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異世界で森を切り開き鉄道敷いて魔王を倒したエルフの後日譚 「ファン・ライン」~異世界鉄道物語~  作者: 猫長明
第7号:時刻表の隠しイベント

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「魔王様の正月」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

「アナスタシア・ノヴァ様の入室です!」


 いつものように号令と同時に規律し直立不動の姿勢を取る魔将軍達。

 普段ならアナスタシアがドアを開けるのを待って無言で頭を下げるのだが、

 今日に限ってはドアが開かれる、その直前に。


「新年あけましておめでとうございます!」


 新春の挨拶を叫び、ワンテンポ遅れて頭を下げる。

 線歴1958年、0月1日のことだった。


「…………」


 だが新年早々アナスタシアの機嫌はよろしくない。

 それも魔王の娘としては当たり前なこと。


(何故誇り高き魔族が低俗な人類種の文化に迎合しているのですか……

 人類の文化で誇れるものなど、鉄道模型と、でんしゃごっこと、

 時刻表トリックを用いた推理小説しかないのに)


 とはいえ、将軍達が愚か者なりに無い頭を絞って自分のことを考え礼を尽くそうとしていることはわかる。

 いかに魔王軍が結果至上主義とはいえ、その思いまでもは無下にできない。

 アナスタシアは違和感のない作り笑顔を見せ、スカートの両裾を掴んでそっと頭を下げた。


挿絵(By みてみん)


「おぉ……!」


 魔将軍達の目に涙が浮かぶ。

 魔王様亡き後、辛いお気持ちを隠して新魔王として我らを導いてくれている姫様が、

 このようなお姿を見せてくださるとは……!


 改めて、我ら魔将軍一同、命を賭してアナスタシアの元で鉄道への復讐を!

 すべての鉄道路線の抹消を!

 それだけが亡き魔王様への弔いであり、姫様を笑顔にする唯一の手段であると信じて!


 魔将軍達はアナスタシアへの絶対の忠誠の元、その心を1つにした。

 この部屋の中にその思いに同調できない者は1人しかいない。

 それがアナスタシア本人だというのが、彼らの救えなさである。


(しかし……不安ですね)


 魔物は人類種より優れた生物種である。

 その矜持が、アイアン・シンギュラリティ以後失われつつある。

 こうして人類種の文化に自然と迎合しているのが何よりの証拠。

 人類文化を取り込もうとするそのアンテナの良さは、

 葉萌本線のエルフに彼らが気付いてしまう要因になりかねない。


「ん……これは?」


 自分の席の前に普段は無いものが置かれている。

 漆塗りの器の中、まだ湯気のたつ何かのスープが盛られていた。

 だが、それは普段の豪華な食事に比べてあまりにも質素である。


「あけましておめでとうございます、姫様!

 愚かな前任、張氏に変わって経済将に就きました、イスミと申します!

 引き続き魔王軍の予算調達のための事業を進めてまいります!」

「結構。それで?」

「はっ! 現在魔王軍は製菓事業を主に収益を上げておりますが、

 そのノウハウを他の食品産業にまで広げ収益の改善と目指します!

 それは正月の新商品で、菜の花粥と申します!

 春の七草の内、ナズナ・スズナ・スズシロを用いたもので、

 魔を祓う効果があるとされております!」

「…………」


 こいつは、何を言っている?

 自分の発言の意味を理解しているのか?

 我らは誇り高き『魔』物であるはず。

 なのに何故『魔』を『祓う』のだ。

 もしかして底なしのバカなのか?


挿絵(By みてみん)


「無論これは伝承のみでなく、栄養価も十全!

 姫様には末長く健康に過ごしていただきたく……!」

「はぁ……わかりました。ありがとうございます」

「!! も……もったいなきお言葉です!」


 深々と頭を下げたイスミからは、ぐすぐすと鼻をすすって涙を流す嗚咽が聞こえてくる。

 この経済将も先は長くなさそうだ。

 来年度のシャケの漁獲量は期待して良いかもしれない。

 そんなことを考えつつ渋々箸を伸ばすと。


(……あ、すごくおいしい)


挿絵(By みてみん)


 新春はじめての作り笑顔ではない本物がこぼれた。

 同時に会議室の中で何人かが鼻血を出して倒れる。

 そんなほっこりムードで始まる新年だったのだが……


(しかし、こうも人間文化に毒されているとなると……)


 しかし、すぐに不安に顔を歪めつつ箸を置き。


「諜報将、ゾロゲ」

「はっ!」


 呼び止めたのは不定形の影をした魔将軍。

 その顔は影で見えないが、今は碧眼となっている。


「現在の人類種に対する諜報作戦のアプローチ手段を報告しなさい」

「はっ! ファン・ライン及びギルドに潜伏している諜報員の人数は現在808名!

 現場を見ている彼らによる『本物』の情報だけを正確に……」

「人類種マスメディアの確認は?」

「……っ!?」


 その顔は影で見えないが、明らかにゾロゲが狼狽える。

 思えばそれは数ヶ月前のこと。

 姫様は自分に同じ言葉を投げかけ、その際はこう続いた。


『愚かな人類の情報通信になど誇り高き魔族が振り回されることはありません!

 それらはすべて人類のプロパガンダか、我らへの情報撹乱であり……』

『ゾロゲ。エゾチは冬でもヒグマが出ないそうですよ』

『うっ……!? 申し訳ありません!

 エゾチ送りは! エゾチ送りだけは何卒!』


 はぁ、と吐き出されたため息が暖房のきいた会議室内で即座に結露し白く曇った。


『情報を制する者は戦を征する。

 たとえ愚かな人類文化であるにしても。

 たとえプロパガンダであるとしても。

 それが『愚かである』『プロパガンダである』と理解して扱えばよろしい。

 自ら進んで目を潰す愚行、諜報将としてあるまじき行い。

 それをわかりやすく教えてさしあげましょう』


 肌を突き刺すような氷のオーラをまとい一歩一歩と歩み寄るアナスタシア。

 ごくりと息を飲もうとしたところで、体が動かず、声も出せないことに気付く。

 次の瞬間にその美しい指先がゾロゲの頬を撫で、そして。


『!!??』

『これが、あなたが見ていた世界です』


 視界が、半分になる。


挿絵(By みてみん)


 アナスタシアの手にあったのは闇に包まれて蠢く何か。

 それはつい数秒前まで、彼の右の眼球だったものである。


『全盲で余生をエゾチで過ごしたくはないでしょう?

 精進なさい』

『ご……ご指導いただき、ありがとうございました!』


 こうしてアナスタシアに活を入れられたゾロゲなのだが、

 彼は生粋の魔族至上主義者。

 どうしても人類種への蔑視感情が拭えなかった。

 姫様の指示通り人類種のマスメディアを自ら確認はしたものの、

 そのあまりに愚かな内容に改めて確認の必要なしと判断。

 結局それまで通りの諜報アプローチを変えられずにいたのだ。


「そ、それは……」


 そんな状況で先日と同じ問いをされてしまった。

 ゾロゲの手が無意識に残された左目を抑える。

 まずい、このままでは……


 いや、しかし。その場凌ぎの嘘など姫様に通用するはずもない。

 ダメだ、もう自分の命運は決まった。


 ならばせめて魔族として……

 誇り高き意志を示したまま、暗闇のエゾチへの補陀落渡海に挑むのみである!


「愚かな人類の情報通信になど誇り高き魔族が振り回されることはありません!

 それらはすべて人類のプロパガンダか、我らへの情報撹乱であり……

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、『()()()()()()()()()()()()()!」


 はっ! と会議室内の魔将軍達が息を呑む。

 全員まだ先日のことを覚えていた。

 その後でゾロゲがどのような『指導』をされたかも。


 そして今、先日と同様、いや、先日以上の魔族至上主義の回答が返されてしまった。

 このまま目を潰され、エゾチ送りにされる運命が確実だとしても

 魔族至上主義のプライドを捨てない影の姿。

 あるものはそこに前時代に取り残される愚を見て、またある者はそこに魔族の誇りを見た。


「……なるほど」


 一方、アナスタシアはそんなゾロゲの回答に

 今日二度目の本心からの笑顔を作る。


「素晴らしい。あなたの言う通りです。

 今後も魔族の誇りを捨てず、精進しなさい」

「はっ! ……は?」


 全員がキツネにつままれたような顔をする中、

 アナスタシアはいつものように提出されていた書類確認の仕事をはじめた。


(諜報将がその方針を貫いてくれる以上、

 ここに葉萌本線のエルフの情報が届くことはない。

 人類種文化に染まりつつある他の魔将軍が情報を持ち込む可能性はありますが……

 それでも魔王軍全体で見た時の規律は完璧な統制状態にある。

 上の指示が絶対である以上、魔将軍達は私の指示なしには動かない。

 魔将軍の下につく魔物達も魔将軍の指示なしには動かない。

 つまり、この会議室内でのみ目を光らせてさえいれば、

 当面は葉萌本線を心配する必要はない、と……)


 ふぅ、と安堵の息をついてこっそりと机の下でスマホを確認。


(葉萌本線……元から最高に萌える路線でしたが……

 アイドル……アイドルですか……)


 しっかりと端末にダウンロードしたライブ映像をスロー再生しつつ。


(最高……激萌です……廃れた駅のホームにきれいな装飾……

 かわいい……! ちらりと見える停止線が最高……!)


 流石、魔王の娘は目の付け所が違うらしい。

 誰にも見られないように氷のオーラをまとって光を歪めつつ下を向き、

 手を机の下へと回らせていた彼女の表情は。


挿絵(By みてみん)


 どうしようもないほど、だらしなく蕩けていたのだった。



☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置(ATS)起動!☆☆☆



 場面が切り替わると同時に聞こえてきたのは荒いエルフの吐息。


「アナスタシアさん……綺麗……素敵……あぅ……

 アナスタシアさん……! アナスタシアさん……!」


 もしかしてこの話、変態しかいないのだろうか?

 このままでは別のATSが起動してしまうのだが。


「はっ……! ごほん。申し訳ありません。

 で、解説。解説ですか……

 アナスタシアさんの激萌ポイントを300個語ってもいいんですが、

 一応鉄道ネタの元ネタ解説コーナーなので……」


 いつものようにしばらく悩んで。


「では今回もローカル私鉄の話でも」


 いつも通りに開き直る。


「今日紹介しますのは、いすみ鉄道。

 千葉県外房、大原駅から『へ』の字を描く形で房総半島中央部に向かうローカル私鉄です。

 元々はJR木原線を第3セクター化した路線ですが、

 同じ千葉県の銚子電鉄が赤字ということからもご想像できるとおり長年赤字続き。

 少なくとも鉄道インフラとしては不要な路線であることは間違いないようで、

 2006年の赤字は1億2700万円。

 2010年までは存続させるが、2009年度決算にて収支の改善見込みがたたない場合、

 廃線を検討することが取り決められてしまいます」


「これに対して2007年に新社長を一般公募。

 最終的にはイギリスの航空会社、ブリティッシュ・エアウェイズで旅客運航部長を務めていた

 鳥塚さんという方が新社長として就任します。

 この鳥塚さんの施策が見事大成功。

 老舗航空会社のノウハウを活かし、いすみ鉄道を観光路線として再生させていきます。

 沿線に植えられた黄色い菜の花の中を走る赤い車両のコントラストは最高にフォトジェニック。

 後に菜の花色に塗装されたいすみ300型車両は、いすみ鉄道の顔となっていきます。

 さらに2010年には700万円の訓練費でいすみ鉄道を走るキハ52形をはじめとした国鉄時代の名車両を運転でき、

 最終的には国土交通省公認の列車運転免許を習得できるという鉄オタ垂涎の神プランが告知。

 これらの経営努力により2010年には当面の存続が決定。

 見事廃線の危機を脱し、鳥塚さんも2018年に任期満了で退社となりました」


挿絵(By みてみん)

https://isumirail.co.jp/


「しかし、そんないすみ鉄道を再び危機が襲ったのは去年2024年の10月のこと。

 なんと脱線事故を起こしてしまうのです。

 乗客104名、運転士1名に負傷者はいなかったものの、問題はその原因。

 国の運輸安全委員会の調査によると、これは路線の枕木の老朽化によるもの。

 ようは苦しい経営の中で鉄道の保線作業が十全に行えていなかったのですね。

 運輸安全委員会もこれを見逃すことができず、いすみ線は全線で運転見合わせ。

 これは2025年7月現在まだ続いています」


「このまま一度は再生したいすみ鉄道も廃線となってしまうのか……

 鉄オタが固唾をのんで見守っていたのですが、

 先日ついに良いニュースが聞こえてきました。

 千葉県の支援により、2027秋の運転再開を目指すことが発表されたのです!

 いやぁ、本当によかった。

 今回は写真はありませんが、運転再開の暁にはちゃんと写真を撮ってきて、

 この後に追記で写真を加えようと思います」


「さて。ここで話題を切り替えて、今度は鉄道と歴史のお話。

 以前に少し語った、オリエント急行のバルカン支線の話をしましょう。

 ベルリンからオーストリアを抜けてトルコに至るこの路線が開通したのは1916年。

 欧州事情は複雑怪奇でお馴染みのあの泥沼一直線の中、

 その泥沼のど真ん中に沈むのがこの路線です。

 この路線を使うのはもうスパイだけなんじゃないかと噂されるほど。

 日夜火薬を詰んで走るような列車で、この車内は諜報活動の動く最前線となっていました」


「そんな時代にドイツ人父とロシア人母に生まれたのが

 後のドイツ軍人で上海を拠点に日本で活動してた旧ソ連のスパイ、リヒャルト・ゾルゲ。

 もうこれだけで情報量過多な一文でしたね。まさに複雑怪奇の権化です。

 ゾルゲさんは、わりと最近までスパイと言えばゾルゲみたいな有名人でした」


「……有名なスパイって矛盾してない?」


「まぁそれもこれもこのゾルゲさんの活動が天才的すぎて、かつ、

 それを暴いた当時の日本がすごかったという話になるのですが。

 ゾルゲさんはマイクロフィルムを手にオリエント急行からシベリア鉄道と南満州鉄道、

 さらにはおそらく東海道本線も旅し、あの有名な満州事変の発端となった鉄道爆破事件、

 柳条湖事件もしっかり確認・報告を果たしていたことでしょう。

 予測ですが、この時代に一番鉄道に乗っていた人類はこの方だったかもしれません。

 世界史も鉄オタ視点で見ていくとこんな感想に繋がっちゃいますねぇ。

 一体ゾルゲさんは、どの路線のどの車両が一番好きだったんでしょうか?

 私がヴァルハラに行くのはまだ数千年先なんでしょうけど、是非話を聞きたい人物の1人ですね」


「では、引き続きアナスタシアさんの勇姿を……

 え? しばらく出ない? ちょっ! 待っ……!」



☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆

普通 7両 9月7日22時20分 時刻表の隠しイベント「陰謀と野望」

普通 7両 9月8日10時20分 時刻表の隠しイベント「シャケとの戦い」


第7号到着 9月10日10時20分

最終話到着 9月26日22時20分


駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

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