「北へ!!」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
一方その頃のアナスタシアは。
「……意外と難しいですね」
暗い部屋の中でパソコンモニターを睨みつけ、画像加工ソフトを駆使し……
「ここを、コピペして……」
アイコラを作っていた。
「くっ、うまくこのアホエルフを消せない……!
せっかくこんなに雪の駅のホームをライブ会場っぽくかわいく改造してくれてるのに!
もうちょっとここの点字ブロックがよく見えるように……!」
アイコラとは一体。
「はぁ、まったく……こんなアホエルフじゃなくて……
せめてあの鉄道女王なら……ん……?」
ふと何かに気付くアナスタシア。
手持ちの写真を並べ、ぽちぽちとマウスをクリックし。
「…………」
ポチっ(保存)
「ふぅ……」
ため息がこぼれるほど疲れている。
魔王の娘であり続けるというのはそれだけの激務なのだ。
「葉萌本線……」
とろけた表情で路線図を眺めるアナスタシア。
彼女ほどになれば、路線図でも十分楽しむことができる。
いや何が十分なのかはよくわからないのだが。
ちょっと高度すぎて。
「ん……?」
ふと先程と同じように首をかしげる。
また何かよからぬことを思いついてしまったのだろうか。
カチカチと響くマウスのクリック音。
開かれたのは業務フォルダ内のpdfファイル。
――エゾチへようこそ! ~粛清のしおり~
その中の、囚人がシャケを取る川の場所を確認し……
「や、や……やってしまいましたぁぁぁぁああああ!!」
自分の致命的な見落としに気付き部屋を飛び出すアナスタシア。
シャケ漁が行われている川は幻森駅の目と鼻の先。
その川には、自分がエゾチ送りにしてしまった魔将軍達もいる。
エゾチ送りにされた彼らは、上下関係を持たないソロ。
もしも彼らの中の誰かがエルフアイドルに気付いてしまえば……!
「まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!!」
時間がない、もう1分1秒でも無駄にできない。
彼女の足音が廊下を離れていく……
と、思いきや今度近づいてきて。
「忘れ物っ!」
ベッドの下から1957年度ファン・ライン時刻表を持ち出した。
「速く……速く……速く!」
こういう時にマールなら1秒かからないのだが、アナスタシアは飛行魔法が使えない。
全速力で走ったとて、亜光速はおろかモンド港レトロ観光線の速度にすら届かない。
彼女はイーダ線のΩカーブを走って列車に負けているほどの鈍足であった。
しかし彼女には鉄オタとしての知識がある!
「切手ください!」
彼女が飛び込んだのは郵便局。
思わず呆れ顔になる郵便職員の前で体重計に乗り。
「タバッタまで!」
ニューブリッジからそのまま北に向かわず、一度西へ。
8時ちょうどの「はつがり」1号にはもう間に合わない。
本来なら夜まで待ってエーノ初の夜行列車で北へ帰る無口な人の群れに紛れて半日の旅。
しかしそれより速い移動手段が残されている。
列車の中で時刻表を何度も確認しルートを再計算。
タバッタ駅に到着と同時に、貨物の専用路線へと駆け出した。
「えっ? いや、この列車で、旅客輸送はやってな……」
「ですから! 荷物! 私は荷物です!
ほら! ちゃんと速達料金込の切手が貼ってあります!」
「いや、そんなの通るわけ……」
さすがに困り顔になる駅員だったが、ここでスマホが鳴る。
「もしもし? え? 誰?
佐藤さん? あー、保守点検の。
はい……はい……え?
いや、ダメでしょ。ダメだって。
……えっ? ほんと?
じゃ週末……酒代はこっち持ち?
いいよいいよ! はい! はい!
それでは!」
スマホを切って軽くガッツポーズ。
「あー、荷物なんだな?」
「乱暴してもかまいません!」
「おっけ。他の駅員に見つからないうちに、ささっと放り込むぞ」
こうして貨物コンテナへと放り込まれるアナスタシア(荷物)
まもなくすぐに動き出した貨物列車。
かすかな隙間あかりが照らす中、この時刻表だけが今はすべてだ。
「向こうはミドとタイラーで15分ずつ止まる。
その点こちらはノンストップ……
センダで『はつがり』に追いつける!」
モラルのない駅員と優秀な諜報部員に助けられ。
魔王の娘、北へ!
普通 7両 9月9日10時20分 時刻表の隠しイベント「走れ! 心臓が張り裂け、足が折れるまで」
普通 7両 9月9日22時20分 時刻表の隠しイベント「本物の天才」
第7号到着 9月10日10時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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