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異世界で森を切り開き鉄道敷いて魔王を倒したエルフの後日譚 「ファン・ライン」~異世界鉄道物語~  作者: 猫長明
第9号:勇者の駅弁 ~Season1~

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64/85

「魔王の条件」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

 冒険者、セド・A・ジュダが実際にお店訪問!

 ふらっとセドA!


「…………」


 と、書かれた台本を握りつぶし。


「ちっ……

 山1つ挟んでこんな大事件が起きてたのかよ……」


 遅れて届いた情報により、

 前日に聖地コーヤで起きていた事件を知ったジュダ。

 今更という形ではあるが、

 世が世なら勇者となれた身としてその傷跡の視察に向かった。


「こいつぁひでぇ……」


 そこはまるで天変地異の後だった。

 幸いにも奥の殿は無事らしいことだけが救いで、

 今日も信徒達によって昼の弁当が運び込まれていた。


「人の信仰の象徴を破壊する……

 いかにも魔王の考えそうなことだが……」


 魔王軍の残党はここまで、鉄道関連施設ばかりを狙っていた。

 魔王は鉄道に殺されたようなもの。

 それ故に戦場に一度も来なかったマール・ノーエが「鉄道女王」として英雄視されている。

 都合のいいプロパガンダに思えたが、実際に魔族が鉄道関連施設を執拗に狙う以上、

 魔族にとっても鉄道が憎しみの象徴であることは事実のようだった。


 だが、言ってしまえばそれはあまりにも「しょぼい」

 テロの被害はカネでリカバリー可能。

 施設狙いで人死にも少ない。

 5000年間人類の敵で恐怖の象徴だった魔王軍にしては、あまりに幼稚な小規模テロであった。


 だが今回の聖地コーヤへの襲撃は違う。

 そこには、人類の心の象徴を穢し貶めようという明確な意思がある。


「魔王の娘、フローレス・フローズン、アナスタシア・ノヴァ。

 ガキらしく目先の目的に捕らわれていると思ったが、

 ようやく魔王としての仕事に気付いたのか。

 これまではガキの遊びと見逃してきたが……」


――やっぱり、生かしちゃおけねぇな。


挿絵(By みてみん)


 魔王の真の恐ろしさは戦闘力ではない。

 思考の「軸」が違う点にある。


 例えば倒すべきテロ組織があったとしよう。

 対策は大きく分けて2つ。

 テロ目標と思われる施設を警備し攻撃を返り討ちにすることと、

 アジトを探し攻撃に出る前に殲滅することだ。

 つまり、防御的対応と攻撃的対応。

 これが普通の考え方だ。


 だが魔王は違う。

 魔王はテロ組織がテロを起こすイデオロギーや、テロのための資金源を潰す。

 それは魔王が目先ではなく超長期的に本質を見れる

 現実主義者としての脳構造をしている故にできる判断だ。

 だからこそ魔王は厄介で、人類は敗北し続けたのだろう。


 魔王の最終目的は合理の結論としての人類殲滅。

 今の残党軍の「武力」すら、そのための手段の1つでしかない。


「現実的に考えればこの星のため、人類を殲滅した方がいいこたぁ俺にもわかる……

 だが、そういう話じゃねぇんだよ。

 そういう割り切りは、人類種にはできねぇんだ。

 だから魔族は話にならねぇ……

 1匹残らず世界から駆除する以外にねぇ……

 そのため、魔王の血は……

 絶対に根絶やしにしてやる。

 勇者の名に賭けて」


 改めて勇者の剣を授けられた意味を思い出し、ジュダは決意する。

 二度とこんな非道が繰り返されないために。


「……いや、しかし。何故今になって?」


 魔族は基本的に成長しない。

 完成された状態で生まれ、原則として教育も必要としない種族だ。


 なら、目先の目的に縛られくだらない小規模テロを指揮していたアナスタシアが、

 このタイミングで魔王らしく聖地の襲撃を指示するはずがない。


 そもそも魔王の行動理念は先の先を見据えるはず。

 ならば、鉄道への小規模テロは、目的ではなく。


「手段にすぎねぇのか……?」


 ジュダはこれまでの経験と魔族の修正からその目的を推理する。

 しかし、何も思いつかない。

 どう考えてもここまでの小規模テロはすべて、

 魔族がその身を削って鉄道への利他的行動をしているようにしか思えないのだ。


「くっそ、わけわかんねぇ……」


 やはり魔族は人類種とは違う。

 根本的にわかりあえない別の存在。

 絶対に許されない敵でしかないのだ。


「そういや結局、ここを襲った魔族は八咫龍が退治したんだっけか」


 わからないことをいつまでも考えても無駄だとばかりに思考内容を変える、

 伝説に語られた龍種、ヤタノドラゴン。

 竜人であるジュダは、その生態に人並み以上の理解がある。


「……タマちゃんとか言ったか。

 ちょっと強すぎねぇか?」


 改めて現場に残った魔力の痕跡や魔物の遺体を調べはじめたジュダは、

 その現場に違和感を覚えた。


「どういうことだ……? ありえねぇ……

 いや、しかし……!

 この魔力の匂い……忘れるわけがねぇ……!」


 それはかつて、ジュダがまだ駆け出しの冒険者だった頃のこと。

 ジュダの頭の中に、その恐怖の記憶が蘇る。


『こんにちは、竜人さん』


 旅をしていたジュダは、圧倒的な魔族と出会ってしまった。

 こいつが噂のブッチャー・ザ・コレクターなのか?


(あ、俺死んだわ)


 ジュダは死を覚悟した。

 こいつには、絶対に勝てない。


『あなたからはいい匂いがしますね』

『……そうかい』


 聞いたことがある。

 魔族の中には人間を喰うヤツも居ると。

 こいつは、俺を喰おうとしているのか……?

 ブッチャーは体の一部を持ち去るのではなく、

 一部だけを食ってたってことか……?


『その腰元の箱を私に捧げなさい』


 しかし要求されたのは俺の肉体じゃぁない。

 腰から下げていた、駅弁だった。


『いや、これは別に大したもんじゃ……』

『あなたを殺してから奪うべきですか?』

『……ちっ』


 まだ死にたくない。

 一瞬でも逃げる隙が作れれば。


『ふむ。これは何ですか?』

『アナゴメシだよ』

『アナゴメシ……メシは米のことですね。アナゴとは?』

『魚だ。温かい海に住んでいる』

『なるほど。これを作ったのはあなたですか?』

『いや、買ったんだよ。駅弁だ』

『エキベン……』


 その魔族は駅弁を興味深そうに見つめていたかと思うと、

 無作為に指をアナゴメシに突っ込み、そのまま自分の口へと運んだ。


『これはうまい。うまいですよ』

『箸使えよ』

『ハシ? ハシとは?』

『魔族はそんなことも知らんのか』


 気付けばジュダはその魔族に箸の使い方を教えていた。

 一体何が起きているのか、ジュダも理解できていない。


『なるほど。これは便利ですね。

 アナゴメシのエキベンとハシはどこで作られているのですか?』

『こっからは遠いな。

 駅弁はその駅でのみ手に入るというパターンがほとんど。

 こんなとこでアナゴメシが手に入ったのは偶然だった。

 ……ちくしょう、せめてアナゴメシを最後の晩餐にしたかったぜ』


『それは申し訳ないことをしました。

 しかし、あなたは私が恐ろしくはないのですか?』

『恐ろしいよ。だからそいつを差し出した』

『いえ、私の前でこうして話が出来ている時点で十分他の人類種とは違うのですが……』


 その魔族はちらりとジュダの剣を見て。


『もっといい武器を持つことをオススメしますよ。

 勇者ならば、ね』

『あー、俺は武器よりも防具とメシにカネ使う派で……

 ん? 勇者? いや俺は勇者なんかじゃ……』

『はい。前の勇者は大したことありませんでしたからね。

 あなたには頑張ってもらいたいところです』

『前の勇者って、おま……』


 ここに来てジュダは気付く。

 こいつは、この魔族は……


『お前魔王ノヴァかよ!?』

『そう呼ばれております』


 頭が混乱する。どういうことだ。

 何故俺の前で魔王が駅弁を食ってるんだ。


『ふむ。ごちそうさまでした。

 実に美味でした。あなたも見どころがあります。

 またあなたと駅弁を食べたいですね』

『俺はもうゴメンだね。

 アナゴメシが食いたいならてめぇで南を目指せ』

『考えておきましょう』


 ちなみにこれが後の魔王軍の南下政策の目的だったことは、誰にも知られていない。


 ともあれ、若き日のジュダが出会ったのは、間違いなく魔王ノヴァだった。

 そしてヤツと出会ってから、何故かめきめきと自分の才能が開花した。

 認めたくないことだが、事実として受け入れる必要があるのかもしれない。


――俺は魔王に、勇者として選ばれたんだ。


 だが結局、世界は勇者を求めなくなって、魔王も勝手に死んじまった。

 今の俺はただの抜け殻。勇者でもなんでもない、ただの食通。


 しかし間違いない。間違いなくこの『匂い』は、

 あの時と同じ……!


「あいつと同じだ……

 強さは桁違いに弱いが、魔法の痕跡から同じ匂いがしやがる……

 こいつは、()()()()()()()()()()()だ!

 これをやったのは……

 聖地コーヤを襲撃させ、同時にその襲撃部隊を全滅させたのは、

 間違いなく魔王の血を引く者……

 フローレス・フローズンに違ぇねぇ!!」


╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋


「ねぇ、どうして……

 どうしてそんなこと言うの……?」

「鉄オタとして鉄道に嘘はつけない。

 好きなものは好き。

 私はファン・ラインが大好きです。

 あなたの作った……」

「私の作ったファン・ラインはもう無いっ!」


 マールは癇癪を起こした子供のように絶叫する。


 ファン・ラインが最悪の末期状態に進んでしまったのは、

 彼女が10年の時を寝過ごしてしまったため。


 だが、仮にマールが寝過ごさずに目的の駅で降りていても、

 遅かれ早かれファン・ラインは終わりを迎えただろう。


 戦争とインフラを目的に国家の支援の元で成り立つ鉄道会社は、

 資本主義の世界では生き残れないのだ。

 いや……


「私はただ鉄道が好きなだけだった!

 街と街の間に線路を敷いて、みんなが便利になればそれでよかった!

 魔王も倒して平和な世界が来れば、みんな鉄道でどこでも旅に行けると思っていた!」

「世界はそういう善性では動いていないんですよ。

 善であることが最効率であるとしても、

 人は怠惰という悪に流れていく。

 故に、ファン・ラインの終わりは必然でした」


 マールの敗因をあげるとすれば、

 彼女が「普通の基準」を知らなかったことと

 そして彼女が、底なしの「善」であったこと。

 それはエルフという世界から隔絶された文化の中に生まれた天才には、

 約束された結末であったと言えた。


「この絶望的な状況の中でも、あなたは何もしていない。

 あなたはずっと目をそらしていました。

 この旅の中、あなたが目をそらしていた窓の先は常にファン・ラインの路線がありました」

「それは……」


 その通りだ。マールは思わず足元を見る。

 盆地を抜けたこの先、すぐ左にはファン・ラインの路線が並走しており、

 右を向いても遠くにファン・ラインの路線が見えてしまう。

 今は足元以外に目を向けられない。


「わかります。

 終わりが必然で、自分の手で終わらせないといけないのなら、逃げたくもなるでしょう。

 しかし、何故終わらせるしかないと思っていたのです?」

「え? だって……」


 だって、みんなそう言っていた。

 誰もそれ以外の方法があるなんて言わなかった。


「終わりは必然。それは『普通の話』でしょう?

 あなたは『普通』ではない。

 あなたなら出来るかもしれない。

 あなたには『時間』があります。

 終わらせるためではなく、再生するため。

 そのためにあなたの時間を使うことは、悪くない考えだと思いますが?」

「時間が……ある」


 頭の良さは概ね諦めの良さと比例することが多い。

 合理的、効率的に生きるなら、諦めは早ければ早いほど正解なのだ。


 しかし、効率の概念はリソースの制限の元にのみ成立する。

 もしも時間というリソースがほぼ無尽蔵にあるのなら。

 諦めとは、100%の機会損失でしかない。


 マールはファン・ラインの現状を分析し即座に諦めた。

 結果として自分が幕引きをせざるをえないことを理解し、そこから逃げていた。

 それが彼女の気付いた『普通』である。


 しかし、もしも普通ではないのなら。

 高い能力と無尽蔵の時間を両立させられるなら。

 十分ここからでも、再生は可能である。


 ようは、普通の基準を知らなかったマールが無理に普通を受け入れた結果、

 彼女は自らの異能を忘れてしまっただけのこと。

 異能であるなら、異能を貫けばいい。


 それが、()()()使()()()であろう。


 そして彼女の異能チート、彼女の才能スキルとは、

 類まれな魔道士としての天才的資質()()()()

 彼女の異能は、エルフとして生まれたこと。

 ()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「あなたなら出来る。

 おだてているわけでも、甘やかしているわけでもない。

 私はただ、事実を伝えているのです。

 あなた自身が、まずはその事実を受け入れてください。

 話はそれからでしょう」


 ずっと片思いだった相手が実は両思いだったと知った時。

 この人なら自分を受け入れてくれると、つい、甘えてしまった。

 そんな人からのある意味拒絶とも言える言葉。

 だが、何故か哀しみも失意も感じない。

 むしろうれしくもある。


(だってその言葉は、私が一番……)


 英雄としてのままそっと幕引きをしろでもない。

 もう何もせずシンボルとだけあれでもない。

 責任を取って罰を受けろでもない。

 その言葉が、なにより一番。


(誰かに言って、欲しかった言葉だった……!)


 やっぱり、この人なら自分を受け入れてくれる。

 自分を認めてくれる。

 なら、もっと……


「……本当に、できるのかな」


 もっと、甘えてしまいたいと、思ってしまった。


(ちっ……)


 アナスタシアは思わず舌打ちを打つ。

 この方は、今ここに至って……!


「あぁ、もう!」


 面倒はやめだ。

 やはり、いつも通り『教育』してやればいい!


「このっ……」


挿絵(By みてみん)


 腰を低く下げ、利き手を低く振りかぶり。


愚か者(クズ)がっ!」


挿絵(By みてみん)


 これまで幾人もの魔将軍を粛清してきた、超音速の貫手。

 しかし、車内に響いたのは命が潰れる音ではなく、ただの乾いた破裂音。

 手加減なしの魔王の一撃がただの平手打ちに終わったのは、

 スーツの自動防衛プログラム(ATS)が接触の直前に魔法障壁を展開したからに過ぎない。


 アナスタシアは、ここでトマトジュースを絞るならそれはそれで良かった。

 その程度の普通なら、ここまで堕ちたファン・ラインを再生させることなどできない。

 中途半端に足掻かれるくらいなら、己の手で終わりにしよう。


 しかし……


(ほら、まだ生きている)


 信じているから、殺しにかかれた。


「っ……ぁ……」

「立ちなさい」


 だがマールには何事かまるで理解できていない。

 彼女は今自分が殺されかけたことも、ATSが作動したことにも気付いていない。

 主観的には、本当にただ平手打ちをされたに過ぎないのだ。


「立てと命じたのです」


 片手で頬を抑え、一瞬床に視線が向きかけるも。


「……っ!」


 上を向き、アナスタシアの顔を見る。


「そうです。あなたが私の敵ならば……」


 魔王の娘、アナスタシア・ノヴァ。

 彼女は鉄道さえなければ、完璧な魔王になれた逸材である。

 彼女は人類を滅ぼすため、魔族を導くためには魔王になれない。


 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そして、父が伝えていなかった、

 彼女が魔王となれるための条件は……


「立ちなさい! 鉄道女王!」


 英雄が立ち上がること。

 英雄(ヒーロー)がいてはじめて、魔王(ヴィラン)は生まれるのだ。


挿絵(By みてみん)


――17時24分「うらかぜ」金鉄タンパ発


 終点皇都まで、あと7分。


「……わかった」


 ほっと胸をなでおろすアナスタシア。

 これで大丈夫だ。

 彼女には、鉄道女王、マール・ノーエには力がある。

 線路を敷く力。新たな物を生み出す力。

 魔王の血を引く私には無い力が。

 彼女がその気になったのなら、ファン・ラインはもう……


「ありがとう。アナスタシアさん。

 私、目が覚めたよ。

 アナスタシアさんに会えて本当に良かった。

 だから……」


――私がダメになったら()()、隣で叱ってほしいな。

  ()()()()()()()()()()


挿絵(By みてみん)


 人類の英雄から魔族の長に送られた振替依頼。

 アナスタシアは、その依頼を……

普通 7両 9月16日22時20分 勇者の駅弁 ~Season1~「覚醒」

普通 5両 9月17日10時20分 1067mmの神聖結界「低予算でも安心の人類殲滅プラン」


第10号到着 9月19日10時20分

最終話到着 9月26日22時20分


駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

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