「魔王のクエスト」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
「なるほど。サウロの目にそんな力が……」
「羨ましい限りです。
私の目では『見る』ことは出来ても、
『保存』して『視聴』させることはできないので」
千里眼はバクベア種とメデューサ・ゴルゴン種の0.1%だけが持つと言われる先天性の超レアスキル。
まさかサウロ以外に持つ者が残っていたとは思いもよらなかった。
ともあれ、伊達に5000年を仕えた古狸ではないということだ。
死の間際に、魔将軍達にその目が記録したすべての秘密を届けていたらしい。
アナスタシアが鉄道オタクで鉄道を愛していること。
大きな戦力になりそうなブッチャーを粛清したこと。
ミスリル冶金スキル持ちのエルフを発見した張氏を粛清したこと。
そして、よりによって宿敵である鉄道女王と共謀し、
聖地コーヤ襲撃部隊を全滅させたこと。
魔族は本能的に魔王を崇敬する社会性昆虫のような習性を持っているが、
個人の意思がないわけではない。
流石の魔王の娘とは言え、ここまでのことをしたとバレれば謀反もやむなしであろう。
「つくづく底なしの愚か者共ですね。
魔王様は、ちょっと鉄道が好きなだけですのに」
ちょっと?
「ちょっとではありません。
この身すべてを捧げても良いと思えるほど愛しています」
「そうでした。誠に失礼致しました」
あ、それ自分で言うんだ。
しかも受け入れてるんだ。
「まぁ私の2番目の目的は人類の殲滅。
それが達成できれば魔王の椅子も魔族の未来もどうでも良いのですが……
私を欠いてあの愚か者共は人類の殲滅を目指せるのでしょうか」
むしろ居ない方が魔族として生き生きと人間を殺してまわりそうな気はする。
それは決して効率的な最短ルートではないかもしれないが。
「無理でしょうね。
むしろ魔王様の最優先目的の障害になるかと」
「鉄道の永久保全……」
苦々しい顔で舌打ちをするアナスタシア。
本当に、どこまでも愚かなゴミ共である。
「ということで、こちらクエストリストです」
「くえすと、りすと?」
首をかしげるアナスタシアに押し付けられるギルドのテンプレートが使用されたクエスト一覧。
そこには魔将軍の名前とリアルタイムの所在地情報。
そして、討伐報酬が記載されていた。
「目的の障害となる愚か者共をすべて粛清する魔王のクエスト。
順々にこなしていきましょう。
素敵な報酬も用意してありますので」
「パルテム……!
あなたはなんて優秀な……!」
と、ここで討伐報酬に目を輝かせかけて、首を傾け。
「あれ? この特急の愛称板……
それと、生産中止の限定モデルは……」
「はい。幸運にも先日素晴らしいコレクションを仕入れられまして。
私のオススメは、最新版のJTB時刻表がもらえるこのクエストからですね」
やはりこの受付嬢、とてつもないやり手である。
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「なっ、きさm」
「ごきんげんよう! 死ねっ!」
寝込みを襲おうとした寝室は、もぬけの殻だった。
とても年頃の少女が住んでいたとは思えないほど空虚なその部屋は、
魔王の精神がいかに空虚で異常なのかを証明するかのようだった。
サウロが死に際に送ってきたイメージは、信じがたいものだった。
まさかあのお美しい姫様が。自分たちの魔王様が。
それでも、あの裏切り者を活かしておけば魔族は滅びる。
その事実を前に、残りの魔将軍達は謀反を決意し、空振りに終わった。
一体あの裏切り者はどこに行ったのか。
そんなことを考えていた、まさにその時が最期だった。
「おめでとうございます、クエスト達成です。
はい、討伐報酬の最新版JTB時刻表です」
「ねぇこれ私のでしたよね!?
そもそも残りのリストも全部私のですよねぇ!?」
「魔王様、ご存知ないんですか?
逃走手引の依頼費ってかなりお高いんですよ」
「カリンに頼んでなどいませんっ!」
「でもやりましたし。
あと、カリンも偽名なので、次はファムとお呼びください」
やはりこいつ、今すぐ殺すか?
いや、それはまずい。
流石に今この目を失うわけにはいかない。
「では追加報酬を。情報は最大の貴重品。
私の目は万物を見通します。
魔王様の望む情報をお渡ししましょう。
どの討伐対象の詳細をお話しましょうか?」
やはりこのメデューサ、どこかおかしい。
その目に睨まれると、なんとなく反抗ができなくなるような。
口答えは許さないという『強み』がある。
「情報……」
ともあれ貰う物は貰おう。
今私が一番知りたいのは……
「鉄道女王は……
マールは、泣いていませんか?」
「泣いてるわけないでしょう」
予想通りの質問でしたとばかりに即答が返される。
「あの方は私の推しが認めた相手ですよ。
いつまでもくよくよしている人ではない。
それどころか、今も『誰か』のために全力で目的を達成しようとしています。
あの人は負けない。絶対に負けない。しかし……」
戦争に参加した人類軍兵士すべての再就職受け皿となった故の全世界50万人超の社員の懐柔。
世界合計10万箇所の駅の周辺住民への説明。
その終わりの見えない一人旅で、マールは無双を続けている。
どんな強い信念があっても。
どんな悪意で立ち向かおうとしても。
圧倒的な『時間』を注いで説得されてしまえば、勝てるはずがない。
マールは絶対に負けない。
絶対に負けないのだが……
この2年で心を入れ替えられた社員の数は、900名。
回れた駅の数は、11件。
そしてこの2年の新入社員の数は、1100人。
新たに作られた駅の数は、21件。
「数には勝てない。
勝ち続けても、終わりがない。
まるで、かつての魔王様の戦いのように」
そうだ、マールが完全勝利するためには……
人類の数を減らすしかない。
そのために、アナスタシアは。
「私が早く、人類殲滅を達成しなければ……」
そうしなければ、マールは。
お父様の、二の舞いになってしまうかもしれない。
――弱かったお父様の、二の舞いに。
一瞬よぎった未来予想も首を振って振り払う。
だがその汚れはどれだけ車体に水をかけても落ちることのないしつこさで。
「……なるはずがない。
マールは、強い……強いから……」
「そうですね。
少なくとも、装備の面は完璧でしょう。
調達を頼まれるまでもなく、間違いなくこの世界で一番いい装備。
しかし、たとえ鎧をまとおうとも……」
――心の弱さは、隠せないから。




