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異世界で森を切り開き鉄道敷いて魔王を倒したエルフの後日譚 「ファン・ライン」~異世界鉄道物語~  作者: 猫長明
第4号:巨大駅の迷宮

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29/85

「絶望と焦心の魔宮」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

 そこからのマッピングは順調に進む。

 かに思えた、が。

 そこは世界一のダンジョン、ニューブリッジ中央駅。

 とても一筋縄ではいかない。


「か、階段を降りた先に、何もないっす!」


 ウィンチェスター・ミステリー・ハウスを思わせるような謎の階段!


「またここで右に!?

 もうどっちが北かわからなくなるっす!」


 ぐるぐると回転し方向感覚を喪失させる地下へのエスカレーター!


「えっ!? この色の列車は地下鉄!?

 それが何故地上3階に!?

 まさか半端な階段の連続でマッピングを間違えて!?」


 何故か地上3階を走る地下鉄路線!


「私鉄路線が1本見つからない……

 さっき高いところから見た時はこの方向に……

 まさか、駅構内では繋がっていない!?」


 一度地上に出る必要が発生する乗り換え!


「ふぅ……一晩休んで体力回復。

 今日もマッピングの続きを……って、えぇっ!?

 昨日まであった通路が封鎖されてるっす!」


 さらには終わらない工事がランダム生成のダンジョンのようにその姿を変化させる!


「おいおい待て待て。

 今日はまだ文字忘却の魔法をかけてないぞ」

「師匠! 早く! 早くかけてください!

 どうなってるんですかこの駅は!

 どうして東が西武で西が東武なんすか!?

 もう何も信じられないっすぅぅぅぅうううう!」


 こうして狂気の呑まれつつもマッピングを進めるスタンであった。



☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置(ATS)起動!☆☆☆



「なるほど、何も知らない人が見ればダンジョン系の異世界冒険ファンタジーですが。

 鉄オタの視点から見ればどうみても鉄道ネタですねぇ」


 思わずにやにやと画面を見てしまうマール。

 それは『わかっている人』の表情だ。


「さて、ということで最初から解説していきましょう。

 今回探索されるダンジョンはニューブリッジ中央駅。

 そのまま読むなら新橋駅、話の流れで見るなら新宿駅と思われた場所ですが、

 どうやら東京のダンジョン駅の集合概念のようなものみたいですね」


「新宿をはじめとしたこれらダンジョン駅で迷う人の話は枚挙に暇がないのですが、

 迷わない方法は単純明快。

 看板をしっかりと見てそれに従うことです。

 増築に増築を重ねた駅構内では、看板が一見すると直感とは逆の方向を示すこともよくありますが、

 それでもしっかり看板に従って進むのは迷わないための最善策。

 サードパーティ製のスマホの乗り換えアプリよりも、私達鉄道会社の配置する看板を信じてください!」


「まぁもちろん、一見意味不明な看板もあります。

 それが劇中でも語られた新潟駅の在来線看板」


 ぐにゃぁ……


挿絵(By みてみん)


「いや、どっちやねん!」


「新潟駅は上越新幹線の他、信越本線・白新線・越後線の3本の在来線が乗り入れるターミナルです。

 しかし新潟駅では、どのホームにどの方面への電車が来るか、

 完全に定まっているわけではありません。

 これは駅周辺の運転系統が複雑な上、そもそも本数が少ないというのもあり、

 この路線はここと決めてしまうと逆に不便になってしまうため。

 利用客はその都度電光掲示板を確認し、自分が行きたい方面への列車が

 次に何番線に来るかを確認する必要があるということです。

 ですから、駅構内で文字が読めない状態異常になってしまうとか死に直結する大ピンチですね。

 いやぁ、冒険者の修行も大変です」


「しかし、新宿駅がモチーフのひとつの駅で墓地にのみ現れるモンスターを探させるとは……

 あの冒険者のおじさん、わかってますね……

 やはりこの物語には鉄道関係者と鉄オタしか登場しないみたいです。

 さて、そのネタバラシはここでは避けて」


「新宿駅で迷う最大の理由はその中途半端な段数の階段。

 こうした中途半端な上下が、今ここが何階なのかをわからなくさせるのですね。

 ダンジョンでも山でも森でも迷子の基本は

 人間の位置感覚レーダーが示す絶対座標を無効化するところから。

 新宿ダンジョンでは、この細かな階段の連続がそれにあたるのです。

 よく言われる話ですが、本当に最初からダンジョンとしてデザインされたような構造ですよね。

 落とし穴やワープゾーンがないだけでマシというやつです」


挿絵(By みてみん)


「そしてここからは新宿以外のダンジョン駅のネタが連続しますね。

 最初は行き止まりの階段。

 これは京王線と小田急線の直轄乗り換え階段の名残です。

 複雑な理由が絡み合ってポシャってしまい、階段だけ残ってしまったんですね。

 まさに都市伝説めいたミステリースポットです」


「続いてこちらは渋谷駅。

 元々地上にあった東急東横線が地下に移動したんですが、こちら地下5階で地下30m。

 そこから登るエレベーターはぐるぐる回転するように連続しており、

 まさに東西南北の方向感覚を殺す形となっているのですね。

 ただこれ、慣れるとかなりスムーズに混雑することなく移動可能な

 計算され尽くした構造だったりするんですよね」


挿絵(By みてみん)


「渋谷といえばここも。

 地上3階を走る地下鉄銀座線ですね。

 これは渋谷がその名の通り『谷』にある駅のため。

 銀座線の走る絶対的な標高はほどんど変わってないんですが、

 渋谷だとその位置が地上3階になってしまうという話でした。

 同じように丸の内線も地上を走るエリアがありますが、この場所の名前もずばり茗荷谷。

 ビルやマンションの並び立つ都会だと丘と谷の高低差って意識しづらいんですが、

 こういうところで突然思い出させてくれるんですよねぇ」


「一度外に出る乗り換えというと、これは新宿にも渋谷にもありますね。

 新宿は西武新宿線への乗り換え、渋谷や井の頭線への乗り換えです。

 どちらも初見だとかなり混乱します。

 まぁ西武新宿線の場合乗り換えは高田馬場駅がオススメです」


挿絵(By みてみん)


「続いて工事の話をしてますが、これは一体どこなんでしょうね。

 新宿かもしれませんし、渋谷かもしれませんし、横浜かもしれません。

 写真はクイズっぽくぼかしてみましたが、色でわかるかな?」


「上の写真とは別ですけど、

 工事が終わらない駅としてはやはり横浜駅が有名。

 1872年からの工事が2025年現在まだ続いており

 日本のサグラダ・ファミリアなんて呼ばれてて、

 もうエルフが死ぬまで完成しないなんて話が出るほど。

 というか本家サグラダ・ファミリアがもうじき完成してしまうらしいので、本家超えです。

 これからはあちらがスペインの横浜駅を名乗ってください」


「最後はご存知池袋駅。

 不思議な不思議な池袋、東が西武で西東武の歌でお馴染みですね。

 確かにここは看板が読めると逆に混乱するところでしょう。

 東にある西武南口とかさすがにやばいですね。

 早くバステをかけてあげてください。

 このままでは1番線のない小田急新宿駅のホームでも発狂してしまいます」


「あとは0番線の次に1番線を飛ばして2番線になり、

 そのまま14番線までカウントが続いた後で

 いきなり30番線からカウントが再開し降車専用ホーム34番線まで続くこの写真の駅も

 下手に文字が読めるようになった直後には行かないで欲しいですね」


 挿絵(By みてみん)


「さて、マッピングは進みますが私達のデザインしたダンジョン駅は

 そうやすやすとルーキー冒険者には踏破できませんよ!

 そして、ノーブル・レイスの出現場所も簡単には見つからないはず。

 続きを見てみましょう!」



☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆



「おーおー、やるねぇ。

 パッと見で踏破率89%ってとこかねぇ」

「89%……」


 マッピングをはじめて3日目。

 スタンはジュダと共に駅そばをすすっていた。


挿絵(By みてみん)


「まだ目標には届いてねぇが、いいペースだ。

 ほらよ、中間報酬」


 スタンの器に投げ込まれるコロッケ。


「ありがとうございます!」


 そばの汁を吸った衣は、うまい。


「でもスタンさん。

 ここ、おかしくないっすか?」


 コロッケを一度小皿に移し、スタンは自分の地図を見せる。


「このホームとホームの間、地図上では40cmしかないっす。

 その厚さ40cmの壁のせいで、この2つの路線の乗り換えが不便になってる。

 こんなの、バカが作った壁じゃないっすか!」

「はっ、こいつ、言うねぇ」


 そばの器を両手で持ち、茶色の汁の上に竜人の顔が反射する。


「ファン・ラインは、巨大になりすぎたんだよ。

 その上で絶対的な意思を示し続けていた総裁マール・ノーエは10年前から行方不明。

 巨大な組織全体を見通せるやつがいなくなり、

 個々が己の最善を求めた結果がこのバカの壁だ。

 だが……」


 そのまま器を口に近づけ、一気に汁をすする。

 器は瞬く間に空になる。


「どっかに甘い汁をすすってる悪党が居るわけじゃねぇ。

 魔王亡き今、絶対悪なんてのはバカが見る幻だ。

 全員が最善を求めて必死に頑張った結果生まれる歪み。

 それこそが魔王亡き世界の悪であり、バカの壁なんだよ」

「魔王亡き世界の……悪」


 ぼんやりと見つめる視線の先のコロッケが、父親の顔に見えてくる。


『魔王亡き世界に、勇者など必要ない!

 もうこの世界には悪など存在しないのだから!』


 震える手がコロッケに箸が伸ばし。


「わかってるよ、父さん。

 父さんは悪くない。でもさ……」


 そのコロッケを、再度そばの汁の中に突き落とし。


「それでも人は、勇者を求めてやまないんだ」


 甘めのそば汁を吸ってふやけたコロッケを、丸ごと飲み込んだ


 さて。自分でマッピングするダンジョン探索RPGをプレイした人のあるある。

 残り数%のエリアが埋まらない。

 どこでもよく言われる話だ。

 百里を行く者は、九十を半ばとす、と。

 故に、先程のコロッケは『中間報酬』なのだ。


 マッピングにおいて数%が埋まらない原因はおおきく分けて2つだ。

 冒険者になるため事前にしっかりと座学を摘んだスタンもそれは理解している。


「1つ目は、未発見の隠し通路……

 ほとんどのダンジョンにある目には見えず調べるまで見つからないこれらの通路を抜けた先に広がる隠しエリア。

 しかし、実のところこれを見つける難易度は高くはない……

 何故なら、地図上で埋まっていない場所の周辺を探せばいいだけだから。

 しかし……!」


 スタンは冷や汗を流しつつ、自分の描いた地図を広げる。


「2つ目の理由は、マッピングミス……!

 これが致命的だ……!

 あるはずの通路が地図上にない、完全なヒューマンエラー……!

 この地図を信じてしまえば、

 本来隠されてもいないエリアが隠されてしまう……!

 なにより厄介なのは、

 本当に地図が正確なのかを自分自身すらわからないこと……!

 疑い始めれば、もう何も信じられなくなり、

 修正労力は事実上ゼロからの書き直しに等しい……!

 こうして総ざらいでチェックしても、

 もしも理由が1つ目の隠し通路だったなら……!」


 3日間の苦労を思い返し、スタンの顔が青ざめていく。

 舐めていた……! 正直自分は、舐めていた……!

 これが世界一のダンジョン駅、ニューブリッジ中央!


「モンスターとのエンカウントがなくたって、ひりついた感覚は覚えるだろう?」

(師匠、今日はほたるいかせんべい食べてるっす……)


 ぼりぼりとかぐわしい磯の香りを漂わせつつ。


「最初俺に90%を目指せと言われ、てめぇは思ったはずだ。

 100%でなくていいのか、と。

 それがダンジョンを舐めてるって話なんだよ。

 100%正確な地図なんて、妄想と油断の中にしか存在しねぇ。

 これは俺が若い頃に描いたこの駅の地図だ。

 今とは少し構造が違うが……見ろ、左下の踏破率表記を」

「90%……まさか、師匠……」

「あぁ、俺ですらこのダンジョンの残り10%を踏破できてねぇんだ。

 何年、何十年探し歩いても残り10%が見つからねぇ。

 つまりな、俺の要求した90%とは……100%ってことなんだよ」


 絶望的な事実を前に膝から崩れ落ちるスタン。

 師匠をもってしても完全な踏破ができないニューブリッジ中央駅。

 自分の踏破率は、未だ89%……


(遠い……

 残りの1%が……遠すぎる……!)


 改めて実感する冒険者という職業の壁。

 思わず不可能の文字が頭に浮かびかかる。


「未踏破のダンジョンはまだ世界中に無数にある。

 そんな未踏破ダンジョンのうち、最も近いダンジョンがここだ。

 ギルドの中でも俺だけじゃねぇ、大勢がここの100%の地図を夢見ている。

 だが、誰一人90%より先には進めねぇ。

 いつだって受付の嬢ちゃんは首を振って、90%の数字を書き込むんだよ。

 ここは、ルーキーが現実を知るには最適の場所だ」


 諦めろ。暗にそう言われているように感じた。

 しかしスタンは首を強く振り、両手で自分の頬を叩く。


「もう一度、全箇所確認してくるっす!」


 立ち上がり、走り出す。

 勇者になりたい。

 たとえ世界が勇者を必要としなくても。

 勇者と呼ばれるにふさわしい力を身に着け、父を見返したい!

 その強い思いを胸に、スタンは再び立ち上がった。


「いい根性じゃねぇか。

 そういうのでいいんだよ、そういうので……」


挿絵(By みてみん)


 そんな背中に若い日の自分の姿を重ねるジュダだった。

普通 5両 8月31日22時20分 巨大駅の迷宮「稲妻の剣で敵を切り裂け!

普通 5両 9月1日10時20分 巨大駅の迷宮「はじめての討伐報酬」


第4号到着 9月1日10時20分

最終話到着 9月26日22時20分


駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

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