「おもちゃの素材は賢者の石」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
引き続き森に現れた謎の鉄の塊を調べるマール。
その塊は大きく分けて3つの部位にわかれていた。
1つは先頭の黒い鉄の塊。
内部には様々なレバーや窯のようなものがあり、
これはおそらくシオンが開発中の全自動たまご焼き機と同じ、
何かしらのアーティファクト的機構を有している。
当然仕組みはわからない。
2つはその黒い鉄の塊のすぐ後ろに接続された空の台車。
おそらくここには藁を敷いてから、
その上に野菜などの交易品を並べて運ぶのだろう。
実際にこういう台車を馬に引かせて交易をする商人はよく見かける。
問題は、それが鉄で作られている故に極めて重く、
馬ではとても引けないだろうことだ。
3つはその後部に続く車輪のついた部屋。
車輪がついているのだからこれはきっと馬車と同じ。
何かしらの力で引っ張ることで、
その快適そうな椅子の並んだ部屋ごと移動させられるのだろう。
問題は相変わらず、とても引っ張れる気がしないことなのだが……
「ん? あれ、これは……」
ここでマールは椅子の上に置かれた箱に気付いて手を伸ばす。
一通り調べて何もわからないことがわかった彼女は、
その箱だけを抱えてシオンの元へ戻った。
「おかえり」
「シオンちゃん! なんかわかんないのがわかった!」
「何を言ってるのか私もわからないねぇ。
それで、その箱はなんだい?」
「わかんないものの中にあった!」
「ふむ」
箱の見分をはじめるシオン。
その目が次第に狂気を宿していく。
「材質は紙、しかしここまで正確な形に加工された紙など誰に作れる?
否! 誰にも作れやしない!
それにこの絵はまるで本物じゃないか!
どんな天才画家でもこんな絵が描けるとは思えない……
しかし、何の絵なのかさっぱりわからないねぇ!」
「ね? わからないのがわかるでしょ!?」
「そのとおりだねぇ!」
興奮しつつ箱を開封するシオン。
中から現れるのは雪のように白い地に埋め込まれた
発色鮮やかな直方体に車輪のついたアーティファクト。
「わぁ!」
「すごいねぇ! まるで宝石箱だねぇ!」
「どんな金属でできてるの!?」
「鉄でもないしアダマンタイトでもオリハルコンでもないねぇ!
というか、金属と呼ぶには軽すぎるし柔らかすぎる……
この雪にしても冷たくないし不思議な手触りで……
まさか、噂に聞いた『柔らかい石』かね!?」
「知ってる! 賢者の石!
でも、魔力の反応はないよ」
「しかしこれだけ精密な加工品だよ。
超希少なアーティファクトには違いないねぇ!」
彼女たちは知りようもない。
それがプラスチックという素材で作られた、ただの子どものおもちゃでしかないことに。
シオンが雪と勘違いしたものが発泡スチロールと呼ばれる素材であり、
賢者の石とは程遠いありふれた物質でしかないことも、当然気付けない。
「ふーむ。いやいや! さっぱりわからないねぇ!
箱の周りの文字のような記号も見覚えがまるでないねぇ!」
「そうだね、見たことないよ。
でも……あっ」
ふっと魔力を込めた手で触ろうとして、引っ込める。
その動作をシオンは見逃さなかった。
「どうしたんだい?
魔法を使えば読めるだろう?」
「うん。だから……」
しゅんと目を伏せるマールにシオンはため息をついて。
「君は相変わらず、私の研究の助力に魔法を使うのは躊躇うんだねぇ」
「使わないと死ぬ時は使うけどね。
でも、ほら。シオンは魔法を使わないで頑張ってるわけだし……」
使わないではなく、使えないなのだがねぇ。
一瞬の苦笑いを吹き飛ばし、ぽんとシオンはマールの頭に手を乗せる。
「マール。私は努力が嫌いだ。
体を動かすことはもっと嫌いだ」
「知ってるよ。シオンちゃんズボラだもんね」
「だから努力もせず体を動かさないでもいいように努力し体を動かしている」
「本末転倒だよね」
「いや、そんなことはないさ。
努力をしないという最終目的のためにする努力はノーカンだからねぇ。
私が何をいいたいか、わかるかね?」
「……魔法を使わないために使う魔法はノーカンってこと?」
「流石だよ天才様! さぁ、その文字を解読したまえ!」
「わかった!」
改めてマールの手が淡く発光し、箱の表面の文字をなぞる。
「……ファンレール」
「それがこの文字の音か。
どういう意味だい?」
「ファンは『楽しい』みたいだけど、レールはわからない。
私達にはない概念みたい。
他の言葉もほとんど概念がわからないな……
いや、これはわかる。えっ……嘘?」
「どうしたんだい? 何がわかったのかね?」
「……これね、おもちゃみたい」
「おもちゃだと!? これが、おもちゃだというのかい!?
一体どこの王侯貴族の道楽だい!?」
「なんだか、この青い板の上を動くおもちゃみたいだよ」
「それに何の意味が!?」
「わかんない!」
「ええい意味はこの際どうでもいい!
君は言った! このアーティファクトからは魔力を感じないと!
つまり、これは……私の作る『機械』と同じということかい!?」
「いや、全然同じじゃないよ。
シオンちゃんのはもっと無骨でボロだし」
「君はもう少し思いやりという概念を知るべきだねぇ!」
未知のオーパーツを前にわちゃわちゃと騒ぐ2人だが、
ここで再びマールが何かの気配を察し長耳を動かす。
「今度はなん……もごっ!」
「静かに」
無理矢理口を抑えつけ、息を殺すマール。
シオンもその様子から状況を理解する。
「魔物かい?」
「みたい。この前も世界樹を焼かれちゃったばかりだし……」
「数は?」
「ガーゴイルが2……いや、3匹かな?」
「魔王軍は本当に厄介だねぇ。
さては、さっきの実験の失敗の爆発で気付かれたな」
「多分ね」
「仲間を呼ばれると面倒だねぇ。
やり過ごせるといいのだが……」
「いや、この距離なら……」
ばちばちと周囲にプラズマの放電光が広がる。
それがマールの指先に集まり。
「雷撃魔法は、音より速い!」
放たれた1.21ジゴワットの電圧が3匹のガーゴイルを射抜く。
グレーターデーモンまでなら問題ないという彼女の言は大言壮語ではない。
「やったかい!?」
「いやまだ!」
マールが体を翻す。
確かに3匹のガーゴイルは撃ち貫いた。
だが、同様の『何者か』が背後で動く気配を感じたのだ。
「そこっ!」
反射的にその動く何かに雷撃を放つ、が。
「うわっちゃぁ!」
素っ頓狂な声で叫ぶマール。
しかし、その声が完全に発声されシオンの耳に入るよりも早く。
シオンの研究所兼自宅の掘っ立て小屋は大爆発する。
咄嗟に展開されたバリアにより2人の周囲だけはそのままなのだが。
「わ、私の家がぁ!?」
「あ、危なかった……なんとか打ち消せた……」
「いやいや! 明らかに手遅れだよねぇ!?
おかげで私は今日から野宿なんだがねぇ!?」
「でも、ほら。この『おもちゃ』は無事だよ。
なんか急に動き出したからびっくりしたんだ、ごめんね」
そう言って差し出されたマールの手のひらの上では、
何かしらの機械の力を用いて車輪を回転させるファンレールなるおもちゃの姿があった。
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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