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異世界で森を切り開き鉄道敷いて魔王を倒したエルフの後日譚 「ファン・ライン」~異世界鉄道物語~  作者: 猫長明
第1号:騎士の鉄道クオリティ

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11/85

「戦争と鉄道」

この物語は、あなた達の世界ではフィクションに該当します。

――魔王領侵攻開始から46年後、線歴1941年


 マールの『想像』した通り、鉄道で補給網を整えつつの魔王領ベリア侵攻は確実に進み、

 北の果ての魔王城ベドログレードまであと50kmというところまで切り込みつつあった。


 しかし、ここからが問題だ。


 魔王城ベドログレードは険しい山々と激流の川で囲まれた天然の城塞。

 ここに線路を敷く難易度はこれまでの比ではない。

 当然ながら工事中には空を飛ぶ魔物からの襲撃を受ける。

 だが鉄道もなしに大軍を動かすには距離がありすぎる。

 そんな場所だからこそ、勇者パーティによる一点突破という夢物語が認められていた場所だったのだろう。


 それでもこの工事を終えない限り、

 人類軍は魔王城に無傷で突入できない。


「どうするつもりだい? マール。

 前線の将軍はここからは強行軍を提案しているが」

「認められない。

 ここまで私はとにかく人命優先で計画を進めた。

 将軍達の独断専行は、確かに短期的には戦果を出したね。

 でも、それでどれだけの人達が戦線から孤立し、

 魔物達に包囲殲滅されたのかな?

 いや、むしろ、最期まで戦って死んだなら満足だろうさ。

 どれだけの人達が孤立し北の大地で凍えて餓死したの?

 そんなの人の死に方じゃない。

 それで前に私キレ散らかしたよね?」

「あの時の将軍、エルフがトラウマになったそうだよ。

 かわいそうにねぇ」


 軍国主義のエルフ、マール・ノーエ。

 その戦争哲学は『いのちをだいじに』だった。

 賭けに出ない、根性を信じない、

 石橋を叩いて壊して鉄橋を作る。

 そんなマールの戦略は当然、

 古典的思想の人間の将軍からは臆病エルフと嘲られた。


 しかし、彼等にはこれだけの大軍を動かした経験がなかった。

 彼等が指揮してきたのは、十分な訓練を受け、

 戦うことに誇りを持った歴戦の勇士達。

 だが今回の戦争は『数』での勝負故に、

 軍の中にはやる気だけで無鉄砲な素人が大半だ。

 彼等の金メッキはすぐに剥がれてしまう。

 

 また、未だに勇者パーティーによる一点突破という

 伝統的対魔王戦術に固執する将軍達は、

 エース部隊による無双を是としていた。

 だがマールはこの戦略を否定。

 エースは基本的に分散させ、

 もしも彼等を活躍させるにしても

 それは敵の撃破ではなく味方の救出だと主張した。


 歴戦の猛将と臆病エルフ

 軍の内部で支持を集めたのは、後者だった。

 この人気によりマールは

 長い年月をかけての魔王領攻略を

 最低限の犠牲と高い士気のまま

 ここまで進めて来れたのだった。


「しかしねぇマール。

 技術屋として言わせてくれ。

 この最後の50kmは無理だよ」

「切り立つ尖塔めいた岩山。

 その間を縫う激流。

 直線で線路を引くのは無理難題で、

 カーブと急勾配の連続に鉄橋建設まで。

 確かにね」

「悔しいがここは私も将軍達に賛成だよ。

 君はよくやった。だがここまでだ。

 ここからは犠牲が必要になるんだ」


 シオンの言葉は現実だった。

 ここまで線路敷設や新型車両の設計と改良、

 工事技術の向上を目指してきた彼女だからこその視点。

 マールにはそれが十分にわかっていた。


「……でもね、シオンちゃん。

 シオンちゃんは、自分の成果を過小評価しすぎている」

「どういうことかな?」

「私達の鉄道。

 シオンちゃんの蒸気機関。

 それはもう、ただの輸送手段じゃない。

 一号機関車は今、鉄の(アイアン)技術的特異点(シンギュラリティ)と呼ばれてる。

 シオンちゃんがその技術をギルドで独占させずに広く公開したことで、

 この世界の科学からオカルトのレッテルが剥がれたんだ。

 そしてその恩恵を受けたのは、人間だけじゃない」


 マールの目がにやりと光る。

 彼女には、秘策があった。



☆☆☆主信号、赤! 自動列車停止装置(ATS)起動!☆☆☆



「はい! というわけで突然挿入される元ネタ解説のコーナーです!

 って、それにしても……」


 耳を赤らめ顔を手で覆い隠すバリキャリ。


「若気の至りが……!

 見ていて恥ずかしい……!」


挿絵(By みてみん)


 さておき。


「今でこそ鉄道と言えば旅客輸送というイメージですが、

 どんな技術も最初は軍事目的からはじまるというのが人類科学技術史のお約束。

 みなさん手元のスマホを動かす半導体、すなわちコンピューターにしても、

 元々は戦場で大砲の弾道を計算するために作られたものです。

 そしてこれは鉄道も例外ではなく、黎明期の鉄道は軍隊の輸送と補給が最優先事項でした。

 ほらよく戦争中の映像で、兵隊さんが列車に乗って戦地に向かう姿を大勢が旗を振って見送りますよね?

 あれです!」


「戦争で鉄道が有効活用できる例を世界に示したのはプロイセン、後にドイツの中核となる国でした。

 当時ヨーロッパ中央に東西に広がる広大な領土を持っていたプロイセンは、海にあたる北以外の3方位を敵に囲まれていた状況。

 ここでプロイセンは、東西南の前線に的確に軍隊を振り分ける必要がありました。

 つまり、どの方位も自軍が敵軍よりも少し多い状況を作らないといけない。

 厳密にはランチェスターの法則とかそういう話になりますけどね」


「ともあれ、現実的にそんなこと不可能です。

 まず単純に兵の数が足りません。

 そして、この時代はまだ電話もありませんから、

 いつどれだけの敵軍が配置されるかもわからない状況。

 それをピタリと当てつつ完全な形で軍隊を分けるなんて、

 諸葛亮孔明とか竹中半兵衛とかハンニバル級の軍師がいないと無理ですね」


「…………」


「まぁこの時のプロイセンには居たんですけど。

 モルトケさんっていう大天才が」


「で、この軍略家、モルトケさんは言いました。

 ドイツの兵力の100%を東に、100%を南に、100%に西に回せれば勝てると」


「…………」


「さんすうできないのかな?」


「と、思いきや。これを可能にしたのがモルトケさんによる鉄道の利用でした。

 実はモルトケさん、この直前に政治の都合で鉄道理事をやらされてた時期があったんですね。

 で、この時に気付くのです。

 鉄道を使えばさっきの無茶ができるぞ、と」


「車も飛行機もない時代、鉄道移動は事実上ワープみたいなものです。

 つまりモルトケさんはドイツの国境に、ワープポータルを作ったんです。

 地図上では遥か遠く離れた3つの戦線がドイツ的には同一の戦線と考えられる状況になったんですね。

 こうしてうまく南と西を牽制しつつ、東のフランスに戦力を集中することで、

 モルトケさんは普仏戦争を大勝利に納めたのでした」


「つまり、鉄道は国にとって最強の盾なんです。

 この盾があるからこそ、安心して攻撃に戦力を向けられる。

 私達の世界でも、いつ魔物が転移魔法陣からのジャンプで攻めてくるかもわからないという理由で自国の防御に徹するしかなかった国と国の間が

 線路で繋がったことで守りが盤石になり、魔王領に攻撃することが可能になったというお話です。

 物語の流れとしては広大な魔王領に線路を敷いて補給を安定させることが重要なように描かれていますが、

 実はその前段階で既に『鉄道で魔王を倒した』と言える状況が完成していたんですね」


「さて。流石に青春18切符でドイツまではいけないので。

 代わりに……」


「東海道線で大磯の隣、二宮駅に来ています」


挿絵(By みてみん)


「この駅のホームの屋根の鉄骨、

 なかなかの年代物に見えませんか?

 実はこの支柱の一部、戦前は1925年からもう100年現役なんです。

 最近はこういう古い駅舎はどんどん新しくなっていて、

 関東のJRの駅でここまで古い柱が残っているのも珍しい。

 ところがその理由が、これが文化財カウントで残されているためなんです」


「1945年8月5日、終戦の10日前。

 硫黄島から発進した戦闘機編隊が

 二宮駅をはじめ東海道線の駅を次々と機銃掃射しました。

 空襲でイメージされる戦略爆撃機B29による焼夷弾ではなく、

 対艦戦闘機マスタングによる機銃での攻撃。

 つまり、白昼堂々手が届きそうな低空を飛び、

 集まる人々の顔が見える距離から掃射をかけたのです」


挿絵(By みてみん)


「機銃掃射の跡が痛々しく残る場所と言えば

 鶴見線の国道駅や大川支線第五橋梁が有名ですね。

 しかし、この二宮駅の機銃掃射はこの後、

 戦中の機銃による攻撃で最多の死傷者を出します。

 有名な八王子湯の花トンネルでの列車機銃掃射です。

 ここで52名が死亡、133名が重軽傷。

 そしてそのすべてが民間人でした」


「鉄道が最強の盾ということはつまり、まずはその盾を破壊すればいい。

 当然の話ですね。

 これが普仏戦争の時代にはまだ実用化されていなかった飛行機により可能になってしまったのが、

 終わりのはじまりでした。

 米軍は日本本土の空襲にあたって木造家屋に強い

 焼夷弾を開発しましたが、

 線路は焼夷弾には強く、破壊するためには通常の爆弾、

 もしくは機銃掃射が必要でした。

 という理由でのこの日の攻撃ですが、やはり居た堪れないですね」


「ただ、鉄道が軍事輸送最優先で使われるとはいえ、当然同時に民間貨物や旅客も利用するわけで。

 鉄道を攻撃することは、そういった民間人を攻撃することと同じ。

 民間人を攻撃しないという戦争のルールが、線路の上では機能しにくいのです。

 そしてどんなに頑張っても線路や列車が戦うことはできません。

 シンカリオンやマイトガインではないので」


「古来より、戦争とは外交の1つの手段であると語られます。

 いろいろときな臭い昨今、政治家と外交官の方々は、

 今もきっと最前線にいられるのでしょう。

 どれだけ安心安全を主張しようにも、ひとたび現代で戦争がはじまれば鉄道は無力。

 政治家のみなさんには戦争がいこうをしないための外交せんそうを頑張ってもらいたいと思います」


「ちなみにそんな二宮駅ですが……」


挿絵(By みてみん)


「平和な今も、空からの攻撃には苦心しているようでした」



☆☆☆主信号、青! 運転再開!☆☆☆

普通 5両 8月24日10時20分 騎士の鉄道クオリティ「もういらない。勇者も英雄も鉱山労働者も」

普通 5両 8月24日22時20分 騎士の鉄道クオリティ「最速のライバル」


第1号到着 8月25日10時20分

最終話到着 9月26日22時20分


駆け込み乗車は事故につながる恐れがありますのでお控えください。

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