「もういらない。勇者も英雄も鉱山労働者も」
この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。
マール率いるファン・ラインが鉄道敷設に苦心する間も、魔王領内では大軍同士が前線で衝突を繰り返す。
そのほとんどでは鉄道による安定した補給が成り立っていたのだが、それでも魔王領ベリアは広すぎる。
人類軍の統制が完璧ではないこともあって、中には孤立してしまう軍も出ていた。
そんな孤立無援の軍の希望の星となっていたのは……
「隊長……」
「なんだ」
「俺達、ここで死ぬんすかね……」
「バカなことを言うんじゃない。必ず助けは来る」
「そういってもう3週間っすよ!?
飯だって持ってあと4日っす!
鉄道もこんな辺鄙なとこまでは伸びてないっす!
一体誰がどうやって……」
「隊長殿! 南に赤い旗が!」
「来たか!」
『最速』の域にまで鍛え上げられた赤毛の軍馬。
個々の小隊を独自の判断で動かす『主任』と呼ばれる職人達。
たとえ途中で魔物の襲撃を受け部隊が半壊しようが、限界まで進み続ける『逝っとけ』精神。
赤字に白の円の旗を掲げる、人類最強の補給部隊。
「王の急行隊、ただいま到着した!」
マールの戦争哲学は正しかった。
絶望の中で人が求め、憧れるのは圧倒的な戦力で敵を蹴散らす勇者ではない。
温かいパンとスープを届けてくれる補給部隊だ。
故に彼ら『王の急行隊』は、全人類のヒーローだったのだ。
が、しかし……
「解散!? 王の急行隊が、解散ですと!?」
部隊長オオタニは激怒した。
かの邪智暴虐の王を取り除かねばならぬと……
「待て待て。話を聞くのじゃ騎士オオタニ」
「しかし!」
「良いか? そもそも貴公らが必要だったのは人類の統制が完全ではなかったため。
すなわち、過度の進軍により鉄道補給が行き届かない土地まで進軍してしまう隊があったためだ。
しかし、魔王城ベドログレードは既に目と鼻の先。
あとはそこに至る残り50kmの線路さえ完成すれば、魔王城に20万の人類軍がなだれ込む。
すなわち、もうこれ以上ベリアの領土に切り込む必要はない。
ここからは鉄道網の守備に徹し、進軍を停止すると決まった。
故に……王の急行隊は、役目を終えたのじゃ」
この決定の背後には、ここまで軍の中で強い発言力を持っていた好戦的な将軍が、
誇りをかけた1対1の決闘でマール相手にボコボコにされ、
エルフへのトラウマと共に一線を引いたことが大きい。
マールの戦争哲学『いのちをだいじに』は
今や人類全体の標語。
そしてマールの名は、人類の希望、天才的名将、
黒き魔法使いなど様々な名で広まり、
中でも『鉄道女王』の名は彼女の栄光の証拠だった。
しかし、そんな鉄道女王の完璧さが、
今ここで騎士オオタニに絶望として降りかかった。
王の最後の言葉が、オオタニの頭の中で繰り返し響き続ける。
速さと、安心と、安全。
この3つを信条に駆け続けた40年が、その一言ですべて否定されたのだ。
オオタニは絶望の中、詰め所へと戻る。
そして彼はこの後、隊長として最後の仕事を行わなければならない。
「ん? どうしたよオオタニ=サン。やけに顔色が悪いな」
「あ、あぁ。いや、その……」
オオタニも理解している。
王の判断は正しい。
そもそも重要なのは孤立部隊に物資を届けることではなく、最初から部隊を孤立させないことだ。
今までの自分たちは、ある意味で無能な上層部の尻拭いのために駆け回っていただけ。
その上層部の無能が是正されたのなら、むしろ喜ぶべき話である。
(しかし……!)
ただ、尻拭いだったとしても、自分たちは最高の尻拭いだった!
尻拭いであることにプライドを持って仕事をしていた!
それは彼ら主任達も同じはず!
そして、自分任務はこの主任達に王命を伝えること。
自分たちはクビだ、明日から仕事はない。
そう発言することが、オオタニの最後の仕事なのだ。
「それよりよオオタニ=サン!
ようやく補給人員があてがわれたぜ!
ほら、挨拶しろ!」
「はっ!」
目の覚めるような起立と敬礼を向けたのは、見た目麗し姫騎士。
未だ少女とも呼ぶべきあどけなさを持った彼女の名は。
「ハーヴァー家、第六代当主候補序列第2位!
シーナ・ヴィクトリアであります!」
「ハーヴァー家の? どおりで……」
美しい見た目だ、と口にしようとして言葉を戻す。
最近女性へのこうした言動をセクハラとする考えが広まっているらしいためだった。
異世界も世知辛い。
だがそれはそれとして、ハーヴァー家の女性が美しいには理由がある。
それは、初代当主アウグストの結婚相手がエルフだったため。
エルフの血を引くハーフエルフとしてのハーヴァー家の人間は皆長命で、特に女性は美しいと評判だった。
「歳の頃は……あ、いや」
「24であります!
父はいい加減家に入れとうるさくなってきましたが、ハーヴァー家の女ならばこそ、あと100年は戦場を駆けたく思います!
誇り高き王の急行隊へ加入の誉、大変光栄であります!」
うっかり女性に年齢を聞くという愚行をしてしまったのだが気にされなかったようで一安心。
しかし、あと100年は戦場を駆けるとは、また自分たち普通の人間とはだいぶ時間の感覚が違うらしい。
まぁ純血のエルフは平気で数千年を生きるらしいので、それに比べればまだ人間的なのだが。
「べっぴんさんだが、何より良い名だろう?
ヴィクトリア。勝利の女神様だぜ」
「ありがとうございます!
人類の勝利のため、必要なものは安心と安全!
そして何より速さという隊の理念に強く賛同する所存です!」
「なによりこいつは馬の扱いがうまい。
なんでもあぶみから馬に魔力を流して走る技を独学で身につけたらしくてな。
さっき走らせてみたが、2400mを2分20秒6で走りやがった」
「2分20秒6!?」
信じられない。速さの次元が違う。
まさに世界最速と呼ぶに相応しい逸材だ。
「しかし、最新型の超高速鉄道亞里亞号にはとてもかないません!
鉄道が騎士を時代遅れにする日はそう遠くないでしょう!
しかし、その日が来るまでは走り続ける所存です!」
「うっ……」
すまん、もう来てるんだよ。
俺達はもうお払い箱なんだ。全員クビなんだ。
騎士道の時代は終わりだ。
この先の乗馬はもうただのスポーツ。
競技場のターフを走って最後に歌って踊るくらいしか生きる術がないんだよ。
まぁ嬢ちゃんのようなべっぴんさんならいいアイドルに……
(なんて、言えるかぁぁぁぁ!!)
オオタニは頭を抱える。
だがいつまでもこうしてはいられない。
もしも誤魔化そうというのなら、これからは隊の給料をすべてオオタニがポケットマネーで支払わけなければならない。
これまでの功績からそこそこの貯蓄はあるのだが、そういう話ではない!
「しかし、ファン・ラインの連中も苦労してるらしいな。
ベドログレードへの残り50kmの鉄道敷設は難工事になってるみたいだ」
「そびえ立つ尖塔のような峰の間をうねる蛇のように迂回し、急流の上に橋をかける……
とてもこれまでと同じペースでは進まないと思われます!」
「まぁこの世界で鉄道技術を持ってるのは連中だけだ。
俺達は今まで通り……」
「……ん?」
ふとオオタニの頭に疑問が浮かぶ。
ある意味で現実逃避だったのだが、それはそれとして。
「そういえば、何故ファン・ラインが鉄道事業を独占しているんだ?
別段あそこの総裁は技術の独占を宣言しているわけではあるまい」
「いや、独占って、オオタニさんよぉ……
そもそも魔王軍と戦う目的を共有できる以上人類はひとつだ。
ファン・ラインはその代表というだけで実際は全人類で鉄道を動かしてるようなもんで、独占してるわけじゃねぇよ。
それに鉄道の敷設にはカネがかかるからな。
連中のバックには世界のほとんどの商業ギルドがついてやがる。
ようはカネだよ、カネがないからだよ」
「しかし、もしも独自に鉄道路線を開業できれば、その利益は莫大なものになるはず。
いや、それ以前に。
もしも此度の魔王軍との戦争でファン・ラインができない最後の50kmに線路を引くことができれば……」
「そりゃ英雄だろうな。戦後の世界を大きく牽引する……」
「それだ!」
オオタニは王の元へと走り出した。
このひらめきを伝えるため。
偉大なる王の名を、そして、王と共にある王の急行隊の名を、永遠にするため。
「王よ! 我々で最後の50kmの線路を完成させましょう!」
オオタニの熱意に燃える目に押し切られ、王は首を縦に振った。
「王の急行隊改め、王の鉄道連隊、整列! 敬礼!」
完全な規律で整列した部隊全員の前で、オオタニが壇上に登る。
「栄光ある急行隊の諸君!
賢王たる我らが王は、今までのように孤立する部隊を出さない進軍計画を約束した!
我らが無意味な尻拭いをせずに済むよう、働きかけてくださったのだ!
そして同時に、我らに新たな職務を下された!
魔王城ベドログレードへの最後の50km!
ファン・ラインですら工事に苦心するこの絶望の道を、我らに敷けと『王の意思で』命じたのだ!」
王の意思で、の所に強くアクセントを置いた言葉に隊員達がざわめく。
――あの王様が?
――昼行灯みたいな方だったのに、そこまでの決断をされるとは……!
――やっぱり俺達の王様は最高だったんだ!
(すまん、全部俺が強引に推したんだ。
だがこれもお前達をクビにさせないためだ。
わかってくれ……!)
強く目を瞑り口元を震わせるオオタニ。
――オオタニ=サンが……!
――オオタニ=サンも王の素晴らしさに感動してるんだ……!
完全な行き違いだが、正面衝突しなければ問題ない。
隊の意思は既にオオタニの信号とATCが完全に管理しているのだ。
「だが最後の50kmは難所の極み!
無策では死にに行くようなものだ!
そこで……これより我ら鉄道連隊は、演習線の敷設に挑む!」
オオタニが王都ダーマツヌ周辺の地図を広げる。
「ファン・ラインの鉄道は基本的にどこも直線で線路を敷いている!
当然だ!
速度を出し、安心、安全の運行を確約するためには線路は直線であるべきだ!」
速度、安心、安全。
その言葉がオオタニの口から出たことで、隊の全員の表情が引き締まる。
それは職人集団の顔。
今までのような、浮かれた顔ではない。
「だが我らならば、このような急カーブの連続であろうとも、速度と安心と安全を約束できるはずだ!
何故ならば……!
王の急行隊こそが、世界最速、世界最高の英雄達であるからに他ならない!」
隊員を鼓舞するための強い言葉。
しかし、時既にそんなものは不要だった。
彼らが見ているのは隊長の後ろでたなびく赤に白のラインに入った旗。
そして……
「この程度の工事ができないようでは!
この程度の悪路を最速で駆け抜けられないようでは!
栄光など手にできようはずもない!
だが、できるはずだ! 何故ならば、我らのモットーは……!」
――最速! 安心! 安全!
――最速! 安心! 安全!
――最速! 安心! 安全!
オオタニの目から涙が流れる。
それは自分たちのプライドが今もまだ生きていることと、
どうにか状況を誤魔化し通せたことへの安堵で3:7。
「王の鉄道連隊、状況を開始せよ! 出発進行!」
『出発進行!』
それぞれの主任が部下を集め図面の確認へと走る中、新入りである姫騎士ヴィクトリアはひとり歓喜の涙に打ち震えていた。
(かっこいい……! すごくかっこいいです!
これが、人類の英雄、王の急行隊の隊長、
太陽の騎士、オオタニ=サン!
そして私も今日から……!)
「おい嬢ちゃん何してんだ!
いいとこの出だろうが遅延は認めねぇ!
ダイヤ頭に叩き込んで、手動で信号切替えるんだよ!」
「は、はい! ただちに!」
こうして人類すべての希望を背負い、王の急行隊改め王の鉄道連隊は駅を飛び出したのだった。
が、しかし。その頃……
「ははは! 人間のやつらの頼みの綱、
あの鉄道とかいうおもちゃも
流石にこの地形には引けまい!」
「くけけけけ! まぁた今日も崖の間に
鉄の橋をかけようとしてたもんだから、
空から破壊してやったぜ!」
最後の50kmはただでさえ難工事が要求される地形に
空を飛ぶ魔物の妨害まで降ってかかる地獄。
残り50kmのうち、この半年で進んだ工事は
わずか300メートル。
現在の日本で建設が難航しているリニア中央新幹線の遅れが
かわいく見えてしまうような状況だった。
と、いうのは、あくまで表向きの話。
「はははっ!
見ねぇうちにどえらいもんを作りやがったな!
このドラ娘が!」
「げぇぇぇっ!?
な、なんでここに私の父くんがいるんだねマール!?」
「ふふっ。呼んじゃった」
ドワーフは生涯のほとんどを地底で過ごす。
彼等の先天スキルは採掘と金属加工。
その才をもってすれば、この世界で、
最も高価な金属、金も
最も硬い金属、アダマンタイトも
最も魔法耐性の高い金属、オリハルコンも
思うがままに精製可能。
彼等に作れない金属は、世界に1種類しかない。
まぁその1つの例外は、今は関係のない話だ。
シオンがはぐれドワーフとして里を離れ
マールと出会った背景は
彼女がそんな地の底で一生を暮らす人生に嫌気がさしたため。
エルフなのに魔法使いになりたくなかったマールとは
まさに出会うべくして出会い、
仲良くなるにしてなった境遇だったのだ。
「まさかマール!
君は私を売ったのか!?
嫌だ! 私は地下には戻りたくないねぇ!」
「お前がどうしてもというなら
連れ帰って強制労働させてもいいんだが……」
「ひぃっ!?」
「残念ながらそのつもりはないし、
そもそも最近は多くのドワーフが地上に出てるんだ。
ある意味お前のせい……いや、お前のおかげでな」
「私の……?」
なんのことかもわからず涙目で首をかしげるシオンに
マールがひとつ問いかける。
「シオンちゃんもドワーフだし、
地下で鉱物を掘ったことくらいあるよね?」
「あるさ! 二度とやりたくないねぇ!」
「何が一番大変だった?」
「君達素人のイメージでは、
ツルハシを振りながら泥だらけで汗を拭うのが
鉱山労働というやつなんだろうけどねぇ!
実際にツルハシを振るのは鉱山労働者のごく一部!
他は鉱物と砂利、そしてなにより、
掘り当ててしまった一番めんどくさいものの処理で手一杯に……」
「それだよ」
ちらりとマールから目配せ受けたシオパパは、
優しい笑みを作ってシオンの頭に硬い手を乗せた。
「お前の発明が、その負担をなくした。
砂利は硬に担ぐでなく線路の上をトロッコで運ぶ。
そしてなによりその一番厄介な掘り当てた水は、
お前の蒸気機関が全部汲み上げちまえるのさ」
現実世界で最初に蒸気機関が利用されたもの。
それがこの、鉱山で水を汲み上げるシステムだった。
鉄道、すなわち蒸気機関車での利用はこの後のこと。
蒸気機関と言えば鉄道だが、
蒸気機関が世界に与えた影響で最大だったかもしれないのが、
この自動汲み上げポンプである。
異世界ラインでは発明の順序が逆転しこそしたが、
このポンプの発明は多くのドワーフを地下から解き放った。
シオンは己の意図しないところで、
己の種族の運命を変えていたのだ。
「というわけで、手伝って欲しいんだけど」
「おうとも! 自慢の娘の親友で、
『鉄道女王』頼みとあらば断れねぇ!
オリハルコンだろうがアダマンタイトだろうが、
ヒヒイロカネだってトン単位で……」
「あー、そうじゃなくてね。
いやその、ここで穴を掘って欲しいんです。
ただし、ツルハシではなく……」
マールはにやりと笑って、
背後におかれた巨大な何かにかけられていた布を、
「これでねっ!」
引っ張った。
「な、なんだこいつぁ!」
「私達の最新の発明だよ、父くん。
名付けて……」
https://www.ihi.co.jp/all_news/2019/infrastructure_offshore/1196820_1592.html
「アダマンタイトカッター・シールドマシンだ!」
普通 5両 8月24日22時20分 騎士の鉄道クオリティ「最速のライバル」
普通 5両 8月25日10時20分 騎士の鉄道クオリティ「そしてなにより狂気が足りない」
第1号到着 8月25日10時20分
最終話到着 9月26日22時20分
駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。
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