表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で森を切り開き鉄道敷いて魔王を倒したエルフの後日譚 「ファン・ライン」~異世界鉄道物語~  作者: 猫長明
第2号:ひかりを止めるな!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/85

「ひかりより速いもの」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

 ヴィクトリアの目からは赤い光が見えていたが、

 マールの目からは青い光が見えていた。

 青の正体は前方を飛ぶ最長老がマールに向けて放つ攻撃魔法だが、

 これは本来無色である。では何故青く見えたのか?


 これが光速に限りなく近づいた世界で見える特殊な色。

 自分から遠のく物体が赤く見える赤方偏移現象と、

 自分に近付く物体が青く見える青方偏移現象だ。


 マールが攻撃魔法を回避しつつさらに加速にするにつれ

 その視界は次第に中央に向けて収縮していき、

 周りは暗く見えなくなっていく。

 今見えているのはぼんやりとした赤紫のリングと、そして。


「どぉしたぁ!? その程度か!?

 魔王を倒した英雄はぁ!?」


 決闘こうしょう相手。最長老ドゥールの赤い姿だ。

 この時点で、最長老の速度はマールより速い。


(これが、原初のエルフ……最長老様の、本気!)


 エルフは森から生まれる。

 その中で魔法が扱えるのは10人に1人。

 魔道士としての最高レベルにまでその才伸ばせるのは、

 その中からさらに1000人に1人。

 マールは1万に1人の逸材だった。


 故にマールを教育できる者は、1人しかいなかった。

 それこそが活ける伝説。

 最長老、ドゥールである。


――90年前


『はっはっはっ。おぬしは筋が良い。

 これからはわしも楽しむことができそうだ』

『ありがとうございます!』


 表面上では猫をかぶり優秀な「生徒」を装うマール。

 この時既に彼女は魔道士になるつもりなどこれっぽっちも無かった。

 どれだけ魔道士のスキルを上げたとて、

 勇者と共に少人数で冒険し魔王を討つというのが

 荒唐無稽を通り越したバカ・プランだと理解していたためだ。


(魔道士になんてなるつもりはない。だけど……)


 涼しい顔でタオル(温泉マーク入り)で汗を拭くドゥール。

 その背を後ろから見つめて。


(私は、この人に……)


 マールの本性を知るものは少ない。

 どこか冷めた目で世界を見る天才である彼女の本性は、

 シオンが評した通りの現実主義者であり、軍国主義者であり、そして。


(勝ちたい)


 戦闘狂であった。


挿絵(By みてみん)


『久々に体が熱くなってきたな。

 ちょっと走ってくるとしよう』


 だが、マールの願いは今の今まで叶えられることはなかった。

 この日、ドゥールは「ちょっと走ってくるとしよう」とだけ言い残してマールの前から消えた。

 他の長老たち曰く、どうも珍しいことではなかったらしい。


 あの人はもう7000歳を越えているからな、ボケているんだ。

 そう笑われていたドゥールがタオル(温泉マーク入り)片手にふらりと戻ってきたのは、

 森でマールが一号機関車と出会う2日前のこと。

 結果的に今日まで力比べを挑むタイミングが来なかったのだが。


――回想を終えて


(違う……! 最長老様は、ボケてなんかいなかった……!

 この人はその宣言通り……『ちょっと走ってきただけ』だったんだ!)


 ドゥールの姿がさらに赤く染まっていく。

 赤方偏移、光のドップラー効果、ローレンツ収縮。

 そう、この人は……光の速度に到れてしまう。


「最後にもう一度言おう!

 アールヴヘイムにひかりを、止めろ!」


 量子通信魔法による脳内にドゥールの声が響く。

 マールは己の意地を上乗せして、その申し出を拒絶する。


「止めません!

 絶対にひかりは、アールヴヘイムを通過します!」

「ならば、私を追い越してみろぉ! 鉄道女王!」


 さらに赤く染まるドゥールの姿。

 その色だけが2人の速度の差を示していた。

 限りなく光速に近づいた世界は、

 常人では見えない物理法則の絵の具で染められているのだ。


挿絵(By みてみん)


(光より速い架空の概念物質……

 タキオン粒子の存在を認めれば、宇宙の因果律が崩壊してしまう。

 この世界に光より速いものなんて……無い)


 ダメだ、勝てない。

 今の私では、光の速度に届かない。


 ならばもう、ひかりを止めるしか。

 それしかないのか?

 私が死ぬまでの1京553兆円を、諦めるしかないのか?

 時間さえ置き去りにする速度の中、

 マールの頭にシオンとの会話がフラッシュバックする。


『マール、速度を出すために必要なもの、なんだと思う?』

『うーん、やっぱ機関車の出力?』

『無論、それらもあるだろう。

 だがそれ以上に重要なのが……軽量化だよ!

 耐久ぎりぎりまで装甲を薄くできる素材!

 これを実現するには鉄ではダメだ!

 オリハルコンやアダマンタイトを越える世界で一番軽い金属……』

『それって、もしかして……』

『あぁ、そうだ。世界で唯一ドワーフが鋳造できず、

 エルフにのみ製法が伝わる青く輝く伝説の流体金属……その名を……』


――ミスリル!!


(このままじゃ一撃を入れることもできないままなぶり殺しにされる……)


 光の速度で飛びながら後方へビームを残していくドゥール。

 青方偏移で青く見えるビームすべてを避けきることは不可能。

 そのうちの数発が命中するも、

 マールの着込む漆黒の対魔法ドレスの自動防御装置(ATC)までは貫けない。

 少なくともこのドレスを着ている限り、

 マールがダメージを受けることはないということだった。


 だが、こんな重い物を着込んで、

 防御や()()()()()に無駄な魔力を使っていたら……


(追いつけない!)


挿絵(By みてみん)


 意を決して胸元に手を当て。

 思い切ってドレスを……


「加速の、邪魔だぁ!」


 脱ぎ捨てた。


「年端もいかぬ少女が肌を晒すとはな!

 だが、枯れ果てた老いぼれに誘惑になど……っ!?

 何の音だ!?」


 聞こえるはずがない。

 音速を越えた世界で、音など聞こえるはずがない。

 にもかかわらず、ドゥールはその音を、聴いた。


 マールの黒いドレスの下に着込まれていたのは、純白の強化外骨格。

 外からの魔法を弾く対魔法性能ではなく、

 内からの魔力を増幅させる機能にのみ特化した、

 伝説級の魔道士専用装備。


 ミスリルのアクセラレート(VVVVF)スーツである!


 その魔力を最適な流れへと変換する際の音が、

 まるでセイレーンの歌声のように空間に響いていく。

 そして、その魔力が白いスーツの上を青のレイライン(Rail Line)として輝きが走る。


「届けぇぇぇぇぇええええ!!」


挿絵(By みてみん)


 乱射されるビームをマールの脳内中央制御室から通達されるダイヤ編成で回避する様はまさに神業。

 相対速度差から赤く染まっていたドゥールの色が青に変わっていく。

 それはまるで、彼女に「すすめ」と命ずる主信号のようであった。


(このままじゃ1京553兆円が……

 いや、違う……お金の問題じゃない……!)


 光速を超えた世界は闇に包まれている。

 景色とは目に入る光であり、

 その目のついている体が光速を超えれば、

 目に光が入ることは物理的に不可能。

 それ故の暗黒である。


 何も聞こえない静寂と何も見えない暗闇の中。

 マールは魔法力場をレーダーに空間配置を脳内で認識している。

 この時、マールの脳は彼女に「夢」を見せていた。


(そうだ、シオンの、そして私の、私達の「夢」は。

 私達は、お金のために速さを求めているわけではない。

 私達の「夢」は……私達の「希望」は……私達の……)


――『のぞみ』は! こんなところで止まらない!


挿絵(By みてみん)


「私達は! すべての人々に平和な世界を楽しく旅して欲しいだけ!

 安心! 安全! そして何より……快適に!

 だから! こんなド田舎に!

 ひかりを止めるわけには、いかないんです!!」

「ぬぅっ!?」


 その時、ドゥールの目は。

 闇に包まれていた。


(何も……何も見えん……これが光の先……)


 ふぅ、とため息を挟んで。


「通過、されてしまったのか」


 こうしてドゥールはその足を止めた。

 まもなく遥か前方から青い線を描いて戻ったマールに手を差し出して。


「こだまは止めてくれんか?」

「検討します」


 こうして2人の決闘こうしょうは終わった。


 の、だが。


「……しまった」


 アールヴヘイムの中央広場。

 元々世界樹の巨木がそびえていた聖地。

 はたから見れば駅を作るのにこれ以上ないように見えたその広大な空き地に……


 既に、駅が建っていた。


「総裁!? この10年どこに行っていたんですか!?

 いえ、それより……さぁこちらへ!

 まもなくニューブリッジ=アールヴヘイム間の開通式典が始まります!」


 マールは自分の失態に頭を抱える。


「ちょっと、走ってきてしまった……」


 ウラシマ効果。

 限りなく光速に近づいた世界で時間の流れが加速する物理現象。

 マールの実感で1分にも満たなかったドゥールとの交渉で、世界は10年先に進んでいた。


「最長老様ぁ……」

「我らエルフにとって、時間の感覚が人と違うのは当然のこと。

 人にとっての悠久は我らにとっての刹那……」

「そういう話じゃないんですよぉ!

 ていうか、正確な年齢がわからないってそういうことだったんですねぇ!」


 こうして10年振りに世界と同じ時間を歩き始めたマールとドゥールは

 笑顔で握手をかわしつつホームに入ってきた最初の汽車を迎えた。

 どうやらひかりの開発は技術的に難航しているらしい。

 残り半分、アールヴヘイム=グランサカーツが開通し、

 そこに稲妻列車が走るのはいつになることやら。


 まぁ、そう遠い話ではないだろう。

 ここにひかりが止まらないことももう決まっている。

 この件に関してはもう何も問題はない。


 それよりも今気になる問題は……


(多分この駅舎、すぐに改築しないとダメですね)


 と、駅のホームのド真ん中を貫きそびえる世界樹の若木を見て思うのだった。



☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置(ATS)起動!☆☆☆



 しゅんと顔を下げるマール。

 その首には1枚の板がかかっている。


――私は鉄オタとしての矜持を忘れてガチバトルした狂犬です。


 いやそこはせめて総裁の立場を忘れたと書いてはくれないものか。


「はぁ……え? 解説ですか? ここでする解説って、

 光のドップラー効果による赤方偏移と青方偏移とか、

 ローレンツ収縮とかウラシマ効果をはじめとした一般相対性理論の話になりますけど、

 鉄オタでかつその辺も興味ある人っています?

 いないですよね。むしろ鉄オタのみなさん的には……」


挿絵(By みてみん)


「こちらを紹介しましょう!

 ホームの中央を世界樹の若木貫くアールヴヘイム駅のモデル、

 京阪萱島駅のクスノキです!」


挿絵(By みてみん)


「こちらのクスノキは推定樹齢700年。

 萱島神社の御神木で、駅の高架化に伴い伐採される予定でしたが、

 地元の人々の保存を望む強い要望で残されることとなり、

 このような特徴的な形のホームになったというわけです。

 その異様な光景から検索サジェストに『萱島駅 クスノキ 呪い』とか出てきますね。

 実際にこの大木を斬ろうとした人々が次々と負傷したなんて話がまことしやかに語られてますけど、

 どうなんでしょうね。

 エルフである私としては、自然には畏敬を感じることこそれあれども

 ネガティブなイメージを持つことはありません。

 そもそも現代社会で、祟りを恐れて木を切らないとか……」


「触れると死ぬ木の葉の呪いから電車を守るためわざわざ数億円をかけて屋根を作るとか!」


挿絵(By みてみん)


「あるわけないじゃないですかぁ!

 鉄道はSFともオカルトとも無縁なんですよぉ!

 あははははは!」



☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆



「ミスリルが調達できないんだよぉ!」


 マールにとっては2日振り、シオンにとっての10年ぶりの再会。

 しかし技術的障壁によってひかりの開発に難航するシオンにとっては

 たった10年留守にした程度どうでもいいことらしい。

 マッドサイエンティストというやつは、

 わざわざ光速で移動しローレンツ収縮を起こさずとも、

 己の目的に没頭するだけで簡単に周りが見えなくなるようだ。


「うーん、まぁミスリルはエルフにとっても希少な金属だからねぇ。

 流石に全車両をミスリルで作ろうとか、1両あたり3億くらいかかるよ?」

「カネで解決できるなら安いものさ!

 そもそも手に入らないんだよぉ!

 サンプル素材すら!」


 かつて、魔王軍が世界樹を焼き払った日。

 里に残っていたミスリル冶金技師は1人を残して()()()()()しまった。

 そしてその1人も、今は行方不明。


挿絵(By みてみん)


 つまり、今この世界でミスリルを入手する方法は、ない。


「少しでいい! データが取れるだけの量でいい!

 マール! 君はミスリル製の何かを持ってはいないのかね!?」

「あー……」


 マールは無意識に黒のドレスの襟元を強く握る。

 彼女は光学迷彩魔法で肌の色を偽装している。

 それは先の戦いで見せたこの装備が、

 親友にも見せられない秘密である証左だった。


「でもさ、シオンちゃん。

 私気付いたんだよ。

 確かにシオンちゃんならこの先どんどん列車の速度を上げていけるはず。

 でもさ、それにはちゃんと限界があるし、

 そもそもある程度限界が近づいたところにはウラシマ効果で

 逆に相対的に時間がかかるようになってしまう時間の特異点シンギュラポイントがあるんだ。

 そんなに速度とか気にしなくても今で十分速いんだからさ、

 ほら、もっとこう、快適性とか加速度とか……」

「私は光の速度の話をしてるんじゃない!

 ひかりの速度の話をしてるんだよぉ!」


 異世界ラインに新幹線が開通する日は、もう少し先になりそうだ。


 果たしてミスリルは見つかるのか。

 シオンは新幹線を開発できるのか。

 それが語られるのはもう少し先のお話。

 今はそんなこと考えていられない。そう……


 ()()()()()()()()()


 この時のマールはまだ気付いていない。

 10年の空白。

 それが彼女にとって取り返しのつかない事態を招いていたことに。


 観光特需は終わり経営は赤字で、ほとんどの路線の独立採算が絶望的。

 戦後雇用された元軍人の社員達は殿様商売に慢心しサービスのかけらもなく、

 少し待遇が悪くなればストライキでダイヤが乱れる。


 そんなお荷物に無制限に注がれ続ける税金。

 税金があれば潰れないとばかりに未だ肥大を続ける新路線。

 用地買収は半ば無理矢理で住民からはヘイトを浴び、

 もちろんすべてが開業即赤字だ。

 

 もはやファン・ラインの鉄道網は魔王を倒した誇りではなく。

 平和な世界に残された、前時代の負の遺産でしかなかった。

 本来ならマールは、こうなる前に行動しなければならなかったのに。


 そして、この機会に乗じて……


挿絵(By みてみん)

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Asakusabashi_Station_burned_down_1985.png


 全人類種の敵が、ついにその活動を再開しはじめていた。

普通 3両 8月28日22時20分 地下10mの風魔法「そうだと思った時が旅のはじまり」

普通 3両 8月29日10時20分 地下10mの風魔法「嵐の皇帝」


第3号到着 8月29日22時20分

最終話到着 9月26日22時20分


駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

座席の予約は「ブックマーク」「評価」で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ