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異世界で森を切り開き鉄道敷いて魔王を倒したエルフの後日譚 「ファン・ライン」~異世界鉄道物語~  作者: 猫長明
第9号:勇者の駅弁 ~Season1~

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59/85

「2時間19分の新婚生活」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

「アナスタシアさん。

 あなたは魔王にはなれませんよ」

挿絵(By みてみん)


 幼いある日。尊敬する父、魔王ノヴァは私にそう語った。

 私は当然だと頷きを返す。


「はい、当然です、お父様。

 魔王とはお父様のこと。

 お父様が倒れることなどありえない。

 故に私が魔王になることは……」

「そうではないんですよ」


 父は娘の言葉を途中で遮り、空を見る。


「人の心に憎しみがある限り、魔王は何度でも蘇る。

 もしも人が本当に魔王を討ちたいのなら、

 その刃を私にではなく自分たちの社会構造に向ける必要がありました。

 私はそれを理解していたからこそ、

 人間社会を分断し世界に恐怖と孤独で支配してきました。

 しかし、今その分断に橋かかけられています」

「それが、鉄道……」

「その通りです。

 さすが、あなたならすぐにわかる話でしたね」


 父は振り返らない。

 だが、顔を見ずともその穏やかな口調から父が微笑んでいることがわかった。


「世界は繋がることで新たな問題を生むでしょう。

 例えば、地域や生まれの格差がより自覚されるようになり、

 集団同士がお互いに強い妬みを覚えるようになる。

 他にも様々なマイナス感情が生まれ、私達魔族の糧となります。

 しかし、マイナス感情は解消する方法があります。

 何かわかりますか?」

「美味しいご飯と、旅でしょうか?

 あ……だから……」

「アナスタシアさんは賢いですね」


 美味しいご飯と旅は心を癒してくれる。

 あらゆる理不尽を洗い流し、明日からまた頑張ろうと思わせる力がある。

 父はそれを何度も私に語っていたし、

 母の胎内に居た頃、母も同じことを私に語りかけていた。


 そして魔物は人にとっての理不尽であり、

 理不尽がもたたす嘆きは魔王の糧となる。

 それを消してしまえる鉄道網が世界に広がった今、

 父はそう遠くないだろう己の死を予期していたのかもしれない。


 そう、実を言うのであれば。

 ファン・ラインの鉄道網は、機動防衛戦略を可能にした段階でも、

 魔王城までの安定した補給と兵員輸送を約束した段階でもなく。

 世界を繋ぎ、旅を可能にし、人々の心の壁を取り払ったこの段階で、

 魔王の体に致命傷となる刃を突き立てていたのだ。


 魔王ノヴァはまもなく崩御する。

 だから今日の父は。


「だからすべての魔族は鉄道に殺されます。

 私もあなたも、いずれ」


 ここまで言葉が優しく、

 穏やかな目をしているのだろう。

 ここでの会話が父から私への遺言となる。

 そう理解できてしまったからこそ、

 ただ静かに父の言葉に傾聴できた。


「お父様……」

「魔王の座はまもなく空座となります。

 しかしそれでもあなたは魔王にはなれない。

 魔王となるには、必要なものがあるのです。

 あなたがそれを、知ることはない……」


 そう言って振り向いた記憶の中の父の顔は。


「それはとても幸せで、とても悲しいことなのですよ。

 アナスタシアさん」


 笑顔で悲しんでいたような気がする。


╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋


 聖地コーヤを後にした2人は、ゼータへ向かう。

 ゼータのローマ字表記はZ。

 その駅名看板は世界一短い駅名として有名だ。

 そこから一度南に向かい、ゴールドラインの観光特急「うらかぜ」へ乗り込む。


「素敵な車両……!」

「かっこいいよねぇ」


 スタイリッシュな「うらかぜ」のフォルムに頬を赤らめつつマールの手を強く握るアナスタシア。


「……っ!」


 どきりとマールの胸が跳ねる。


(なんかずっと、おかしい……

 胸がどきどきして……)


 アクセラレートスーツを挟んで流し込まれた魔王の魔力。

 その魅了は限定的ながら効果し、マールの心を縛っていた。


 の、かもしれない。


 結局のところ、その思いが作られたものなのか、本物なのかはわからない。

 アナスタシアがマールを洗脳し、

 自分に都合の良い「お人形さん」として手中に収めようとしたことも事実であり、

 マールが強いストレスの中でネットの中の電車娘に恋慕を向けることでのみ

 その心を維持しようとしていたことも事実だった。


 そして、マールがアナスタシアの魔力をレジストしたことも事実であり、

 常識で考えて見たこともない架空の推しに一目あっただけで

 恋に蕩けてしまうというようなフィクションがそうそう起こらないのも事実である。


 ただ、その原因がわからずとも、間違いなく今現在のマールは

 すっかりアナスタシアへの恋に蕩けてしまっていた。


「これって私達のハネムーン、なの、かな……アナスタシアさん」

「……っ」


 アナスタシアは一瞬で顔を真っ赤に茹で上げた、が。

 すぐにマールの手を握り返し、その目をまっすぐに見て。


「そう……そうですわね!

 マールは私が好きで、私はマールが好き。

 私達は愛を誓いましたものね!」

「……うんっ!」


 現実から逃げ出したマールが求めていたもの。

 それは、無条件に自分を肯定し、どこまでも愛してくれる人物だった。


 しかも同じ趣味を完璧に共有できる人で、今日まで心のどこかで片思していた相手。

 一度たかが外れてしまえば、あとは落ちるだけだった。


 しかし、それを許せない者が居た。


「…………」


 アナスタシアは「うらかぜ」の時刻表を確認してそっと目をそらす。


(終点、皇都駅まで2時間19分……)


 魔王の娘としての立場。

 許されざる恋。

 それ自体はどうでもよかった。

 重要なのは……


(マールには……いえ、『鉄道女王』には。

 ファン・ラインを、立て直してもらわなければいけません。

 それは絶対に『魔王の娘』にはできないことだから。

 そしてこの方には、ファン・ラインを立て直す方法がある。

 気付いていないふりをしているだけで、

 間違いなくこの方にだけ出来る確実な方法が)


 ここまで真剣にファン・ラインの現状を考え続けた結果、

 アナスタシアは唯一とも言える『答え』にたどり着いていたのだ。


(でも今の私には違う役割(ロール)がある。

 2時間19分の新婚生活。

 その片道で、この方の心に火をつける。

 それが私の。お嫁さんの、最初で最後の仕事です)


――14時50分「うらかぜ」悟島発

普通 7両 9月14日10時20分 勇者の駅弁 ~Season1~「勇者のクエスト」

普通 7両 9月14日22時20分 勇者の駅弁 ~Season1~「タツジンの演舞」


第9号到着 9月16日22時20分

最終話到着 9月26日22時20分


駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

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