「美少女魔王様の誰にも言えない秘密」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
ストレスでメンタルを病みかけたマールがネットを通して
顔も知らない相手を片思いするという現実逃避に走る一方。
「ふふふ……」
暗い部屋を照らすのはパソコンモニターの明かりのみ。
その光がぼんやりと照らすのは実際に使われていた様々な特急プレートと、
額縁に入れて保管された1番切符の数々。
パソコンのHDDのシーク音かと思われたそれは、
部屋内を走る鉄道模型の走行音。
そんな究極の鉄道オタクの部屋の主こそ、電車娘その人である。
――お嬢様、アナスタシアお嬢様
とんとんと叩かれるドアの音にびくりと鉄道娘の心臓が跳ねる。
「待ちなさい!
今出るから開けないでドアから3歩下がって回れ右!」
お付きのメイドに指示を出して、最低限の身だしなみを整える。
何事もない、いつも通りだと言わんばかりの優雅さを持って廊下に出る。
ちらりと部屋の中に目をやったメイドはため息をついて。
「お部屋の電気が切れているなら交換させていただきますが。
外からでは何も見えないではありませんか。
これでは目を悪くされてしまいます」
「いいの! いいから!
私の部屋には絶対入らないで! 絶対だからね!」
「それは、わかっております。
ですが……我ら従者一同、お嬢様を心配しているのです。
先日もまたお一人でどこかへ出かけておりましたし……」
「心配ご無用!
この私がそこらの魔物に傷をつけられるはずもないでしょうに!
グレーターデーモンだって相手にならないわ!」
「しかし、万が一ということがあります。
お嬢様の体はもはや、お嬢様だけのものではないのです。
アナスタシアお嬢様は……」
「世界で唯一、魔王ノヴァ様の血を引くお方。
魔王の娘、アナスタシア・ノヴァ様なのですから」
誰もが一目置く鉄道オタク、HN電車娘と
鉄道によって殺された魔王ノヴァの一人娘、
アナスタシア・ノヴァは同一人物である。
オタク仲間達も、彼女に仕える従者たちも、鉄道を憎む魔王軍残党の魔将軍達も、
そして何より、彼女を片思いしてしまっているマールも。
その事実は、まだ誰にも知られていない。
「アナスタシア・ノヴァ様の入室です!」
部屋前で待機していた魔王親衛隊のエリートの号令と同時に、
会議室内の全魔将軍達が規律し、直立不動の姿勢に。
ゆっくりと扉が開き、彼女の姿が目に入った瞬間、
全員が同時に深々と頭を下げる。
それに軽く手で合図を返すアナスタシア。
頭を戻すも、直立不動を維持する魔将軍達。
ゆっくり堂々とした足取りで進んだ彼女が席に座るのを待って、
改めて全員が席についた。
「状況を報告なさい」
「はっ! 先日のニューブリッジ中央駅でのテロ計画は、
偶然居合わせた『勇者』により妨害されるも、
この事件で首都近郊の鉄道網は一時的に停止!
ファン・ラインに大きな被害を与える目的は達成されております!」
「その後のファン・ラインの対応は?」
「内通者によるとニューブリッジ中央駅は、
この事件を教訓にテロ対策を強化!
一部構内を見通しがよりよくなる形を目指して再工事するとの発表です!
この工事のため1800億の予算が国庫より計上され人類の批難を集めています!」
「よろしい。引き続き行動を進めるよう各地の潜伏隊に連絡を。
お父様を殺した鉄道を……完膚なきまでに破壊しなさい。
これは我ら魔族の、鉄道への復讐です」
「はっ!」
魔王を滅ぼした鉄道は、すべての魔族の怨嗟の対象である。
その路線を一本たりとも残さずこの世界から駆逐すること。
それが彼ら、魔王軍残党の大目標である。
アナスタシアは会議室の自席の前に並べられた資料を1枚1枚手に取り目を透し。
「ナー・リッター方面軍にさらに予算を回しなさい。
新たな国際マギア・ジャンプ・クリスタルと首都を結ぶ高速鉄道計画……
お父様の名にかけて、必ず阻止を」
「はっ!」
「ファン・ライン内部の内通者にはステイの指示を。
ストライキは全世界同時に一斉に行います」
「はっ!」
「それから……っ!?
この計画書を出したのは誰ですか!?」
氷点下の猛烈なプレッシャーが会議室を駆け抜ける。
顔面蒼白の将軍が震える子犬のように手をあげ。
「わ、私、です……その、なにか、問題が……」
「何かではありません!
オオタールに活気があったのはもう遥かな昔!
今はもうまともに運用できていない路線!
こんなところに貴重な魔王軍の予算を回すことはできません!」
「申し訳ありません!
ただちに計画の見直しを……」
「いえ、その必要はありません」
パチリと指を鳴らすと同時にかけつける親衛隊のエリート達が将軍の肩を叩く。
「ひっ……お許しを!
どうか! どうかお許しを!」
「連れていきなさい」
「いっ……嫌だ! ええい触るな!
私は……私はまだ……っ!」
親衛隊の手を払い逃げ出そうと暴れ出した将軍の声が、途切れる。
ぼとりと会議室の床に落ちる頭。
崩れ落ちる下半身。
うるさい声をあげていた発声器官だけが、
綺麗に空間ごと削り取られるように消滅していた。
「掃除をお願いします」
「はい、お嬢様」
先ほどの彼女を部屋まで迎えに来ていた従者たちが遺体清掃を開始する。
そんな中で他の将軍たちは何事もなかったかのように会議を続けていた。
「魔王軍に無能は不要です」
もはや魔王軍に、かつての栄光はない。
少ない予算をやりくりし、鉄道への復讐という目的を達成するためには、
徹底した規律の元で粛清を行っていかねばならない。
その判断も、痛みも、すべて。
魔王の娘アナスタシア・ノヴァには、たった1人で背負っていく覚悟があった。
しかし、その本性は……
(これでニューブリッジ中央駅はさらにダンジョンとして完璧な形に近づく!
ナー・リッターの高速鉄道計画も今の半端な形での着工など許さない……!
ファン・ライン職員の給与カットもです!
そんなもの、愚民共のカネを無限に使えばよろしい!
当然ながらエゾチの駅には手出ししません……廃線のいい口実にされてしまいます!
このまま鉄道網には、もっと……もっと大きくなってもらいましょう。
だって……だって……!)
――鉄道こそが世界! 鉄道こそが新たなる神!
そう……愚かな人類など……
鉄道だけを残して、滅びればいいのです!
鉄道に魂を魅せられてしまった究極の鉄オタ。
同時にマールが戦うすべての敵の背後で糸を引く存在。
(あゝ……素晴らしい……
素晴らしきかな、蒸気の鼓動……!
感謝しますよ、鉄道女王マール・ノーエ……
あなたは私に未来を見せてくれた……
私の……魔王の娘、アナスタシア・ノヴァの、誰にも言えない秘密……!
決して許されざる片思い……)
――私は、鉄道女王マール・ノーエを。
そして、鉄道そのものを……愛しています。
彼女こそ物語の黒幕にして、最強のラスボスで。
最悪にやべーやつなのだ。
「会いたいですね、鉄道女王……いつかあなたを私の車両基地にお招きして……毎週最低でも5回は全般点検してあげたいですね……あの漆黒の内装艤装の下には一体どんな美しい台車構造が広がっているんでしょうか……私の手で順番にパーツを外して行ったら、いつのまにかエアコンのドレンが排水されていて……『おかしいですね、今日はそんなに湿度が高くないはず、どうしてこんなドレンが溜まっているんですか?』って質問したら顔を真っ赤にしてしまうので、あぁこれはやっぱり全般点検をかけて良かった、このまま車体不良があるまま運行を続けたら重大なインシデントが発生していたかもしれませんね、って……そのまま排水孔を掃除してあげたら、突然モーターが素敵な音を立てて……あぁやはり鉄道女王ともなれば、モーターの音すらそんなに美しいんですねって、それで……それで……ふふふ……ふふふふふ……」
窓際に腰掛け、蕩けた表情で天井を見つめるその姿はまさに恋する乙女。
その手が血に汚れ、見せてはいけない何かを隠すようなアングルでさえなければ
これからのロマンティクスを予期させるシーンなのだが。
逃げて、マールさん逃げて。
普通 5両 9月2日22時20分 鉄道狂のバーサーカー「勇者と魔王は導かれ合う」
普通 5両 9月3日10時20分 鉄道狂のバーサーカー「他人の痛みがわかる人になろう」
第5号到着 9月3日22時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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