「魔王の娘VS鉄道女王 ~1st Round~」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置起動!☆☆☆
「はふぅ。アナスタシアさん……」
改めて恋する乙女の目をしたマールであるが。
「あ、解説しますね」
2人の交錯は、もう少し先の話。
「今回は悪役……いや!
超! 弩! 級! の悪役の登場でした!
絶対に許せませんね! 盗り鉄は!」
「盗り鉄はその名の通り、鉄道のパーツを盗む泥棒のこと。
そう! 泥棒ですよ泥棒! 犯! 罪! 者!
正直盗り鉄なんて形で鉄オタと同じくくりにしてほしくないんですが!
まぁこれも、一部の撮り鉄のマナーが悪い故の揶揄なんですかねぇ……」
やれやれと大きくため息。
本当に一部の撮り鉄のマナーの悪さは同じ鉄オタとしても最悪に感じる。
鉄オタのよしみで殺さないであげたい。
「残念なのは、この犯罪者にもちゃんと元ネタがあるということ。
これは2022年に逮捕された、
飯田線強盗事件の犯人と同じ盗品のラインナップですね。
警察が自宅から押収した盗品の数々を並べて写真を撮るニュースで稀に見かける光景でしたが、
その1枚を見た鉄オタのみなさんがひと目見ただけでパーツをバシバシ特定。
SNSがちょっとした鉄道カルトクイズ大会みたいな感じになってました」
「で、アナスタシアさんが悪党をスッキリ成敗した後で。
訪れたのは日本一長い名前の駅。
これは前回からの伏線でしたね。
落語の寿限無が元ネタになっていた技名ですが、
鉄オタならその中に『モビリティ』と『ジー』が入っていたところで気付いたかもしれません。
ここでアナスタシアさんが撮った駅名看板の元ネタが、こちら」
「トヨタモビリティ富山 Gスクエア五福前(五福末広町)停留場です」
https://www.chitetsu.co.jp/
「元々この駅は2015年に富山トヨペットがネーミングライツを購入し、
『富山トヨペット本社前(五福末広町)停留場』として日本一長い名前の駅名になりました。
しかし、2020年に等持院・立命館大学衣笠キャンパス前駅に1位を譲る形に。
ところが、富山トヨペットが企業統合によりトヨタモビリティ富山に社名変更。
あわせて名前が今の形になり、改めて日本一になったという面白い経緯があります。
これは2025年の今も単独日本一。
ただ、読みで言えば2023年に西大寺町・岡山芸術創造劇場ハレノワ前停留場が登場したことで、
日本1位タイになっています」
「この駅の場所は劇中のような秘境駅ではなく、
都市内を走る路面電車の停留所です。
場所は駅名にもある通り富山県。
富山県で有名な駅弁といえば、アナスタシアさんも考えていた……」
https://www.minamoto.co.jp/
「ぶりかまめし弁当(1350円)!
こちらは富山駅専売です!
しかし富山の駅弁知名度で言えばやっぱりこちら」
https://www.minamoto.co.jp/
「ますのすし弁当(2000円)!
こちらは富山駅他、高岡駅、金沢駅、氷見駅などでも買えますね。
これがやっぱり美味しいんですよねぇ。
まぁ、ますのすし弁当は有名で東京駅の駅弁屋、
『祭グランスタ東京店』でも買えるので、
両方から選べるならぶりかまめし弁当が断然オススメですよ!
11月~3月というブリの旬にしか買えない、超レア駅弁!
買えるタイミングがありましたら是非こちらを!」
「それと少し遡っての小ネタ回収になりますが、豊橋鉄道のおでんしゃについて。
おでんしゃは書いて字に如し、おでん+電車です。
豊橋鉄道市内線は名古屋市内を走る路面電車なのですが、
この市内線を冬季のみ特別な車両が走ります。
隅田川の花火鑑賞でお馴染みの屋形船のように車内が改造されており、
中央列にはアツアツのおでんが煮込まれています。
路面電車で市内を巡りながらおでんを楽しむ観光電車、これがおでんしゃです」
https://www.toyotetsu.com/
「全便全席予約制で、飲み放題付き5800円。
アルコールなし4800円です。
入口扉には赤い提灯がぶら下がっており、もう普通に屋台ですね」
「と、そんなおでんしゃの運行期間は11月から3月まで。
人気が燃えていることで本年は5月まで走っていたそうですが、流石に夏には運行していません。
残念ながら冬まで待って……と思ったら甘い!
冬がおでんなら夏は!? そう、ビールです!」
https://www.toyotetsu.com/
「というわけでおでんしゃは夏はビール電車として走ります。
中では生ビールが飲み放題で5200円。
別料金でピザや揚げ物、生ハムセットも提供されます。
もう普通にビアガーデンなんですよ。
ちなみにおでんしゃもですが、行程は往復1時間30分。
車内にトイレはありませんが、
途中駅で一度トイレ休憩がありますのでそちらで。
時間も普通に居酒屋の飲み放題プランですね。
大人気で予約もなかなか取れないようですが、
名古屋・豊橋に行かれた際は是非」
「では、このまま最後まで。
アナスタシアさん、もう出てこないのかな?
ええいおじさんはいいですおじさんは!
アナスタシアさんのかっこいいとこを映してください!」
果たしてこのエルフはこの先何があってこんなポンコツになってしまうのか。
それはもう少し先のお話。
☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆
ブッチャーが無事討伐されたとの報告を聞き、
ギルドの受付嬢はほっと胸を撫で下ろしていた。
彼女の前に並ぶのはギルドからの報告レポートと、
ファン・ラインからの報告レポートと、
そのどちらでもないレポートの束。
「くそっ! どうなってんだよ!」
大風呂敷を引きずりながらギルドに帰ってきたジュダの声。
受付嬢はさっと一束のレポートを机の下に隠し、
いつもの営業スマイルを向ける。
「おかえりなさいジュダさん。
いやぁさすがですねぇ!
でもちょっとやりすぎじゃないです?
遺体の処理に向かった人たちが顔を真っ青にしてましたよ。
ジュダさんがあんな殺し方しちゃうなんて、
やっぱり噂通りのド外道だったんですか?」
「いや俺がやったわけじゃ……」
「え?」
「あぁいや。そんなことより!
どうなってんだこの討伐報酬!」
風呂敷を紐解き中から現れたのは列車のパーツの数々。
見る者によっては財宝の山にも鉄くずの山にも見えるアイテムだが、
少なくともジュダの目からは後者に見えていた。
「なんだよこのガラクタは!
くず鉄屋に持ってってたら1キロ100円とか言われたぞ!
舐めてんのか!?
あんなにやべーやつの討伐報酬がくず鉄って!」
「でも実はジュダさんが倒したんじゃないんですよね?」
「いや俺が倒したんだよ」
「ならジュダさんもあーいうことをするサイコパスなんですね」
「……とにかくだよ!」
受付嬢はいたずらっぽく笑う。
まぁ、気持ちはわからなくもない。
現物支給はまだいいとしても、
これではゴミを押し付けるようなものだ。
「はいはい、わかりました。
ではいっしょに換金しましょう」
「換金って、1キロ100円って言われたぞ」
「蛇の道は蛇ってやつですよ。
あ、手数料15%もらいますよ?」
「15%ってお前……
いや、そもそもこんなガラクタ、いくらになるんだよ」
受付嬢はにやいと笑い、ネットオークションサイトへアクセスした。
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「あーーーー!!
それ私のーーーー!!
私のでしょーーーー!!」
暗い自室(防音仕様)の中で汚い叫び声をあげてパソコンモニターにかじりつくアナスタシア。
ファンコミュニティが大騒ぎになっていたところからまさかと思って見に来てみれば。
そこには本当に、あの時血の涙を流して諦めた鉄道パーツが並んでいるではないか!
「くっ……いえ、逆に考えるのよアナスタシア。
これはチャンスよ。
合法な手段であの宝物を手にするチャンス……!」
ごくりと息を呑み自分の口座の中身を確認。
しかし残高はごく僅か。
先月トワイライトEXPのチケット抽選に当選した時は神に感謝したのに!
「こうなったら……」
魔王軍残党の予算が保管された口座の暗証番号を入力するアナスタシア。
公私混同を通り越し普通に業務上横領である。
だが目がぐるぐる状態にまで混乱した鉄オタの暴走は止まらない。
出品されている全商品へ即座に入札。しかし。
「全商品コールされたぁ!?」
即座に同一人物によって値段が釣り上げられる。
魔王の血が闘争本能を加速させ、全商品再入札。
だが相手も負けていない。
「……なるほど、いいでしょう。
この魔王の娘たる私と正面から戦う覚悟がおありと。
ならば……叩き潰します!
私はお父様とは違う!
世界の半分すら譲るつもりはありません!
世界のすべては血の一滴に至るまで魔王の物なのです!」
こうして魔王の力(※魔王軍残党の活動予算)を全力解放し
入札合戦に正面から激突するアナスタシア。
誰も知らない、知られちゃいけない。
魔王の娘の裏の顔を。
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一方その頃、ファン・ライン総裁マール・ノーエは総裁室で報告書を眺めていた。
「魔王軍残党による主要駅へのテロが続いてる……
本当に厄介……一体どっからお金出してるんだろう……
うちは火の車だってのに……
まぁテロ対策の名目で追加予算が降りてるのはありがたい話だけどさぁ」
普通なら武力を用いて残党狩りを行うのが常套手段だが、
鉄道で魔王を倒すなんて発想に至る天才は視点が違う。
彼女が狙うのは魔王軍残党の資金源。
カネさえなければ組織的なテロもできようはずがない。
そのためどうにか魔王軍残党への資金の流れを見つけて断つという、
決まれば効果抜群一撃必殺の政治的攻撃による解決を目指していた。
が、そこは鉄の規律の魔王軍。
犯人を捕らえて尋問しようにも、口を割る以前に死を選ばれてしまう。
既に魔王は倒れたはずなのに、一体誰にそんな忠誠を誓っているのか。
「……魔王の血縁が残っている?
もしもそうだとしたら……」
――世界のためにも。ちゃんと「駆除」しないと。
無表情で報告書を投げ出し、ホットコーヒーに手を伸ばす。
「と、まだ諦めないかぁ」
それはさておき仕事中でも平気で趣味に走るのがこのダメエルフ。
パソコンモニターが映しているのはネットオークションサイトに出品された鉄道部品の数々。
自分の会社で使われていた車両の部品とはいえ、そこはしっかり公私を分けている。
彼女には普段まるで使い所がない故に溜まりに溜まった貯金がある。
つまりこれは彼女にとっても、合法的な手段で貴重な鉄道アイテムが手に入るチャンスだったのだ。
「誰だか知らないけど負けないよ……
そもそもこれは私達ファン・ラインの物!
ファン・ラインは私の物!
絶対に譲る気はないんだから!」
マールは知らない。
今自分が札束で殴り合う戦いを続けている相手が誰なのか。
結果的に魔王軍残党の資金をごりごりと削っていることを。
そして、現在ファン・ラインの社員たちの平均給与がどこまで削減されているか。
そんな彼らによる、全世界同時ストライキが目前に迫っていることも。
マールは、何も知らない。
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「…………」
「…………」
場面を戻して予想外のペースで釣り上げられていく数字を呆然と眺めていた2人は。
「やっぱ20%で」
「15%な」
それはしばらくの間、豪華な駅弁を食べられることが確約された瞬間であった。
普通 6両 9月4日10時20分 秘境駅のエルフさん「魔族のお菓子工場」
普通 6両 9月4日22時20分 秘境駅のエルフさん「最初の廃線決断」
第6号到着 9月6日22時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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