「ロールプレイング」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
♪~軽快なジャズミュージック
正直、二度と来るかと思ったさ。
だが俺には、リベンジを誓った相手がいたんだ。
(豆腐食った後の記憶がねぇ……)
ただの冷奴相手の完全敗北。
死んだ目で食べたアナゴの天ぷらは、
俺を蘇生させるだけのラストエリクサーにはならなかった。
(今度こそ味わってアナゴを食うんだ)
俺にはわかる。
あの店はアナゴも絶対にうまい。
だからそのリベンジを果たすために。
「今日も働きますか」
もう一度、ギルドの門をくぐる。
「あ! お、おっさん!」
「てめぇあの時のセーブ坊主!」
そこに居たのは全身を最高の防具で固めたセーブ野郎。
一応あれは神殿側とカジノ側の両方から禁止されてはいるんだが、
俺も昔はやってた手前文句が言えねぇ。しかも。
「……剣は店売りじゃねぇか」
「あ、はい。俺、シールダーやるんで」
「なるほど。長生きするよ、お前は」
そういう事情なら余計に文句が言えねぇし、
少なくとも神殿にあらせるカミサマは許してくれるだろう。
聞けばこの坊主、
昨日の3人のパーティーの新入りらしい。
やつらは何故そこまで頑なに回復役を雇わないのか。
まぁ、やつらの前のめりなパーティー編成じゃ
守ってやれない僧侶を入れるよりも
回復はやくそうでと割り切った上で
攻撃役にも回れるシールダーを入れるのは
それほど間違った判断でもない。
エンチャンターとの相性もいいしな。
「あっ! 勇者師匠!」
「勇者じゃねぇし師匠でもねぇ」
そうこうしてるうちに噂の3人が。
まぁいいさ。乗りかかった船だ。
改めて教えてやるとしよう。
「いいか? ギルドは常にパーティーのHPを8割以上に保てって言うが、
それはあくまでまともな回復職がいる場合の話さ。
お前らみたいな前のめりパの場合、
下手にアイテムで回復してたらアイテム代で赤字になるし、
なにより手数がかかって余計にアイテム代もかかるんだ。
こういう場合、HPをリソースと考えろ。
敵を倒す段階で全員がHPレッドラインで生きてるのが、
一番効率的で理想的な勝利だと考えるんだよ。
ようは、ペース配分だ、ペース配分」
実際にダンジョンに潜り、ギルドの教えと俺の教え、
それぞれどれだけ安定するか、
そしてどれだけやくそうの使用量に違いが出るかを実体験させる。
「お前が覚えるべきことは3つ。
パーティー全員がロストしないぎりぎりを見極める目と、
ダメだと思った相手からは逃げ出す方法だ。
そしてその上で、さっき教えたペース配分。
これを体に叩き込んでいけ!」
……なるほどな。
師匠ヅラすんのはやっぱ嫌なんだが、
若いやつらに死なれるのはもっと嫌だ。
こうして技を伝えて若いやつらを守れるなら、
師匠ってのも案外悪くねぇな、ジュニア。
「それでも働きゃ腹が減るっと!」
あぁ、ここからはリベンジマッチだ。
来たぜ、とうふ屋!
今日こそ……
「すいませ……」
と。注文はQRコードからだったか。
まぁシャイな客にはありがたいし、
店側も伝票管理とかで困らないっていい仕組みだ。
こいつはいずれ当たり前になる。
俺はただ、そんな当たり前をまだ受け入れられず、
人のこころがなんだのと言ってるだけの老害だ。
けど、よぉ……
「ごめんなさいの一言もなしに、
ただ品切れとだけ表示されるのは、
なんとも風情が感じられねぇんだよなぁ……」
これも多分、あなご飯が食えない八つ当たりだ。
ちくしょうめ。
「お待たせ致しました」
よし、リベンジマッチだ。
セーブしたとこからやらせてもらうぜ。
「相変わらず豆腐がうめぇぜ……
だが今日のところは半分残して。
さぁ、お待ちかねだぜアナゴの天ぷらちゃんよ」
塩をひとつまみ、ぱらり。
さぁいくぜ、勝負だ!
「うほっ、さっくさく!」
こいつぁすごいぜ。
揚げ方が天才的。
さくさくアナゴだ!
そして当然、中はふっくらとくらぁ!
「こんなん反則だろぉ」
なるほど、こいつは塩で食うしかねぇ。
つゆなんかにつけた日にゃぁ、
さくさくアナゴがへにょへにょアナゴになっちまう。
だがそれ以上にこの料理には
致命的な欠陥がある。
俺が昨日こいつを食った記憶が全然ねぇのもそのせい……
こいつぁ……
「すぐになくなっちまう……!」
思えば豆腐もそうなんだよなぁ。
くどくねぇかすらっと入る。
結構なボリュームはあるはずなのに、
全然そう感じねぇんだ。
「意識しないと、瞬殺しちまうぜ……!」
断腸の思いで、箸を置く。
今日の俺は冷静だ。
そう、重要なのはペース配分ってね!
じゃ、小鉢に移るとして……
まずは、ガンモドキだな。
豆腐がうまいんだから絶対うめぇぞ。
さ、いただきま……
「おぅん?」
なんだこいつは?
なんか変な味がするぞ?
「中に茄子の素揚げが入ってんのか。
だがこの奇妙な苦味と甘味は茄子だけじゃねぇ……」
だが茄子しか見つからねぇ。
敵はステルスだ。どこかに隠れ潜んでる。
見つけねぇとこのまま一方的にやられちまうぞ。
なんかヒントはねぇのか? ……お。
「こいつかぁ……!」
酒粕豆腐! そういうのもあるのか!
この味は、酒粕だ!
なるほど、それとこの、赤味噌の味噌汁は……
「最高の箸休めだぜ……!」
炊き込み御飯も、当然うめぇ!
油揚げが最高だ。
やっぱりこの店は、
とうふ屋なんだなぁ……!
で、残りの小鉢は、お新香と……
温泉卵だ!
「黄身がぷりっぷりだぜぇ……!」
こんなの男なら一生追いかけちまう、
魔性の卵ちゃんだ!
「……っ! くそっ! またやられた!」
こいつぁただの出汁醤油じゃねぇ……!
ほのかに柑橘系の香りがしやがる……!
それもうるさくない程度、
ほんの少し香る程度……
「この温玉ちゃん、
香水をつけてやがる……!
色気づいてるんだ……!」
ダメだ、完全にお釈迦様の手のひらの上……!
この御膳から、逃げられねぇ……!
どうする?
どうすりゃここから俺は
イニシアチブを取り戻せるんだ?
これじゃ2日連続の完全敗北だぞ!
「……そうかっ!」
これを……!
こうして……!
こうだっ!
海の幸のアナゴ!
陸の幸の混ぜ御飯!
そして、山の幸の温泉卵!
海、陸、山で合体だ!
うきうきでつい手をパパンと叩いちまうぜ!
さぁ、どうだ?
こんなの絶対うまい!
うまいに決まってるんだが……!
「……〜〜っ! うめぇぇええ!」
あたりめぇだっ!
そう、これはパーティーだ!
互いの弱点を補い、バランスのいいおりこうさんを
やってやるんじゃねぇんだ……!
それぞれの個性を最大限に活かすっ!
天ぷらのサクサクと、
温泉卵のしっとりと、
油揚げのジューシと、
あなごのふっくらと、
山菜の苦味と、
柑橘の香りが……!
「すげぇ連携攻撃だっ……!」
抗えねぇ……!
こんなの抗えるわけがねぇ……!
「今なら……行けるっ!」
ここでリベンジだっ!
昨日完全敗北した冷奴っ!
俺の育てたパーティーの技なら、お前にだって……!
「くそっ! こっちはシンプルなのにうめぇ!」
いや、もういいんだっ!
どっちもうまくていいっ!
俺はただ、旅先でこうして一人で
うまい飯が食えれば、それでっ……!
「……あ」
やっちまった。最後の最後で……
ペース配分を間違えたぜ。
「しかし、うまかったなぁ……」
次に神殿に来るのはいつかわからねぇが、
次が楽しみになる店だよほんとに。
「あ、そうだ」
そうだよ。俺は神殿に来たんだ。
しかも今は夏だ!
となりゃぁ……
「やっぱ欠かせねぇよな、デザートも」
夏季限定、赤福本店赤福氷!
抹茶のシロップも安っぽくない。
老舗和菓子屋の本気がここにある。
これだけでも十分うまいが、
この緑の山を掘っておけば……
「おいでなすったな」
中に埋まった赤福を掘り起こす。
もちもち感が白玉みてぇだ!
そして、こいつが居たってことは……
「そうそう、こいつらはコンビで攻めてくるんだ」
あんこも、うめぇぇ……!
抹茶のかき氷と、餅と、あんこ。
「やっぱ、これだよなぁ」
はぁ、やっぱいいねぇ、神殿は。
こうしてうまいもんが食えるのも全部、
日々の仲間たちのおかげってことで……
「わんっ! わんっ!」
おん? お前、あの時のおかげ犬か?
お前、帰らねぇでいいん……あー……
「わんっ!」
「おかげ犬じゃなくて、
客引き犬だったかぁ……」
♪~軽快なジャズのイントロ
――ジュダァ~♪
♪~軽快なジャズのイントロ
――ジュダァ~♪
ジュダァ~♪
りゅ・う・ゆう・しゃ!
Foooo!!
ジュダァ~♪
――ジュダァ~♪
ジュダァ~♪
りゅ・う・ゆう・しゃ!
Foooo!!
ジュダァ~♪
※この小説はフィクションです。
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――16時39分「うらかぜ」ダイワゴート発
山の中を抜けて到着したのは、
美しい都市計画の元に作られたこの国最古の都市遺構。
見た目だけで本質を模倣することができなかった強引な自然への調教が失敗し、
最後は呪いと百鬼夜行に呑まれて廃れた74年の栄華だった。
人類だけが自然を改造する。
正確に言えば『無配慮に』自然を改造する。
ビーバーはダムを作るが、ビーバーは決して自然を壊さない。
たとえ川を干上がらせる規模のダムを作ったとしても、
そこに溜め込まれた水のあまりの重さで星の自転を歪めるようなことには至らない。
たとえ便利に見える形で改造が成功しても、その影では確実に歪みが生まれていく。
世界はそれを「悪」と呼ぶ。
「ダイワゴート駅とゴート西口駅は、駅名が違うのに同一駅なんですよね」
「そうそう! まさにカオスだよねぇ」
「まさに金鉄王国です」
「次のダイワウェストプリンス駅は多分、世界で一番ポイントが多い駅だよね!
ね、ね! 窓から何個ポイントが見えるかいっしょに数えようよ!
あ、すみませーん! ホットコーヒーくださーい!」
終点、皇都は17時31分着。
途中駅はあと2つしかない。
おそらくこれが最後の車内販売。
にもかかわらず、アナスタシアは本題をまるで切り出せていなかった。
鉄オタトークが、楽しかったのだ。
だが、鉄道は移動手段であるが故の鉄道である。
どんな観光列車であれど、その基本原則は崩れない。
決して終点にたどり着けない列車など、
遠州鉄道と釜石線の臨時列車以外には存在しないのだから。
(ポイント……)
隣の席に笑顔を返しつつ、アナスタシアは外を眺める。
3本の路線に加えて車庫に至る線路が複雑に平面交差するダイワウェストプリンス駅。
ここは世界一ポイントが多い駅かもしれないと思う程度にはポイントが多い。
(……ここで、切り替えなければ)
アナスタシアは幸せだった。
憧れの鉄道女王は、まるで自分の鏡写しのような存在。
こんなに鉄道ネタで盛り上がれる知り合いは当然いなかったし、
その似通った境遇を思えばこそ、私達2人ならどこまでも行けるような思いすらも感じられた。
だが鉄道ではどこまでも行けない。
遠州鉄道と釜石線の臨時列車以外が終点にたどり着けないように見えるのは理由がある。
それぞれ最終的には根の国に到着するのだが、
その途中でブラックホール情報パラドクスを引き起こし、
一生終点に到着しないように誤解してしまうのだ。
それは宇宙物理の基本原則がそう思わせる錯覚であり、
列車は必ず終点にたどり着くようできている。
山の手の首都環状線ですら、いつか終点のタバッタにたどり着く。
グランサカーツ環状線ならそれより早くメビウスの輪から抜け出してしまう。
映画のスタジオにたどり着くならまだマシ。
最悪は遥か南東の山の中、ゴジョーにまで連れ行かれて領域展開だ。
(列車は時に、止まれない……
止めてはいけない……)
それでも日が切り替われば、再び始発は動き出す。
そうだ、鉄道は神の授けた奇跡。
たとえ魔族全滅しようが、人類がこの星から消え去ろうが……
鉄道だけは、永遠にしなくてはならない!
だから、私は!
「ほんと金鉄は面白いよねぇ。
ねぇ、アナスタシアさんはどこの私鉄が一番好き?」
「ファン・ライン」
「……え?」
ガコッ、と一度大きく車内が揺れた。
ホーム手前でポイントを通過したのだ。
「ファン・ライン」
「…………」
列車は止まらない。
たとえ駅で一度止まったとしても、発車ベルさえ鳴り響けば。
――17時00分「うらかぜ」ダイワウェストプリンス発
「私は、ファン・ラインが一番好きです」
列車は必ず発車する。
終点、皇都まで。あと31分。
普通 7両 9月16日10時20分 勇者の駅弁 ~Season1~「魔王の条件」
普通 7両 9月16日22時20分 勇者の駅弁 ~Season1~「覚醒」
第9号到着 9月16日22時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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