「無効耐性貫通の氷魔法」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
♪~軽快なジャズミュージック
「身が引き締まる思いだなぁ」
冒険者の人生はセーブと共にある。
俺も若い頃は、いろいろやらかしたなぁ。
強敵との戦いの前に仲間と気合を入れてセーブして詰みかけたり……
突然フリーズして、気付いたらずっと前の街だったり……
後で失敗に気付いたのにもうセーブされちまってたり……
結果を見て確認したいのに勝手にセーブされたり……
「一体俺は、何度目なんだろうなぁ」
だいたいの街にはその街の神殿があって、それぞれに名前がついてる。
だがここだけは別。ここはただの『神殿』だ。
神殿の総本山だからこそのシンプルさ。
いいねぇ。
「…………」
爺さん婆さんに地元の子供。
家族連れまで様々なのに、まるでうるさくねぇ。
(ちゃんとここでは静かにするって、わかってるんだなぁ)
うんうん、それでいい。
お前はガキだがいいガキだ。お行儀ガキんちょだ。
「……?」
(にかぁ)
「……!!」
俺の笑顔にぶんぶんと手を振って無言で走り去るガキんちょ。
(いいことあるといいなぁ、お前も)
レベルやギルドにとらわれず――
幸福に空腹を満たすとき――
束の間、彼はひとりよがりになり――
『勇者』になる。
誰にも邪魔されず、気を使わずにものを食べるというソロの行為。
この行為こそが、冒険者に平等に与えられた――
最高の『報酬』と言えるのである。
勇者の駅弁~Season1~
第2話:伊勢おはらい町のとうふ屋(後)と、赤福本店の赤福氷
(なんだか俺もガキの頃を思い出しちまうなぁ)
俺は生まれた時から冒険者で、ずっと難関ダンジョンに挑んできたんだ。
一歩踏み外せばマグマに落ちちまう白い床をジャンプで渡って……
馬車の窓からはパーティメンバーの忍者が並んで走ってたなぁ。
(うん、うん。)
なんだか童心に帰っちまったぜ。
なら、ここからの俺はオワタ式。
人の声を聞いたら最初からやり直し。
(神殿ステージ、スタートだ)
橋の手前で河原に降りる。
この川が、ここの手水舎。
最短ルートを進むタイムアタックだ。
(よぉし、あとすこしだ)
この階段を上りきれば、ステージクリアまであと少し。
まずは二礼。
落ち着いて2拍手。
そして最後に……
「神さまお願いします!
俺のコインが1000枚って覚えといてください!」
「…………」
兄ちゃんよぉ……
ここは静かにセーブするのがさぁ……
「あ、ははっ。へへっ。へへへっ……」
睨まれてぺこぺこ頭を下げる兄ちゃん。
謝るくらいなら最初から静かに参れっての。
(……いや、俺は俺のルールを決めたんだ。
ステージ再走だ)
改めて川の水で手を洗い。
最短ルートを気持ち早足で進み。
石階段を登って、二礼二拍手。
そして最後に……
「神さまお願いします!
俺のコインが1000枚って覚えといてください!」
「…………」
この野郎……
いや、俺も身に覚えがあるから文句がいいづれぇ……
(再走だ)
改めて川の水で手を洗い。
最短ルートを気持ち早足で進み。
石階段を登って、二礼二拍手。
そして最後に……
「神さまお願いします!
俺のコインが1500枚って覚えといてください!」
「…………」
500枚増えて1.5倍で再セーブしに来てんじゃねぇよ。
(再走だ)
改めて川の水で手を洗い。
最短ルートを気持ち早足で進み。
石階段を登って、二礼二拍手。
そして最後に……
「神さまお願いします!
俺のコインが1500枚って覚えといてください!」
「…………」
どんだけ負けてんだこいつ。
(再走だ)
改めて川の水で手を洗い。
最短ルートを気持ち早足で進み。
石階段を登って、二礼二拍手。
そして最後に……
「神さまお願いします!
俺のコインが5000枚って覚えといてください!」
「…………」
お前は5倍まで増えて上機嫌なんだろうがよぉ……
(再走だ)
改めて川の水で手を洗い。
最短ルートを気持ち早足で進み。
石階段を登って、二礼二拍手。
そして最後に……
「神さまお願いします!
俺のコインが12000枚って覚えといてください!」
「…………」
確かこの近くのカジノで交換できる最強の武器は
コイン8500枚だったはずなんだが。もう交換できるだろうがよぉ……
(再走だ)
改めて川の水で手を洗い。
最短ルートを気持ち早足で進み。
石階段を登って、二礼二拍手。
そして最後に……
「神さまお願いします!
俺のコインが800枚って覚えといてください!」
「…………」
盾から交換する宗派だったかぁ……
長生きするよ、お前は。
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――15時32分「うらかぜ」神殿ヤマダ発
食堂席の窓から神殿の森を眺める。
海の青と森の緑。
「うらかぜ」の旅はその両方を楽しむことができる。
「マールは駅弁、何が好きですか?」
「え? この食堂車のメニューじゃなくて?」
「そうですね。どんな駅弁が好きなのか知りたいんです」
「そうだなぁ。やっぱりあなごめしが一番……
と、言いたい所ではあるんだけど、それでもモー太郎弁当かなぁ。
お肉が好きってのはあるんだけど、あの箱を開けた時のメロディにすごいドキドキしちゃって」
「わかります!
食事体験は味覚だけのものじゃないんですよね!
視覚、そして聴覚に訴えてくるモー太郎弁当は最高です!」
モー太郎弁当(1700円)。
松坂名物黒毛和牛を贅沢に使用した牛丼弁当で、
現実においてはJR松坂駅でのみ直売購入できるレア駅弁だ。
その特徴は牛の顔の形をしたド迫力のパッケージ容器。
この容器を開いた瞬間、蓋に組み込まれた電子オルゴールのスイッチが入り
童謡「ふるさと」のメロディが流れ始める。
味覚、視覚、そして聴覚に旅の思い出を刻む、
オンリーワンの駅弁と呼ぶにふさわしい逸品だ。
――15時34分「うらかぜ」だぜ発
列車は神殿の最寄り駅に停止してすぐに隣のターミナル駅に停止。
左手の窓からは遠くに神殿の外宮の森がわずかに見えていたが、
マールは頑なに左を向かず右の窓から平凡な住宅街の光景を眺めている。
「なら、マールは松坂ミノタウルスの牛重にするといいでしょう。
私もどちらかというとあっさりしたシーフードの方が好みですし……
ここは断腸の思いでカレーを諦めましょう……」
「そうだね……仕方ないね……」
一度大きくカーブする線路。
進行方向が西から北に向いたタイミングでマールは隣のアナスタシアに振り向いた。
「なら、私がシーフードピラフで、アナスタシアさんが牛重ね!」
「えっ? いや、ですから」
「旅は非日常を楽しむもの、普段は選ばない物を選んでこそでしょ!」
「なるほど、そういう考え方もありますね」
ひとまずは納得し注文を伝える2人。
既に口の中でシーフードを迎え入れる準備が整っていたアナスタシアには
少しだけ後ろ髪を引かれるものがある。
「あ! そうだ! 明日!
明日モー太郎弁当を食べようよ!
ファ……っ……う、うちの……
うちの松坂迷宮駅でモー太郎弁当買って、
明日はスペインでゆっくりしようよ!」
「明日、ですか」
マールはずっと逃げ続けている。
アナスタシアもそんなマールに言ってやることができないまま逃げ続けている。
そのストレスが今、彼女の心に大きな負荷をかけていた。
アナスタシアは手元の牛重を注視した。
食欲をそそる茶色の輝きは、
口に入れることもなく美味しさが口に広がる錯覚を感じるはずの色。
しかし今はそれが、馬車鉄道の落とし物のように見えた。
「そう……そうですね!
明日はそうしましょうか!」
明日なんかないのに。本当に自分が嫌になる。
でも明日が来てもいいかもしれない。そんなことを考えて余計に嫌になる。
箸が牛重に伸びる。それはもはや完全な惰性の動き。
小さい口元に運ぶため、タレの染み込んだ白米と牛肉一切れ。
それと今の幸せなアピールするかのように黄色のパプリカを箸の上にまとめる。
乗り心地万全な「うらかぜ」とはいえ多少の震動は起きて当たり前。
軽く震えるアナスタシアの細い手が牛重を口まで運ぶが。
(粘土みたいな味がしますわ)
温感と触感はそれが列車の中で出せる最高の料理であることを伝えている。
だが、味覚は異物混入のシグナルを走らせ即座の嘔吐を指示する。
アナスタシアの中枢はその危険信号を手動でカットし、マールに作笑む。
「とってもおいし……」
と、隣を向いた瞬間。
氷魔法に対する完全耐性を誇るはずのアナスタシアが
一瞬で凍結状態に追い込まれる呪文が詠唱される。
「はい、アナスタシアさん。
あ……あーん……」
恥ずかしそうに顔を赤らながらシーフードピラフの中のあわびを差し出す私の天使。
(だ、だからあえて互いの好きな物を入れ替えたのですか……!)
完全な不意打ちに中枢の制御神経が次々と断線していく。
シンクログラフ反転、パルスが逆流していく、
回路遮断指示。信号拒絶。
触覚、ERROR
嗅覚、ERROR
味覚、ERROR
視覚、ローレンツ収縮中。
聴覚、暴走。
(身を捨ててこそ……)
もはや動物としての本能だけで口を開き、身を乗り出して。
(浮かぶ瀬あれ……!)
だらしなく発情した獣のように箸を迎え入れた、その瞬間。
「美味しい……!」
大空へ向けてすべての感覚が翼を広げた。
だから旅をするなら、2人がいい。
「そうだよね! うん!
やっぱ旅の食事は最高だよね!
列車の中でアツアツの料理! 最っ高ぅ~!」
そうして2人は幸せの中、車内電子レンジ調理故のぬるい料理を楽しむのだった。
普通 7両 9月15日22時20分 勇者の駅弁 ~Season1~「ロールプレイング」
普通 7両 9月16日10時20分 勇者の駅弁 ~Season1~「魔王の条件」
第9号到着 9月16日22時20分
最終話到着 9月26日22時20分
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