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「蒸気機関、始動」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

「知ってる? シオンちゃん。

 世の中には部屋が汚くなっても掃除とかしないで、

 そのまま放置して新しい家に引っ越す人がいるらしいよ」

「それは実に効率的な生き方だねぇ。

 確かに、この馬車は少なくとも私の新しい寝床にはちょうどいいねぇ」

「いや、絶対馬車じゃないと思うよ」


 家を吹き飛ばされたシオンはマールが発見した馬車のような何かに案内されていた。

 見たこともないその何かに興奮するシオンだったが、

 ある程度科学というオカルトに精通した彼女をもってしても

 これが何なのかはさっぱりわからない。


 だが少なくとも、1つだけわかることがあった。

 それは先程何もわからないという結論にたどり着いたマールも同じ。


「これは、大きなファンレールだったんだ」


 マールは手のひらの上で車輪を回転させるおもちゃを眺める。

 色と形は少し違うが、おそらくこれらは同じ物だ。


「いや、それは逆じゃないかねぇ」

「逆って?」

「これの小さいものがファンレールなのさ。

 つまり、ファンレールはこれを模したおもちゃというわけだ」

「なるほど……」


 確かに、馬車を模したおもちゃなら見たことがある。

 ファンレールがおもちゃであるという話が正しいのなら、納得がいく話だ。


「つまりこの大きなファンレールも……」


 手のひらの上に車輪を回転させるおもちゃを見つつ。


「空間にプラズマを展開すれば、車輪が回転するだろうねぇ」


 その言葉にこくりと頷く。


 先ほどの魔物の襲撃時に突然このおもちゃが動き出した理由。

 それは、マールが雷撃魔法を放つため

 空間内にプラズマを展開したためだったことは既に気付けていた。

 ならばおそらくこの鉄の塊も、

 プラズマに反応しその巨大な車輪を動かすはずだ。


「わかった。やってみる!」


 電池で動くおもちゃ、ファンレール。

 彼女たちにとっては不幸なことに、

 そのパッケージに電池は入っていなかった。


 だが、たまたま襲撃したガーゴイルを、

 たまたま電撃魔法で撃退したのが幸運だった。

 無意識に空間内に展開された電磁場は、

 電池なしにファンレールのモーターを稼働させたのだ。


 マールとシオンはその偶然の成功体験をこの蒸気機関車にも再現しようと試みる。

 バチバチと展開される電場と磁界。

 自身とシオンが感電しない調整は当然無意識という感覚派天才仕様。

 少しずつ電圧をあげていく、が。


「……動き出す気配すらないねぇ」

「これ以上魔力を込めると危ないと思うんだけど」

「だねぇ。やめたまえ」


 消失する電場と磁界。

 手のひらの上のファンレールもその動きを止めた。


「これがファンレールと同じなことは間違いないはずなんだけど……」

「少なくとも動力源は雷じゃないみたいだねぇ」


 ただ、ファンレールから気付けた知見はある。

 冷たくない雪に埋め込まれたファンレールのうち、

 プラズマに反応して車輪をまわしたのは1つだけ。

 他はおそらく動力的な仕組みを持たない。


「雷で動いたのは1つだけで、

 他はただ引っ張られるだけの馬車だった。

 つまり、この椅子が並んでる場所に仕掛けはない。

 仕掛けがあるのは……」


 そのまま先頭に移動して。


「この場所だね」


 何かしらの動く仕掛けがあるのは、先頭にある煙突付きの鉄の塊。

 冷静に見ればそれは後ろの客車とは異なり、

 明らかに何かしらの機械的仕掛けであることがわかる。


 その複雑なシステムと多くのレバーは、下手に触ると爆発し、

 謎のヒントをこの世から消滅させてしまう可能性を感じさせた。

 そこで彼女たちが目をつけたのは、この動力がありそうな先頭車両と、

 後ろの客車の間にある空っぽの入れ物のような台車。


「ここは荷物を乗せる場所だよね」

「だとしたら屋根がないのが不思議だねぇ」

「確かに。後ろの部屋みたいに屋根を作ることは可能だったはず」

「荷物が濡れれば価値も下がる。ここは荷物を積む場所ではない」


「うーん、荷物じゃないなら何を運ぶのかな」

「場所がポイントじゃないかねぇ」

「場所って?」

「ここに入れて運ぶ何かは、

 先頭車両にすぐに移動できる場所にあるということさ」


「なるほどね。つまり、ここに入れるのは、燃料。

 ……薪かな?」

「いい推理だねぇ。

 しかし、だとすれば屋根がないのが不思議だよ」

「そっか。薪は濡れたらダメだよね。

 濡れても大丈夫な燃料……」

「ふむ」


 一度思考を保留し先頭の機械を調べていくシオン。

 とんとんと黒い金属板を叩いていたところで答えに至り、

 マールに振り向きにやりと笑う。


「なるほど。まさに逆転の発想が必要だったわけだ」

「逆転の発想?」

「濡れても大丈夫な燃料じゃない。

 濡れることが当たり前。

 そう、この機械の燃料は……水だよ!」


 残念ながらその発想は不正解。

 それは蒸気機関を稼働させるための石炭を入れておく場所だ。

 この異世界において、石炭は未発見だった。

 正確には、発見はされていたは利用価値を見出されていなかった。

 石炭が採掘可能な古生代の樹木層からは決まって魔石、

 俗に言うエーテルクリスタルが採掘される。

 石炭はエーテルクリスタルのなり損ないであり、

 他の砂と同時に処分されるゴミでしかなかった。

 この世界の化石燃料は四大元素の魔力を宿したエーテルのことであり、

 世界人口の98%を占める魔法の使えない一般人的には

 未だ薪以上の燃料は存在しないのだ。


 さておき。勘違いしたシオンではあるが、

 水が必要ということ自体は正しい。

 ある意味では蒸気機関の燃料は

 石炭ではなく水であるとも言えるからだ。


 ぽんぽんと先頭の機体を叩いて音の反響を確認していたシオン。

 彼女の耳は、機体内部の不自然な空洞に気付いていた。


「水? 水なんか燃料にならないよシオンちゃん」

「しかしマール、水はいつの間にかなくなるだろう?

 火をかけて熱湯にすればもっと早くなくなる。

 これについて、魔法理論を理解する君は心当たりがあるはずだ」


 マールはその言葉からしばらく考えて。


「M=EC2!」

「それさ」


 魔法行使力(M)は消費するエーテルクリスタル(EC)の2乗に等しい。

 魔法物質の重さが魔力と結びつくというこの方程式は

 近年天才的な魔法研究者によって発見されたばかりの新理論だ。

 そして、この時に消費されるエーテルクリスタルは

 わずか数ミリグラムで戦略規模の魔力に変換される。


「水もおそらく同じなのさ。消えるということは、

 そこでエネルギーが発生している」

「でも、魔力の制御技能を高めないと効率的な変換は……」

「だからこの機械はこんなにも巨大なのさ。

 そしておそらく、それでもまだ変換効率は悪い。

 だが、その低い効率でも、この下の釜で熱魔法を使って……」


 と、蓋を開いた瞬間。


「うわぁっ!?」

「どうしたの大丈夫!?」


 シオンの叫び声で飛び込むマール。

 腰を抜かしたシオンの姿で臨戦態勢を取る、が。


「ぴゅいっ!」

「なんだ、ただのサラマンダーじゃない。

 あぁ、ごめんね。ここに住んでたんだね」

「ぴゅう!」


 火鼠、サラマンダー。

 かわいらしい見た目だが、

 迂闊に触れると背中の炎で大火傷だ。

 マールはそれも当然理解の上、

 手に魔力を込めて背中を撫でた。


「でも、珍しいね。

 サラマンダーが巣を作るなんて。

 この子は街のパン屋のかまどの中とかによく巣を作るんだけど」

「なるほどな。私の想像は半分正しかったねぇ」

「というと?」


 にやりと笑ってサラマンダーの目を見て。


「君の力を貸してもらうよ」

「きゅう?」


 マールに指示を出し、タンクと思われた場所に水を入れる。

 後に巣の中のサラマンダーに餌となるアブラの実を差し入れて。


「きゅう! きゅう!」

「ははは。元気な子だねぇ!」

「シオンちゃん、大丈夫なの?

 燃えて壊れたり爆発したりしない?」

「まぁ見ていないよ。私の想像が正しければ……」


 サラマンダーの炎で熱せられるタンクの水。

 沸騰した水は蒸気へ気体化し膨張。

 このエネルギーが、巨大な機械を動かす力となる。


「車輪が動いた!?」

「素晴らしい!

 蒸気の力を動力に変換している……

 これぞまさしく、蒸気の鼓動!

 それで動くこの馬車こそ、蒸気機関馬車!

 いや、馬ではなく火鼠を使うのだから……

 蒸気機関火車だ!」


 だがその興奮に対し、蒸気機関火車が目に見えて前進することはない。

 荒れた土の上では車輪はまともに回転しないし、

 巨体を前に動かすこともないのだ。


「力が足りないみたい……

 とてもこんなたくさんの馬車を引っ張るのは無理だよ」

「確かにな。いや、しかし」

「何か気付いたの?」

「ファンレールは青い板の上を走るおもちゃだった。

 つまり、この蒸気機関火車も同じ青い板の上を走るのさ!

 ほら、石で舗装された道路は歩きやすいし、

 馬車も比較的小さい力で引けるだろう?」


 なるほど、と納得しかけるのだが。


「それって、青い板を置いた場所しか走れないってことにならない?

 すごく不便に思うんだけど……」

「だが、その速さが圧倒的だとしたら?」


 はっ、と気付いてごくりと息を飲むマール。

 それはもしかして。もしかして……!


「足も魔法も使わず、馬より早く走れる……!」

「あぁ!」


 力強く頷いたシオンは青い板を手に取る。


「この柔らかい石を再現するのは難しいだろう。

 あいにく私は錬金術には覚えがないからねぇ。

 だが! だがしかし!

 私は見ての通りドワーフだ!

 替わりに鉄で道を作れば良かろうとも!」

「鉄の道……鉄道ってこと?」

「鉄道か! いい名だ!」


 後日。鉄を匠に操るドワーフの技術で敷かれたのは全長1kmの鉄の道。

 それが直線であったことから、シオンはこれを『線路』と名付けた。

 鉄道とはすなわち、線路である。


「よし! こいつを線路の上に置いてくれ!」

「りょうかい!」


 マールの魔法で浮かび上がった蒸気機関火車と後ろの馬車を上に置き、

 改めて火鼠にたくさんのアブラの実を差し入れる。


「きゅっ! きゅっ!」

「頼むぞ……!」


 再び蒸気を拭き上げ唸りを上げる蒸気機関。

 回転する車輪が線路の上を進みはじめる。


「すごい! 前は全然動かなかったのに!」


挿絵(By みてみん)


「やはり正解だったようだねぇ。

 しかし、まだパワーは全開ではないぞ!

 頼むぞサラマンダー君!」

「きゅうぅぅぅうう!!」


 ゆっくりと動き出した巨体が加速していく。

 その速度は、間違いなく。


「馬よりずっと速い!

 流石蒸気機関火車とサラマンダーだね!」


 あいにくこの時の路線全長はわずか1km。

 すぐに速度を落とさざるをえなくはなった、が。

 これだけの巨体がサラマンダー1匹で動くというのは、

 従来の馬車では考えられない輸送力と言っていいだろう。


「もしこの世界中を鉄道で繋ぐことができれば……」

「あぁ! 世界は変わるぞ!」


 興奮冷めやらぬシオン。その喜びに共感しつつも、

 マールはファンレール用の青い板を寂しそうに眺める。


「でも本当はこの柔らかい石の上を走るんだよね……」

「だろうな。

 おそらくこれを作った者の住んでいた『どこか』には、

 柔らかい石を完璧に加工する技術があったんだろう。

 それが再現する想像力が私に無いのは残念だが……」

「ううん! むしろなくて良かったと思うな!」

「うん? それは何故だい?」


「だって、その人の作った蒸気機関火車は鉄道を走ってないんでしょ?

 なら、鉄道は私達だけのもので、シオンちゃんだけの発明だ!

 鉄道は、私達の世界だからこそ生まれた言葉と概念なんだよ!」


 時は線歴1872年。

 こうして誕生した鉄道のアイディアと技術と共に、

 マールは彼女が魔道士になると信じていた里の老エルフ達の期待を裏切って旅に出る。


 エルフとドワーフという凸凹コンビに突然雲を掴むようなプレゼンをされた商業都市ニューブリッジのギルド長だったが、実際に動き出した鉄道を前に愕然。

 物は試しとばかりと集まった投資を元手に土地を購入し、

 近隣の貿易港であるシーサイドとの間に敷かれた全長29kmの鉄道がこの世界初の『路線』となった。


 平均速度65km/h、片道35分という圧倒的速度で駆け抜ける鉄道は、

 ギルドの商人たちにこれまでの常識を無視した新時代の流通網を想像させた。

 そして、この路線の名こそが……


「ヒントをくれたおもちゃ、ファンレールのファン(楽しい(Fun))にあやかって……

 魔法を越える幻想(Fantasy)の力で結ばれる私達の世界ライン!

 だから、これは……ファン(Fan)ライン(Line)だ!」


 1872年11月33日。ニューブリッジ駅の駅名看板前にてドヤ顔のマールさん。

(おもちゃファンレールのパッケージに記されていた異界の文字を使用した駅名看板は世界でここのみ)


挿絵(By みてみん)





――153年後。線歴2025年。




 異世界ライン。そこはかつて、剣と魔法の世界と呼ばれていた。

 だが、魔法技術の急速の発展により剣は魔法と双璧をなす存在ではなくなる。

 魔法一強。魔法の世界。

 そこに突然現れた力こそが、鉄道だった。


 鉄道の力は離れた世界の距離を縮め、世界を1つにしていく。

 事実上、鉄道の力は魔王すらも倒す結果を導いてしまった。

 故に、この世界は今、こう呼ばれている。


――鉄道と魔法の世界


 そして今、この世界の頂点に座る者の名は。


「はい。では、今日も安全第一で。

 よろしくお願いします」


挿絵(By みてみん)


 御年188歳と働き盛り真っ盛りのバリキャリエルフ。

 ファン・ライン総裁にして『鉄道女王』マール・ノーエであった。


 この物語は、鉄道と魔法の世界ラインの片隅で繰り広げられる、

 鉄道に魅了された者達の日常の物語である。

駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

座席の予約は「ブックマーク」「評価」で。

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