「魔王の秘密を知る右目」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
環境運動加速させて氷河期を導き世界を滅ぼす。
まさに新魔王、フローレス・フローズンの名に相応しい計画だ。
そんな自分たちの新魔王の偉大さに目を輝かせる魔族達に、
そのもう1つの意図が気付けるはずもなく。
(姫様が……いや、魔王様がここまでご立派になられたのなら……
もしかすると……)
環境運動に舵を取るための一通りの指示を出し終え、
必要ない部署の解体を命じた後。
アナスタシアは1枚の書類で手が止まる。
それは、あの戦争の後で生き残った魔族のリスト。
当時の魔王軍内での序列で並んだ名前のうち、その上位のほとんどに赤い線が引かれている。
アナスタシアに粛清された者である。
だが、その最上位には黒い縁が引かれ、欄外に注釈が書かれていた。
※捜索中
(魔王軍序列1位。魔王の右目、サウロ。
とても厳しい方でしたが……
今なら、戻ってきてくれるでしょうか?)
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――1962年前。紀元前1年
「サウロさん、あなたにお願いがあります」
ついに魔王城にまで侵入した勇者ライン。
魔将軍達も次々と倒れる中で、
誰もが3000年の支配の終わりを予期しつつあった。
「はっ。このサウロ、
魔王ノヴァ様のためならば死を覚悟の上、最後まで……」
「今すぐこの場から逃げてください」
「……は? 魔王様!? そ、それは……!」
「念の為ですよ」
優しい表情も声もいつものまま。
部下思いの完璧上司、魔王ノヴァがそこにいた。
「勇者ラインは強い。
変身した私でも太刀打ちができないかもしれないほどに」
「ありえません! 魔王様の戦闘力は53万です!」
「私の強さと勇者の強さに相関性はありませんよ」
それは、そうかもしれないが……
「しかし!」
「サウロさん。あなたへのお願いはもう1つあります。
もしも私が勇者と相打ち……」
「ありえませぬ!」
「もしもの話です。
もしも私が勇者と相打とうとして、それでも勝てなかった時。
勇者が半死半生で生き残ってしまった時」
「……承知しました。
もしもの話ですが、その時は私が必ず勇者を……」
「いえ。その時は勇者を……」
――看病してあげてください。
絶対に殺してはなりません。いいですね?
そして魔王ノヴァはまもなく勇者ラインと戦闘に入る。
魔王城が激しい攻撃の応酬に揺れる。
そしてその震動が、止まる。
魔王ノヴァの無事を確認するため、玉座の間に戻ったサウロが見た物は。
「ま、魔王様……!」
既に息絶えた、魔王ノヴァの姿だった。
「そんな……魔王様を失ったら、我ら魔族はこの先どうすれば……」
その時、瓦礫の奥で何かが動いた。
思わず腰の剣を引き抜き臨戦態勢を取るサウロ。
ありえない。まさか。まさかそんな。
緊張の中で瓦礫をどかした、そこに居たのは。
「くっ……はぁっ……うっ……」
勇者ラインは、生き残っていた。
そんな彼が再び目を覚ましたのは……
(どこだ、ここは)
魔王城の一室だった。
といっても牢屋や拷問部屋ではない。
温かい毛布とほどよく沈む最高のベッド。
元魔王の私室である。
(何故、こんなところに……っう!)
上半身を起こそうとして、激痛に倒れる。
手当はされているようだが、回復には時間がかかりそうだ。
いや、そもそも誰が手当など。
「目が覚めましたか」
「貴様……魔族か!?」
「いかにも」
ベッドの隣に立つのは巨大な1つ目の魔物。
噂に聞く魔族序列1位、魔王の右目、サウロだろう。
「何故、この俺を……」
「魔王様の命令です。
もしもあなただけが生き残れば、決してあなたを殺すなと」
「何故そんなっ!……ぐぅっ……」
「無理をしないでください。
あなたに死なれてしまっては、私は魔王様の最期の命令に背いてしまいます」
「最期……」
その言葉に、ラインはほっと胸を撫で下ろした。
「そうか、魔王ノヴァは……死んだのか」
「はい。あなたの勝ちですよ。勇者ライン」
この時、世界は生まれ変わった。
線歴0年。勇者ラインは、魔王ノヴァを滅ぼしたのだ。
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勇者ラインが魔王ノヴァを滅ぼしたという情報は世界を駆け巡る。
人類は長く続いた魔王の支配の終わりを喜び、
この年を新たな歴史の紀元とすることを決める。
勇者ライン、その名を取って、線歴。
こうして今に続く、人類の歴史が始まったのだ。
しかし、待てど暮せど勇者ラインが凱旋することはなく。
魔物の活動も大きく減衰したものの、途絶えることはなかった。
元号が線歴に変わって一年、二年。
人々の心に疑心暗鬼が芽生えていた。
――勇者ラインは本当に魔王を倒したのか?
――勇者は実は魔族に寝返ったのではないか?
――そもそも一人で魔王を倒せてしまうほどの存在は危険だ。
――もしもまだ生きているなら、勇者を始末しなければ。
そんな人類種が生まれながらにして持つ邪心こそが、
魔王を生み出す源の「闇」だった。
――3年後。線歴3年。
「はぁっ……はぁっ……」
「回復魔法、出力を上げてください!
勇者を死なせてはいけない!
それが魔王ノヴァ様の最期の命令だったのです!」
ラインの傷は回復することなく、3年間魔王のベッドで静止の縁をさまよい続けた。
だが、それもここまでかもしれない。
「サウロ……ここまで、ありがとう……」
「ふざけるなよ勇者!
これは貴様を思ってのことでもなんでもない!
許されるならこの生命維持魔法のコードを今すぐ引き抜きたいほどだ!
だが貴様を死なせないことが魔王様の最期の命令!
故に貴様を、死なせるわけにはいかんのだ!」
「いや……俺はもう、ダメだ……」
「勇者ライン! 貴様ぁ!
魔王様の命令を! 意志を!」
必死で気迫を入れるサウロの顔を見て、ラインは笑った。
「ふっ……ふふっ……そう、か。
そうだよな……
俺がここで死ねば……
魔王の最期の……野望を……
勇者として……打ち……砕……」
――ピーーーー!!
生命維持システムが、勇者の死を告げた。
線歴3年。魔王を倒した勇者ライン、逝去。
結局彼は、魔王と相打ちになっ……
――ぼごっ
ラインの体が、跳ねる。
「……は?」
――ぼごごごごっ
サウロは自分の目を疑った。
既に生命維持システムは停止している。
にもかからわず勇者の体がベッドの上で跳ね、そして。
血しぶきと共に、弾け飛んだ。
「何が……起き……」
「あなたがサウロさんですね」
「!?」
血だらけの部屋。
ベッドの上に立っていた白と紫の流線型。
忘れもしない、その姿は……
「魔王、ノヴァ様!」
ノヴァは歓喜の涙を流すサウロへ微笑んで。
「よく前の私の命令を守ってくれましたね。
はじめまして、サウロさん。
これからまた、よろしくお願いしますよ」
それがサウロが目撃した、最初の転生だった。
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――線歴1921年
「あれが鉄道というものですか」
サウロと共に魔王領へ侵攻中の人類軍の視察に向かった魔王ノヴァ。
この日、はじめて彼は鉄道を目撃する。
「はい。なんとも醜い鉄の塊です」
「そうでしょうか? いかにも速そうな流線型。
スタイリッシュでいいじゃないですか」
サウロの眉がぴくりと跳ねる。
この方はいつもそうだ。
自分の仕えた2000年あまり、
魔王ノヴァが幾度も自分を殺しに来る勇者を小馬鹿にしたことは一度もなかった。
常に相手を尊敬し、正々堂々迎え撃ち、時として敗北し、再び勇者の肉体から転生した。
魔王は世界にただ一人。決して子供を作らない。
そんな魔王が自身の命の危機を感じたとき、
魔王は無意識に転生の準備をはじめる。
新たな魔王を孕むのは、前魔王を追い詰めた勇者。
その体内に埋め込まれた種は、
中から勇者を食い破り始末すると同時に、
勇者の力を受け継いだ新魔王を産む。
魔族の中でも魔王本人の他は側近のサウロしか知らない秘中の秘。
これが、魔王の不滅性の理由だった。
「魔王が勇者を選び、勇者が魔王を生む……
その仕組は理解しておりますが、せめて私以外の前では、そのような……」
「わかっていますよ。
魔族こそが優良種で、人類は劣等な生物。
そう言っておくことが、みなさんのアイデンティティになりますからね」
そう優しく微笑んだ魔王ノヴァの片手に魔力が宿り。
「あの鉄道には、名前がついているのですか?」
「たしか、『らいてう』とか……」
「なるほど。良い名前ですね」
その列車に向け、魔力を解き放った。
爆音と共に吹き飛ぶ線路。
らいてうも脱線、爆発炎上。
次いで潜んでいた魔族が一斉に乗客達に攻撃をはじめた。
「後はお願いしますよ」
「はっ!」
魔族の中では、鉄道が魔王を滅ぼすかもしれない、という言説が広まっていた。
だが、そんなことがありえるものか!
勇者ならまだしも、相手はただの鉄の塊。
それが魔王を倒すなど、ありえる話ではない。
「サウロ様! 作戦終了しました!」
「よろしい」
乗客をすべて始末し、補給物資もすべて焼き払った。
残るはこの醜い鉄の塊だけだ。
「『らいてう』か……」
「確かそんな名前でしたね。しっかりと破壊しておきます」
「……ん。待て。まさかこれは。
まだ動くのか?」
その時。サウロにひらめきが走る。
「……この『らいてう』は」
「はっ! 完全に破壊し……」
「修理してください」
「はっ! ……は?」
それはサウロの、気まぐれだったのかもしれない。
後に報告を受けた魔王ノヴァは笑いながら答えた。
「それはとても面白いですね。
私は考えつきもしませんでしたよ。
さすがはサウロさんです」
が、魔族に複雑な進化を遂げた蒸気機関を修理する術はなく。
1年後、らいてうはその蒸気の鼓動を止めた。
(……もし、仮説が正しければ)
サウロは『らいてう』のクリーム色の車体を離れたところから観察する。
その数秒後。『らいてう』のボディは謎の大爆発で木っ端微塵に。
そして、その爆発の中央に居たのが……
「ごきげんよう、サウロさん」
後の魔王の娘。アナスタシア・ノヴァであった。
――線歴1946年
「待ってください! サウロ!」
魔王ノヴァは滅びた。
その因子を受け継ぐ人間も居ない。
唯一と言えるのがこのアナスタシア。
だが、それはまぎれもないイレギュラーである。
「……確かに姫様は魔王様の血を継いでいます。
しかし、その生まれはあまりにもイレギュラー。
おそらくその生まれと思いが。
ある意味で『母への愛』とも言える無意識が、あなたを歪めている。
姫様、あなたは……鉄道に恋をしていますね?」
「っ……!」
お父様以外には誰にも秘密にしてきたこと。
魔王の娘であるため、隠し通してきたこと。
だが、魔王の右目、サウロには隠し事ができなかった。
「あなたを担ぎ上げ、魔王軍再興を目指す方々に水を差す真似はできません。
ですが、魔王様の仇とも言える鉄道を愛してしまっているあなたは、
魔族の長としてふさわしくはない。
あなたは、魔王にはなれないのですよ。姫様」
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こうしてサウロはひとりどこかへ消え去った。
数年前からゾロゲにも探させてはいるのだが、
やはりサウロの目は万物を見逃さないらしく、
その目を逃げ隠れることに使われているためか、未だ発見の報告は聞こえていない。
(しかし、今ならば)
サウロの「目」は切り札になりえる。
その目は人類殲滅への特急券だ。
もしもサウロが戻ってきてくれれば……
「魔王様!」
「ん……」
ひとり考え事をしていたアナスタシアに声をかけたのは、諜報部所属。
ゾロゲの直属の部下のメデューサ種。
ええと、名前は、なんといったか……
「魔王様にお手紙を預かっています」
「私に?」
今どき手紙とまた古風なことを。
それもゾロゲを通さず私に直接とは。
(まさか……マール……)
一瞬その表情が恋心と期待感と緊張感でぐちゃぐちゃに歪むも。
(ではないようですが)
ちらりとその裏面を見た瞬間、空気が変わった。
普通 5両 9月18日22時20分 1067mmの神聖結界「娘さんを私にください」
普通 5両 9月19日10時20分 1067mmの神聖結界「13個の大罪」
第10号到着 9月19日10時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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