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異世界で森を切り開き鉄道敷いて魔王を倒したエルフの後日譚 「ファン・ライン」~異世界鉄道物語~  作者: 猫長明
第4号:巨大駅の迷宮

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「勇者の弟子」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

 これはマールとシオンが再びファン・ラインに戻った頃のお話。


――線歴1957年


 魔王との戦いが終わり、元魔王軍の魔物たちは世界中に散っていった。

 彼らの遺跡や洞窟を改造した「ダンジョン」を拠点に、

 孤軍奮闘のゲリラ活動を続けていた。


 そんなダンジョンの攻略に挑む命知らずが、冒険者たちである!


「ようこそ、冒険者ギルドへ!」


挿絵(By みてみん)


 駅が多くの人々の別れの場になるのとは逆に、

 冒険者ギルドは多くの人々の出会いの場となる。

 熟練の老戦士から、一攫千金を夢見た若シーフまで。

 ここは彼らにとって人生の交差点(ダイヤモンド・クロス)である。


 そんなギルドには当然ながら新米冒険者もやってくる。

 己の実力を過信し功を焦る彼らは、

 はたから見れば愚かとしか言えない言動を見せる。


「ねえちゃんかわいいな!

 名前は? ライン交換してよ!」

「カリンです。偽名ですが。

 ラインはいくつかクエストをこなしてくれれば、

 ギルドからの最新の依頼情報を送りますが……」


 それはただのギルド公式ラインでは?


「クエストだな? よーし、任せとけ。

 んー……よし、ここだ! ねぇちゃん!

 このダンジョンの地図をくれよ!」

「えぇっ!? だ、ダメですよ!

 このダンジョンは危険で、今までに何人もの冒険者が帰らぬ人になっています!

 ギルドとしても既にある程度のクエストを達成した方でないと……」

「硬いこと言わないでさぁ!

 大丈夫大丈夫! こう見えて俺、すげー強いのよ!

 あ、そうだ、地図がダメなら仕事の後で俺とお茶でも……うぉっ!?」


 チャラい言動を見せた青年の体が宙に浮く。

 新品で傷一つない鎧の首裏を片手で掴んで持ち上げたのは2mを超える巨体。

 その傷だらけの古鎧は熟練者の証。

 ギルドでも名を知らぬ者はいないトップランカー。


「ジュダさん!」


 竜人、セド・Aエース・ジュダである。


「は、離せ! 離せよおっさん!」

「貴様はダンジョンで後ろから伸びてきた触手にも同じ言葉をかけるのか?」

「なっ……このっ……!」


 挑発的な言葉をかけられ闘争心に火が灯る、が。


「どうした? この程度の拘束からも抜け出せないのか?」

「ぐっ……このっ! 離せ! 離せよおっさん!」

「ダメだ。ここで手を離せば、俺は剣を抜かなきゃならねぇ。

 両手を上げろ」


 青年の手は腰の剣へと伸びかけていた。

 拘束が解かれ次第引き抜き斬りかかるつもりだったのだろう。

 だが、敵意を形にされてしまえばジュダも抜かざるをえない。

 そこから終わりまでは、わずか一瞬だろう。

 ただ自意識が暴走しただけの新米なら、

 ジュダと自分の間の技量差を理解できず

 死への片道切符を買ってしまってもおかしくないのだろう、が。


「くそっ……参った。降参だ」


 この新米は、その技量差を理解できる

 最低限の才能を有していた。


「口の効き方も知らんと見えるな」

「……俺の負けです。ごめんなさい。許してください」

「よし」


 ようやく地に足がつき、ジュダへと振り返る新米。

 改めて目にする巨体は、まさに桁違いのレベルを実感させるにふさわしい威圧感だった。


挿絵(By みてみん)


「まぁ、血気盛んなのはいいことだ。

 冒険者なんてやつは、多少無謀なくらいでちょうどいい。

 だがそれは無茶を実現させる腕があってのこと。

 まずは経験を積むところからだ。

 お嬢、初心者にちょうどいいクエストがあったらこいつに……」

「あ、あの! おっさ……いや、師匠!」

「……あん?」


 ついさっきまでの粗暴な勢いはどこへやら。

 新米冒険者は目の覚めるような美しい土下座を決めて。


「俺、スタンって言います!

 師匠の強さ、ひと目見てわかりました!

 同時に俺がまだまだ弱いってことも……

 でも俺! 強くなって親父を見返してやりたいんです!

 だから師匠! 俺に、戦い方を教えて下さい!」


 思わず口元がひくつく。

 面倒事は嫌だと助けを求めるような顔で受付嬢に目をやるも、

 その目の動きは予想してましたよとばかりの営業スマイルがカウンターヒット。

 ぼりぼりと後頭部をかいた後でため息をひとつ。


「仕事の後で俺とお茶いってくれる?」

「ジュダさんの奢りでなら!」


 確かあの子、ウワバミだったような……

 こうして2手3手とミスを重ねたジュダに待避線は残されておらず、

 2本の人生のレールは完全に合流してしまうのだった。


「あー、で。えーと……」

「師匠!」

「師匠じゃねぇ。ジュダだ。で、お前は?」

「スタンっす!」

「スタンな。見返してやりたいとか言ってたが、おやっさんも冒険者で?」

「いや、親父は商人っす。

 知ってますか? ミッシガンで武器屋やってる……」

「おいスタンってまさか!

 お前あの『金よりスコップ』のスタンのガキか!?」

「あ、はい。リード・スタン・ジュニアっす」


 数年前に大陸のダンジョン内部に発見された金鉱脈。

 噂を聞きつけ世界中から一攫千金を夢見る人々が集まる中、

 そこで武器とスコップを売る店を開いたのが商人リード・スタンである。


 見つかるかもわからない金を探すより、

 絶対に売れるとわかっている武器とスコップを売る。

 この天才的とも言える商才で財をなし、

 今では経済界のビッグ4とまで呼ばれる大商人だ。


「どおりで装備だけは一流なわけだよ、このボンボンは……」

「確かにボンボンなんでしょうけど、こう見えて地元じゃ!」

「わかったわかった。

 しかし、スタンのガキなぁ……」


 弟子入りの話なんか適当に誤魔化して有耶無耶にしようと思っていたジュダだが、

 予想外の名前が出たことに悩まされることになる。

 実は彼には、この新米の父親には借りがあったのだ。


『えっ!? い、いや、俺はそんな立派な剣じゃなくてこっちの……』

『いやいや、あんたはこの剣を持つべきだ。

 俺にはわかる。あんたは強くなる。

 それこそ将来、勇者の名を手にするほどにな。

 そんなあんたにこの剣を安値で売るのは、俺にとっての先行投資なのさ』


 ジュダの手が無意識に腰元の古びた剣の柄に伸びる。

 もうとっくに錆びて使い物にはならないのに、

 捨てることなどできようはずがない若い日の思い出の1本。


「……あんたの先行投資は、失敗だったよ」


 ジュダは確かに勇者と呼ばれるほど強くなった。

 だがその時、既に世界は勇者を求めてはいなかった。

 彼は、己とは関係ないところで勇者に成り損ねた男である。


「それで俺に今更請求書を送りつけたのかよ……」

「え? いや、なんの……」


 スタン・ジュニアは何も知らない。

 その出会いは偶然か、それとも必然なのか。

 ただひとつ言えるのは、ジュダにはこの弟子入りの申し出を

 断る言葉がなかったということだった。


「……ついてこい」

「ジュダさん!?」

「いっちょ前に名前で呼ぶんじゃねぇ。

 この先俺のことは、師匠と呼べ」

「……! わかりました! 師匠!」


 こうして勇者の成り損ないによる、新米ブートキャンプが始まるのだった。



☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置(ATS)起動!☆☆☆



「ん……え? いや、ちょっと待ってください。

 なんで突然異世界冒険ファンタジーみたいな話になってるんですか?

 これって鉄オタしか喜ばないようなニッチでマニアックなお話じゃないんですか?

 あとなんで今回は小娘時代の衣装なんですか?

 なんか狙ってるんですか?」


 ニッチでマニアックとか言わないで欲しい。

 あと、衣装が小娘時代なのは今回も主人公のマールさんが全く登場しない回なので

 読者に主人公を忘れないで欲しいという意図らしい。


「まぁ別に世界のどこかでそういう場面があったのはいいとして。

 私は一体ここで何の解説をすればいいんですか?

 ここまで今回、鉄道のテの字も出てないんですよ?

 うーん……」


 しばらく悩んだ後で。


「まぁいいや。

 好きに鉄道史の話でもしましょうか!」


挿絵(By みてみん)


 開き直る。


「さて。前回シベリア鉄道の話が出ましたね。

 シベリア鉄道といえばユーラシア大陸の東西を横断する全長9297kmの長距離路線ですが、

 一般的に『大陸横断鉄道』と呼ぶのはシベリア鉄道でもオリエント急行でもなく」


「アメリカ大陸横断鉄道です!」


挿絵(By みてみん)


「ここ、京都鉄道博物館に展示してあるのは7100形『義経』!

 明治13年、西暦に変換して1880年に輸入されたアメリカのH.K.ポーター社の蒸気機関車です。

 そして、この同型車両が走っていたのが、1869年5月10日に開通したアメリカ大陸横断鉄道。

 ネブラスカ州オマハと、カリフォルニア州オークランドを結ぶ全長2859kmの路線。

 その名の通りアメリカ大陸の東西を横断し、太平洋と大西洋を……」


「繋いでないんですよね、これが」


挿絵(By みてみん)

※Googleマップのスクリーンショットを元に加工


「はい御覧ください。

 カリフォルニア州オークランドが左のここ、ネブラスカ州オマハが真ん中のここ。

 どう見ても大陸の半分で途切れてます、本当にありがとうございました。

 名前だけ聞くとカリフォルニアからニューヨークかワシントンDCまで繋がってそうなんですが、

 全然そんなことないんですね。

 なぁにが大陸横断ですか!

 だからアメリカは未だに鉄道後進国なんですよ!」


「と、言ってみましたけど。

 実はこの線路、ちゃんと太平洋と大西洋を結んでます。

 そしてこれが意外と知らないアメリカの真実。

 アメリカってどべっと広がる大陸ですが、その流通のメインは船。

 これは、アメリカ大陸の中央を多くの川が流れているから。

 この河川網を繋ぐことで、

 本来なら流通網なんて持てるはずもなかった大陸で商業が成り立ち、

 今に至る覇権国に繋がった歴史を持つ世界一恵まれた土地を持つ国なんです」


「そして、この大陸横断鉄道が通っている部分。

 ここだけまともな川がないんですよ。

 しかしカリフォルニアのある西海岸には豊かな土地があり、

 なにより金も見つかってる。

 そこで、この河川空白地帯に鉄道を引こうというのが、

 アメリカ大陸横断鉄道計画だったんですね。

 ようは鉄道じゃなくて運河なんですよ、これ」


挿絵(By みてみん)

※Googleマップのスクリーンショットを元に加工


「御覧ください、これがアメリカの主要な河川を書き込んだ地図。

 アメリカの主要都市のほとんどを繋いでいますね。

 これがアメリカの鉄道網だと言っても3人に1人くらいは騙せそう。

 アメリカという国の強さは、

 事前に神さまが運河という流通網を整備しておいてくれていた点にありました。

 黄河大運河を作った中国の永楽帝さんは羨んでいい。

 ともあれこの青い運河が、赤い鉄道と繋がることで、

 東海岸と西海岸を結ぶ『大陸横断』が可能だったという話でした」


「実際問題、最近の世界流通の効率上昇のためエジプトのスエズ運河に変わる

 新しい運河を作ろうって動きがあります。

 総工費2.4兆円。イラク主導のビッグプロジェクトです。

 最近スエズ運河まわりの情勢も怪しいですからね。

 これが予定されている長さ1200kmの新運河ですが、

 このルートを船で通る巨大な掘りを作るなんてことできるはずもするはずもなく。

 単純に線路でここを繋いで貨物輸送をしようってことです。

 これが運河で通るんですから、大陸横断鉄道は歴史的に見てどうみても運河です。

 地図でご確認ください。青い線が既存のスエズ運河。

 赤い線が現在開発中の新運河です」


挿絵(By みてみん)

※Googleマップのスクリーンショットを元に加工


「さて、話を戻して。

 このアメリカ運河もといアメリカ横断鉄道を完成させたのが、

 アメリカにおいて鉄道の父と呼ばれる実業家、セオドア・ジュダ。

 この方は今もアメリカ最大の鉄道博物館のある街、

 サクラメントを走っていた鉄道会社で主任技術者を務めていた方です」


「ここでの仕事でジュダさんは『アメリカ大陸の西の山道に鉄道を通せる!』と確信。

 自分とこの会社をほっぽりだしてロビー活動をはじめますがこれがうまくいかない。

 サクメントの鉄道会社は即座に倒産、

 1856年からのワシントンDCでのロビー活動もまるで相手にしてもらえない。

 これも全部当然のことです。

 だってアメリカは、川が線路の変わりで、

 船が列車の変わりとして既に成立していたんですから。

 アメリカに鉄道は必要ないんです」


「しかし、そんなジュダさんの夢に共感した4人の大商人がいました。

 後にビッグ4と呼ばれる彼らですが、

 この中に一人、今となっては誰もが知る大物がいました。

 さぁ、誰でしょうか?」


「ビル・ゲイツ? まだ生まれてません!

 イーロン・マスク? ロケットなんかより銀河鉄道作ってください!

 トーマス・A・エジソン? 惜しいですがこの頃はまだ9歳!

 納屋に火をつけて小学校を退学になる頃ですね!

 ニコラ・テスラ? まだ1歳ですけど下手したらもう古代ギリシャ語でジョーク言ってますね!

 ジョン・フォン・ノイマン? まだ火星で細胞形成中です!

 ジョン・ロックフェラー? 惜しい! すごく惜しい!

 この頃はちょうど簿記の仕事で後の種銭を稼いだ頃です!」


「正解は……リーランド・スタンフォード!

 後に大学の名前で有名になる実業家ですね」


「どこにあるかは知らないけれど、

 名前はみんな知ってるおなじみスタンフォード大学。

 大学を設立するだけのお金をどこから集めたかというと、

 この大陸横断鉄道事業だったんですね。

 では、その出資金はどこから集めたかというと、

 スコップを売って集めていました。

 金よりスコップ、彼は金鉱掘りにスコップを売る雑貨屋で稼いだカネを、

 この鉄道事業に注ぎ込んだんですね」


「こうしてスタンフォードさんと他3人の大商人の資本をバックに、

 ジュダさんは1869年にアメリカ大陸横断鉄道を完成。

 苦節13年の長旅でした。

 そしてこの鉄道がアメリカの西部開拓を加速させ、

 鼠の国のウェスタンリバー鉄道や、

 私の大好きなバック・トゥ・ザ・フューチャー3に繋がるんですね」


「……繋がってるものがしょぼいって? 

 というか、そのくらいにしか繋がらないというのが残念な話でして。

 アメリカ史における大陸横断鉄道の功績は

 実は名前から感じられるインパクトほど

 大きい物ではなかったんですね。

 少なくとも日本の新幹線くらいのインパクトではない。

 上野動物園の東園と西園をモノレールが繋いだくらいのインパクトです。

 何故そのレベルにしかならなかったのでしょうか?」


「その理由が大陸横断鉄道開通45年後の1914年。

 この鉄道は実質運河と言いましたが。

 もっとやべー運河が完成しちゃうわけです。

 それこそが今なお世界の流通の超重要拠点となっている、

 南北アメリカ大陸の中央を横切るパナマ運河でした」


「また、そもそも最初から船と川で十分だったアメリカは鉄道網を発展させる必要圧がなく、

 すぐにやってきた自動車の時代までスキップできてしまったという幸運(※私達鉄オタにとっての不運)も重なり、

 大陸横断鉄道以外にまともな鉄道路線が作られることもなく。

 今もアメリカの移動は自動車と飛行機が主で、

 鉄道はほとんど走っていません。

 世界最強の覇権国も、鉄道史を語る上では本当に残念な国なんですね。

 この頃世界最速の機関車はアメリカにあったというのに……」


「これが世界の鉄道王に成り損ねた偉人、セオドア・ジュダさんのお話でした。

 と。本編とは何も関係ない話でしたね。

 では改めて、鉄道とは何も関係ない勇者に成り損ねた冒険者のおじさんの話をご覧ください」



☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆

普通 5両 8月30日22時20分 巨大駅の迷宮「書きかけの階段記号」

普通 5両 8月31日10時20分 巨大駅の迷宮「絶望と焦心の魔宮」


第4号到着 9月1日10時20分

最終話到着 9月26日22時20分


駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

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