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異世界で森を切り開き鉄道敷いて魔王を倒したエルフの後日譚 「ファン・ライン」~異世界鉄道物語~  作者: 猫長明
第3号:地下10mの風魔法

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25/85

「恐怖の耐久試験」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

挿絵(By みてみん)


 改めて自分の幼馴染の規格外さを思い出しつつ。

 シオンが向かうのは環状線の線路のようにぐるりと26.7kmを一周する

 LHEC地下トンネル内の4番目の駅、MSSM。

 ホームに至る階段を降り切ると、実験用線路の前には仰々しい二重の鉄の大扉が。


「エーテルプラズマ炉、圧力上昇、8兆電子ボルト」

「実験用車両、ATLAS駅を発車!

 LHEC地下トンネルに突入します!」

「頼むよ……!」


挿絵(By みてみん)


 大扉を挟んでホームを睨みつけるシオンの元に入る連絡。

 手元の路線図に緑の光が灯り、猛烈な速度で試験車両が加速していく。


「ALICE駅を通過!

 時速180……190……」


 路線図上で輝く光が接近を告げている。

 遠くから聞こえてくる風の音が、不気味な旋律として恐怖を運んでくる。


「DAI駅通過! まもなくMSSM駅へ!」

「時速200……210! 最高速度です!」

「来るか……!」


 緊張が最高まで高まっていく。

 はたしてノルンの大型ハドロンエーテルコライダーは、

 時速210km/hで駆け抜けるひかりに耐えられるのか。

 実験の危険を伝えるため、ドワーフ語、標準語、イース語の順で自動音声が流れる。


『もうちーっとで、ごーぎ速ぁ下り粒子が来るんだんが、アブねぇすけ、ホームに出ねぇでくんねぇかい。

 下りの、ごーぎ速い粒子が来るすけ、気をつけらっしゃい』


『まもなく、下り粒子が超高速で通過します。

 危ないですから、ホームに出ないでください。

 下り粒子が、超高速で通過します。

 ご注意ください』


『Achtung!

 Die nächsten Elementarteilchen halten nicht an dieser Station.

 Bitte halten Sie sich von den Gleisen fern.』


 久々の地元独特のイントネーションについ笑いがこぼれてしまうシオン。


(これはもしかして、私のためにわざわざ録音してくれたのかねぇ。

 イントネーションがじぃさまのとまるで同じじゃないか)


 風の低い音が少しずつ大きくなる。

 その間も何度も何度もアナウンスが繰り返されている。


『高速で粒子が通過します。絶対にホームに出ないでください。高速で粒子が通過します。絶対にホームに出ないでください。高速で粒子が通過します。絶対にホームに出ないでください。高速で粒子が通過します。絶対にホームに出ないでください。高速で粒子が通過します。絶対にホームに出ないでください。』


 そのあまりの物々しさには、

 楽観的なシオンですらこの実験が非常に危険なものであることを実感させられてしまう。

 手元の路線図上の緑のランプの点滅が、1つ、2つ。

 そしてついに、シオンの前。MSSM駅を。


「っぅ!?」


 通過した。がたがたと揺れる二重の鉄扉。

 ホーム側はその風圧に耐えきれず、扉にはめ込まれていた硬化クリスタルガラスが砕け散る。

 そして通過した後も、甲高い風の音が長く、長く続くのだった。


(問題は車両だけじゃない……

 ひかりの車両通過に耐えるだけのトンネル構造……

 そして……!)


「ATLAS駅はどうなった!?」


 そう、これはあくまでトンネル内での問題。

 真の問題は、トンネルを出た直後。

 その瞬間、圧縮された空気が一気に押し出され、最上級の風魔法。

 ドン・テンペスタ級の風が……


「トンネル・ドンが発生する!」


 危険な実験であることはシオンにもわかっていた。

 下手をすれば施設ごと爆発し、自分はここに生き埋めになるかもしれない。


 それでもなお、『未知』が『既知』になる瞬間は快感だった。

 実験は成功でも失敗でもいい。

 むしろ失敗などありえない。

 仮に望む成果が得られないとしても、

 『無理だった』という答えが得られる。

 未知が既知になった瞬間、そこには必ず答えが存在するのだ。


 故に失敗はない。

 高価な施設も、そこで研究する優秀な人材も、すべてがコスト。

 魔法も科学も同じ。

 高度な発展に犠牲はつきものなのだ。

 無論、この身、この命ですら。

 その恐怖と期待と、萎縮と興奮がもたらすのが。


挿絵(By みてみん)


 この笑顔である。


「さぁ、どうだ……? どうなる……? どうなった……?」


 ザザッ、と無線にノイズが走る。

 LHEC地下トンネルを出た直後にあるATLAS駅は、

 アルミニウム製の車体は無事なのだろうか?


「……ザッ……ちら……すえ……」

「無事かね!? ATLAS駅は! 車体はどうなったんだい!?」

「……トラスえ……です……ATLAS駅も!

 車体も! 無事です!」


 ぱぁ、と明るくなるシオンの顔。

 実験は、成功だ!

 新素材アルミニウムは、ひかりの車体に耐える素材である!



☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置(ATS)起動!☆☆☆



 異世界ラインの鉄道史に残る実験の再現映像を見せられたマールは呆然としていた。


「いや……いやいや……いやいやいやいやいや!

 何がノルンの大型ハドロンエーテルコライダーだよ!

 途中までは確かにスイスのCERNの大型ハドロンコライダーみたいだったけど!

 ATLASやALICEは確かに大型ハドロンコライダーの中間観測機の名称だけど!

 なのに途中から明らかに場面がここ!」


挿絵(By みてみん)


美佐島(MSSM)駅になってたよねぇ!?

 一体どこで場面入れ替わったの!?

 というか、DAI駅って土合駅だよねぇ!?

 いやまぁCERNと違ってここなら青春18切符で来れるからいいんだけど!」


「はい、ということで今回も現地巡礼。

 新潟県を通る北陸急行ほくほく線内の唯一の地下駅。

 美佐島駅です。

 シオンちゃんが降りたのと同じ階段を降りてみましょう」


挿絵(By みてみん)


「劇中では欧州原子核研究機構CERNの最新科学施設、

 大型ハドロンエーテルコライダーの中に入っていくかのように語られていましたが、

 確かに同じような光景に見えてしまいますね。

 残念ながらCERN内部の写真はここに掲載できないんですが、

 1枚くらいこっそり混ぜてもバレなそうですね」


「そしてここが劇中に登場した鉄の2枚扉。

 無骨なコンクリート剥き出しの壁は、

 まるで核シェルターのようですね。

 未来でSFな感じがしますが、正真正銘の現実空間。

 それも地方のローカル駅です」


「劇中ではここで3種類の言語でのアナウンスがされていましたね。

 現実でもここで新潟弁、標準語、英語のアナウンスが流れていました。

 劇中ではさらにその後、繰り返しホラー調のアナウンスが行われますが、これも現実同様。

 以前はこの駅は時速160km/hで走る在来線最速特急『はくたか』が通過しており、

 この通過中にホームに出てしまったら……」


「冗談ではなく死にます」


挿絵(By みてみん)


「そこで、強い口調に加え、メロディラインもどこかおどろおどろしいトーンで、

 意図的に利用客に恐怖を感じさせていたと言います。

 しかし、北陸新幹線の開通と同時に『はくたか』は運行停止。

 このアナウンスは鉄扉の手前では流れなくなり、

 ホーム内でのみ当時そのままに流されていたといいます。

 そんなところもホラーですね」


「しかし、このアナウンスを今はもう聞くことができません。

 実は『はくたか』だけでなく、2023年のダイヤ改正でこの駅を通過する列車がすべてなくなってしまったのです。

 今聞けるのは列車接近の通常のアナウンスのみですが、

 こちらは当時と同様に3つの言語で流れます。

 新潟弁、標準語、英語ですね。

 事情を知らない人が何かしらの手段でホームに出るとほんとに死ぬので、

 言葉がわからないという可能性をなくしたのでしょう」


「今回の聖地巡礼で私が体験できたのは各停接近の衝撃でしたが、

 それでも列車がトンネルに入ってからの不気味な風の音は恐ろしく、

 ホームに入る際も十分すぎるほど扉がガタガタと揺れていました。

 これを超える特急列車通過の衝撃……想像しただけでも恐ろしいですね。

 今はもう扉の向こうを超高速で電車が通過する

 ちょっとしたホラー体験もできなくなったと考えると

 少しだけ残念ではありますね」


「ただ、私今ここ美佐島駅に来てるんですが、

 なんというか、ポストアポカリプス感がすごいですよ。

 山の中の無人駅で、基本的に鉄道オタク以外利用しません。

 アナウンスでは新潟弁、標準語、英語が使われていましたが、

 そもそもここに英語しかわからないなんて人は来ませんね

 近くには変電所以外なにもなく、

 駅内を含めて徒歩20分圏内に自動販売機がないんです」


挿絵(By みてみん)


「山の中の公民館っぽい建物の駅舎に突然地下シェルター的な階段があり

 そこは地下水が漏れ出し水浸しで手すりを掴んで歩かないと

 すべってしまいそうで怖いです。

 ただこの地下水のおかげで階段の下はものすごく涼しい。

 今日は8月末で外の気温は35℃を越えてるんですが、

 地下は体感17℃くらいでしたね。

 この地下はとにかく足音が響きます」


「1日に3~4人しか利用しない無人駅。

 自分以外の人がいるはずないとわかっているのに

 足音の反響と、人感センサ―で点灯する自動照明、

 そしてなんとなく感じる何かの気配が……

 普通に怖いですよ、ここ。

 夕方以降の肝試しでは絶対に来たくない」


挿絵(By みてみん)


「なお徒歩30分くらいのところにインドの絵の美術館があるらしく、

 そういう絵がギャラリー風に飾られてるんですが、

 懐中電灯片手に暗い駅舎に入って

 この絵を光が照らした瞬間を想像してください。

 まぁちびりますよね」


挿絵(By みてみん)


「さておき」


「そもそも何故美佐島駅でこんな恐ろしいことが起きているかというと、

 これは竹筒水鉄砲や、ところてんを想像してもらえるとわかります。

 トンネルを竹筒として見ると、その中には空気が入っていますね。

 ここに電車が入ってくると、圧縮された空気がバズーカのように打ち出されてしまうのです。

 そして、列車がトンネルを出ると同時に炸裂。

 これがシオンちゃんが恐れていた『トンネル・ドン』ですね。

 このネーミング、劇中では最上級の風魔法の名前からつけられたように描写されていますが、

 現実でも同じ名前で呼ばれ恐れられています。

 由来はそのまま『ドン!』という音がするためですね」


「ならそんなの普通の地下鉄でも発生するはずじゃないか、と。

 まぁそう思いますよね。私も不思議でした。

 それで今回行ってわかったんですが」


挿絵(By みてみん)


「まず美佐島駅のトンネル、おそらくシールドマシンで掘られてますが、

 物凄く直径が小さいんですよ。

 大都市の地下鉄の半分以下です。それも単線ですし。

 これは上の写真見てもらえるとわかるでしょう」


「さらにここを通るほくほく線の車両、

 のどかな新潟の田んぼの中を走るとは思えないほどの速度で疾走します。

 時速160km/hで走る在来線最速特急『はくたか』こそもう走ってませんが、

 各駅停車も平気で100km/hオーバーで走ってました。

 そりゃぁとんでもない風圧も襲いかかるな、と納得ですね」


「さて。無事代替素材としてアルミニウム合金の有用性に気付いたシオンちゃん。

 これでミスリルを諦めてくれればいいんですが……」


 マールは渋い顔を作る。


「ミスリル、なぁ……

 なんというか、この時から既に

 布石が淡々と積み上げられていたんですねぇ……」



☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆



「ふぅむ……」


 実験で取られたデータを確認するシオン。

 だが周りの笑顔に反してその顔色は渋め。


「もう少しなんとかできんもんかね?

 これでは210km/hでやっとじゃないか」


 まさかの言葉に周りの研究者達も驚く。

 いやいや、210km/hはあなたの目標で、

 この実験はどう考えても成功で……


(あぁ、そうか……!)


 しかし、すぐにその場の全員が理解する。

 驚きの表情も羨望と尊敬へと変わった。


(あぁ、それでこそ……それでこそだ!

 俺達にもわかる! もっと先へ、もっと良い結果を!

 その思いを持ち続けての科学者であり技術者だ!)


 そんなノルンの研究者達と顔を見合わたシオンは、にやりと獰猛な笑みを作る。


(まぁ君たちはわかってくれるよねぇ)


 言葉はいらなかった。

 全員が()()()()でシオンに頷く。


 シオンはマッドサイエンティストに見えるが、

 マッドサイエンティストではない。

 何故なら、数千年の時を支配してきた

 魔法に対する科学(元オカルト)に今この段階で挑む人類種など、

 ()()()()()()()()()()()()()()


(マール。私も君と同じなのさ)


――しかし、それなら最後の50kmだが。

  わざわざ難工事など挑まず、30万の強行軍で行けたんじゃないかい?


(思えば愚問だったねぇ。

 最初から求めるのは完璧な形での完成。

 妥協など、私達の辞書にはない。

 なぜなら私も君も……)


「鉄道に、心奪われてしまっているのだからねぇ」


 じっくりと自分たちが夢追い人の鉄オタであることを実感した、後で。


「あれ? そういえば最近、マールに会ってないねぇ。

 ……まぁいいか、折角来たんだし、帰る前に『もう少しだけ』残ってデータを集めさせてもらおうか!」


 こうしてシオンは『もう少しだけ』残った結果、9年後の帰国となった。

 マールが物理現象によって時間が飛んだ一方、シオンは物理とは関係なく時間が飛んでしまう。

 しかし、後にこの件を問い詰められたシオンは、大笑いしてこう言い放った。


「私の方だって立派な物理現象だよ。

 シベリア超特急を見ていると1分が1時間に感じられるが、新幹線大爆発は1時間が1分に感じられただろう?

 それが、相対性というものだよ」

普通 5両 8月30日10時20分 巨大駅の迷宮「勇者の弟子」

普通 5両 8月30日22時20分 巨大駅の迷宮「書きかけの階段記号」


第4号到着 9月1日10時20分

最終話到着 9月26日22時20分


駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

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