「書きかけの階段記号」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
街を歩くスタンの目は輝きに燃えていた。
これから始まる冒険者修行。
どうやら向かう先は中央駅のようだが、
その駅から一体どこのダンジョンに向かうというのだろうか?
北の秘境、オボロか?
西の秘境、シンカイか、ツボジか?
それとも無数に並ぶ中央の秘境だろうか?
(一体これからどんなダンジョンに向かうんだ……?
緊張するが……それ以上にわくわくが止まんねぇ!
いや、ダメだ、そんな舐めたこと考えてたら怒られちまう!
師匠には打ち明けられない……
とても『言い出せない』ぜ、このドキドキはよ!)
振り返らずとも感じられる気配にため息をつくジュダ。
何を考えてるかは予想がつく。
しかし、残念だが「師匠」になる以上は、本気でやらせてもらう。
超一流の冒険者になるために、必要な技術を基礎から叩き込む。
そのために、向かう先は……
「冒険者の死因No1、知ってるか?」
「え? どんな魔物に襲われるかってことっすか?
ダンジョン内のヤバイ魔物っていうと、えーと……
死神、鹿……
それともトラップっすか? いや、毒?
あ! 餓死ってことすか!」
「迷子だよ」
そう言ってジュダは1枚の紙をひらひらと振って見せる。
「たとえ地図を持ってても、その地図が正しいかどうかの保証はねぇ。
むしろ、間違ってる可能性の方が高いと思うべきだな。
少なくとも隠し通路なんかは自分で見つけるしかねぇ。
こうしてうろうろしてるうちにトラップを踏み、
毒が体力を奪い、最後は魔物にやられちまう。
今お前があげたのはすべてが迷子の結果だ。
だからこそ一流の冒険者の最重要スキルは、マッピングだ」
振っていた紙を差し出すジュダ。
それは白紙の、方眼紙だった。
「なるほど! マッピングの修行っすね!
わかりました! 俺、やるっす!
で、これからはどこのダンジョンに向かうんすか?」
「いや、もうついてる」
「は?」
いや、ついてるって。
ここはまだ駅で……まさか!
はっと気付いてしまったスタン。
にやりと笑ってクイっと後ろ指をさすジュダ。
「この駅構内図を、てめぇでマッピングしてみろ」
1日あたりの乗降客数、世界1位。
ファン・ラインの路線が7本、私鉄路線が7本。
増改築が今も続き、慣れない旅人が迷子になって
数時間をさまようことになるのは日常茶飯事。
本物のダンジョン、ニューブリッジ中央駅である。
☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置起動!☆☆☆
「……私、安心してるんですよ。
本編見て汗だらだらでしたもん。
このまま秘境駅の話になって、
小幌駅と新改駅と坪尻駅の写真撮ってこいとか言われてたら、
大泉洋でも泣き出しますよ!
飯田線でスタンプラリーやるのも絶対に嫌です!
高遠にはまんじゅうと城跡しかないんですよ!?
不許可です! 不許可!」
♪打ち明けられない~言い出せない~
「飯田線のバラードを流すのはやめてください!
絶対にあのスタンプラリーはやりません!」
はぁぁぁ、と息を吐き切って。
「あ、すみません。解説内解説という入れ子構造になりますが。
飯田線のスタンプラリーは、知る人ぞ知る伝説的なサブカルアニメ、
OVA『究極超人あ~る』の中で開催されていた架空のスタンプラリーですね。
名古屋県の豊橋駅から長野県の辰野駅を94駅で繋ぐ飯田線は
1時間に3本の列車しか走っておらず、途中には多くの無人駅、秘境駅が。
そこでスタンプラリーをやるんですから狂気ですね。
劇中では車両の停車時間の30秒程度の間に
走ってスタンプを押して戻るという芸当をやっており、
列車の運転士からは『こんなスタンプラリーやる人がいると思わなかった』
と言われておりました。それはそう」
「さておき話を戻して。
ダンジョンって言葉が出たあたりでこの展開は予測できましたね。
1日の平均乗降人数世界1位、新宿駅。
JRの路線が山手線、総武線、埼京線、中央線、中央本線、湘南新宿ライン(高崎小田原)、湘南新宿ライン(宇都宮逗子)で7本。
私鉄が都営新宿線、都営大江戸線、東京メトロ丸ノ内線、京王線、京王新線、小田急小田原線、西武新宿線で7本!」
「…………」
「このカウント、なんか釈然としなくないですか?
実はいろんなサイトで新宿駅に通ってる路線の数の表記に
差異があるんですよね。
沿線の不動産物件を扱うとか、
乗り換えを案内するとか、
それぞれの視点で着目点が違うみたいです」
「実際新宿駅に走ってる電車って何本なんでしょうか……
鉄オタだと7本ではなく『もっとある』になるんでしょうか……
あ、でもSJKコードの上だとJR路線は5本ですよね?
京王線と京王新線は1本ですし、西武新宿駅は別の駅ですし……
普通の人だと埼京線と湘南新宿ラインの区分けがついてない可能性も……」
「まずい、既にもうダンジョンに呑まれかけています!
こうなったら話を戻してでも秘境駅に行きます!」
「と、いうことで。
東京都内の秘境駅に行きましょう。
東京23区内の駅で利用者数最下位の3782人。
その駅の名は……!」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Minami-Shinjuku_Sta_20190929.jpg
「小田急小田原線、南新宿駅です!」
「この駅、なんと世界1位の新宿駅の隣駅。
世界1位の隣に都内最下位があるんですから盲点ですね。
いやもう、この『盲点』という言葉がこれ以上にないほど噛み合いますね。
周辺は賑わっているのに、ここの利用者はほぼすべて隣の新宿駅に飲み込まれてしまうんですね。
道なりに600m、徒歩8分の距離だそうです」
「…………」
「まぁ8分で乗り換えようとするのは無謀ですね。
新宿駅を無礼るなよ」
「でもなんか、ここ、古き良き小田急の駅って感じでいいですね。
昔はここに小田急本社があったそうですね。
流石にその時代は見たことがないんですが……」
「この小田急一号踏切に踏切警手さんが居たところは見た覚えがありますね。
ここも都心でかなり交通量のある場所なのに未だに踏切が残っているという、
意外な場所だったりしますね」
「そう! わざわざ地方にまで行かなくても、都心にも十分秘境駅はあるんですよ!」
「…………」
「嫌です! いくらここで使う写真を撮るためとはいえ、秘境駅に飛ばされるのは……
待って! 待ってシオンちゃん! そのサイコロ何!?
やめてよ! アシアナ航空でソウルとかいう目があるんでしょ!?
JR西日本公式のサイコロ切符でも嫌だよ! 博多に飛ばすのはやめて!
やめっ……やめなさい!!
拉致です!! これはもう拉致なんですよぉ!!」
☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆
「ちょ、ちょっと待ってください師匠!」
「なんだ? ルーキーの分際で魔物が闊歩するダンジョンじゃねぇと
やる気が出ないとか舐めたこと言うんじゃねぇだろうな」
「あ……それは……その……
いや! そもそも中央駅なんて!
確かにダンジョンだなんて言う人はいるかもしれないっすけど、
地図はあるし、そもそも看板を見て歩けば迷うことないっすよ!」
「なるほど。確かにしっかり看板を見て歩けば迷わない。
これは忘れがちだが乗り換えの基本だ。
だがファン・ラインの駅の中には、右に進むと在来線、左に進むと在来線、
まっすぐ進むと在来線なんて看板が平然とある。
これはどうする?」
「水晶掲示板の列車案内を見るっす!
スマホにばっか目をやってるやつが迷うんすよ!」
「至極もっともなことを言うなこいつ……
駅でもダンジョンでも、先駆者の残した目印に気を配れば迷うことはない。
だが、てめぇがはじめて入ることになるダンジョンにはそんなもんねぇ。
改めてだが、人の話は最後まで聞くもんだ、ジュニア」
ジュダはポケットを漁り、ボール状のアイテムを取り出した。
(魔物捕獲用のポケットカプセル……?
いや! ただのポケットカプセルじゃないっす!
あの三日月マークは、やけど用塗り薬でランクアップする魔物の捕獲が容易になるという謎仕様のカプセル!
そんなものをわざわざ使うなんて……師匠は……)
ごくりと息を飲み。
(さすがっす! 一流の冒険者はおしゃれにも気を配るんすね!)
羨望の眼差しにウィンクを返し。
「ほらよ、出てきな」
(くたびれた孤独なサラリーマンみたいな投球フォームだ!)
現れたのは魔法使い系の上ランクモンスター、マギ。
「避けるなよ、ジュニア。
マギ。ディス・レクシアだ」
「えっ……!」
言われたまま避けずにデバフ魔法を受けてしまうスタン。
魔法ディス・レクシアによって受ける状態異常は、文字忘却。
スタンは文字が読めなくなってしまった!
「これじゃぁ駅の中の看板が……!」
「読めねぇだろうさ。
まるで魔物だけが読める意味不明の暗号に見えることだろうな。
この状態で駅構内の地図、踏破率90%を目指す。
加えて、とあるモンスターを討伐してもらおうか。
そのモンスターの名は……立派な死霊だ」
「ノーブル・レイス……?
そんなモンスターが、こんな人の多い中央駅に……?」
ノーブル・レイスは特殊な魔物である。
戦いで命を落とした勇敢な戦士の霊魂とも言われ、生息地は基本的には墓地。
人間に攻撃することはほとんどない無害な魔物で、
冒険者はその姿を見た際には生前の姿に敬意を払って祈りを捧げ、
天界への道を示すことが流儀とされている。
「さぁ、はじめろ。
俺は離れたとこから見ててやる」
「わ……わかりました!
やってやるっす!」
こうしてスタンはマッピングをはじめた。
彼はまず落ち着いて深呼吸し三歩進んで二歩下がる行程を繰り返す。
この際、足元の点字ブロックと靴の場所をあわせるように歩幅を調整している。
(マッピングの基本はわかってるようだな。
そう、まずは歩幅を一定に整えること。
ま、慣れた冒険者はわざわざそんな予備動作をせずとも体が覚えてるんだがな)
次いで方位磁石を手にとって東西南北を確認。
白紙の地図の右上に北を示す矢印を書き入れて。
「よしっ!」
こうして中央改札のあるメインコンコースを端から端まで踏破し、方眼紙に床の色を塗っていく。
作業は順調。
だが、そう簡単に話は進まない。
「階段……」
スタンの前に現れたのは階段。
通常のダンジョンなら階段は階層の切り替えタイミングであり、
2階・3階と別の紙で地図を書いていくのだが。
「しかしここの階段はたったの7段しかない……
はたしてこれは『階層が変わった』と判断していいのか……?」
しばらく動かずに立ち尽くすスタンの様子を見守っていたジュダだが。
「地図は誰のために描くものか、わかるか?」
(いつのまにかシュークリーム食べてる……いいな……)
シュークリームを片手に弟子へのアドバイスに現れた。
「それは、後に続く冒険者達が……」
「あぁ。そうやって後が進む道を示す。
そういう基礎的なお勉強はしっかりやってるようだな。
だがな、ジュニア。ちげぇんだよ。
結局地図ってのは、自分のために描くもんだ。
だからなジュニア。てめぇの地図は、てめぇが見やすいように描けばいい。
こう描くべきという決まったルールなんてねぇ。
誰の教えにも従うな。てめぇがルールを作るんだ」
「自分で、ルールを作る……」
その瞬間、スタンの頭に家を飛び出した時の記憶が蘇る。
『嫌だ! 僕は父さんの跡継ぎにはならない!』
『何を言うか!
お前の教育ため、私がどれだけのカネを投資したか、わからんとは言わせんぞ!
秋から開講する大学だって、私としては正直お前のため……』
『お前のためお前のためお前のためって!
父さんはいつもそうだ!
僕のことを思ってるようで、僕の気持ちはこれっぽっちもわかってない!
僕は……僕は冒険者に……いや! 勇者になりたいんだ!』
ただの反抗期の反発症状だと理解しつつも、勇者という言葉に父スタンの表情が歪む。
『勇者など……勇者など世界はもう必要としておらん!
この私が唯一失敗した投資! それが勇者だ!
お前、それを知っていて……』
『あぁ知っているさ!
酒に酔った父さんから何度もその話を聞かされた!
だから父さんの大嫌いな勇者に、僕はなる!
僕は父さんのルールにも、世界のルールにも従わない!
僕のルールで進むんだ!』
しばらく呆然とするスタンを怪訝そうな顔で眺め。
「おい、大丈夫かジュニア。
シュークリーム食うか?」
「あ。ありがとうございます。
……そうっすよね。自分のルール。
自分のルールで! わかりました師匠!」
こうしてスタンは、わずか7段の階段を超える。
地図に記されたのは中途半端な階段記号。
他の誰かがこの地図を見ても、その意味を正しくは理解できないだろう。
だが、問題ない。
これはスタンのスタンによるスタンのための地図なのだから。
普通 5両 8月31日10時20分 巨大駅の迷宮「絶望と焦心の魔宮」
普通 5両 8月31日22時20分 巨大駅の迷宮「稲妻の剣で敵を切り裂け!」
第4号到着 9月1日10時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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