「ひとりぼっちの逃避行」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
VVVFインバータの導入により一斉に電化されていくファン・ライン各路線。
この電化対応にかかった予算は数兆円とも言われ、
そのすべてが国家予算の特別編成。
鉄道は金食い虫だと叫ぶ民衆の感情には火に油が注がれる形となり、
呼応するように魔王軍残党によるテロも頻発していた。
しかし、長期的に見ればこの電化投資は必要なものだった。
今までのサラマンダー式蒸気機関やガスクラウド式ディーゼル内燃機関は
それぞれの魔法生物の飼育コストに加え餌代をあわせて総合的に計算すると、
1kmあたり1600円のコストがかかっていた。
一方、電化により完全電気が達成された路線は
1kmあたり200円の電気代で列車を走らせることが可能。
ここにさらにVVVFインバータによる電力の最適化調整が加わることにより、
今の電車が1kmあたりにかかる電気代は……
わずか50円。
すなわち、単純計算でファン・ラインの維持コストは、
電化前の3%にまで削減された形になる。
まさに流通革命の名にふさわしいコストカットである。
しかし……
線歴1960年。
ファン・ラインの収益は大きく改善されたものの、
未だ民衆からの風当たりは強く、
また、怠惰な職員達のずさんで危険な運用による内部腐敗は、
より加速しているのだった。
「…………」
報告書を読むマールの表情は渋い。
近年になってコンプライアンスへの意識が高まっているのか、
以前に増して職員へのクレームが多く届くようになっていた。
いや、コンプライアンス意識の問題だけではない。
総裁としてお忍びで視察すれば、
至る所で適当な職員の姿を見かけてしまう。
対策としてペナルティを設ければストライキ。
給料を下げればストライキ。
そうでなくともストライキ。
職員からすれば自分たちの職場は「天下の」ファン・ラインであり、
自分たちは鉄道を「動かしてやっている」と言わんばかりの傲慢さがあったのかもしれない。
「それに比べて……」
スマホで確認するのは首都近郊に路線網を拡大するK急の噂。
お客様ファーストのサービスは利用者の満足度も極めて高く、
鳴り物入りで登場した新型車両「ロマンスカー」は席の予約システムがパンクする大人気。
特に操縦席を上部に設置することで正面車両最前面に設けられたダイナミックな座席はまさに高嶺の花。
お家芸となりつつある振替返しも含めてかなり無茶苦茶なこともしているのだが、
それも含めて「K急クオリティ」と愛されている。
運転主任と呼ばれるエリート技術者達はもはやちょっとしたアイドルでありファンも多いとか。
「同じ鉄道事業者の姿なの……? これが……」
そんなK急の人気にあやかるように各地で民間私鉄会社が乱立。
西のギルド連合盟主が設立に関わった「盟鉄」
シンボルマークにショートボウを用いた「半弓」
全駅に記録ポイントが備え付けられた「セーブ」
かつての天才軍師が社長についた「英断」
それらがすべて民衆からの大人気に支えられている。
むしろ、これらに対するファン・ラインが、今。
「最悪の鉄道会社と呼ばれるなんて……」
そもそも活動予算がマールのポケットマネーよりも少ない魔王軍残党が
今なおテロを続けられることが出来ている理由は、
民衆のファン・ラインへの怒りあってのこと。
むしろ魔族が人の心を操り定期的なテロでガス抜きをしていなければ、
事態はもっと早く致命的な域にまで進んでいたはず。
鉄道を維持・拡大するために手段を選ばないアナスタシアは
ここまで見越してのテロを続けていたのだ。
こうして魔王の娘アナスタシアが
非道な手段でファン・ラインを影から支える一方、
本来ファン・ラインをより良く導いていかねなばならないはずの
鉄道女王マール総裁はこの絶望的状況で何をしていたのか?
確かに彼女は魔王を倒した英雄だ。
しかし、未だかつて彼女はその半生の中、
ここまで追い込まれたことが一度もなかった。
天才故に、挫折を経験したことがなかったのだ。
人間ならば誰しも一度は挫折を経験し、
そこで絶望の中でのもがき方を学ぶもの。
太陽の騎士、オオタニ=サンは、
敗北と終わりが確定した後からでも
己の身を捧げてでも仲間の名誉を守ることを選び。
マッドサイエンティスト、シオン・マヒデは
先が見えないスランプの長いトンネルの中でも
実験だけは成功失敗を気にすることなく続けていて。
勇者にして冒険者、セド・A・ジュダは
何十年もの間未達成だったクエストを廃棄せず
常にクリアへの道が開くチャンスを見逃さず。
勇者の弟子、スタンJrは
最後通牒を突きつけられてなお
盲目的に進み続けるでなく振り返ることを学び。
浪人エルフ、カナンは
絶対的な正しさを突きつけられてなお
己の弱さを認めて奇跡に手を伸ばし。
魔王の娘、アナスタシア・ノヴァは
通常の時刻頼りでは絶対に間に合わない行程を
魔王のプライドも恥も外聞もなく駆け抜けて。
そして、運転主任シーナ・ヴィクトリア・オオタニは
このままではダメだとわかりつつも
行けるところまでは逝く覚悟で走り続けた。
誰もが皆必死だった。
もうどうしようもないかもしれない。
自分は無力かもしれないと心のどこかで思いながらも、
ただ諦めることだけは選ばず戦い続けた。
しかし、天才であるマールだけが何もしていない。
もうどうしようもないとわかってしまうからこそ、
彼女には何もできなかったのだ。
アナスタシアのサポート虚しく、
限界間際まで蓄積した社員と民衆の怒り。
そんな猛烈な逆風と重圧の中で「総裁」マールがとった行動は。
――探さないでください。
やっぱダメだよこのエルフ。
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聖地コーヤ。
世界の信仰の中心にして、険しい山々の中に深い森が広がる修行の地。
その奥深くにある伝説の大滝ナチは見る者を圧倒する。
この地域にのみ生息する魔法生物であるヤタガラスは古くから神獣として崇敬の対象にあり、
伝説では迷い人へ道を示すとされている。
無我夢中で走り続けた先の迷走に陥ったファン・ライン。
総裁マールは、改めて森に住まうエルフとしての原点に立ち返り、
この地で修行し、大滝の下で身を清め、
ヤタガラスの信託を授かる目的でこの地を……
「はぅ……コーヤ電鐵のタマちゃん……かわいすぎる……」
訪れたわけがないんだよなぁ。
「あぁ、早く会いたい……タマちゃんに会いたい……
でも、コーヤ電鐵の電車もかわいいし、空気も綺麗だし……
やっぱ一人の鉄旅って、さいっこぉ……」
彼女はまだ知らない。
この最悪とも言える逃避行が、
自身の人生を変える長い旅の始まりになることを。
普通 6両 9月11日10時20分 三線軌条で繋がるセカイ「ただの野良猫だった吾輩が突然駅長に任命されたら2兆円稼いで爵位を授与された挙げ句に神になった件」
普通 6両 9月11日22時20分 三線軌条で繋がるセカイ 「『ファン・ライン』~異世界鉄道物語~ 完! HAPPY END」
第8号到着 9月13日10時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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