「地元民は無理難題を言う」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
世界樹の若木の前で、マールは最長老ドゥールに事情を語った。
二大都市圏の間を最短距離で結ぶ稲妻列車計画。
夢の超特急「ひかり」の開発プロジェクト。
そのために、ここ、エルフの里アールヴヘイムに。
鉄道を、通したい。
(エルフは長い歴史の中、人との関わりを最低限に留めて来た。
駅ができればどうしてもその里に大勢の人がやってきてしまう……
それを頭がオリハルコンより硬い長老様が認めるわけがない。
まして、聖域である森、グォーサヴァイトを切開くなど……)
エルフであるマール自らエルフの森を焼く行為に等しい願い。
絶対に許されるはずのない蛮行である。
「それは、難しいな」
「ですよね」
予想通り。当然の回答だ。
だが、シオンの夢の稲妻列車のため。
どうにか妥協策を……
「今すぐだと120億しか出せん」
「そうですね。120億ではとても工事費のすべてを……
ん? 今なんて?」
「だから、工事費を負担しようにもすぐに動かせる予算が120億しかない。
我々の懐事情も厳しいのだ」
「いやいやいやいや!」
カネで動いてくれるとはとても思えないが、それでもどうにか交渉をと思っていた矢先。
まさか逆に支払うと言われてしまったのだから文字通り話が違う。
というか、120億とか小国の国家予算レベルじゃないか。
「何を! 何を言ってるんですか長老様!
むしろ私の側がお金を払うところで……」
「何故だ?」
まるで話が通じてない。
まさかマールの価値観の方がズレているとでも言うのか。
「だって嫌でしょう!?
エルフの里に人間の観光客が押し寄せるとか!」
「お前は知らぬかもしれんが、つい20年ほど前に温泉が湧いたのだ。
何も問題はない」
「そうじゃなくてですね!」
「ちなみに高濃度エーテル泉で、効能は魔力上昇と豊胸と切れぢの回復だ」
「あとで入りますがそうじゃないです!」
無意識にマールの手がそのすらりとした空気抵抗の少なそうな胸に伸びる。
「あぁ、なるほど。
確かに、おみやげはまだ開発しておらん」
「そういう話でもないです!」
「しかし我らには魔王を倒した英雄であるお前がおる。
お前をキャラクター化してグッズ化しても良いか?
当然ろいやりてぃは払う」
「御当地ゆるキャラにされるのも嫌ですがそうじゃないです!」
流線型の高速ボディとかいじられそう。
「あと最近、どこから逃げ出したのか森にキョンの群れが住みついておってな。
森を切開くついでに狩って欲しいのだが。
証拠に耳を持ってきてくれたら役場にて交換で1匹あたり……」
「なんでさっきから排他的だったはずのエルフの秘密の村が
現実的でアットホームな村になってるんですか!?
なんですか!? もしかしてカミキリムシも持ってくればいいんですか!?」
「そっちは1匹あたり200円だな」
「あーもう!」
そのキョン、近くで閉園した動物園から逃げ出したのでは?
「それに、世界初の夢の稲妻列車が通るのだろう?
そんなものの駅ができれば里への経済効果は120億払ってもおつりが来る」
「まぁそうなんでしょうけど!」
………
「……ん? いや、ちょっと待ってください」
ここで一転、現実に引き戻されたマールの顔が青くなる。
「いつからひかりの停車駅になると錯覚していたんですか?
こんなクソみたいなド田舎が」
ここから天才マールの脳内が高速で計算を開始する。
(今回用地買収の予算として用意したのは50億。ここで逆に120億もらえるとなると+170億の儲け。ふたつ返事で飛びついて良さそうな美味しい話に見える。一方、ニューブリッジ、グランサカーツ間の距離は約500km。現在の在来線の所要時間は特急で約6時間30分。シオンちゃんの作る初期型(Tpye0)のひかりの時速を210km/hと仮定して。巡航速度を考えればおそらく約3時間10分までは短縮可能。現実的に考えれば50年後には約2時間30分までは短縮できていてもおかしくない。この区間の切符代は現在8910円。特急券を自由席4960円、グリーン車10680円と仮定して。現在の乗車率と経済成長率から考えて、50年後には片道1本で1億6000万の売上。限界まで多く走らせるとすれば1時間あたり19本が限界。この場合の推定収益は年に1兆8318億。しかし、停車駅が1つ増えれば1時間あたりの本数は減る。仮に1本減るとしても、その損益は1年に6596億円。10年で6兆、50年で32兆。エルフ種の理論上生命活動維持限界までなら1京553兆。他の都市間路線の赤字化が避けられない中、この雷幹線で可能な限り多く稼いで他の赤字を強引に補填しないといけないのが今のファン・ラインなのに、改めて。ここで首を縦に振っての用地買収は170億の儲け……)
「全っっっ然!! 割に合わない!!」
ここまでの計算にかかった時間はわずか数秒。
「英雄」ではなく、「経営者」として決意を込めた目で睨みつけるマールを前に最長老ドゥールも表情が変わる。
「……アールヴヘイムにひかりは、止まらんのか」
「止まりません! ひかりは、アールヴヘイムを……」
――通過します。
それは、2人の交渉が決裂した瞬間だった。
「ならば、ここからが……」
最長老ドゥールが杖を手に取る。
それは在りし日の世界樹の枝を用いて作られた、最高級の杖。
「そうですね、ここからが……」
一方マールも杖を取る。
年季で言えばドゥールの物には及ばないまでも、同じ世界樹の枝から作られた杖。
彼女が森から生まれると同時に作られた、双子とも言える存在。
世界最高クラスの魔力を持つ2人のエルフが、お互いの杖を相手に突きつけて。
そう、ここからがエルフの伝統に則った流儀による……
「「決闘だ!!」」
2人の姿が、その場から消えた。
普通 6両 8月27日22時20分 ひかりを止めるな!「戦慄の紅」
普通 6両 8月28日10時20分 ひかりを止めるな!「ひかりより速いもの」
第2号到着 8月28日10時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
座席の予約は「ブックマーク」「評価」で。




