「勇者と魔王は導かれ合う」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
「はぁ……」
一方、またしても何も知らないマール・ノーエさん。
そこにはあとはもう総裁である自分がサインをすればいいだけの廃線決定書類が。
しかし、マールの震える手はペンを握ることもできず、用紙をくしゃくしゃにまるめてポイ。
スマホを開き、鉄オタのファンコミュニティへ現実逃避していく。
「電車娘さん……わかる、わかるよ。
あなたのすべての書き込みから、鉄道への惜しみない愛が伝わってくる……
本当に……本当にこの子は鉄道が好きなんだ……
きっと私と同じか、それ以上……」
ぼおっと赤らめるその表情は、恋する乙女か。
それともトヨハッシ鉄道を走る車内でおでんが食べられるように改造された特別車両「おでんしゃ」のドアの前に下げられた赤提灯の光か。
「増結連結……」
机に頬杖をつき、指1本で鉄道模型をつついて連結と解結を繰り返すマール。
強いストレスを受けた人がどうなってしまうのかがよくわかる、実に恐ろしいシーンである。
「私、こんなにも鉄道を、愛しているのに……
会いたい……電車娘さんに会いたいよ……」
2人の線路は既に同じ単線で繋がっている。
このまま列車停止信号に気付くことができなければ、ATSの壊れた2人は、いずれ……
☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置起動!☆☆☆
「アナスタシアさん……」
コーナーが始まったことも気付かずしばらくぼぉっと消えた画面を眺めるマールさん。
「……解説、はじめますね」
物語の先の展開には一切触れず、淡々と解説の仕事だけこなして帰るつもりらしい。
その割り切りができていれば、後の大事件は起きなかったというのに。
「旧国鉄にはあまり語りたくない闇が広まっていたと有名ですが、
結局のところその原因は国鉄が国鉄だったため。
つまり、国家予算で活動していたためであると言えます。
資本主義で動く一般企業なら、無駄を切り詰め儲けを増やすために努力するのが当たり前。
しかし、給与を含めたすべてが国の予算だった国鉄には、
そのような営業努力の理念が働かなかったのです」
「こうした所謂『殿様商売』が、国鉄の中で様々な問題を生じさせていました。
まぁ、鉄オタ的には懐事情を気にすることもなく湯水のような予算で好き放題鉄道にお金をかけてくれていた国鉄時代の列車や路線には目を輝かせてしまうところがあるのですが。
……すみません、私の立場でしちゃいけない話でしたね、これは」
当時のマールなら出るはずもなかったセリフ。
2025年の今、過去を振り返っているからこその成長である。
「さて。劇中ではシラタキ5なる駅名が登場しますが、
こちらは1975年から2016年にかけて駅が順次廃駅となっていった、
北海道、石北本線の駅の名前ですね。
この地域には、奥白滝、上白滝、白滝、旧白滝、下白滝と白滝の名を冠する駅が5つ並んでおり、
ここが鉄オタ達の間では秘境駅の白滝シリーズと有名になっていました。
2001年にはこのうち奥白滝が廃駅となり、2016年には下白滝、上白滝、旧白滝が廃駅。
現在は白滝駅を残すのみです。
今回は残念ながら写真を撮りに行けなかったんですが、
どこかでまとめて北海道の秘境駅を巡りたいですね。
むしろ早く行かないとどんどん廃線になってしまう可能性が……」
「と! 同じことを考えているだろう大勢の読者のみなさんにお得情報!
北海道旅行には青春18切符よりもオトクな切符があるんです!
それがこちら!」
「JR北海道による北海道フリーパス!
北海道の普通列車にくわえて、特急指定席で6回まで利用可能!
座席未指定の特急普通車の空席利用なら回数にカウントされません!
特急に乗れるのは青春18切符にはない魅力ですねぇ。
そんな青春18切符が5日間で1万2050円、1日あたり2410円。
北海道フリーパスは7日間2万9000円で、1日あたり4142円。
値段が少し上がってしまいますが、
広い北海道を巡る旅は特急を使わないと『死』あるのみ。
というわけで、北海道秘境駅巡りには必須の切符なんですね。
これさえあればどうみても物置な北海道の駅の待合室も見に行けますね」
と、総裁自ら赤字路線だらけの地域の宣伝を挟んで。
「では、続きをごらんください。
……はぁ」
マールは再び恋する乙女の目に戻るのだった。
☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆
魔王を倒した鉄道を強く憎む魔物達。
彼らをまとめる事実上の新魔王、
魔王の娘アナスタシアが鉄道に恋する鉄オタだというのは認知の歪みを感じてしまうだろうが、
犯罪心理学で考えるとこれはまさに「あるある」と言えてしまう。
好きの反対は嫌いではない。
好きの反対は無関心であり、好きと嫌いはニアリーイコール。
おそらく彼女も当初は、父を殺した鉄道に憎しみを持っていたことだろう。
しかし、その憎しみがすぐに愛へと姿を変えてしまったのだろう。
だがそれは許されざる恋。
好きと嫌い、愛と憎しみが同質の感情である事実は、直感ではとても理解できない。
もしもそれを公言してしまえば、
魔王の娘として魔王軍残党の精神的主柱になっていた彼女への敬愛感情は反転してしまうだろう。
故に彼女は、その事実を隠し通している。
その秘密を守るためならば……
「…………」
会議室の自分の席の前に乱雑に重ねられた報告書類。
その中にあった、新聞記事の見出しを切り抜いて作られた文字列。
――お前の秘密を知っている。
まさに脅迫状とも言えるその1枚をそっとポケットに隠して。
「少し出てきます」
「いってらっしゃいませ」
魔王の娘は、死地へと赴く。
魔王の娘として決して知られるわけにはいかない秘密。
その秘密を守るためならば、彼女は非道にも手を染める。
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冒険者の仕事はダンジョン探索だけではない。
ギルドを通して届く依頼。
『クエスト』と呼ばれるこれらをこなすことが、彼らの主な収入源だ。
「ジュダさん、ジュダさん。
いいクエストがあるんですけど」
「あん? さっき掲示板は確認したが……」
「掲示板になんか貼れませんよ!
このクエストは!」
「なるほどな。
ジュニアみたいなやつらには見せられねぇと」
クエストの中には極めて危険な内容のものもある。
こうしたクエストにはギルド内のランク制限があり、
規定のランクに満たない場合は受付嬢からクエストに関わる詳しい情報が受け取れない仕様になっている。
ただ、それでも功を焦る無鉄砲な冒険者は勝手にクエストに向かってしまうこともある。
だから本当に危険なクエストはこうして一部のトップランカーにのみ口頭で伝えられるのだ。
「そういえばそのお気に入りのジュニアさんは?
最近見ませんけど……」
「あいつならファン・ラインの秘境駅巡りスタンプラリー中だよ」
「え。まじですか。
相変わらずスパルタですねぇ……」
「俺はコンプリートしてんだから文句は言わせねぇ」
HNライトニング・ドラゴンとは彼のことである。
「で、そのクエストは?」
「コードネーム、屠殺者。ご存知ですか?」
「まじかよ。あの野郎、まだ生きてんのか」
ブッチャー。
それは魔王存命の時代、世界中の冒険者達を恐怖のどん底に叩き込んだ魔物。
勇者級の冒険者のみを狙う殺人モンスターだ。
その名が広まったのは、彼に殺された冒険者の死骸にある特徴が残されていたため。
『お、おい! この人、まさか……
勇者グレートのパーティに居たシーフの……!』
『装備からしても間違いねぇ、サダルメリクのカミュ。
しかし……こいつぁ酷ぇ……
あんな綺麗な目をしていた人だったのに……』
――眼球が、えぐり取られてやがる。
ブッチャーは、殺した相手の体の一部をえぐり取って持ち去る性質があった。
それ故に、彼はこう呼ばれる。
ブッチャー・ザ・コレクター。
「しかしよ、お嬢。
一体こんなとんでもねぇヤマ、どっから……」
「そんなことはどうでもいいので!
とにかくお願いします。
このままでは箝口令を敷くのも難しくなります。
ジュダさんくらいにしか依頼できないんです!」
ちっ……と舌打ちをし、ブッチャーの情報が記されたメモを受け取るジュダ。
「さすがに報酬は、深川めしなんかじゃねぇよなぁ?」
普通 5両 9月3日10時20分 鉄道狂のバーサーカー「他人の痛みがわかる人になろう」
普通 5両 9月3日22時20分 鉄道狂のバーサーカー「魔王の娘VS鉄道女王 ~1st Round~」
第5号到着 9月3日22時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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