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異世界で森を切り開き鉄道敷いて魔王を倒したエルフの後日譚 「ファン・ライン」~異世界鉄道物語~  作者: 猫長明
第6号:秘境駅のエルフさん

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「悪辣な天才、無知なる善」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

「まさかこんなところに住んでるなんてね」

「このあたりは……水も綺麗ですから……」


 駅を出て獣道のような私道を進んでいく。

 人間には歩きづらい山道かもしれないが、

 エルフにはむしろ歩きやすく心地よい遊歩道だ。


「一応この駅、長いトンネルとトンネルの間の汽車の停車場、

 元信号場跡の駅で、旅客輸送は最初から見込んでないはずなんだけど」

「おかげで私には便利になりました、ありがとうございます」


 別にそういうつもりではないのだが。

 というか先日までこんなところに顔見知りのエルフが住んでいるなんて知らなかったし。

 そんな世間話をしている間に1本の巨木の前でカナンの足が止まる。


「これがカナンん?」

「いい樫の木でしょう?」

「樹齢600年ってとこかな」

「611年と87日」

「新築じゃん! いいなぁ」


 カナンがそっと幹に振れて目を閉じると、その姿が消える。

 マールも同じように幹に手をあて、深い森の中から2人のエルフの姿が消えた。


「今お茶出します」

「ありがと」


 樫の木の中に作られた魔空間内の部屋でくつろぐマール。

 年相応の女学生めいたファンシーな部屋をちらちらと眺めると。


(世界樹大の赤本が並んでる……まだ頑張ってるんだ)


 思えばカナンはマールに

 『当たり前は当たり前じゃないし、常識は常識じゃない』と教えてくれたはじめての相手だった。

 世の中には、一度読んだ本の中身をそのまま覚えられない人類種も居るし、

 10桁×10桁の計算を暗算でできない人類種も居る、と。


 もしもカナンがそれを教えてくれなければ、

 前に言ったこと忘れるのは『忘れたふり』であり、

 計算のためにわざわざ電卓を探して時間をかけるのも『出来ないふり』であり、

 どちらも自分への文句もしくは敵対行為であると

 勘違いして受け取っていたことだろう。

 それでは少なくともマールが、鉄道女王として敬愛されることにはならなかった。


 つまりカナンは、能力的に劣る者との付き合い方を

 自分の能力が劣っていることを利用して私に教えてくれた

 とても優しく慈愛に満ちた幼馴染で、

 ちょっとの間(100年間)会ってなかった私の親友ある。


 と、マールは100%の善意から解釈している。


「どうぞ」

「いい匂い……」


 ゆっくりと出されたお茶で一服。

 話を切り出そうとして口を開きかけるも言葉がでず、

 誤魔化すようにもう一度湯呑みに手を伸ばす。


 カナンはそんなマールの指先を目を細めてじっと見つめ、

 心配そうな声色で先手を取った。


「スーツの調子、悪くなっていませんか?」

「なってないよ。

 カナンの冶金技術は本物なんだし、

 あと1000年はメンテナンスフリーで持つって」

「でも、気になります。

 保守点検させてもらいますので、マールさん。

 脱いでください」

「……なんか恥ずかしいなぁ」


 顔を赤らめつつ着込んだゴスロリを脱ぎ始めるマール。

 体のラインがそのままに浮かび上がるアクセラレートスーツをカナンの前に晒す。


「スカートも脱いでください」

「いや、これは……その、光学迷彩魔法でスカートみたいに見せてるだけだから……」

「脱いでください」

「う……」


 渋々光学迷彩魔法を解除するマール。

 肌色のテスクチャを重ねていた手先もスーツの色そのままに変わる。


「失礼します」

「ん……」


 ぼぉ、と光るカナンの指先がマールの胸に触れる。

 試験用に流された自分の物でない魔力の感覚がこそばゆい。

 どこか火照ってしまうような違和感。


「この感じ……やっぱり嫌い……」

「体はそう言ってませんよ」

「いやらしい言い方しないの!」


 VVVVFインバータは魔力を流すとドレミの音階を返す。

 魔力の変換と同時に音色が奏でられるそれは、まさに最上の楽器。

 カナンは一流のピアニストのようにマールの体で音を奏でる。


「あっ……」


挿絵(By みてみん)


 思わず挟み込まれたイレギュラーな甲高い音色にくすりと笑いつつ。


「終わりました。問題ありません。

 大切に使っていただいているようで何よりです」

「だからそう言ったでしょ!」


 赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いて服を着込むマールをくすくすと笑う。


「それで、今日の御用は?」


 一瞬袖に半分まで通した手が、止まる。

 マールは大きく息を吐いて、袖口から手首を出して。


「葉萌本線を廃線にする。

 カナン。あなたは何もせず、この森からも出ず、

 ただ静かに暮らしていて。

 誰にも見つかっちゃダメ。

 あなたは、生きているだけでいいの。

 世界樹大は、もう諦めて。

 あなたの才能は賢者じゃない」


 それはマールにとっては『当たり前の』『優しさ』で。


「……嫌です」


 カナンにとっては『ありえない』『暴言』だった。


╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋╋


 エルフは森から生まれる。

 その中で魔法が扱えるのは10人に1人。

 魔道士としての最高レベルにまでその才伸ばせるのは、その中からさらに1000人に1人。

 マールは1万に1人の逸材だった。


 一方、10人に1人の魔法が扱えるエルフのうち、500人に1人が持つ天性のスキル。

 それが、ミスリルの冶金技術である。

 カナンはこのレアスキルを有する5000人に1人の逸材だった。


 だが、マールが己の才能を嫌い魔道士になるのを嫌がっていたように、

 カナンも己の才能を嫌い鍛冶屋になることを嫌がっていた。

 彼女が目指したものは、賢者。

 魔法ではなく、知識のみに特化した生きる(リビング・)百科事典(エンサイクロペディア)である。

 彼女は賢者となるべく、世界唯一の賢者育成機関、世界樹大学を目指すのだが。


「ねぇ、カナン。私、カナンから教わったんだよ。

 当たり前は当たり前じゃないって。

 カナン、あなたは物を覚えたり計算したりするの、向いてないよ」


 残念ながら彼女は、致命的に物覚えが悪かった。


「鍛冶屋になりたくないってのはわかるよ。

 私も魔道士になりたくないもん。

 けど、カナンには賢者の才能はない。

 せめて何かカナンにある鍛冶以外の別の才能を探して、

 それを活かせるような職を探そうよ!

 というか、すべて四択のマークシート式のテストって適当に答えても平均25点になるはずなのに、

 どうしてカナンのテストの平均点は11点なの?

 これはむしろ凄いことだと思うよ私!」


 どうみても煽りにしか聞こえないセリフなのだが、そこは天才マール。

 他人(ひと)の心がまるでわからない。

 彼女はこれを、善意100%で言い放っているのだ。


「…………」


 カナンはそれをしっかり理解していた。

 理解していたからこそ、素直に怒れない。


(聞いたことがあります。

 世の中の人類種のうち、計算能力に秀でるのは3人に1人の33%だけ。

 残りは生まれながらに計算ができない……

 私はその77%の側なんですよ……!)


 そんなある日、カナンは『善意の嫌がらせ』を思いつく。


「えっ!? 私専用の、アクセラレートスーツを!?」


 ミスリル冶金技術で製作される魔道士専用の最上級装備、

 術師の魔力を数万倍にまで引き伸ばすアクセラレートスーツ。

 どれだけカネを詰んでも手に入らない伝説級の逸品だ。


「あー、でも私、魔道士になるつもりはないし……」

「でも、マールさん。

 アクセラレートスーツはあなたの才能を100%引き出してくれます。

 魔道士にならないにしても、便利なことは間違いありませんよ」

「うーん、でももったいないし……」

「いや、マールさん。

 これは私からの『いつもありがとう』であり『善意』なんです。

 是非、受け取ってください」

「そっか……そうだね! うん、ありがとう! カナン!」


 こうしてカナンはマールのため、

 世界最高のアクセラレートスーツを叩き上げた。

 カナンの冶金技術は既に歴史上最高クラス。

 そのアクセラレートスーツも歴史に残る仕上がりだった、が。


 その完成の直前。

 カナンは意図的にミスを犯した。


「どうですか?」

「なんか水着みたいで恥ずかしいなぁ……」


挿絵(By みてみん)


「いえ、そうではなく。魔力の調整です」

「あ、そうだね。んっ……」


 集中し魔力を生むと、それがアクセラレートスーツに織り込まれたVVVVFインバータを稼働させ、

 美しい音色が奏でられた。


「きれいな音……!

 なんか、ドレミファソラシドって感じ……!」

「でしょう? VVVVFインバータで音階を奏でるのが私のこだわりなんです。

 気に入ってくれましたか?」

「うん! 最高だよカナン!」


 しかしこれはあくまでも彼女のこだわりの職人芸。

 彼女が意図的におかしたミスとは。


「うん、すごい! 最高の装備だよカナン!

 まぁでも私は、魔道士になるつもりはないし、このスーツはタンスにしまって……

 ん? あれ?」

「もう、脱げませんよ」


「え?」

「だから、もう脱げません。死ぬまで」


「ど、どうして!?」

「だってそのアクセラレートスーツ……

 最後に少しだけ失敗してしまっていて……」


――呪われてます。絶対に解呪できません。


挿絵(By みてみん)


 カナンはそのアクセラレートスーツを意図的に呪った。

 世界最高峰の武具職人としての才能を持て余すことなく注ぎ込み、

 どんな解呪の専門家でも、天才と評されるマールであっても、

 一度身につければ最後、絶対に脱げないスーツを作り上げたのだ!


「……まじ?」

「はい。でも大丈夫ですよ、

 少なくとも1000年はメンテ無しで完璧に機能します。

 当然その先のメンテナンスも約束します」


「え、いや、その、おしっ」

「汗は自動で浄水化してくれますし、排泄物と老廃物の除去機能もついてます。

 むしろもうトイレに行かないでもいいので便利ですよ。

 砂漠から雪の中まで、どこでも快適な温度設定を約束します」


「でもこんな恥ずか」

「普通に上から服を着ていただいて問題ありません。

 肌が見えるはずの部分に関してはマールさんなら光学迷彩魔法で誤魔化せますよね。

 バリアをスカートにしか見えないような形でも展開できるはずですし。

 そもそも魔道士なら、アクセラレートスーツは普段使いで何も問題ありません」


「あ、いや、その」

「マールさんは私に言いましたよね。

 私には賢者の才能がない。才能は正しく使うべきだと。

 実のところ私もそう思っていたんですよ。

 だからマールさんも、これで……」


――()()()()()()()()()()()()()()()()()()


挿絵(By みてみん)

普通 6両 9月5日22時20分 秘境駅のエルフさん「最後のミスリル技師」

普通 6両 9月6日10時20分 秘境駅のエルフさん「祀られる留年エルフ」


第6号到着 9月6日22時20分

最終話到着 9月26日22時20分


駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

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