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異世界で森を切り開き鉄道敷いて魔王を倒したエルフの後日譚 「ファン・ライン」~異世界鉄道物語~  作者: 猫長明
第1号:騎士の鉄道クオリティ

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14/85

「そしてなにより狂気が足りない」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

――2025年、ファン・ライン本社ビル37階総裁室


「はぁ……」

「なんだいため息なんてついて」

「シオンちゃん……」

「2人の時だけとか関係なくねぇ。

 君は188歳で、私は195歳。

 あの森で一号機関車を見つけたのはもう150年以上前。

 私もそろそろシオンちゃんなんてかわいい呼ばれ方からは卒業したいんだよ、マール。

 独り身の私はさておき、君はもう婚約した身なんだぞ?」

「まぁいろいろあって、私も大人になった。

 責任も理解してるし、仕事だって真面目にやってる。

 でもシオンちゃんはシオンちゃんなんだよ。

 お互いどれだけ評価を重ねようがね」

「まったく……」


 この天才様は、何年変わっても変わらない。


 事実上ひとりで魔王を倒し、

 一度は絶望の底に落ちるもそこから奇跡の蘇生復活、

 そしてあの大事件を被害ゼロで解決してみせた

 誰もが認める『鉄道女王』だというのに。


「で、なにを悩んでるんだい?」

「この路線なんだけど……」


 指がさされた直線区間をひと目見て、シオンは意図を察する。


「なんでうちの方が遅いの?」


 どうしても速度は鉄道事業者にとって重要な指針の1つとなってしまう。

 無論、それ以上に安心と安全を約束せねばならないのだが。


 さておき、マールの疑問は当然と言えば当然。

 こちらは直線、相手はS字カーブの連続の曲線。

 にもかかわらず、相手の方が早く同じ2点間を結ぶのだから。


「ま、そりゃ仕方ないさねぇ。なにせ相手は……

 世界最速の、赤い流星だからね」


 はぁ、と深くため息をつくマール。

 技術屋ならスタイリッシュなキャッチコピーなんかでなく対抗心を燃やして欲しい。


「確かに借りがあるけどさ!

 コタニちゃんとも仲いいし!

 でも正直K急はなんかおかしいんだよ!」

「おかしいとは?」

「採用情報見てよ!」


★未経験者歓迎・高卒以上・学科不問

★応募条件

・一般的な種族の定年まで30年以上の歳

・高卒以上

・両眼視力1.6以上かつ片眼1.0以上(魔力矯正視力を含む)

・100m走12秒以下

★求める人財像

・協調性のある方

・主体的に行動できる方

・業務知識の向上を目指せる方

・自己鍛錬ができる方

・いざという時に身を盾にして守れる方


「求められてる視力が高めかな?」

「他どこの会社の採用情報で100m走のタイムが求められてるの!?

 あと求める人材の一番下おかしくない!?

 極めつけがこれだよ!」


★特記事項

・前職鉄道事業者優遇

・前職騎士団優遇

・成長が速い方優遇

・行動が速い方優遇

・理解が速い方優遇

・食事が速い方優遇

・判断が速い方優遇

・速い物が好きな方優遇


「なんで前職が騎士団だと優遇されるんだろうねぇ」

「問題はそこじゃないんだよ!!」


 現実逃避するように明後日の方向を見つめるシオンだったが、

 マールに逃さないぞと目で訴えられ諦めるに至る。


「いやね、私も技術主任として、

 何故有利な条件で負けるのか気になって

 調べたことは当然あるのさ」

「ならなんで諦めてるのさ。

 シオンちゃんらしくもない」


 顔をふぐにして不機嫌を示すマールに

 シオンは薄ら笑いを返す。


「技術の問題じゃないのさ。

 K急の車両は確かに『尖った』性能だし、

 向こうの社員の練度も高い。

 だが今のうちと致命的なレベルで

 差がついているわけではないし、

 少なくとも車両の総合性能は

 私が設計している車体の方が上さ」

「そう! そうなんだよ!

 私もそれはわかってるからこそわからない!

 ねぇシオンちゃん!

 どうしてK急はあんなにも速いの!?」


 改めて最初に戻っての質問。

 これにシオンは、本当に心の底から

 諦めたような表情で答える。


「K急にあって、うちにはない物。

 それは……」

「それは……!」


――狂気だよ。


 その、真剣な瞳から発せられた狂気に

 マールも心底納得して。


「狂気かぁ……」


 乾いた笑いを浮かべるのだった。


「おっと、それより今日は撮影だったろ?」

「そうだった! 行ってくる!」

「はいはい窓から飛び出ようとしない。

 ほら、キャリアウーマンやるんだろう?

 せめてカメラの前では大人になりたまえよ、マール」


 なにはともかく。

 本当にこの天才様は何百年経っても、変わらない。


☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置(ATS)起動!☆☆☆



「はい、ということで。

 私達ファン・ラインのライバル、K急が登場です」


「K急のモデルは言わずもがな。

 東京と横浜地区を結ぶ京急こと京浜急行電鉄ですね。

 それと、後に京成に吸収合併される新京成電鉄設立のエピソードも元ネタになっています」


「物語の中では母体となった王の急行隊は主に3つの特徴が描写されていました。

 この特徴と京急を照らし合わせていきましょう」


挿絵(By みてみん)


■『最速』の域にまで鍛え上げられた赤毛の軍馬


「現在の京急の主力車両は京急1000型(2代)

 区間の制限速度は120km/hで、ほとんどの区間を120km/hで走行します。

 そして何よりすごいのがその加速度。

 同じ区間を競争するように走るJR東海道本線の主力車両のE231系の加速度が2.3km/h/sなのに対し、

 京急は3.5km/h/sと1.5倍なんですよね。

 これはつまり、京急の車両の方が1.5倍早く加速するという意味で、

 最大速度に至るまでの時間が圧倒的に短いということ。

 まぁ何とはいいませんが加速スキルは大事ですよね」


「ちなみに。京急の路線区間の制限速度は120km/hなんですが、

 少し前まで使用されていた速度と加速性能を極めた京急2000型は何故か最高速度が130km/hでした。

 なんでなんでしょうね。狙ってるんですかね。

 そして京急は下町の路地裏を平気で時速120km/hで全力疾走します。

 ついたあだ名が路地裏の超特急。

 本当にとにかく速いんですね」


■個々の小隊を独自の判断で動かす『主任』と呼ばれる職人達。


「京急は無茶苦茶なダイヤや列車運用が特徴なんですが、

 それを影で支えるのが運転主任と呼ばれる職人のみなさん。

 運転手歴15年以上のプロにしかつけない役職で、

 この主任は京急運行に関わるほぼすべての権限が独自に付与されています。

 ちなみに京急は2025年現在まだ信号機の開閉やポイントの切り替えを

 完全な機械制御ではなく手作業で行っているのですが、

 それもすべて運転主任さんが独自判断でコントロールしています。

 まさに日本の職人というべきスーパーマンなんです」


■たとえ途中で魔物の襲撃を受け部隊が半壊しようが、限界まで進み続ける『逝っとけ』精神。


「人身事故などでダイヤが乱れた時、

 私達ファン・ラインの元となっているJRでは基本的にいちどすべての電車を止めます。

 下手に動かしてしまうと、逆にダイヤの回復まで時間がかかってしまうためです。

 しかし京急では、とりあえず行けるところまでは進みます。

 これが通称『逝っとけダイヤ』です。

 この滅茶苦茶な運行を制御しているのが、前述の運転主任さん達の神業なんですね」


「この他にも京急は無茶苦茶なエピソードがたくさんあり……」


♪汽笛一声新橋を~


 と、ここでどこからか聞こえてくる鉄道唱歌のメロディ。


「あ、少し失礼します」


 スマホを取り出して。


「もしもし、私です。

 ……うん。……うん、しょうがないね。

 大丈夫、任せるよ。うん。よろしくね」


 ため息をついて電話を切り。


挿絵(By みてみん)


「失礼しました。

 まぁ、京急の無茶苦茶なエピソードはこの先も本編で語られると思いますのでその時に。

 では続いて、新京成の話をしましょう」


挿絵(By みてみん)

※Googleマップのスクリーンショットを元に加工


「新京成もとい京成松戸線は松戸と京成津田沼の間を結ぶ路線なんですが。

 この路線がご覧の通りの意味不明なぐにゃぐにゃっぷり。

 こちらの理由が本編で語られた内容そのまま。

 つまり、元々この路線は戦時中、鉄道連隊が戦地に線路を引くための訓練として引いた線路を後にそのまま使ったものなんです。

 言うまでもなく軍は国の物でこの線路も国の物だったんですが、

 戦後に旧鉄道連隊所属の椎名三郎しいなさぶろう大尉とその元上官だった鎌田銓一かまだせんいち中将が

 新京成の親会社となる京成電鉄に入社していたことが大きかったと言われていますね」


「ちなみに旧鉄道連隊大尉は椎名三郎しいなさぶろうでしたが、

 京急の初代社長は小谷昌こたにまさる


挿絵(By みてみん)


「新幹線を作った鉄道技術者は島秀雄しまひでお


挿絵(By みてみん)


「日本初の新橋横浜間の敷設に関わった日本鉄道の父とも言われる方が井上勝いのうえまさる


挿絵(By みてみん)


 1802年に世界初の蒸気機関車を設計した技術者がリチャード・トレビシックですね」


挿絵(By みてみん)


「……いや、特にこれといって意図はなく鉄道史の重要人物を紹介しただけですよ?」


「さて、話を戻して。

 鉄道連隊では難工事が要求される線路を短期間で敷設する訓練を行うと同時に、その急カーブが連続する線路を安全かつ可能な限り高速で走行する訓練も行っていたと言います。

 これがK急の高い技術に繋がる、というのが劇中での設定ですね。

 実際には京成と京急の間に関連性はありません。

 京急と京王と小田急と東急は元々1つの会社だったりするんですけどね」


「さぁ、第1話からライバル登場。

 魔王が倒れ、平和になった世界はみなさんお馴染み民主主義全盛の資本主義社会へ。

 ある意味ここからが真の鉄道の時代です。

 異世界ラインの鉄道の旅、駆け込み乗車はご遠慮ください」


挿絵(By みてみん)



☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆



 相手は狂気の赤い流星。

 なら、仕方ないかぁ、とばかりに背もたれに体を投げる形で背を伸ばすマール。


「あ、そういえば。

 さっきの電話。人身事故大丈夫だった?」

「あぁ、まもなく運転再開みたいだねぇ。

 ずっとマールが処理しているところを見ていたし、職員も今は皆優秀。

 何の問題も起きてはいないさ。

 それに、こういう時は振替輸送を依頼するんだろう?

 よくわからなかったから、とりあえず近くを走ってるK急に……」

「K急に振替輸送を依頼した!?」


 がばっ! と体を起こしてスマホを取る。


「もしもし! 私です!

 はい! その、少し留守にしまして!

 振替輸送の判断をシオ……技術主任が!

 あ。ああぁ……ですよね……

 はい……申し訳ありません。

 はい……よろしくお願いします」


 絶望の表情で天を仰ぐマール。

 その原因を確認するため、30分ほど時間を遡ろう。


挿絵(By みてみん)


「コタニちゃん、ファン・ラインから振替輸送の依頼だぜ」

「へぇ、珍しいね。

 まぁ、そういうところは持ちつ持たれつさ!

 鉄道女王に頼ってもらえるってのもうれしいし、

 当然受け入れるのが騎士の流儀ってもんだろう!

 頼んだよ主任!」

「おうよ、任せておけ」


 こうして同じ区間で起きた事故に対応するため、振替輸送の依頼を受けたK急だが。


「押さないで! 押さないでください!

 これ以上ホームに入らないでください!」


 K急側にダイヤに余裕があるとはいえ、ホーム設備の面積は天下のファン・ラインには遠く及ばない。

 振替輸送により一瞬でホームはパンク状態。

 それでもどうにかダイヤを守るため東奔西走した主任だったが……


「はぁ……」


 人でごった返すホームを退避線路の上から眺めてタバコを一服。

 落ち着いた後でスマホを取り出し。


「おう、コタニちゃん。俺だ。

 あぁ。ダメだこりゃ。

 ファン・ラインに振替輸送を依頼してくれ」


 これこそがおちゃめなK急と、京急の日常。

 振替輸送依頼を受けた結果ダイヤが乱れて振替輸送依頼を返す技……


 秘技、振替返しである。


挿絵(By みてみん)

普通 6両 8月25日22時20分 ひかりを止めるな!「英雄の凱旋」

普通 6両 8月26日10時20分 ひかりを止めるな!「新たな目的地、新たな夢、新たな光」


第2号到着 8月28日10時20分

最終話到着 9月26日22時20分


駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

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