「低予算でも安心の人類殲滅プラン」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
魔王には、勝てない。
それは数千年の人類の歴史が証明していた。
だからこそマールは魔王を倒す方法を考え抜き、
分断された世界を1つにしての数の暴力という方法に至った。
一方、マールが森で蒸気機関車と出会うより前。
彼女と同じ結論に至り、魔王を倒す方法を模索していた者がいた。
「俺は運がいいみたいだな。
あんた、つい昨日まで行方不明だったんだろう?」
「はっはっはっ。ちょっとジョギングしてきただけのこと。
エルフにはよくあることだ」
その男の名は、今代の勇者となるだろう冒険者、竜人ジュダ。
彼は魔王を倒す方法を模索する中で、
改めて人類の歴史を紐解くべく、
歴史の生き証人、エルフの里の最長老を訪ねたのだった。
「それで、わしに何が聞きたいのか、勇者よ」
「まだ勇者じゃねぇよ。
今、勇者を名乗り仲間を集めたとして……」
「犬死にするだけ、か」
「悔しいがな」
ジュダは深くため息をつき、
最長老に疑問をぶつける。
「ありえねぇんだよ、魔王ノヴァは。
5000年も生きていて、それでいて無敗で、
世界を支配し続けている。
何か確実にトリックがあるはずだ」
「……ではその謎を解く鍵をどこに見る?」
「世界の歴史に」
ジュダが提示したのは、この世、
ラインの年表だった。
「この年表には、最初から納得いかねぇ点がある」
最長老の眼の色が変わる。
それはジュダの疑問が正しいことを示していた。
ジュダは広げた年表に指をなぞらせる。
■紀元前46億年頃(+400)
・世界創生
■紀元前1億年頃(+0.3)
・炭素年代測定法が示す魔物ではない何者かの魔法使用の痕跡
・以後の地層からミスリル(元素番号マイナス1:Mr)が発掘されるようになる
・何者かの埋葬文化の痕跡
■紀元前6600万年頃(-1.5)
・エルフ神話上で最初の魔王が世界に襲来
・生物学的に最古の魔物の化石
・生物学的に最古の竜人の化石
■紀元前700万年頃(-0.9)
・生物学的に最古の人類の化石
■紀元前500万年頃(-0.1)
・生物学的に最古のエルフの化石
・生物学的に最古のドワーフの化石
■紀元前1万年頃(+0.1)
・一部の人類種が農耕を開始した物理的痕跡
・一部の人類やエルフが魔法を使い始めた物理的痕跡
■紀元前3000年頃(+0.2)
・世界最古の人類種文明
・世界最古の文字
・文字記録で人類史に魔王ノヴァが登場
・文字記録で確認できる世界最初の人類VS魔王軍の戦争
■紀元前404年(-0..9)
・歴史上最後の人類VS魔王ノヴァの戦争。人類種致命的敗北。
■紀元前23年(-0.6)
・最初の勇者「ライン」が誕生
■線歴3年(-0.6)
・勇者ライン、魔王ノヴァに敗北するも魔王軍に大打撃を与える。
勇者VS魔王の戦いの歴史がはじまる。
■線歴207年(-0.3)
・第3代勇者ヒリュウのパーティにエルフの魔法使いメイが合流
勇者パーティにエルフが協力する歴史がはじまる。
■線歴208~1839年
・これまでの間に21代まで勇者パーティが結成、魔王領を大きく切り崩すことはあれども、全員魔王ノヴァに敗北
「おかしな点は……ここだ」
ジュダが指さしたのは……
■紀元前23年(-0.6)
・最初の勇者「ライン」が誕生
←「ここだ」
■線歴3年(-0.6)
・勇者ライン、魔王ノヴァに敗北するも魔王軍に大打撃を与える。
勇者VS魔王の戦いの歴史がはじまる。
「歴史の重要な節目となる線歴1年。
何故ここで人類は年号を改めたのか。
こんな、中途半端なところで。
結局負けちまった勇者が23歳のこの時。
一体、世界に何があったんだ。
その答えが、何故どんな記録にも残ってねぇんだよ。
あんたはそれを知っているはず。
あんただけは、それを見て聞いて、
覚えているはずだ!」
ジュダの問いかけに最長老は
冷静にハーブティーを口に運んだ後で、答えを示した。
「勇者ラインが、魔王を倒した。
だからこそ歴史の年号になった。
しかし……」
「魔王は、倒されていなかったんだな」
頷きが返される。
「この3年に何があったのかは、わからん。
わかることは3つだけ。
この3年間、確かに世界は平和で、
魔王の姿を見なかったということ。
3年後、魔王が再び姿を現し、
その時にラインの首を持っていたということ。
そしてそれから数十年、
魔王も魔族も大きな動きを見せなかったということだ」
「だから、少なくとも勇者ラインは、
魔王に敗れるも大打撃を与えた、と……」
一体この時、魔王と勇者の間に何があったのか。
それはきっと、世界の真実と、魔王を倒す鍵と、
魔王が倒せない理由に繋がっているはずだ。
だが最長老がそれ以上を知らないなら、
ここにその答えはない。
ジュダはまだ勇者ではない、冒険者だ。
彼は答えを求めて、次にどこに向かえばいいのだろうか。
次の目的地を考えようとした、その時。
「さいちょーろーさま! こんにちは!」
子供のエルフの声が響く。
「おぉ、今日も元気だな、マール。
すまんな、今は客人が……」
「わっ! ドラゴン! ドラゴンのひとだ!」
「ん? お、おう。俺のことか?」
「ドラゴンのひとはわたしをたべちゃいますか?」
「がはは! そうだなぁ。
嬢ちゃんが悪い子なら……食っちまうぞぉ!」
「きゃぁ!」
にやにや笑いながら脅かしてやると、
きゃぁきゃぁと楽しそうに笑いながら逃げていった。
「賢い子じゃろう?」
「だなぁ。冗談だって理解しやがってたしな」
「あれで魔力の才覚は突き抜けている。
おそらく、私の知る中で最強の魔道士になるかもしれん。
もしもお主が勇者として立つなら……」
「あのガキが戦友になるのか」
「その可能性が高いだろう」
その答えにジュダは、やれやれと頭をかいて、ため息をつき。
「なら俺は、勇者になんてなりたくねぇよ。
俺が死ぬならまだいい。だが……
あんな無邪気なガキんちょを、死地には連れていけねぇよ」
そう言い残してジュダは立ち上がり、エルフの里を後にした。
魔王の秘密と、勝利する方法を探すために。
………
……
…
「あれ? ドラゴンのひと、もういないのー?」
「あぁ、もう帰ってしまったな」
「なんだー。わたし、たべられたくないから、
かわりのおべんともってきたのになー」
「はっはっはっ。お主は賢い子よのぅ」
最長老はマールの頭を撫でてから。
「あの竜人はこう言っていた。
勇者がパーティを引き連れて魔王に戦いを挑むのは、
死にに行くのと同じことだと。
だから、どうにか確実に魔王を倒す方法を探してみると」
「ふーん。そうなんだぁ。
じゃぁ、わたしもかんがえてみようかな」
――わたしも、しにたくないし!
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アナスタシアは魔王として覚醒した。
しかし、彼女のやることは変わらない。
この会議室の決められた椅子に座って、魔王軍残党に作戦指示を行うだけ。
その規模はあまりに小さい。
すべての魔族は無意識に魔王の血を崇敬する生き物である。
故に、アナスタシアは彼らに給料を払う必要がない。
どれだけ残業させても大丈夫。
彼らは魔族として人類の滅びを目指して戦うことに生き甲斐を感じているのだ。
うーん、実に魔王らしい搾取スタイル。
だがそれはそれとして、作戦には経費がかかる。
現地までの移動にかかるコストや作戦行動中の食費は払う必要がある。
一度それらをすべて自腹でやらせていた時期もあったのだが、
目に見えて作戦効率が下がってしまった。
やはりどうにもこの世界では給与の支払いが必要になってしまうらしい。
何言ってんだ当たり前だろ。
その点、魔王軍残党の予算は極めて小規模。
なにせ鉄道女王マール・ノーエのポケットマネーにも届かないのだ。
それは魔王軍として大規模な作戦行動を行おうにも、
そのための給与が支払えないことを意味していた。
(カネもない。戦力もわずか。
この状態で人類を滅ぼす方法は……)
ただでさえ少ない戦力を残りわずかにしたのは誰だよ、誰。
ともあれ、この点で聖地コーヤの襲撃は賢い手段だった。
信仰は人類種の心の中核。
それを汚すことは、彼らの団結を崩すきっかけとなる。
だがそれも数百年前までのこと。
現代では宗教が生活の主軸から外れつつある。
特にこの島国における影響は顕著で、
聖地コーヤの襲撃もそれほど騒がれていないのが現状だ。
むしろタマちゃんのニュースばかりが盛り上がり、世は空前のタマちゃんフィーバー。
コーヤ鐵道騎士川線の今年度の収益は心配する必要がなさそうだ。
(なにか。なにか『魔王らしい』手段で効率的に人類を滅ぼす方法は……)
自分の中に芽生えた5000年の記憶を呼び起こし、現状で選べる選択肢を考える。
そこでアナスタシアが気付くきっかけとなったのは。
(人類の歴史年表……)
歴史年表。その中でつい最近まで無視されていたステータス表記。
(平均気温偏差……!)
アナスタシアの目の前を、吹雪が横切った。
「製菓事業を除く魔王軍残党の全活動を一時的に中断します」
その言葉にざわつく会議室。
確かに聖地コーヤの襲撃失敗で魔王軍残党の戦力は大きく低下した。
七ツ星も残り4体。魔将軍も数が足りない。
だが、そうだとしても!
「魔王様! それでは人類種の……」
「話は最後まで聞きなさい。
私は人類種を殲滅させるための最短ルートを案内しています」
ごくりと全員が息を呑む。
この厳しい状況で新魔王が取る人類殲滅の第一歩。
それは……
「人類の環境運動を奨励します。
製菓事業の予算をすべて環境保護のロビー活動に寄付しなさい」
「……は?」
魔王の策は二手三手先を読む。
故にいつの世にあっても魔王の言葉は、理解が極めて難解なのだ。
「惑星環境は数千年単位で変化しています」
アナスタシアは魔将軍達の前でデータを示していく。
それらはすべて、魔王の血の記憶。
アナスタシア自身が観測してきた生のデータに等しい。
「この星の歴史における大量絶滅は、常に氷河期に起きています。
平均気温が1℃下がることで死亡する生命の数は、
平均気温が1℃上がることで死亡する生命の数よりも遥かに多い。
特に多くの生物の食料ピラミッドの底辺となる植物種は寒さに弱く、
この絶対数が減少することでピラミッド上位の生物も数を減らす形となる。
氷河期が起きれば、人類種は勝手にその数を減らすのです」
グラフと表にまとめられたデータと確認し魔将軍達は頷きを返す。
だが、環境保護活動が何故それに繋がるのか?
「アイアン・シンギュラリティによる科学技術の進歩。
特に、この100年で発見された化石燃料、石油。
この使用によるCO2の排出の影響は極めて大きい。
石油の使用は、魔水晶や魔法生物などの魔法エネルギーよりも、遥かに環境に被害を与えます。
発電、製鉄、自動車、船舶。
現在これら石油使用の影響に懸念が示され、
高価なものの環境影響の少ない魔水晶の使用が叫ばれています」
異世界ラインのエネルギー革命は魔法エネルギーで始まった。
これは石炭により始まった地球のエネルギー革命とは大きく異なる。
初動における環境被害が、ほぼゼロだったのだ。
しかし、石油の発見と自動車の発明が歴史のレールと同じ終着駅へと向かわせる。
現在の地球ほど致命的な加速は行われていないものの、
いずれこの異世界も同じ末路をたどることになるだろう。
「しかし、排出されるCO2の量に反して惑星全体での平均気温が上昇していない。
何故か? それは数千年単位での星の平均気温偏差グラフを見ればわかります。
そう、この星は本来……まもなく、大きな寒冷期を迎えようとしていた。
つまり、この状態で環境保護の声が高まり、石油の使用に自ら制限をかければ……」
ここで魔族たちも、アナスタシアの言葉の意味を理解する。
「人類は、自らの正義と、世界の構造で滅びる。
多分これが一番早いと思います」
それは確かに途方もない机上の空論に聞こえるかもしれない。
しかし現状の予算規模と戦力でなら、間違いなくこれが最短ルート。
5000年のデータ蓄積から導かれた、魔王流の人類絶滅路線検索システムだった。
(さすが魔王様だ……発想の次元が違う……!)
しかしこの計画には、隠された意図が存在していた。
発電を石油から魔法エネルギーに戻し、鉄道の敵となる自動車に制限をかけ、
環境にやさしい鉄道のさらなる敷設を奨励し、最終的に人類を滅ぼす。
それはまさに、極寒の稚内と温暖な西大山に同時に到着する方法だったのだ。
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「…………」
ファン・ラインの社長室に戻ったマールは椅子の上で膝を抱えて背中を丸めていた。
まるで夢のような暖かく楽しかった旅。
その思い出が彼女の頭の中を通過していく。
『好きです。結婚してください』
『ならこのまま新在直通してください』
『家畜車!!!!』
『盟鉄ニャゴニャのホームに立つとブチアゲ↑になりますわぁ!』
『関係ないでしょ!!』
『珠駅発車、16時12分ちょうど、時刻よし』
『止まります息と、心停止時刻をご案内します』
『おかえりなさい!』
『鉄道営業法の裁きを受けなさいっ!!』
『私達のハネムーンですね、マール』
『あっ、ちがっ、これは、その、いや!』
『視覚、そして聴覚に訴えてくるモー太郎弁当は最高です!』
『美味しい……!』
『まさに金鉄王国です』
『私は、ファン・ラインが一番好きです』
「うっ……」
表情が歪み、吐き気が込み上がる。
『私はファン・ラインが大好きです』
『善であることが最効率であるとしても、世界はそう動かない』
『あなたはまだ何もしていない』
『あなたなら出来るかもしれない』
『あなたなら出来る』
『私はただ、事実を伝えているのです』
『愚か者がっ!』
『立てと命じたのです』
『立ちなさい! 鉄道女王!』
「アナスタシアさん……私、立てないよ……
あの時私が立てたのは……」
涙がとめどなく溢れていく。
そして最後の記憶は、皇都駅の0番線ホーム。
『あなたと私はすべてが終わるまで共に歩めない。
私は私の責務を終わらせます。
あなたはあなたの責務を終わらせなさい。
十年後か、百年後か、千年後に……
また会いましょう、鉄道女王』
「どうして……どうしてそんなひどいこと言うの……?
アナスタシアさん……私、頑張る……頑張るから……
だから、行かないでよぉ……」
誰もマールの涙を拭くものはいない。
マールはその涙が枯れるまで泣き続け、そして。
「……頑張らないと。
頑張らないと、アナスタシアさんは戻ってきてくれないんだ」
己の責務を果たすため、立ち上がる。
鉄道女王は、ここに覚醒する。
普通 5両 9月17日22時20分 1067mmの神聖結界「絶対勝利のチート無双」
普通 5両 9月18日10時20分 1067mmの神聖結界「魔王の秘密を知る右目」
第10号到着 9月19日10時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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