「わからないが楽しい!」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
マールは今年で35歳になるエルフの少女だ。
35歳で少女というのはいささか痛々しいが、
エルフの時間感覚で言えばまだ小娘にもなれていない少女である。
しかしマールはその若さで既に魔道士として類まれな才能を認められていた。
彼女はまもなく訪れる30年後の成人と同時に森を離れ、
世界を脅かす魔王を討つべく戦う勇者に手を貸すことになるだろう。
と、里の誰もがそう思っていた。
「絶っっっ対に! 魔道士になんてならないんだから!」
師匠達の前では優等生を装いつつも、彼女は魔道士が嫌いだった。
正確に言うなら、魔法というものが嫌いだった。
魔法。世界に満ちるエーテルを引き出し『奇跡』を導く術。
かつてとある大魔道士は魔法についてこう述べている。
――人間が想像できることはすべて、魔法で実現できる。
自由自在に空を飛び、巨大な大砲では逆立ちしても放てない大火力で戦場を制圧する、
世界中誰もが憧れる夢の魔法戦闘職、ハイウィザード。
エルフを中心にごく一部の先天的才能を持つ者にしか行使できないその力を操れる者は、まさに天才。
マールは今では珍しくない魔法無双系の主人公の素質を生まれながらに持ち合わせた、
天然のチート能力者だ。
だがしかし。マールは魔法が嫌いだった。何故ならば。
「私が想像することは全部実現できちゃうの。
不可能がないってね、すっごくつまらないの!」
それはまさに、持つ者にしか理解できない贅沢な苦悩。
「これを嫌味でなく本心で言うんだからねぇ」
「ちゃんとシオンちゃん以外の前では隠してるってば!」
「流石、天才様は猫をかぶるのもお上手みたいだねぇ」
彼女が唯一本心を打ち明けるのは7歳上とほぼ同い年の幼馴染の親友。
流れのドワーフである少女、シオン・マヒデだった。
そして、このシオンとの仲の良さが彼女の魔法嫌いの理由である。
「それで、どうなの!? うまくいきそう!?」
「どうだろうねぇ。おっと、そう近寄ると危ないよ。
少し離れたまえ」
「大丈夫だよ!
エンシェントドラゴンに至近距離からブレスを吹かれたって無意識でバリアを展開できるもん!」
「はっはっはっ。なら大丈夫か。
流石の私もエンシェントドラゴンのブレスは再現できないからねぇ。
では、いくよ!」
レバーを引くシオン。
ごくりと息を呑むマール。
うんともすんとも言わない鉄の塊。
「おや? 失敗……」
「危ない!」
突然の大爆発が半径50m圏内を蒸発させた。
しかし、その中央でマールとシオンの周辺だけが何事もない緑の地面のままである。
「うーん、グレートドラゴンのブレス級はあったかな?
すごいよシオンちゃん!
この前よりも火力が上がってるね!」
「私は何も爆発力を上げたいわけじゃないんだけどねぇ。
ただ、卵焼きを自動で作りたいだけなのさ」
このシオンは自称発明家。
所謂、科学とかいうオカルトの信徒であった。
「すごいね! 科学で作る卵焼き! 絶対美味しいよ!」
「そうだねぇ。マールの卵焼きよりも美味しいといいねぇ」
ふわりと魔法で卵を浮かび上がらせ、空中で殻を割る。
そのままふよふよと拡散する白身を炎で炙り、
かじると黄身がほどよくとろける絶妙な焼き加減に調整。
どこからともなくポンと出した皿にそっと着地させ、笑顔でシオンへと差し出した。
「本当に君は変わり者だねぇ。
魔法を使えばなんでも簡単にできてしまうのに」
「だからこそ、だよ。
シオンちゃんだって当たり前にできることには興味を持たないでしょ?」
「これは一本取られたねぇ!」
マールとの付き合いが長いシオンはよくわかっている。
彼女は本当に、心の底からの本心でそう思っている。
知らぬ者が聞けば嫌味か煽りにしか聞こえない言葉を、
悪意ゼロの笑顔で言ってしまうのだ、この天才様は。
「うーん、相変わらず黄身の焼き加減が絶妙だねぇ」
「でもシオンちゃんの科学で作る卵焼きは、絶対に私のより美味しいよ。
だって、料理の味を決定づけるのは気持ちだもん!
同じ料理でも頑張って作った方が美味しくなるんだよ!」
「私は頑張らないで卵焼きを焼いてくれる機械を作りたいんだねぇ」
努力しないための努力は果たして努力と定義できるのか。
多くの人は普通に努力だと認めるが、
だいたいこういったケースでは本人はまるで努力と思っていないことが多い。
「まぁ大丈夫さ。想像はできているんだ。
次はうまくいくよ。
そう! 人間が想像できることは、すべて科学で『いつか』実現できるんだ!」
情熱と狂気が混在した親友の瞳に、マールはきらめきを見る。
「できるよ! だって……シオンちゃんは、天才だもん!」
こうして想像をすべて『即座に』実現できる魔法を極めたマールは、
想像をすべて『いつか』実現できる科学に憧れた。
彼女の直近の目標はまず手も魔法も使わず卵焼きを作ること。
そしてその一歩先の目標は、自分の足も魔法も使わず馬より早く走ることだった。
それが完成すれば、いよいよもってその先で……
「ん……?」
ふと何かの気配を感じたようにマールがその長耳をぴくぴくと動かす。
「どうしたんだい?」
「森が騒いでる……ちょっと行ってくる!」
「気をつけたまえよ」
「グレーターデーモンまでなら大丈夫!」
それはつまり、魔王と魔王直属のエリート以外には負けないという意味なのだが。
ともあれこうして駆け出したマールが転生させられた一号機関車と出会うことで、
物語がはじまるのだった。
「鉄の魔物、じゃないよね。
動きそうにはない……いや、でも車輪がついてる。
もしかして、馬車? こんなに大きいのに?
ううん、ありえない。
こんな重い馬車、グレートドラゴンじゃないと引けないよ」
知る人が見ればごく普通の蒸気機関車だが、
汽車という概念がなければそもそもこれが『何』なのかを形から分析しなければならない。
彼女が行う分析の難易度を上げる要因となっているのが、
転生したのは機関車と客車だけで、線路は転生されなかったこと。
鉄の汽車の巨体は、線路の上でなければまともに動かせない。
それでも車輪はついているのだから、
馬車のような移動手段であることはマールにも想像できる。
が、動かせないなら無意味なオブジェでしかない。
試しに車体を押してみるが当然うんともすんとも言わない。が。
「うん、やっぱりグレートドラゴン級の力じゃないと引っ張れない」
魔法がその車体をゆっくりと動かしてしまう。
これだから天才は。
「でもグレートドラゴン級の力を持った魔法生物の使役なんてできると思わないし、
もしも最初から私みたいな魔法で動かすつもりならこんな形にはそもそも作らない……」
首を傾げつつ客車の窓を覗き込んで。
「でも中はやっぱり馬車みたい……
すごい、立派な椅子だ。
確かにこれを引っ張れるグレートドラゴンがいるなら、とっても快適な旅ができそう。
まぁいないんだけど」
考えれば考えるほどに理解不能。
一体誰が何故こんなものを作ったのか。
そもそも、何故突然森の中に現れたのか。
何もわからない。そう、わからないが故に……
「面白い! 全然『想像』できない!」
それはシオンが作るガラクタめいた何かを見る時と同じ『わくわく』だった。
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
座席の予約は「ブックマーク」「評価」で。




