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異世界で森を切り開き鉄道敷いて魔王を倒したエルフの後日譚 「ファン・ライン」~異世界鉄道物語~  作者: 猫長明
第6号:秘境駅のエルフさん

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39/85

「魔族のお菓子工場」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

「アナスタシア・ノヴァ様の入室です!」


 いつものように号令と同時に規律し直立不動の姿勢を取る魔将軍達だが。


「うっ……」


 その日のアナスタシアは明らかに機嫌が悪かった。

 眉間の歪みからは明確な「怒り」が感じられる。

 魔将軍達には共通の心あたりがあった。


(ナー・リッターへの介入工作が停滞しているから……)


 新たな国際マギア・ジャンプ・クリスタルの建設計画にあわせて提案&承認を受けはじまったこのテロプランは、

 人の心の闇を広げる力を持つ魔物の能力をもって反対派のネガティブ感情を強化しコントロールし、

 タイミングを見計らってのテロで鉄道路線に攻撃をかけつ、

 人類種同士の対立を煽るのが目的だ。

 現状の魔王軍残党の戦力はごく僅かであり、

 できるだけ人間を利用する形を目指しての作戦だった。


 だが、この件に怒りを燃やす人類種の闇があまりに深く、

 抑制コントロールに失敗し、民衆が暴走。

 結果的に小規模なテロが連続する形になり、

 毎回ファン・ライン側に防がれてしまっている。

 失敗が重なった結果、操ろうとしていた人間達の間に「諦め」の感情が広まってしまい、

 もはやこうなってはなりふり構わず魔王軍を派兵する他ない状況に陥りつつあった。


(姫様の鉄道への憎しみは本物だ……

 当然のこと。

 姫様にとってはたった1人の肉親を殺されているのだから。

 それに引き換え我らはなんと不甲斐ない真似を……!)


 魔将軍達が己を恥じると同時に、

 今日は下手にアナスタシアに関わると命が危ないと危機感を強く意識させる。

 以前にも彼女は機嫌の悪さから魔将軍を一人

 適当な理由で蝦夷地送りにしていた。

 

 しかし、アナスタシアの機嫌が悪い本当の理由は。


(すべて……すべて奪われた……

 私の物だった……私の物だったのに!)


 アナスタシアは前回ラストのネットオークションによる競りで、

 魔王軍の予算を限界まで注いだものの最後には競り負け、

 出品されていた全パーツを奪われてしまっていた。


 これは2つの意味を持つ。

 1つは マールとアナスタシアの初対決がマールの完全勝利に終わっていたということ。

 もう1つは、魔王軍の予算がマールのポケットマネーよりも規模が小さいという事実だった。


 ……いや、待って欲しい。

 完全勝利とは言うが、結果としては魔王軍の予算が一切減っていないというわけで。

 またしても何も知らないマール・ノーエさんは、

 魔王軍残党壊滅に王手をかけつつも自らのチョンボで台無しにしているということなのだが。


(二度とこのような屈辱許されません……

 そのためには……)


「経済将、張氏ジャンシィ

「は、はいっ!」


 明らかに機嫌の悪い姫様が自分の名前を呼んだ。

 戦場では一騎当千、三国の覇者とまで言われた英傑が、

 怯えた子猫のように背中を丸めつつ立ち上がった。


「状況を、報告しなさい」

「は、はっ! 現在魔王軍残党の予算は前年比+3.2%の成長状態にあります!

 特に主力商品であるぬれ煎餅の売上が好調であり、新商品も高評価を……」

「言葉は不要。『結果』を『物』で示しなさい」


 言葉を遮られごくりと喉仏がイベリアトゲイモリのように浮かび上がる。

 張氏は即座に後ろに控える配下にジェスチャーを入れ、

 アナスタシアの元へ新商品を運ばせた。


「これは?」

「ぱ、パロディ商品の売上が人気でして、こちら、のろいボーになります……

 あ! いえ! 実際に呪いがかかっているわけではなく!

 鉄道を使えない魔物の足の速さは『鈍い』とかけた自虐ネタでして……

 あは、あははは……」

「経済将、張氏」


 見る者の心を芯から凍らせるような冷徹な瞳が張氏を貫き。


「エゾチ送りです。連れていきなさい」

「ひぃっ! も、申し訳ありません!

 どうか! どうかお許しを! エゾチだけは……エゾチ送りだけは!」

「静かにしろ! それともこの場で殺されたいのか!?」

「あ……ああぁぁ……」


 親衛隊が張氏を引きずっていく。

 もう彼が戦場に戻ることはないだろう。

 その刑罰はエゾチ先住民族の言葉で、コォル・ポンズ。

 凍える川で、死ぬまでシャケを獲り続けるのだ。


「魔王軍に無能は不要です」


挿絵(By みてみん)


 チョンボにより魔王軍残党を壊滅し損ねたマールだったが、

 結果としては魔王軍でもトップ5に入る英傑の1体を自ら戦うこともなく亡き者にするという大金星達成。

 こうして魔王軍は壊滅へと一歩近づいたのだった。


「…………」


 どうしようもない苛立ちが抑えられないまま、目の前の皿を見つめるアナスタシア。

 偉大なる魔族の品性を汚すような名前がつけられた菓子ではあるが。


(チョコレートコーティングのかりんとうでしたか。

 あ、普通に美味しいですねこれ)


挿絵(By みてみん)


 魔王軍残党。彼らがその資金調達のため、

 ぬれ煎餅をはじめとした製菓事業で儲けていたとは、

 さしもの天下のファン・ラインも気付くはずのない盲点であった。



☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置(ATS)起動!☆☆☆



「ほらね、ほらね。

 アナスタシアさんは最初からいい人だったんですよ!

 生まれこそ魔族かもしれませんが、

 ちゃんと魔族は駆除すべき存在ってわかってる方なんですよ!」


 ここでのコメントは差し控えよう。

 少なくともマールは冷静ではない。


「さて、このままアナスタシアさんの良い所を300個語ってもいいんですが、

 一応鉄道ネタの元ネタ解説コーナーなので。

 とはいえ、ただのアナスタシアさんと害虫の日常シーンだったので、

 別段解説することなんてないんですよね……

 うーん……」


 しばし悩んで。


「まぁいいか。いつも通り好きに鉄道ネタを語ります」


 いつも通りに開き直る。


「大手私鉄は、だいたい鉄道以外の収入源を持っていますね。

 ホテルだったり、レジャー施設だったり、歌劇団だったり、球団だったり。

 まぁメインが鉄道なので、だいたいはそれと紐づけられる不動産や観光・レジャー関連になりがちですね。

 一方、まるで鉄道とは関係ない副業で収入を確保してる会社があります。

 それが、銚子電鉄です」


挿絵(By みてみん)

https://www.choshi-dentetsu.jp/


「千葉県銚子市を中心に鉄道事業を営む銚子電鉄は、絶望的な経営難に苦しんでいました。

 一度は経営資金が底をつき、社員に給料を支払うことはおろか、

 列車を整備することすらできない状態に。

 そんな状態で銚子電鉄が資金集めのために挑んだ事業は、なんとたいやき屋でした。

 そこからさらにぬれ煎餅を焼いて売り始め、同時に自身のHPにて

 『列車の整備費を稼がないといけないんです。ぬれ煎餅を買ってください』と

 通信販売を開始したのが奇跡的大ヒット。

 さらに後にはヒット商品となるまずい棒を開発します。

 これは、あの有名なお菓子のパロディ商品ですが、

 まずいとは味が不味いわけではなく、会社の経営状態がマズイの意味。

 近年の原材料価格の高騰により値上げをせざるをえなくなった際には

 『値上げをせざるをえず気まずい棒』を販売しこれもヒット。

 自虐での一発ネタではなく、わりとちゃんとお菓子として美味しいのが特徴ですね。

 こうして製菓事業を黒字化し赤字の鉄道を走らせ続ける、奇妙な私鉄会社が銚子電鉄です」


「まぁ、実際問題鉄道事業はインフラであり、

 黒字化できる路線はごく僅かなんですよね。

 特に私達ファン・ラインの元ネタになっているJRの場合、

 元がインフラとしての国鉄で都市間輸送を担っていましたから。

 赤字であることがむしろ当たり前なんです。

 ただ、赤字路線があることが問題なのではなく、

 全体を通して黒字にできていれば問題ないのが鉄道事業」


「日本一の黒字といえば年間の売上高が1兆8318億、純利益4584億円のJR東海。

 この利益の90%以上が東海道新幹線によるもので、

 ここでの収益でその他の赤字路線を強引に動かすという経営戦略を取っているんですね。

 商業的には歪な依存だとか言われてますけど、これでいいんですよね。

 だって、鉄道って単純な商売じゃなくて、地域のインフラであり『公共事業』なんですから。

 普通の企業なら当然である赤字事業からの撤退は、

 鉄道事業では選ぶべきではない、悪手なんですよ!」


 力強く宣言。


「……悪手なんですよ!!」


 大事なことなのでもう一度。



☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆

普通 6両 9月4日22時20分 秘境駅のエルフさん「最初の廃線決断」

普通 6両 9月5日10時20分 秘境駅のエルフさん「悪辣な天才、無知なる善」


第6号到着 9月6日22時20分

最終話到着 9月26日22時20分


駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

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