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異世界で森を切り開き鉄道敷いて魔王を倒したエルフの後日譚 「ファン・ライン」~異世界鉄道物語~  作者: 猫長明
第5号:鉄道狂のバーサーカー

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33/85

「120年目の片思い」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

 この世界の鉄道は魔王を倒すために、

 すなわち、軍事目的で敷かれていった。


 たとえ後の貨物・旅客運用での利益が見込めないとしても、

 その国の軍隊が強大ならば優先的に鉄道が敷かれる。

 資金源は各国の軍事費の一部であり、

 また、その資金の使用にGOを出すのはたった1人の専制君主。

 このシンプルさが数十年で世界全土に鉄道網を敷けた背景事情だった。


 問題はその後だ。


 魔王を滅ぼすのが全人類共通の目的だったとはいえ、

 その後にこれらの路線がどうなってしまうのかは最初からわかりきっていた話。

 すなわち、これらの「後片付け」こそが

 ファン・ライン総裁マールにとっての本当の仕事だった。


 が。マールは戦闘狂化し10年間姿を消した。


挿絵(By みてみん)


 あわせてシオンも趣味に走って行方不明となったが、

 こちらは結果的にはそれほど状況を変えることにはなっていない。

 能力値のほぼすべてが技術系に振られた彼女は、

 残っていても状況を覆す判断などできるはずもなく。

 むしろ居なくなったことでマシになったとすら言えてしまうほどだ。

 これは適材適所というやつだろう。


 マールが居ない間、個々の路線を運用する管理者達は、最善を選択した。

 すなわち、自身の線路を完全な状態で補修しつつ拡大し、

 それまで通りの運用を行い続けること。

 カネの出どころは、平和を迎えて民主化した後の世界の国家予算だ。

 戦争と勝利の高揚感が消えれば、

 そんなもの真っ先に民衆の怒りのやり玉となる。


 加えてファン・ラインの社員は魔王戦争で活躍した兵士達。

 これは戦後無職になる兵士たちの補填として約束された政策であり、

 短期的に言えば戦争中の兵士の士気高揚と

 戦後の兵士の家族からの好感度向上に繋がった。


 問題は必要以上に大勢の兵士が徴兵されていたことと、

 兵士と鉄道員とでは求められる能力がまるで違うことだった。


 彼等には『自分達が世界を救ってやった』という傲慢がある。

 しかもこの線路はただの流通のインフラではなく、

 世界が一丸となって魔王を倒した象徴的レガシーだ。


 結果、本来ならば全体を見た上で順次廃線にしなければならなかったはずの赤字路線で、

 節制どころか税金をどばどば注ぎ込んでの殿様商売を続けてしまったのである。

 それは平和になった直後こそ熱狂が許しても、

 次第に国民感情がマイナスに傾いて当然のことだった。


 となると気に入らないのが元兵士の社員達。

 お客様へのサービス向上なんて発想が出るはずもなく、

 むしろ自分達をもういらないと非難する大衆に攻撃的な目を向け始める。

 下手に大規模リストラを宣言しようにも、

 元々ほぼ縁故採用のような形での採用で、

 しかも全員腕っぷしには自信があり、

 ストライキを起こされれば一般人に被害が出ることも。

 それがさらに評価低迷に繋がるという負のループである。


 もしもそこに全体を俯瞰して見る立場の者がおり、

 その者が全体に対して強い権力を与えられていれば話は違っただろう。

 しかし、ファン・ラインには居なかった。マール以外に。


 エルフの自分が死ぬはずがないし、

 長期的な判断を誤るわけがないという慢心による

 リスク・マネジメントが出来ていなかったワントップ人事。


 最終的に順次廃線が必要になると理解していながらも、

 やっぱ辛いとぎりぎりまで判断を先延ばしにした弱さ。


 皆が望むままの鉄道女王としてのカリスマを維持しようと

 社内では自信満々でイケイケドンドンを貫いてしまった姿勢。


 そんな中でウラシマ効果をすっかり忘れ

 亜光速戦闘を行ってしまったバトルマニア的性質。


 ようはすべてマールのやらかしが悪いのだ。


挿絵(By みてみん)


 魔王が滅びて11年。

 ようやくマールが世界と同じ時のレールの上に戻った、線歴1957年。

 彼女の前に現れたのは人類の宿敵、魔王でもなければ

 越えたかった光の壁、最長老でもない。

 その両方よりも遥かに強大でどうしようもない敵。


 民意と社員。


 全方位を敵に囲まれた鉄オタエルフの絶望的な戦いが、今はじまる。


「…………」


挿絵(By みてみん)


 真剣な表情で1人パソコンモニターに向き合うマール。

 彼女が今見ているのはファン・ライン各駅の乗降客数。

 ここからどう苦渋の決断をしていくのかを……


『ファン・ラインのデータ見てきました!

 現在乗降客数が一番少ない区間は……

 ノーストン線、シラタキ5!

 人呼んでシラタキシリーズでーす!』

『やっぱあそこかぁ! まぁ全然人乗ってないしなぁ!』

『ノーストン線は空気を運んでるんだよ!』

『秘境感あって最高だよなー!!』


 鉄道ファンコミュニティのチャットで鉄オタ談義を弾ませていた。

 このエルフ、もうダメである。


『利用者数が少ないなら、もうそれを逆手にとって秘境駅としてアピールしていく!

 ファン・ライン秘境駅スタンプラリーチケット、

 専用サイトでは一瞬で完売だもんなぁ!』

『まぁ普通に新緑の窓口でならすぐ買えるってすぐ気付かれてたがな。

 俺達みたいな鉄オタ以外誰も買わないって!』

『実質エゾチフリーパスなのうける』

『イーダ線もほぼ全駅だぞ!』

『まぁ流石にこんな滅茶苦茶なスタンプラリー、

 コア中のコアな俺達の知り合いでも、

 まだ1人しかクリアしてるやつ見たことねぇからなぁ。

 公式発表でも2人だろ?

 HN、ライトニング・ドラゴンさんと……』


――電車娘さんがログインしました


『来た来たぁ! 噂をすれば!』


 このファンサイトで誰もが一目置く筋金入りの鉄オタ。

 その知識は総裁マールに勝るとも劣らない野生の鉄っちゃん。

 それがこの、HN電車娘である。


『え、私の話してたんですか? 恥ずかしいなぁ。

 あ、そうだ! これ見てくださいよ!』

『うわー! シラタキ5の待合室!』

『すっげぇ! もうこんなんただの物置じゃん!』

『ビールケースが椅子代わりになってる!』

『シラタキ5は秘境駅スタンプラリーが発表された時には

 まだ乗降客数が公開されていなかったためなのかリストにありませんでしたからね。

 改めて、行ってきちゃいました!』

『うわぁ! さすが電車娘さんだ! かっこいいなぁ!』

『こうして乗る人が1人でも増えればファン・ライン側も

 ()()()()()()()()()()()()()()()


「うっ!?」


挿絵(By みてみん)


 突然パソコンモニターの前で心臓発作級の衝撃を受けるマール。

 そう、本来ならこんな和気あいあいと鉄オタ談義をしている場合ではない。

 彼女はこうして赤字路線を切り捨てねばならない立場にあるのだ。


 当然、このサイトの仲間たちはHN『暴れん坊鉄っちゃん』の中の人が、

 本物の『鉄道女王』だとは知るよしもない。

 一度過呼吸にまで陥ったマールがどうにか息を整え、

 改めて現実逃避のチャットルームに目をやると。


『私、ファン・ラインの鉄道大好きですから!

 こうやってどんどん乗りに行って、SNSにも写真をUPして応援します!

 ()()()()()()()()()()()()()()!』


「ぶぼぁっ……」


挿絵(By みてみん)


 ファン・ライン総裁、マール・ノーエ、社長室内にて吐血。

 間一髪間に合ったシオンによる手当が行われなければ、

 後のファン・ライン三大ミステリーの1つとして記録されてもおかしくない、

 しょうもない出来事だった。


「はぁ……電車娘さんか……

 きっといっしょに鉄オタトークしたら楽しいだろうなぁ……

 会いたいなぁ。どんな子なんだろう……」


 魔道士として天才的な才能を持つマールは、

 実のところ勇者と合流すれば本当に魔王を倒せたかもしれないレベルの強者だった。

 その天才的戦闘力に比べれば、彼女の経営センスは一般人にちょっと毛が生えたレベル。

 しかも彼女には、ガガンボ並にメンタルが弱いという致命的弱点があった。


 もはやマールに状況を覆す力はない。

 それは自他ともに認めるしか無い史実だった。

 結果、世間は彼女に『鉄道女王』としての『責任』を要求させるに到った。


 そんな状況で彼女は潔く責任を取るでもなく、

 ここからの経営改革で事業改善を目指すでもなく。


 あろうことか現実逃避をはじめてしまったのだった。


「電車娘さんは多分とっても綺麗な子で、田舎の駅が似合う白いワンピースとか着てて、黄色のリボンのついた大きな帽子で、くるっと振り向くとスカートがふわっと広がって……いかにも箱入りお嬢様って感じの優雅な丁寧さの優しい子で、普段はいつも優しい目でにこにこしてて、ちょっとだけ虫が苦手で……2人っきりの田舎の待合室で列車を待ちながらお話ししたいなぁ……それで鉄道娘さん、大きな蜘蛛にびっくりしちゃって、いきなり私に抱きついてきて……うんうん、虫は怖いけど、虫を殺すのもできないような優しい人なんだよね。そこで私が『大丈夫だよ、ほら』って蜘蛛を魔法でやっつけたら、私の顔を見てちょっと顔が赤くなってて、そこでようやく自分が私に抱きついちゃってることに気付いて……『大勢のお客さんに乗ってもらうため、1時間あたりの本数は多い方がいい。そのためにもここで増結はした方がいいよね。大丈夫、私、連結作業得意だよ。ほら、そのスーパービュー踊り子で私の大清水トンネルに乗り入れて?』って……それでそれで……えへへ……」


挿絵(By みてみん)


 この主人公は、もうダメかもしれない。

普通 5両 9月2日10時20分 鉄道狂のバーサーカー「美少女魔王の誰にも言えない秘密」

普通 5両 9月2日22時20分 鉄道狂のバーサーカー「勇者と魔王は導かれ合う」


第5号到着 9月3日22時20分

最終話到着 9月26日22時20分


駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

座席の予約は「ブックマーク」「評価」で。

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