「稲妻の剣で敵を切り裂け!」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
ジュダがまるで息子を見るような目で
弟子の背中を見送った、その瞬間。
「なんだぁ!?」
爆発音が駅構内に響く。
それもただの爆発音ではない。
魔法による爆発。
しかも、人の使う魔法体系ではなく……
「魔族だとぉ!?」
後に、ニューブリッジ騒乱事件と呼ばれる魔王軍残党によるテロ事件である。
――給料上げろ!
――学費を下げてくれよぉ!
――わしらの先祖の土地を返せぇ!
――パンをくださいまし!
それぞれの要求を叫んで駅構内を破壊して回る民衆達。
だが、その構成メンバーは男女から老若男女まで様々で、
口にする要求にも一貫性がまるでない。
現場に駆けつけたジュダは瞬時にその原因を見抜く。
「いつになっても魔族ってやつは、やることが陰湿なんだよ!」
犯人は人に化けた魔族による人心操作。
無視できる範囲でしかなかった小さなストレスを増大させ、
人々の破壊衝動を操っているのだ!
「師匠!」
「ジュニアか! 下がってろ!」
「ですが僕も助太刀程度なら!」
「いいから下がれ! カタギ相手に剣を抜くんじゃねぇ!」
その言葉にびくりと体が固まる。
そうか、彼らは操られているだけ。
そんな人々を斬るわけには……
――どっかに甘い汁をすすってる悪党が居るわけじゃねぇ。
魔王亡き今、絶対悪なんてのはバカが見る幻だ。
全員が最善を求めて必死に頑張った結果生まれる歪み。
それこそが魔王亡き世界の悪であり、バカの壁なんだよ。
(あの人達は、悪ではない……!)
だが、スタンにはそう言いながら。
ジュダの手はそっと腰元の剣の柄へと伸びる。
「師匠!? その人達は……」
「黙って見てろ!」
ジュダの腰元に下がる2本の剣。
うち1本は見るからに手入れの行き届いたグレートソードだが、
もう1本はサビがそのままに放置されたぼろぼろのガラクタだ。
ジュダの手が伸びたのはそのガラクタの方。
正直、あんな状態ではサビて剣が抜けるとは思えないのだが……
「勇気、集中!」
バチリとジュダの全身に放電がほとばしる。
その雷光の輝きがサビついた剣へと注ぎ込まれていく。
「あの剣は……まさか!?」
スタンはその剣を知っていた。
そう、それは酒に酔うたびに父が話していた伝説の逸品……!
『俺はよぉ! あの竜人に惚れたんだよぉ!
あいつは絶対に、勇者になれる器だと信じたぁ!
だから、俺が冒険者だった半生で探し当てた、その剣を……!』
――勇者の剣を、投資したんだよぉ!
バチバチを走る電撃が、剣のサビを落としていく。
それはまさに、世界に7本しか残っていないと言われる勇者の剣のうちの1本。
魔族を祓う雷の力を刀身に宿した、稲妻の剣!
「ジュニアの前で、抜きたくはないんだがなぁ!」
(やっぱり……! やっぱりあの剣は!
親父が西部の化石発掘現場から見つけた古代の勇者の剣、スターダイナ!
ならあの人は、親父が話していた、本物の……!)
「龍雷流、奥義!」
腰を深く落とし、ジュダが居合い切りの要領で剣を引き抜く。
「雷鳴勇気」
一閃と共に剣から放たれた稲妻が群衆を貫くも。
「勝利流動」
ジュダは残心のまま静止し技名を叫び続ける。
この先ジュダは技名を叫び続けるだけでピクリとも動かず、
居合い切りのような形で放たれた稲妻の斬撃だけが空間を切り裂いていく。
その稲妻は人々の体に火傷の痕を残すこともなくすり抜けていき。
「聖大銀河」
人間に化けていた魔物にのみ命中。
「水雲風来」
「うぎゃぁぁぁぁぁああああ!」
放電の直撃が魔物を焼き焦がしながら吹き飛ばし。
「女神豊穣」
厚さ40cmのバカの壁に体が叩きつけられ。
「自然王妃」
バカの壁を、貫通。破砕。粉砕。
「超級超助」
「おの、れ……ゆう、しゃ……がふっ……!」
最後に魔物の手が伸びるも、そこで限界。
「寿限無寿限無」
魔物は黒い霧のように雲散霧消し、消滅した。
「斬りっ!」
と、ここでようやく技名を言い終えたジュダはため息をついて。
「これほんとに技名叫ぶ意味あんのかね。
いい年して恥ずかしいな……まったく。
だからジュニアの前で抜きたくなかったんだよ」
(絶対無意味だ……! でも……!)
ひと仕事終えてぽりぽりと頬をかくジュダへ向けられたその目の輝きは。
(勇者……かっけぇぇぇぇええええ!!)
憧れ、そのものだった。
「あぁ……バカの壁壊しちまった……
弁償代を請求するならギルドにしてくれよっと……ん?
おいおい。おいおいおいおい!
なんだよこれは!? ジュニア! 見ろ!」
「えっ!? どうしました師匠!?」
興奮した声で呼ばれた先は、破砕されたバカの壁。
その厚さにしてたった40cmの下に……
「隠し階段だよ! ここから先が、最後の10%に違ぇねぇ!
行くぞ! 前人未到の地へ!」
その表情は、偉大な勇者のものでもなく。
厳格な師匠の物でもなく。
(あぁ、そうか。この人は……親父とは違う。
勇者になれなかったことなんて、どうでもいい。
この人はただ……)
未知に恋焦がれる、挑戦者の眼をしていた。
(冒険が、大好きなんだ)
こうしてジュダの後ろに付き従い進んだ先に広がっていたのは広大な空間。
そこに並ぶのは……ファン・ラインの列車、だけでなく。
ニューブリッジに乗り入れる私鉄各線の物を含めた列車達だった。
「な、なんだぁここは!?
地図上だとデパートの地下だよな……
こんなところに、一体どうして……」
「あれ? ジュダさん!?
一体どこから!?」
「あん? え……えぇっ!
お前さん! お、お嬢か!?」
そこでヘルメットを頭に列車の整備指示を出していたのは、
間違いなくギルドの受付嬢だ。
「いや、私は仕事ですよ、仕事。
今のファン・ライン、給料安くて……
ギルドの受付嬢のバイトで食い繋いでるんです」
「バイトって……
いや、お嬢! そっちが本職だったのかよ!?」
「しーっ! 大きな声出さない!
本来ファン・ラインはバイト禁止なんですから!
ともあれ、ここは一般人立入禁止ですよ。
ほんと、どこから入ったんです?
この、地下総合整備車庫に」
思えば、ずっと不思議だった。
ギルド所属の誰もが90%より先のエリアを見つけられていないのに、
何故地図の表記が100%でなく90%だったのか。
そして、その踏破率評価の数字を書き込んでいたのは……
ギルドの、受付嬢!
彼女こそが、ギルド内で100%の地図を知る唯一の人物だったのだ!
「前人未到じゃ……なかったのかよぉ……」
こうしてジュダの地図は踏破率100%に。
スタンの地図は99%に書き換えられたのだった。
☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置起動!☆☆☆
「……はぁ」
そのため息には疲労に加え、様々な感情が込められていた。
「私達ファン・ラインは現実のJRが元ネタですが、
時代的にはJRの全身に当たる国鉄も含んでいます。
そして、国鉄といえばいろいろと嫌な話題が聞こえてくる組織。
鉄オタとして、そういう国鉄のネガティブな話はあまりしたくないのですが……」
もう一度大きなため息。
しかしその顔は下ではなく上を向き。
「大きくなりすぎた組織。
個々が最善を目指して頑張った結果の悪、バカの壁……か。
あの頃はほんと……大変だったなぁ」
劇中でのスタンと同じように両手で自分の頬を叩くマール。
気合を込めて感情をリセット。改めて。
「さて、元ネタ解説しますね。
まず、今も名前が出たバカの壁ですが、現実にこれがあったのは地下鉄の九段下駅。
この壁は東京メトロ半蔵門線押上方面行きの4番線と、
都営新宿線新宿方面行きの5番線の間にあった厚さ40cmの壁。
この壁があった理由は、東京メトロと都営地下鉄の2つの鉄道会社の運賃形態が違い、
改札を通さない乗り換えをしてもらいたくなかったという事情のため。
ICカードで運賃計算ができるようになったのなんて本当に最近ですからね」
「それでもこの壁が邪魔だったことは事実。
当時の都知事の猪瀬氏は、有名な本のタイトルになぞらえてバカの壁と呼び、
12億円をかけてこの壁を取り払ったのです、が。
実際問題、ここで半蔵門線と新宿線の乗り換えをする人はほとんどおらず、
便利にはなったものの12億をかけてするべき工事だったのか、
バカの壁を壊すバカと揶揄されてしまったのを覚えていますね」
「で、登場するジュダさんが今度はほたるいかせんべいという渋い物を食べていますが、
これは池袋駅中央改札横の『越前海鮮倶楽部』さんですね。
ジュダさんが食べているほたるいかせんべいの他にもたこせんべいが最高!
パリッとした食感に海の味とうまみがやみつきです!
こういうのが好きな方には是非オススメしたい逸品ですね。
なお、コロッケそばとシュークリームに関してはわりと今はどこの店でも食べられるので不明ですね」
「そしてついに、明確にこの物語における『悪役』である魔王軍残党が登場します。
鉄道を憎む彼らが最初に起こした事件がこのニューブリッジ騒乱事件。
元ネタは1968年の新宿騒乱事件ですね。
かの有名な東大安田講堂事件が1969年でしたから、
これは別に鉄道が狙われたテロというよりも、
あの時代の世相を反映した事件って感じですね」
「しかし勇者のおじさんの活躍で魔王軍残党は撃退。
ついでにおじさんはバカの壁を破壊し、その下に隠されていた階段を発見。
地下総合整備車庫を発見するという流れですが、これもちゃんと元ネタがあります。
まずは先ほどの地上3階を走る地下鉄の写真をご覧ください」
「渋谷駅は地下鉄銀座線の終点です。
隣駅は表参道で、向かって画面奥になります。
ということは今私が立っているところの左には行き止まりで
車止めがあるはずですね。では左を向いてみましょう」
「おや、行き止まりのはずの線路が伸びていき、
そのままビルの中に吸い込まれていきますね。
このエリアは今渋谷駅周辺の再開発工事の最中なのですが、
それで今このタイミングで秘密の地下車庫の入口のひとつが
見えてしまっているというわけです」
「あの建物は京王井の頭線のホームがある渋谷マークシティ。
その地下3階に、渋谷車庫が存在します。
一般人が普通に使う施設の地下にこういう秘密施設があるなんて、
まさにSFって感じでわくわくしますね!
渋谷はそういう施設多いですよねぇ。
渋谷区役所の地下には科学特捜隊の本部がありますし、
渋谷高校の地下には吸血鬼と戦う組織があります。
あ、私達ファン・ラインも、碓氷峠鉄道文化むらの地下に
新幹線超進化研究所横川支部がありますよ!」
「さておき。商業施設の地下に大型車両整備基地があるというのは世界的にも珍しいですね。
ここはかなり本格的な整備基地で、車両洗車機もあるんだとか。
夢が膨らむ話ですねぇ」
「え? なんです?
ファン・ラインの給料が安いと暴露されてるって?」
「……いろいろあったんですよ、いろいろ」
そっぽを向いて口笛を吹くマール。
都合の悪い話に対する誤魔化しのレパートリーが多くないようだ。
「ともあれ! まだノーブル・レイスが見つかってないでしょ!
さ、今回のお話のラストです。
みなさんも英霊への祈りを捧げてください」
☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆
普通 5両 9月1日10時20分 巨大駅の迷宮「はじめての討伐報酬」
普通 5両 9月1日22時20分 鉄道狂のバーサーカー「120年目の片思い」
第5号到着 9月3日22時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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