「絶対勝利のチート無双」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
――2年後
「ありがとうございます! 総裁!
本当に、本当に総裁は俺達労働者のことを考えて……!」
「当然だよ。みんながいてくれないと、鉄道は動かない。
給料を下げたり、人員を削減したりなんかしないよ。
だからさ……」
覚醒した鉄道女王はファン・ラインの社長室に籠ることなく、
世界各地に労働組合との労使交渉へ積極的に飛び回った。
当初はマールを鬱陶しく思う組合員達だったが、
その点マールは天才であると同時に鉄道が大好きで、底なしの善人である。
善である上で効率的に事業計画予測を示していくマールの言葉は、
彼らの凍りついた心を溶かしていく。
中には当然それに訝しみ、感情由来で頑なに姿勢を崩さない者も多く居た。
そんな人物に対してマールが取った手段は単純明快。
時間をかけて対話を続けることだった。
そう、マールには、時間があったのだ。
「だからさ、真面目に安全第一に働いて、お客様にも認めてもらおう。
ファン・ラインは最悪の鉄道会社だなんて、もう言わせない。
サービス、安全、そして運賃。
ある程度の赤字を気にせずに動ける私達だけが、
最高の鉄道会社になれる条件を満たしているんだ」
時間は万能薬である。
時間さえあれば交渉は必ずうまく進む。
社員に対して物理的に寄り添うマールの交渉術は、確実な成果を見せていた。
「でもさぁ、鉄道女王さんよぉ。
こんなとこに線路を作る意味なんてねぇだろう?
言ってみろよ、こんな路線、儲かるのか?」
社員との交渉の後は地元との交渉だった。
人間は本来、変化を嫌う生き物。
鉄道の開通は世界を大きく変えてしまう。
その変化が良い変化であるにしても、変化というだけで悪に見える。
その思考のバイアスが、敵として立ちはだかる。
「そうだね、絶対儲からない。
でもね、私達ファン・ラインはお金を稼ぐために鉄道を敷いてるんじゃない。
ただ世界を便利にしたい、みんながどこまでも旅していける線路を作りたい。
それだけなんだよ。
この駅ができても、私達は儲からない。
でもみんなは違う。今より儲かるようになって街にも活気が出る。
私達の儲けは、街が大きくなった後でいい!
変化を嫌がる気持ちはわかるけど、これは絶対良い未来に繋がるんだ!」
この交渉は社員に向けるものより遥かに難しい。
なにせその反対の声には合理的な理屈の土台がない。
ただなんとなくの感情が、反対ありきで理由を探しているのだ。
本来ならばとても説得できないこの問題。
ある意味で頭でっかちで他人の心がわからないマールはこれをどう切り崩すのか?
「おじいちゃん! この荷物運んどくね!」
「おぉう、マールちゃん、今日もがんばるねぇ」
単純明快。ただ時間を使ったのだ。
ただ隣に居て、自分が善人であることを見せたのだ。
こうして縁を築き心を紐解くことは、
現状維持バイアスを覆し前に進むためのひとつの手法だった。
それはある意味、優秀な政治家の基本。
政治家のもっとも大切な仕事が「挨拶」だとはよく言ったもの。
政治判断など、結局何を選んでも誰かがどこかで割りを食う。
最初から正解などないなら、信じるのは縁のある相手。
だから芸能人やスポーツ選手のような「英雄」は政治に向いているのだ。
だがそれで通じるのはあくまで説得すべき相手の数が少ない時のみ。
この手法の最大の問題は、あまりに時間がかかりすぎることだった。
しかしマールには時間がある。
(社長室で書類にハンコを押すだけなら、誰がやっても同じだ。
だから私は。象徴としての鉄道女王は。
ただ、田舎のおじいちゃんと仲良くなることを目指せばいい!)
ファン・ラインへの怒りはあれども、
鉄道女王マール・ノーエは魔王を倒した英雄で、
誰もが見惚れる美しいエルフだった。
そんな彼女が必死で何かしらの動きを見せる限り、
民衆はとりあえず結果を待ってしまう。
彼女が絶望し、諦め、終わってしまわない限り、
今度は民衆と社員の側が結果を先延ばしにしてしまう。
こうしてマールはひとつひとつの問題をただ時間を使って解決していく。
エルフだからこそできる時間の使い方。
これはもう、圧倒的な強さで無双する異世界転生主人公と同じこと。
寿命チートである。
(ファン・ラインの駅数はこの島国だけで4500。
全世界規模になればその数十倍。
少なめに見積もっても10万件……)
「以上で新駅の開業式典を終わります」
「マールちゃーん! ありがとなー!」
「これからもがんばれよー!」
数ヶ月にわたった「交渉」の末、すっかり味方になっていた元反対派の住民たち。
笑顔で手を振ってくれるおじいさんたちに作り笑顔を返す。
(あと、たったの9万9990件)
式典の後のスキマ時間で一人コーヒーを飲むマール。
ちらりとスマホの画面に目を落とす。
いつも見ていた青い鳥のマークのSNSだが。
――このアカウントは削除されました。
マールの青い鳥は、もういない。そして。
「街の大勢が騙されても、
俺は絶対に騙されないからなぁっ!
この税金泥棒が! 森に還れクソエルフ!」
変化を拒絶し、理屈なしに敵意を向ける人々が
すべて消え去ることもない。
☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置起動!☆☆☆
「さて、ここでちょっと、何故国鉄が最悪の状態に陥り分割民営化してしまったのか。
そして、今なおJR北海道やJR四国の経営状態が絶望的なのかを解説しましょう。
この地図の中の、青と赤の線に鉄道が敷かれているという前提で考えてみてください」
「この赤と青、どちらがより多くの収益を稼げると思いますか?」
※Googleマップのスクリーンショットを元に加工
赤は東海道新幹線。
青は大手私鉄の路線に見える。
東海道新幹線が1兆8000億に届く莫大な売上を叩き出していることは有名だが……
「正解は青です。
確かに関東と関西を結ぶ青のラインは多くの収益を生むように見えますが、例えばここ」
※Googleマップのスクリーンショットを元に加工
「このあたりの収益は絶望的です。
これが都市間交通の罠。
真に儲かる路線は都市とベットタウンを結ぶ線路であり、都市と都市を結ぶ線路ではないのです」
「よくよく思い出してください。
みなさんが直近で利用した路線は、都市とベットタウンを結ぶ路線ばかりではありませんか?
都市と都市を結ぶ路線を利用した回数よりも、遥かに多くはありませんか?
だから青い線路は儲かり、赤い線路は儲からないんです」
「国鉄は戦争のため、兵士の動員や物資の輸送のため、
全国に敷かれた路線からはじまりました。
つまり、国鉄は都市と都市を結ぶ線路。
都市間交通のインフラを任せられた鉄道会社だったのです。
これは戦後も同じで、国は国鉄にさらなる線路の敷設を命じます。
それはすべて、都市と都市の間を結ぶ路線。
もうおわかりですね?」
「国鉄は最初から、
どう足掻いても儲けが出ない宿命にあったんです」
「国鉄は現在、JRとなり分割民営化されています。
そして今は全国各地にJR以外の私鉄が存在し、
小田急や西武、阪神など、膨大な利益を上げている会社もあります。
しかし、都市間交通を担う私鉄会社は1つもありません。
私鉄はすべて、ベッドタウンと都市を繋いでいます。
それだけが儲かる鉄道経営のあり方だからです」
「都市間交通はインフラとして必要不可欠。
たとえ儲けが出せないとしても、です。
特に貨物輸送は重要ですね。無いと困ります。
それは言うなら縁の下の力持ち。
普通に考えれば無駄の象徴のようなものに見えてしまいます。
なくなって初めて、その重要性に気付く『当たり前』なんです」
「それでも、たとえ自分たちの仕事が重要なものだという誇りを持っていようが、
無駄だ無駄だと言われてしまえば心も病み、
自分たちの仕事は無駄だと思うようになってしまう。
こうして社員のやる気が腐り、サービスが低下し、さらに赤字が拡大する。
これこそが末期国鉄が陥った負のループです」
「最終的に国鉄はみなさんもご存知の通り、JR各社に分割民営化します。
断言しましょう。これは悪手でした。
資本主義的な利益を求めて鉄道を経営するのであれば、
少なくとも北海道と四国に鉄道は不要です。
JR北海道とJR四国の赤字を見ればわかるでしょう。
こんな鉄道会社、資本主義のルールでは今すぐ潰さないといけないんですよ。
少なくとも貨物輸送だけやっていればいい。
黒字化のために旅客運用からは完全徹底すべきなんですよ」
「ですが思い出してください。
鉄道はインフラなんです。
なくなってはじめて困るものなんです。
だから赤字だとか関係なく維持しなければならない。
そのため本来なら、JR東海の膨大な黒字でJR北海道とJR四国を維持するべきでした」
「しかし国鉄は分割民営化してしまった。
資本主義への過ぎた賛美と、国政の尻尾切りの結果です。
その点は東海道新幹線以外民営化しますとか言い出さないあたりが最後の良心でしたね。
国鉄は最悪の鉄道会社で腐敗の温床になったわけではない。
最初から終わりが約束されていたレールの上に乗っていただけ。
赤字こそが国鉄の当たり前なんですよ」
「だから当時の人たちは、国鉄社員に後ろ指をさすべきではなかった。
むしろ賛美と感謝するべきだった。
その批難は言うならば、普段何もしていない消防隊員の人たちに向ける批難と同じこと。
国民は資本主義の名の下に、全国の消防署を採算重視で民営化したに等しいのです。
北海道と四国って住んでる人少ないから、消防署っていらないのかな?」
ふぅ、と一呼吸を入れて気持ちを落ち着け。
「しかしこの異世界ラインで、私は間違いに気付くことができた。
アナスタシアさんのおかげで、私はファン・ラインの存在理由を見出した。
国鉄は分割民営化しましたが、ファン・ラインはそうはさせない。
内部を正し、そして、外部からの目も変えていく。
それが私、鉄道女王マール・ノーエの使命です!」
☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆
普通 5両 9月18日10時20分 1067mmの神聖結界「魔王の秘密を知る右目」
普通 5両 9月18日22時20分 1067mmの神聖結界「娘さんを私にください」
第10号到着 9月19日10時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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