……!」
「少し、待ってほしい。
総裁は……自殺ということにしたいんだ」
そこではじめて聞こえた3人目の声。
おとなしく落ち着いた声からは憎悪が感じられない。
(総裁、と言ったの?
なら、まさか……)
一方その頃、ギルドにて。
安楽椅子探偵よろしくギルドに集まる情報を束ねて推理を進めていたジュダ。
彼はマールが情報屋にアクセスしたことまでは気付いていた。
問題はその情報屋の裏にいた真犯人。
ジュダはこれを5つの可能性を考えていた。
(1つは魔王軍残党。
奴らが鉄道女王に恨みを持つのは当たり前。
誘拐からの殺害……動機は十分だ)
(2つにファン・ライン内部の人間。
労使交渉では損をするやつも得をするやつもいて当然。
殺してリセットを狙うか、もしくは、脅迫)
(3つに政治に関わるやつら。
ファン・ラインの入札の一部に怪しいカネが動いてやがる。
その不正入札のしっぽを鉄道女王につかみかけられて、とかだな)
(4つにファン・ラインに恨みを持つ一般人。
ここ数年の鉄道女王の頑張りは確かに認められてはいるものの、
未だファン・ラインは金食い虫で税金泥棒の評価がデカい。
鉄道女王を消せば、今囁かれてるファン・ライン解体からの
分割民営化もうまく進むはずだ)
(そして最後は……ここまでがすべて杞憂。
情報屋なんてのもいなくて、ただ鉄道女王が前と同じでふらっと消えただけ。
ただ仕事が嫌になったのか、
それとも『責任』の取り方を『間違える』つもりなのかは……わからんがな。
だがもしも間違えるとすれば……
鉄道女王は……その『手段』に鉄道を選ぶのか?)
はたしてジュダの推理の中に正解はあるのだろうか?
改めて倉庫の中に視点を戻そう。
マールを拉致した犯人グループ。
その会話を聞けば、答えがわかるはずだ。
(私を総裁と呼ぶ人類種……その正体は……)
「私達が総裁を自殺に見せかけたい理由は……」
「理由は……?」
(……ごくり)
息を呑み犯人の正体に聞き耳を立てた、その時。
バタンと扉が開く大きな音がしたかと思えば、
その場に居合わせた男たちが慌てて立ち上がる音が続き、直後。
「死すら生ぬるいですが死になさいっ!」
「うぎゃーーーー!!」
おそらく氷系の魔法と思われる甲高い音が響き、
隣の部屋から生きている人間の気配が消えた。
(……は?)
呆気にとらえるマールの前に、
3人の頭をぽいぽいっと蹴り出して並べてみせたのは。
「マール! 助けにきまし……キマシ……」
縛られたマールを見て言葉を止め。
「……しばらく眺めていてもよろしいですか?」
「んーっ! んんーっ!」
こんな時にも欲望には忠実なアナスタシアであった。
「ぷはぁっ! アナスタシアさん!」
「わかってます。残念ですが今縄も解くので……」
「始末するのが早いの!
犯人の正体がわからなかったでしょ!」
それはそうなのだが。
この状況でそのセリフが出せるマールもマールである。
「はいはい。どうでもいいので」
「よくなっ……アナスタシアさん!」
「話は後で少しだけ聞きますから待っ……」
「後ろっ!」
「えっ?」
背中に、刃が突き立てられた。
「かはっ……」
「アナスタシアさん!!」
ばたりとその場に崩れ落ちるアナスタシア。
後ろに立っていたのは、ぼんやりとした『影』だった。
「ひっ……姫様が……悪っ……いやっ!
これは無惨に貴様に殺された魔物達の復讐の刃!
誇り高き魔物の身でありながら魔族を! 魔王様を裏切って!
鉄道女王と内通していた裏切り者への、天誅だっ!
私の……私の右目を奪った、貴様へのなぁ!」
諜報将ソロゲ!
かつて気まぐれにアナスタシアから片目を奪われた彼もまた、
死の間際のサウロから、すべてを伝えられていたのだ!
「アナスタシアさんっ! アナスタシアさん!!」
口から血を吐き、ぴくぴくと痙攣していた体が。
「そんな……そんなことって!」
まもなく、動かなくなった。
「いやぁぁぁぁああああ!!」
絶叫するマールの前で影が笑う。
「はっ、ははっ! 私は運がいい!
裏切り者を処分しに来てみれば、まさか目の前に鉄道女王まで!
我ら魔族の怨敵2人……この私が!
ここで同時に始末する!
安心しろ、すぐにそいつと同じところに連れて行ってやるさぁ!」
アナスタシアの体から剣を引き抜き、
それをマールの顔に向けて振り下ろそうとした、その時。
影が、何かに躓いたように転んだ、かと思うと。
「やはりあの時すべての光を奪いエゾチ送りにしておくべきでしたね」
握りしめられた片足から一気に魔力を流し込まれ、ゾロゲは瞬間凍結した。
「えっ……アナスタシアさん、どうして、生きて……」
「ご存知ないんですか?
魔王を殺せるのはミスリルの武具、勇者の剣だけ。
だから魔王は、勇者以外に倒せないんですよ」
さも当然とばかりに立ち上がり、血に染まった白いワンピースをつまんで渋い顔。
どうやらお気に入りだったらしい。
「ちょ、ちょっと待って!」
「はいちょっと待ってくださいね。
よし、縄も切って」
血濡れた刃を拭きもせず、そのままマールの手を縛っていた縄を切断。
手首についた血をぼぉっと眺めて。
(アナスタシアさんの血だ……)
一瞬呆けるも。
「いやいやいやいや!
ちょっと待って!
ならどうして人類は魔王ノヴァを倒せたの!?」
「あぁ。マール、人類がお父様を倒したと思っていましたのね」
「え? えっ!? えぇっ!?」
「まぁ、その辺りの話も含めて……」
そっとマールに耳打ちするように。
「ホテル、行きましょう」
「!?」
ボンッ、と顔を赤くさせつつ。
マールは、こくん、と首を縦に振った。




