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「この中で一番かわいそうな方を転生させるなら」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

――現代、2025年。東京上空神域。


「転生とは、救済です」


 今日も求人需要が伸び続ける転生の女神業。

 未だ経験ゼロの新人トレビは、真剣さをアピールするようにノートを取りつつ教習を聞く。


「この世界に悪人はいません。

 悪とは集団というシステムが生む自然現象であり1つの概念。

 集団がある限り悪は決して消えることがありません。

 故に私達の仕事は消去できない悪を倒すことではなく、悪によって不幸になる存在の救済です」


 女神業は行政システムでありただの仕事である。

 仕事には大義名分が必要だ。

 だがトレビにとっては、ただカネを稼ぐ仕事以上の意味がない。

 きっとこの教官もそう思っているはず。

 それでも、システム上の大義名分は重要で覚えておくべきことだ。


「システムとしての悪に飲み込まれている人はその場から離れる以外に救済方法はありません。

 人間がうつになった時の精神科医もそう語り、退職を勧めるそうですね。

 しかし、現代社会ですべてを捨てて逃げ出すことはそうそうできません。

 自ら最悪の決断を下す以外では」


 だから、転生させる。

 なるほど。システムの大義名分にしてはよくできている。


「といっても見ず知らずの異世界に投げ出されてしまえば現代人では生きていけません。

 幸せに暮らしていけるだけの『能力』と『縁』、そして、やり直せるだけの『時間』を与える。

 それが私達の仕事です」


 転生させた若い体に特殊な能力を付与し、ヒロインや親友との縁を導いていく。

 それが転生の女神の仕事である、と。


「女神の力は共感により生まれます。

 みなさんが『助けたい』と思わない限り、奇跡は導かれません。

 本日はここまで。

 明日からは具体的にひとつひとつの奇跡の使い方を考えていきましょう」


 教習部屋から立ち去る教官に頭を下げて見送り、ドアが閉じられるのを待って姿勢を崩してスマホを開く。

 同じ部屋の中では陽キャな同期達がこの後地上に遊びに行こうと盛り上がっていたが、比較的陰よりのトレビは無言で『近づくな』オーラを展開。

 SNSを確認し、ソシャゲのスタミナを消費してから自然に発せれたため息と共にノートを眺める。


(まぁ、やりがいのある仕事だとは思いますね。

 少なくとも、不幸な人を助けて悪い気分にはなりません。

 それで給料も良いとなれば、頑張らない理由もありませんね。

 しかし……救済に必要なのは、共感、ですか……)


 どこか斜に構えたトレビに、それは少し難しい話だった。

 悪は集団が産んでしまうシステムであり複雑なもの。

 明確な悪人が居ると定義すればまだ共感すべき対象も明確になるのだが、

 教えられた大義名分ではそれが難しい。


(学校でのいじめだって集団のシステムが作る歪みです。

 むしろ、いじめの発生プロセスを考えるなら、

 その集団システムに寄生されいじめをはじめてしまう子こそが最優先の救済対象に感じてしまう。

 まぁそんなこと言おうものならバッシング間違いないわけで。

 女神業も大変ですね。SNSの使い方には気をつけないと)


 アカウントに鍵設定をつけなおしスマホデバイスを閉じる。

 気付けば教習部屋の中は自分だけだ。

 ふぅ、とため息をついて地上へと目をやった。


「ね!? ね!? ちょっとだけ開けてもいい!?」

「ダメよ。なくしちゃうでしょ。

 おうちに帰ってから遊びましょうね」

「うー……先頭車両だけ! 先頭出すだけ!」

「だーめ」


 駅のホームに並ぶ親子。

 母親の荷物の小ささに対して子どもの荷物はその体の小ささもあって明らかに大きい。

 はたから見れば虐待にも見えるが、その箱のパッケージに目をやれば、

 むしろ子どもの側がその荷物を手放さないのだとわかる。


――ファンレール(Fun-rail)


 既に60年以上愛されている不朽のベストセラー。

 青いプラスチック製のレールの上を電池で動く列車が進む誰もが知るおもちゃだ。


(あんな子は、ずっと私の仕事とは無関係でいてほしいものですね)


 ほっと笑顔を作り見守るトレビだったが、次第に子どもの表情が曇っていく。


「……電車、来ないね」


 そう。もう15分以上電車が来ていないのだ。

 都心の駅でこれは珍しい。

 いや、都心だからこそ珍しくない。

 その理由とは。


『ただ今、総武線上り電車は隣の小岩駅で起きた人身事故の影響で運転を見合わせております。

 お客様には大変ご不便をおかけします』


 そう。まさに「転生の女神の仕事」にかかわる話である。


(最悪の決断、ですか)


 自ら旅立つことは最悪の決断と言われている。

 これは何も、生きてりゃいいことあるのだから最悪だという能天気な話ではない。

 その決断により大勢に迷惑をかけ、かつ、その罪を償わせることができないため。

 すなわち、人生で一度だけ実行できる約束された完全犯罪故の「最悪」なのだ。


(あの子も早く帰っておもちゃで遊びたいでしょうに。

 それに何よりも……)


「俺は急いでるんだよ!」

「申し訳ありません!」


 別に何も悪いことなどないのに頭を下げる駅員の姿。

 最近はこういった不当な怒りがカスハラと呼ばれ問題化しているが、

 考えようによっては怒りをぶつける客すらも被害者だ。


(悪とは集団が作り出す歪み。

 私の仕事は、そこで悪に追い詰められた存在を救うこと。

 だとすれば……私は誰を救えばいいいのだろう?)


 泣き出しそうな子どもなのか。

 今ここで泣き出されるとどうしようもなくなる母親なのか。

 頭を下げる駅員なのか。

 急ぎの先に間に合わなそうな客なのか。

 最悪の決断を下してしまった人なのか。

 それとも、そんな決断をせざるをえなくさせた社会なのか。


(私は何を救済すればいい?

 私は何に共感すればいい?)


 状況を傍観しつつ思考に落ちていく女神トレビは新米である。

 だがそれでも、トレビには『神』としての力があった。

 最悪なのは、彼女はまだ研修中の身であり、正しくその力を制御ができないこと。


「早くおうち帰りたい!」

「そうねぇ、困ったわねぇ……」

「振替輸送とかないのかよ!?」

「申し訳ありません、まもなく運転再開が……」

「もうヤダ! 僕、電車好きだけど電車嫌い!」


 トレビの周りに神力が渦を巻き、光の粒子として溢れ出す。

 この何が悪とも言えない状況で彼女が最も「共感」してしまった「被害者」は……


「いつもの黄色の電車、大っ嫌い!」


――田端駅横、JR東日本、東京支社内

  JR東日本、東京総合指令室にて


「指令! 小岩駅で発生した人身事故車が!」

「清掃作業が終了したか。ただちに発車し……」

「いえ、その……それが、とても信じられない話なのですが……」

「正確にそのまま現場の報告を伝えてくれ。何があった?」

「東京行き、E231系500、全10両。JB26小岩駅にて……消失、しました」

「……は?」


――異世界ライン

  線歴1872年、0月1日

  エルフの森、グォーサヴァイトにて


「……なに、これ?」


 エルフの少女、マール・ノーエ。

 森に違和感を覚えやってきた彼女の前にあったのは、

 銀色のボディに黄色のラインが特徴的なE231系500番代車両。


 ではなく。


「煙突がついてる。鉄の……家?」


挿絵(By みてみん)


 女神の力である意味『若い姿』で『転生』させられてしまった電車の姿。

 153年前に横浜新橋間にて運行した日本初の鉄道車両。

 イギリス製の蒸気機関車、通称一号機関車であった。

駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

座席の予約は「ブックマーク」「評価」で。

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