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異世界で森を切り開き鉄道敷いて魔王を倒したエルフの後日譚 「ファン・ライン」~異世界鉄道物語~  作者: 猫長明
第3号:地下10mの風魔法

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23/85

「そうだと思った時が旅のはじまり」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

 これは「狂犬」と化したマールが己の仕事を忘れ、

 光の速度へと加速していた頃。

 ファン・ラインが手遅れになるまで、

 残されたシオンは何をしていたのかというお話。


――線歴1948年


 シオンは焦っていた。

 これまでの常識を覆す速度の超特急、稲妻列車計画。

 既に設計のイメージは頭の中にあるのに、実証実験の進捗はまさに亀の足取り。

 ここに至って彼女は、技術者としての「スランプ」を感じていた。


「え? アールヴヘイムの用地買収で170億の儲けが出た?

 キョンを狩って耳を持って来い?

 何を言ってるのかよくわからないねぇ。

 まぁそういう話は任せるから、君たちの好きにしたまえ」


 雑多な報告は適当に投げていく。

 そんな雑務は技術主任である「私」の仕事ではないはずだ。

 それよりも……


「何か、忘れているような……」


 君の幼馴染!

 幼馴染で現総裁のエルフが1年前から行方不明で音信不通!

 あと会社の経営!

 早く手を打たないと取り返しがつかないことに!


「まぁいいか……」


 まるで良くない!


「そんなことより……」


 ため息をついてテレビをつけるシオン。

 彼女自身も、自分がスランプ状態にあることを実感しており、

 底なし沼のような今から抜け出すきっかけを探していた。


『ララのバカ! なによ意気地なし!

 剣が振るえないのを腕のせいにして!

 石化はちゃんと治ってるわ!

 ララの甘えん坊! 怖がり! 意気地なし!』


 なんとなしにつけたテレビから流れるアニメを眺めて。


(意気地なしって、ねぇ……

 そんな、2度も言わないでもいいじゃないか……)


『どうしてできないのよ!

 そんなことじゃ一生岩を両断できないわ!

 それもいいの!? あぅっ……うぅ!

 ララの意気地なし!』


(3度も言った!?)


『あたしもう知らない!

 ララなんかもう知らない!

 わぁぁぁぁああああ!!』


 剣と共に一人投げ出された取り残された女剣士の姿が今の自分と重なってしまう。

 鬱屈とした気分のままいたたまれない気持ちになり、思わずテレビを消した。


(そうは言ってもさぁ……

 スランプから抜け出すのは簡単なことじゃないんだよぉ……)


 あの女剣士も、そんな強い言葉を突きつけられても再び剣を振れるようになるわけがない。

 世の中は残酷なのだ。


 一体どうすれば……

 そう考えていた時、先程見たアニメの背景の美しい景色がふと頭に浮かんだ。


「そうだ、イースに行こう」


 こうして会社成立に関わったトップ2が行方不明になるファン・ライン。

 そりゃぁこの10年で社内も滅茶苦茶になるし、ストライキも起きたってしょうがないだろ。


――1日目、15時00分。特急「蓬莱」ニューブリッジ駅発。


 さて。異世界ラインは鉄道によって大きく変わった。


――2日目、9時25分。特急「蓬莱」カミゼキ駅着。

  同日、9時45分。関門連絡船、カミゼキ港発。

  同日、10時00分。関門連絡船、モンド港着。

  同日、12時00分。グランサカーツギルド航路、モンド港発。


 数千年の間人類の敵であった魔王があっさり倒されたというのは、

 まさに世界の変革を象徴する事件だ。


――4日目、8時00分。グランサカーツギルド航路、グランライン港着。

  同日、8時55分。超特急「亞里亞」グランライン駅発。

  同日、21時30分。超特急「亞里亞」ハビルン駅にて時間調整で一泊。


 そのきっかけとなったのが、突然一号機関車の姿に若返り転生してきたE231系500番代車両。


――5日目、8時20分。超特急「亞里亞」ハビルン駅発。


 この蒸気機関車は当時のラインからすれば超のつくオーバーテクノロジーで。


――12日目、15時30分。超特急「亞里亞」モクスン駅着。

  同日、16時00分。西方急行「ゲンデル・ハンブルガ」モスクン駅発。


 それまで「オカルト」と揶揄され無視されていた「科学」に革新的進歩、

 シンギュラリティを発生させるには十分すぎる存在だった。


――14日目、14時10分。西方急行「ブローゲンデル・ハンブルガン」リンベル駅着。

  同日、14時30分。バルタン便「ブローオンエトリ急行」リンベル駅発。


 技術的特異点となった一号機関車は、わずか70年の期間で世界の科学水準を急加速させていく。


――15日目、16時30分。バルタン便「オンエトリ急行」ブタパール駅着。

  同日、16時50分。パリス便「オンエトリ急行」ブタパール駅発。


 蒸気機関はエーテル魔法学と融合し、それまでは魔法使いの専売特許であった「世界の仕組み」を

 魔法無しで手に取れる科学式へと変換していく。


――17日目、10時5分。パリス便「オンエトリ急行」シトラスプール駅着。

  同日、13時00分。FCNS「ユーリスター」シトラスプール駅発。

  同日、20時20分。FCNS「ユーリスター」ローザ駅着。


 現代日本人にとっても最新科学と感じられるような技術の数々が、

 エーテル魔法学と部分的に融合しつつもほぼ同じ形で存在する世界へと生まれ変わったのである。


「あれがイース飛騨かぁ。

 昼に見ると綺麗なんだろねぇ」


 こうしてふと思い立ってのシオンの一人旅は17日目にして、目的地の一歩手前までたどり着いていた。



☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置(ATS)起動!☆☆☆



 改めて当時の再現映像を眺めて顎を外しかけるマール。


「まさか私が留守にしていた10年、シオンちゃんまで行方不明になっていたとは……

 というか! 気軽に失踪しすぎなんですよ!

 あとその腕が一度石化させられた女剣士さん、その30秒後には剣を振ってるはずです!

 私達が子どもの頃に大ヒットした国民的アニメのはずなのに知らないんですか!?」


『私は裏番組の銀河軍艦フソウを見ていたからねぇ』

「はい知ってたー!」


 カメラを構えつつう手を振るシオンにクソデカため息を返して。


「今回は写真が1枚しかないので、地図を広げつつ本社社長室から撮影してたりするわけですが……

 シオンちゃんはこのコーナー終えたら少しお話しましょうか」

『私にミスリルを隠していた狂犬に何を言われても知らないねぇ!』

「くっ……この……!」


 さておき。


「さて、改めて。今回シオンちゃんが旅したルートの元ネタを解説していきましょう」


挿絵(By みてみん)


「シオンちゃんが最初に乗ったニューブリッジ発カミゼキ着の特急蓬莱。

 この元ネタとなっている、東京発下関着の特急富士の車両、マイテ39形客車です。

 こちら大宮の鉄道博物館に当時の姿で展示されています」


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


・1日目、15時00分。特急「蓬莱」ニューブリッジ駅発。

 2日目、9時25分。特急「蓬莱」カミゼキ駅着。


「シオンちゃんは1日目の15時発、2日目の9時25分着という18時間25分の長旅でした。

 これは戦前の特急富士の時刻表そのままです。

 今は同じ区間が新幹線で4時間41分。

 改めて新幹線の凄さを思い知らされますね。

 シオンちゃんにはスランプとか言ってないで早く開発して欲しいです」


挿絵(By みてみん)

※Googleマップのスクリーンショットを元に加工


・2日目、9時45分。関門連絡船、カミゼキ港発。

同日、10時00分。関門連絡船、モンド港着。


「ここから先はグーグルマップのスクショで。

 船に乗り換えて本州と九州の間の関門海峡を渡ります。

 ここは今関門トンネルが開通していますが、当時は連絡船で渡っていた区間。

 シオンちゃんも関門連絡船に乗っていますね

 私も一人連絡船に乗り、というやつです。

 まぁ向こうは上野発の夜行列車で北に帰る人の群れに紛れたわけですが。

 で、こちらがその関門連絡船の模型です」


挿絵(By みてみん)


・2日目、12時00分。グランサカーツギルド航路、モンド港発。

 4日目、8時00分。グランサカーツギルド航路、グランライン港着。


「さて、海を渡って九州についたらここからまた船の旅です。

 門司港から当時の満州、今の中国、大連を目指します。

 当時の門司港は満州に続く玄関口だったんですね」


挿絵(By みてみん)

※Googleマップのスクリーンショットを元に加工


・4日目、8時55分。超特急「亞里亞」グランライン駅発。

 同日、21時30分。超特急「亞里亞」ハビルン駅にて時間調整で一泊


「そして大連からはいよいよ当時の南満州鉄道へ。

 前回紹介した超特急あじあにて一路北へ。

 ハルビンを目指します。

 この南満州鉄道を含む満州は、日露戦争で日本が当時のロシアから租借したもの。

 つまり、この路線はかの有名なシベリア鉄道の東の終点部分だったんですね」


挿絵(By みてみん)

※Googleマップのスクリーンショットを元に加工


・5日目、8時20分。超特急「亞里亞」ハビルン駅発。

 12日目、15時30分。超特急「亞里亞」モクスン駅着。


「そしてハルビン着。

 ここが今回の旅行日程最大の長丁場ですね。

 これこそがかの有名なシベリア鉄道!

 全長約9000kmの長旅でモスクワへ。

 この区間は直通こそしているものの乗りっぱなしで1週間。

 どうしようもなくつまらないことで有名なあのカルト映画が第1作から番外編までぶっ通しで20回見れちゃいます!」


「……KGBの拷問かな?」


「さておき。この1週間は2025年の今でも変わりません。

 ……はい、『今でも』1週間、つまり、戦前も1週間でした。

 実はここまでの時刻表は、1940年当時の本物を探して再現してるのです!

 というか、1940年の時刻表が今もそのままって、改めてシベリア鉄道はすごいのかすごくないのかよくわからないですね。

 流石ロシアです」


挿絵(By みてみん)

※Googleマップのスクリーンショットを元に加工


・12日目、16時00分。西方急行「ブローゲンデル・ハンブルガン」モスクン駅発。

・14日目、14時10分。西方急行「ブローゲンデル・ハンブルガン」リンベル駅着。


「このまま私達の亞里亞に乗ると、終点魔王城ベドログレード。

 現実でのサンクトペテルブルクなのですが、シオンちゃんはここで乗り換え。

 今のベラルーシとポーランドを抜け、ドイツベルリンを目指します。

 流石に同じ年の時刻表は見つからなかったのですが、この当時この区間は丸2日かかっていたそうなのでこれを元に時刻を設定しています。

 この先もできるだけ戦前の時代の時刻表を参考にしていますよ。

 ちなみにこの路線は、ロシア革命の際にレーニンが輸送された封印列車が有名ですね。

 列車名『ブローゲンデル・ハンブルガン』の元ネタは『フリーゲンデル・ハンブルガー』で、本来は戦前のベルリンとハンブルグを結ぶ噂の超特急。

 最高時速160km/hの超性能のディーゼル機関車です。

 この列車もかっこいいですね! 特に名前が!」


挿絵(By みてみん)

※Googleマップのスクリーンショットを元に加工


・14日目、14時30分。バルタン便「オンエトリ急行」リンベル駅発。

・15日目、16時30分。バルタン便「オンエトリ急行」ブタパール駅着。


「さて、この路線は有名ですね!

 鉄オタじゃない人も名前くらいは聞いたことがあるはず。

 アガサ・クリスティの小説でもお馴染みのオリエント急行ですね。

 これはオリエント急行の支線の1つで、ドイツのベルリンとオーストリア=ハンガリーのブダペストを結んでいます。

 ただ、この路線は当時の欧州事情が複雑怪奇だったこともあって利用者の少ない赤字路線。

 サスペンスでよくオリエント急行でスパイがマイクロフィルムを運ぶみたいなネタがありますが、この路線に関してはもうスパイ以外使わなかったんじゃないかってレベル。

 1900年に運行が開始されるも、翌年には直行便が中止しています」


挿絵(By みてみん)

※Googleマップのスクリーンショットを元に加工


・15日目、16時50分。パリス便「オンエトリ急行」ブタパール駅発。

 17日目、10時5分。パリス便「オンエトリ急行」シトラスプール駅着。


「さぁここからがオリエント急行の本線とも言うべき路線!

 ブダペストを出て花の都、パリを目指します。

 しかしシオンちゃんはドイツとフランスの国境を越えてすぐ、ストラスブールで途中下車。

 するんですけど……」


「この路線、ブダペストを経由しないでもベルリンからドイツ鉄道の直通便ない?」

『そうは言っても君ねぇ!

 鉄オタならオリエント急行には一度は乗りたいだろう!?』

「なら仕方ないね!」


挿絵(By みてみん)

※Googleマップのスクリーンショットを元に加工


・17日目、13時00分。FCNS「ユーリスター」シトラスプール駅発。

 17日目、20時20分。FCNS「ユーリスター」ローザ駅着。


「ここからはフランスの国鉄にあたるSNCF。

 列車名の元ネタになっているユーロスターはこの頃はまだありませんが、一度乗ってみたい列車の1つですね。

 むしろフランスと言えば日本の新幹線と双璧をなす高速鉄道、TGVが有名なんですが、ここでTGVの名前出すと新幹線が作れずスランプのシオンちゃんが泣いちゃうのでしまいしまいです」


挿絵(By みてみん)

※Googleマップのスクリーンショットを元に加工


「そして今到着したのがローザンヌ。

 日本アルプスならぬイース飛騨とかいうネーミングが実にトンチキですね。

 東にヴィルトホルン、南にモンブラン、遥か南東にはかの有名なマッターホルン。

 そして今目の前にはヨーロッパで2番目に広い湖、レマン湖が広がっています。

 面積は580km2、実は琵琶湖の669km2より小さかったりします。

 というかメルカトル図法に騙されてるだけで、日本って相当でかいんですよね」


「さて、あの国民的アニメの背景の山を見てそうだ京都に行こう感覚でイースことスイスまで来ちゃったシオンちゃん。

 ここはまだ最終目的地の一歩手前らしいですが、一体どこを目指してるんでしょうか?

 箱根登山鉄道の元となったことでも有名なスイスの登山電車、ベルニナ線に乗りたいならサンモリッツだから、東のチューリッヒを目指すかベルンで乗り換えるはずだし……

 アニメの聖地巡礼でもそっちなんですよね。

 レマン湖とローザンヌ……うーん。

 あ! 確か、かわいい猫の絵をたくさん描くことで有名な画家さんがこの街出身でしたね!

 でも美術館とかはできてないはずだし……

 とりあえず、続きを見てみましょう!」



☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆



「ぐ……」


 ローザにて湖畔の宿を取って一泊。

 気持ちのよい朝を迎えたはずながらその表情は苦悶に満ちていた。

 流石に17日間に渡る鉄道の旅は、博多号でどうでしょうよろしく尻の骨盤が歪んでしまったのだろうか?


「硬水は……ダメだねぇ……」


 どうやら水があわなかっただけらしい。

 ともあれ腹を抱えつつシオンが向かうのは湖畔の港。


「うーん、イース飛騨の空気は美味しいねぇ」


挿絵(By みてみん)


 そのまま船に乗り込んで。


「ジャネーブまで、頼むよ」


 最後は湖畔を見ながらの鉄道旅ではなく、湖の上を突っ切る船の旅。

 こうしてシオンは最終目的地であるジャネーブにたどり着いた。

 西方圏屈指の大都市であるが、わざわざこんな遠くまで来たのはただの観光ではない。


 シオンが目指すのは街の中央から北西にて輪を作る環状線の路線……

 いや、まるで環状線の路線にしか見えないそれの正体は。


「今この世界で最も『速い』物質が走れる線路。

 大型・ハドロン・エーテル・コライダー、LHEC。

 世界最速を追い求める研究機関、世界合同エーテル原子核研究ギルド。

 輪廻の三女神の名を借りた組織の名は、ノルン。

 ここに私が目指す『ひかり』があるはずだよ」

普通 3両 8月29日10時20分 地下10mの風魔法「嵐の皇帝」

普通 3両 8月29日22時20分 地下10mの風魔法「恐怖の耐久試験」


第3号到着 8月29日22時20分

最終話到着 9月26日22時20分


駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

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