「祀られる留年エルフ」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
追い出してしまうような形でマールと別れてから、
カナンはまたしても「やってしまった」と後悔を感じていた。
マールは常に正しかった。
そこに悪意を感じ、怒りを覚えたのは、私の弱さ故だった。
敵意を向ける相手がいるとすれば、マールではなく私自身だった。
一人になって、ずっと考え続けて、その結論に至った。
一人の時間は、それを考えるには十分な環境で、
私は反省できていたはずだったのに……
「私は……弱いままだ……」
弱いなら、弱いなりの生き方があったはず。
少なくともこのままでは、葉萌本線は廃線にされ、
私は学ぶ機会を奪われてしまう。
それを避けるため、どうにかマールと交渉する必要があったのに、
私は感情に任せてマールを追い出してしまった。
「ここから、どうすれば……
私にここから、何か出来ることはないの……?」
ただひとつ、私のようなバカでもわかる当然のこと。
それは……
諦めたら、逃げたら、何もしなければ、
ここですべてが終わってしまうという
当たり前の話だけだった。
「私は……もう、逃げない。
マールから。なにより、私自身から!
何ができるかはわからない、何もできないかもしれないけど……
逃げない限り、奇跡が起きるかもしれない!」
逃げないで、チャンスを掴む。
ただそれだけを強く、強く決意するカナンだったが。
「可能性が万に1つだとしても……
0.001%より少ないなんてことはない!」
やはりどうにも決まらないのだった。
こうして葉萌線の廃線は、総裁マール自らが音頭を取ったこともあり順調に計画が進んでいく。
カナンに出来ることなど何もなく、
沿線住民も残念に思いつつも理解が示され、
このまま廃線が確定する……
かに思えたのだが。
「葉萌線の廃線。
これはもう仕方ないこと、時代の流れなんでしょう。
しかし、もう少し。もう少しだけ待ってください。
葉萌線の幻森駅には、エルフの女学生さんが住んでいるんです!
それがあの駅の、最後の1人なんです!
どうか、あの子が卒業する春までは……!
廃線を、待ってあげてください!」
この住民からの声がSNSで急拡散。
廃線確定の秘境駅から学校に通う女学生。
それだけでお涙頂戴の感動エピソードなのに、
カナンの場合は超のつく美少女で、
しかも滅多に人前に出ないエルフ種である。
当初は温かなエピソードにほっこりするだけの話だったのに、
気付けば全国からカナンの姿を一目見ようと観光客が集まってしまう。
特に、カナンが学校に通うための朝と夕方の車両に関しては、
下手をすれば乗車率120%というちょっとした都会の満員電車状態に!
「んっ……」
満員電車の中に一人金髪の女学生。
エルフの汗は森の朝露。いい匂いもする。
となると当然、よからぬことを考える輩が出てしまうのも必然か。
内気なカナンはやめてくださいと叫ぶこともできない。
彼女の体に手が伸びていく……が。
「きゃぁっ!」
突然列車が急ブレーキで一時停車。
周りには森が広がるのみで、信号機もない。
一体何事かと車内がざわめく。
「おじさんもさぁ、この路線で運転手やって長いんだけどさぁ……
こうも大勢のお客様に利用してもらえるなんてはじめてのことで、
うれしく思ってたんだよなぁ……
だがなぁ、いかにお客様といえなぁ……」
すし詰め状態の車内で、物理と空間の法則を無視するように人の姿が左右に分かれていく。
それはまさに神話の海割り。
何事か理解できないカナンと、顔を真っ青にする痴漢男の前に立ったのは、
激怒のあまり顔を真っ赤にした運転手である!
あと少しだけ酒臭い!
「その子に手ぇ出そうなんてふてぇやつは!
ここでぶらり途中下車だ! 今すぐ出ていけ!」
半径5km圏内に家の1つもない森の中に取り残される痴漢男。
酒臭い運転手は乗客から万雷の拍手を浴びて運転席へ。
落ち着いてタバコを1本吸い終えてから、吸い殻を森にポイ捨て、再びマスコンに手を伸ばす。
「出発進行ぉ~」
このエピソードは流石に一部から批難を受けたものの、
大半は田舎の路線の心温まる粋でいなせなエピソードと受け取ってしまう。
仕方ない。劇中世界は、まだ昭和の倫理観で動いているのだ。
テレビでは一般人が平気で火薬の仕込まれた撮影現場に放り込まれるし、
酒とタバコへのセーフ判断は特にゆるゆるだった。
しかしその新聞記事を見て怒りに燃える人物が1人。
「どぉなってんの!? これは!
なんであの不良運転手が人気者になってんのよ!
どうにかして自主退社させようとしてたのに!」
葉萌線をなんとしても廃線にしたい総裁マール・ノーエである。
「というかそもそもカナンの身を世間から隠すための廃線だったのに!
あの子には自分が世界の最後の1人でエルフの希望だって自覚ないのかな!?
全部裏目ってるじゃん!」
SNSにはカナンとのツーショット写真が溢れていた。
カナンもカナンで実に良い笑顔をしている。
握手に応じる姿はちょっとしたアイドルだ。
そしてさらにこのタイミングでカナンの個人情報が漏れ始める。
繰り返すが劇中の倫理観は未だ昭和なのである。
そこで語られた話は。
「あの子はねぇ!
おばあちゃんがあの子くらいのピチピチだった頃!
この地方に鉄道が通る前からずっと学校に通ってるんだよぉ!」
「地元の男はみんなあの子が初恋相手になるんだ。
駅であの子にラブレターを渡しては玉砕するのはこの地方の成人の儀だ。
俺も50年前に経験済さ」
「あれ、この地域の有名お嬢様系学校の制服だけど、
あの子がそこに通ってたのはもう70年は昔のことさ。
28回留年した伝説のエルフ先輩だったらしいけど、結局半ば追い出されるような形で卒業。
今は予備校に通って世界樹大学合格を目指してんの。
制服は毎年新しいのを地元の神社の神主さんが送ってんだよ。
あそこの神主も、例に漏れず昔……な」
「ちなみにその神社も有名なんだよ。
特に泥棒避けのお守りは効果抜群!
どうやら制服のお礼にあのエルフの髪の毛を貰ってお守りに入れてるらしいんだけどさ。
絶対大学に入れないあの子にあやかっての物で、病気避けにも効くんだって!」
「いや、実はあの子すげぇ頭いいんだよ。
特にやばいのが5年前のセンター試験の点数。
全教科900点満点で3点を取ったんだよ! やばくね!?
だってマークシート式で4択なんだから、当てずっぽうでも225点は取れちゃうんだぞ!?
そこで3点って、もうほとんどの答えがわかってねぇと取れないって!
そうでなくてもあの子の平均点数は21点だよ! やばくね!?
狙ってやってんだよ! あれは! 理由はわかんないけど!」
「毎年趣味でセンター受けてるやつはいるけどさ。
今じゃあの子にあやかって、最高得点狙いではく最低得点狙いがトレンド!
それでも3点はなかなか取れねぇよ!
やっぱエルフって、頭いいんだなぁ!」
「でもあの路線、廃線が確定してるんだろ?」
「あぁ、これだけの声が集まって、今期は既に黒字化確定だってのに廃線確定」
「なんだよそれ! 鉄道女王は何考えてんだ!?」
「いや、話は最後まで聞けって。
ちゃんと廃線の条件が出てるんだよ」
――葉萌本線は、幻森駅を利用する最後の学生の卒業をもって廃線とする。
「それって、つまり……
あの子が大学に合格できるまで廃線にならない、ってこと!?」
「あぁ。で、あの子のセンターの点数は先の通り。
ちなみに世界樹大のセンター足切りラインは、814点だ」
「絶対無理じゃん!!」
こうしてカナンは一躍時の人に。
あわせて『秘境駅にはエルフがいる』という都市伝説が広まり、
全国の赤字路線が若干ながら収益上昇。
葉萌本線は、全国唯一の『本線なのに廃線が決定した路線』であり、同時に……
「はい! カナンちゃん、準備いいかな!?」
「はい。これも葉萌本線を守るため……
幻森駅を残すため……
ちょっと前みたいに片道4時間歩かなくてもいいように……
が、がんばります」
「よし! では今日は、最高のクリスマスライブをよろしくぅ!」
「はいっ!」
――わぁぁぁぁああああ!!
周りに何も無い駅のホームの上が聖なる夜にアイドルステージに変わる。
葉萌線は、副業として芸能事業で黒字を確保するという、
世界唯一の鉄道事業者になったのだった。
「ほんと、どうなってんのよ……」
あまりにトンチキな大逆転に頭を抱えるマールであるが。
「でも、葉萌本線は黒字化したし……
なにより、親友が天職を見つけて。
あんな素敵な顔で笑えるようになったのなら……
ま、いっかぁ!」
こうして葉萌本線の廃線は確定した。
だが、実際に葉萌本線が廃線になる日が来るのは、まだまだ先のようだ。
普通 6両 9月6日22時20分 秘境駅のエルフさん「決断」
普通 7両 9月7日10時20分 時刻表の隠しイベント「魔王様の正月」
第7号到着 9月10日10時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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