「暴走特急は脱線程度じゃ止まらない」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
「いやいやいや!」
絶対零度で細胞が完全凍結しているはずの手を何事もなかったかのように離すマール。
過去に同じ技を受けたブッチャーは完全に体が動かせなくなっていたというのに。
そのまま慌てて恥ずかしがるように顔の前で手のひらを振って。
「まずはお友達からかと!」
「いえ、もう契は済みました」
流石に鉄道女王は魔法抵抗力も規格外か。
だが結果は変わらない。
祈るように胸の前で手を組み感動の涙を流すアナスタシア。
「私は、今日からあなたのお嫁さんです」
「せめて私がお嫁さんになりたいなぁ!」
「スイッチバックですか。問題ありません」
「いやそうじゃなくて!」
「ならこのまま新在直通してください。
私の青函トンネル内三線軌条ははやぶさの時速260km/hにも耐えられます」
「なんで普通の鉄道用語がいやらしく感じられるのかなぁ!?」
「ですから」
――契は済んだと言ったのです。
ギンッ、と紫の瞳の魔力が燃え上がる。
その瞬間、マールの瞳孔が見開き黒目が小さい点に変わった。
私が乗り入れを申請し、あなたはそれを受け入れた。
支配契約の術式は成立し、こちらの魔力は全力で流し込まれている。
魔王の娘、アナスタシア・ノヴァの完全勝利である!
お父様の仇にしてすべての魔物の怨嗟の終着駅。
鉄道女王、マール・ノーエの心魂は始末した。
そしてその世界に神を産み落とした聖母にしてずっと恋い焦がれてきた憧れの相手と、
これからずっと2人だけの車両基地で全般検査を行う毎日を送る。
この本来同時達成が不可能なはずの2つを同時に達成してみせる技。
時刻表を完全に頭に叩き込んだ私なら、稚内と西大山に同時に到着する芸当ができ……
「わ、そ、その、私も、電車娘さんのこと、ず、ずっと、…き、に、思ってはいた、けど。
やっぱり、まずは、その、お友達っていうか……
直通運行の前に特別編成の臨時列車っていうか……」
「え?」
なんで、まだ、喋れている?
というか、今、なんと言った?
(私のことをずっと…キ、に思っていた)
「私のことを気動車だと思っていたんですか!?」
「なんのこと!?
いや、それよりも、ほら、えっと、も……」
「電動車!?」
「だからさ!」
「付随車!?」
「いや私はね!」
「B寝台!?!?」
「ちょっと深呼吸しよっか!」
「家畜車!!!!」
思わずその場で妄想が膨らみ魂が体から脱線しそうになるが。
(ん、いや、そうではなく……)
「大丈夫? 落ち着いてくれた?」
(この方は……)
「ほんとに大丈夫? これ何本に見える?」
「16.5」
「まだちょっとダメそう。
幅聞いたんじゃなくてね?」
(何故魔王の魔力を全力で流されて平然としているのですか?)
その時、アナスタシアは彼女の手から湯気が上がっていることに気付く。
当初はそれが普段の自分のまわりでよく起きる低温で吐息が白く染まる現象、
気霜のようなものだろうと考えていたのだが。
「あれっ? あれっ!? なにこれ!
なんでスーツが!? カナンに整備してもらったばっかりなのに!
なんでVVVVFインバータが焼き切れかけてるの!?」
(あれは、ミスリルのアクセラレートスーツ!?
内部からの魔力を増幅するスーツに外部から魔力を流し込めば、
それがたとえ生の魔王の魔力であろうとも最小変換されて届くのはごく僅か……
まさか、事前に私の行動を読んで!?)
「あーあ、おかしいなぁ、大事にしてるはずなのに。
なんか無意識でやっちゃったかなぁ。
まぁまだ壊れてはないからいいけど……」
(しかもその上でこのわざとらしい演技……
この私が……魔王の娘、アナスタシア・ノヴァが……
完全に弄ばれている……!)
「んー、よし。まだ音もずれてない。
あ、電車娘さんごめんね。もう大丈夫?
これ何本に見える?」
「12」
「この人、私と同じだ……!
3mmの違いで泣いた経験がある人だ……!」
(信じられない……!
これが、鉄道女王、マール・ノーエですか……!)
「それよりさ、お話しようよ!
私ずっと電車娘さんのこと、電車娘としか知らないから……
私のことは、もう知ってくれてるんだよね?
なら……その……名前、教えてくれないかな?」
「……アナスタシア」
「素敵な名前!
あれ? でも、どっかで聞いたような……」
はっ! と表情が凍りつく。
そうだ、相手は演技とはいえまだ知らない「ふり」をしている。
だが今、魔王の娘としての名前を名乗ってしまった!
流石の鉄道女王も、魔王の娘ですと名乗られた以上本気を出して……
「思い出した!
そういう鉄道模型あったよね!
青い汽車の! 素敵な名前だなぁ!」
どうなってるんだ。もういっそ殺して欲しいと感じてしまう。
ダメだ、このままではこちらが持たない。
こうなったらもう、直接聞いてしまうしかない。
「その……鉄道女王は……」
「やだなぁ! マールでいいよマールで!
見た感じは同い年くらいなんだし、友達になるなら、ね!」
「うっ……!」
思わず鼻の頭を抑えるアナスタシア。
手に魔力を込めて鼻腔内の血液を凍結させ応急処置。よし。
「えっと、マ……マールは……
魔物のことは、どう思っていますの?」
「タム20400。5年以内に廃車」
「え?」
「タム20400。5年以内に廃車」
何を言っているのか理解できないのは一般人だけ。
アナスタシアはすぐにこの意味を理解する。
(タムの400番は化学薬品の輸送車……!
中でも20400番は濃硫酸を運ぶため特化改造した型……!
それを、5年以内廃車とはつまり……!)
――5年以内に骨まで溶かして全消滅させる宣言……!
☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置起動!☆☆☆
しばらく蕩けた表情から戻らないマール。
一度体をびくびくと震わせてから大きくため息をついた。
やはり疲れているのだ。そっとしてやってほしい。
「はふぅ。改めて見ると、だいぶアナスタシアさんのアドリブが入ってるシーンですね。
キャスト見てもらえるとわかるんですけど、このドラマ、
アナスタシアさんだけ本人役で本人が出てるんですよね。
まぁ登場人物の中で無職で暇してるのアナスタシアさんだけですからね今。
勇者のおじさんはまだ入院中ですし。
しかしアナスタシアさん、ずっとハイテンションで演技(?)するもので
私役の子役さんが撮影の時何度かチビったそうですよ。かわいそう。
この場面も再現撮影なのをいいことに、現実の鉄道用語や路線名が平気で挿入直通していますね。
はっ……すみません! 直通とか私、はしたないセリフを……!」
はしたない単語はそっちじゃない。
あと、無職でもないはず。
「ともあれここでは私達の馴れ初めを思い出しながらアドリブも解説していきますね。
まず、スイッチバックは高低差の激しい山道を狭いスペースで登るため、
途中で電車の前後を入れ替えてジグザグに山を登っていく運行形態のこと。
箱根登山鉄道で有名ですね。
えっちな言葉じゃありません」
「新在直通は一般在来線と新幹線が同じ路線を走ることで、
ミニ新幹線と呼ばれる東北新幹線が有名。
この際路線の軌道をあわせるため、
既存の2本のレールの上に3本目のレールを敷いて
新幹線と在来線の両方に対応するのが三線軌条。
騎乗位とは音が似てるだけで無関係です」
「青函トンネルは青森県と北海道を結ぶ海底トンネルで、
最近までギネス認定世界最長の海底トンネルでした。
日本の技術の粋が集められており、
アナスタシアさんの青函トンネルとは違って潮水が漏れ出したりはしません。
あ、東武のスペーシアが最近上野に乗り入れましたね。おめでとうございます」
ははん、ひょっとしてこれは放送事故だな?
「稚内は日本最北端、西大山は日本最南端。
青春18切符片手に同じタイミングで東京駅始発とすると、
新山口と青森と本州の端までならそれぞれ1日の終わりの同じタイミングでつけるんですが、
新山口―西大山と青森―稚内だと流石に後者の方が圧倒的に時間がかかりますね。
前者は八代―川内の肥薩おれんじ鉄道区間を除けば
青春18切符が利用できて、始発で出て20時頃着。
しかし後者、青函トンネルは新幹線を使わざるをえないので新函館北斗駅までは
お情けいただくとしても、そこから特急縛りだと普通にもう1日かかります。
特急縛りをやめるにしてもそもそもの電車の本数が少ないこの区間で同時到着は相当難しいですね。
流石アナスタシアさんです。
スイッチさえ切ってくれればちゃんと無双できる最強キャラですね。
スイッチが入ったままだとネコです」
あ、猫大好きってことかな?
「この後鉄オタなら爆笑、一般人は頭にハテナが浮かぶ車両記号ネタ。
鉄道車両の横についてるモハとかサハとかクモヤみたいなあれですね」
「キは気動車のキ。
モはモーター付きの意味で電動車。
サはモーターも運転台もない付随車。
ハネは夜行列車で使われていたB寝台」
「で、カは家畜車ですね。
最近は普通にロネでしたけど、たまにはカやウもいいですね。
とりあえず今日はコキにしましょう。
あ、これはコンテナ車の意味ではなく普通に足です。
鉄オタのみなさんへの逆引っ掛けですよ」
聞いてない聞いてない。
「HO、TT、Nはそれぞれ鉄道模型のゲージ幅。
つまり線路の幅のことで、この数字が大きいということは
模型もサイズも比例して大きくなるということです。
単位はミリメートルで、一番人気なのはやはりNゲージでしょうか。
これ以外だとZとOなどありますが、まぁ今はだいたいNかHOですね。
TTとか日本では全然見ませんし、そもそも一瞬で3mmの差がわかるのは流石ですね。
ちなみに実際の歴史で私達が出会った頃のアナスタシアさんは79でしたが、
今は毎晩車両基地で全般検査した結果84です。
全般検査とは、車両の主要部分やすべての機器類を取り外し全般にわたり細部まで検査を行うことですね。
JRでは新幹線で3年に1回、一般車両で8年に1回ですが、私達は毎日です」
日本のATSは絶対の安全を保証しているのではないのか?
「アナスタシアという青い汽車の鉄道模型は
ドイツのおもちゃ会社で作られた1/12のドールハウス用モデル。
私もアナスタシアさんでお人形遊びするのが好きです」
「で、タム20400ですが」
ふっ、と軽く目を閉じて。
「みなさんもご存知ですね。
宣言通り、すべて廃車済です」
これが世界から魔王を『駆除し』魔族を『根絶した』英雄。
鉄道女王、マール・ノーエである。
この2人の容赦の無さ、ある意味で似た者同士なのだ。
本編では一体この後何が起きて、
ある意味最高で最悪の現在に繋がるのだろうか。
ここから急加速する物語、どうぞお楽しみに。
☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆
普通 6両 9月12日22時20分 三線軌条で繋がるセカイ「出発点呼」
普通 6両 9月13日10時20分 三線軌条で繋がるセカイ「伝説がはじまった日」
第8号到着 9月13日10時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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