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3話 再会


 

 行き着いたのは小さな田舎村だった。村の入り口を通り抜けると、かぐやはその俊足を活かすことなく速度を落として駆け足での移動に切り替えた。周りをしきりに見回している様子には怪しさしかない。俺はなんとかかぐやに追いつくと、沸いた質問をすることにした。


「ここに世話になった人たちがいるのか?」


「そう。ここに私を育ててくれた恩人がいるの」


 かぐやは駆け足の速度をそのままに背中を向けながら、前へと進みながら早口で俺の質問に答える。


「なんで最初からここを目指してると言わなかったんだ? 都よりも近いじゃないか」


「だってこの土地の名前と場所知らなかったし」


「それは無計画すぎないか」


「都に行って帝に聞けばこの場所も分かったはずなの。まぁ行く順番が変わっただけね」


 かぐやは明らかに高揚していた。


「私ね、ここで育ったの」


 かぐやの育ちの地。そう聞くとこの侘しい田舎村が少し魅力的に思えた。


「あまり外遊びはさせてくれなかったけど、それでも家の中で私が満足した生活できるようにって色んなことをやってくれたの。食事や娯楽や衣服なんかも……。成長したときに少しだけ揉めたこともあったけど、それも含めて私にとっては良い思い出だと思ってる。別れる時には……」


 かぐやの語りは止まらない。それだけ実りのある生活をここで送っていたのだろう。白い息が言葉を吐く度にこぼれている。背中を向けたまま語るかぐやの顔は見えないものの、その柔らかな語り口に温かみを感じずにはいられなかった。


「なんか、妙ね」


 しばらく走り回っていたかぐやだったが、急に足を止めて、辺りをぐるぐると見回す。


「何が?」


「なんか、変な感じ」


「変ってどこが?」


「なんか上手く説明できないけど、前とは違うって感じがする」


 そうは言われても俺はこの村に来るのは初めてだからかぐやが何に対して違和感を抱いているのかは分からない。ただ明らかな異質感はまったくない。見渡す限り、広い畑と和やかな川のある田舎村にしか見えやしない。遠くから見えた林の正体は竹林だったということに気づく。


「前いつ来たんだ?」


「そんなに前じゃないわ」


 久方振りに来た場所が風変わりしていたとすれば違和感を覚えるのも自然だと思ったが、そういうわけではないらしい。かぐやは一体何に対して違和感を抱いているのだろうか。それとも考えすぎなだけなのか。


「見つけた」


 行く先暗い思考の中で彷徨っていると、かぐやは山の方を向いて呟いた。そうして間もなく山の方に向かって駆け出した。


「おい、どうした!」


 聞こえているはず。しかし、かぐやは返事をよこさない。一心不乱ともいえるそのかぐやの走り姿にどこか羨ましくなる。かぐやの向かう先には山の傍に一軒の古い家があるのみだ。そこに恐らく不老不死の二人は住んでいるのだろう。



 俺がかぐやに追いついて古家に着いた頃、既にかぐやは家の中を駆けずり回っていた。僅かに古い床板の軋む音がかぐやの声によってかき消される。


「おじいさまー! おばあさまー! かぐやですよー!」


 おじい様、おばあ様。先程話していたかぐやの探していた人物。この二人こそが、不老不死を選んだ人間。なぜ月生まれのかぐやがこんな田舎村の老夫婦に育てられたのか。気になることはとめどなく溢れる。


 中途半端に開いていた入口の戸の隙間から中の様子を覗きこむ。履き潰された草履に、錆びた斧、カビの生えた洗濯桶が床に転がっている。一歩足を家の中へと送り込む。室内にいながらも、凍えるように冷え切った室内はなぜか気温差を感じずにはいられなかった。思わず身震いする。


 手前に見える大きな柱には刃での切込みが所々に入っており、その切込みの近くには、日にちを示すような数字が刻まれている。奥の開いた居間にはたくさんの衣服が丁寧に重ねられている。そのたくさんの衣服は大きさにかなりのばらつきがあることに気づく。


「いないみたい。出掛けてるのかしら?」


 いつのまにかかぐやは俺の側に戻ってきていた。と思えば、俺の横を通り過ぎて家の外に出る。


「探す当てはあるのか?」


「ここにいるはずだもの」


 自身満々に言い切る姿にはたじろぐしかない。これから村中を隅々まで探し回るから覚悟しろ、と宣告しているようなものだ。少しも心配している素振りがない。


 これまでの状況から察するに再会の日時を決めているわけではなさそうだ。もしも彼らがかぐやと同じく一緒に永遠を過ごすことを目的としているのならばきっとかぐやと縁のあるこの村にいるはずだ。だけども俺は先の家の中の風景が引っかかっていた。


「あ、ねぇ、おーい」


 かぐやは急に手を大きく振って声を張り上げながらそのまま下っていく。ついに狂いだしたかと思ったが、家の外に出て目を細くすると奥の畑に一人の村人の姿が見えた。どうやら農作業をしており、こちらには気づいていないようだ。――――と近くを見れば既にかぐやはおらず畑の方に向かって駆けている。これからどうなるのか。どうするのか。そんなことをやんわりと思うだけ思いながら俺はかぐやを追いかけた。


「ねぇ、あんた」


 かぐやは男に駆け寄り、俺に話しかけた時と同じような調子で男に話しかけた。その拍子に男は持っていた鉄の鎌を落っことす。


 中腰で作業をしていた男はかぐやの威勢のいい声に反応してこちらに振り向く。先まで中腰だったので分からなかったが、男は身長が高く、細身の体を有していた。まるで竹のようだ、と俺は思った。目が吊り上がっており、まるでこちらを見下しているようにも見えたが、その奥で黒目が右往左往しており困惑しているのが分かった。急いで鎌を拾おうとしても1回手を滑らして落とした。


「あなた……」


「ど、どなたですか?」


 男は見知らぬ来訪者に困惑しているようだったが、またかぐやも変なものを見るかのように一瞬大きく目が開かれた。そして、大きく息を吐き出し、深呼吸するようにした。


「あなた、野菜売りをしているの?」


「そうですけど……」


 足下にて広がる畑に目をやれば、点々と葉物野菜が生えており、まだまだ収穫は先のように思われた。


「ねぇ」


 かぐやは男にずいと詰め寄った。


「私のおじい様おばあ様どこにいるか知らない?」


 そんなので伝わるわけがないだろ。


「えっ、と。あなたのおじい様おばあ様は知らない。です」


 かぐやは「なんで分からないのか」と言いたげに首を傾げる。


「うーんとね。……竹取の翁。讃岐造、なんて呼ばれてたんだけど、知らない?」


 当然俺は知らない名だった。


「……すいません。分かりゃ、分からないです」


「……そう」


 男は苦々しく、それでも健気にかぐやの問いに答える。美人を前にして緊張しているのか、言葉に詰まる部分はあるものの、嘘をついているようには思えない。その顔がほんのりと紅が混じっているのは気のせいではないはずだ。


「……さ、皆で早く探しましょう」


 口ごもりの間にかぐやはさっさとまた村を回ろうとする。当然のように男も既に頭数に入れられている。村人である男すら知らないはずの祖父母は本当にこの村に住んでいるのか。


「あ、ちょ、ちょっと。あの」


「なに?」


 はやるかぐやを引き留めたのはこの男だ。


「だ、だったら長老に聞いてみませんか? 村に一番長く住んでますし何か知ってるかもしれません」


 村中をあてなく探すことに比べれば、その方が圧倒的に建設的な提案なのは誰にでも分かるだろう。


「だったら連れてってよ」


「わ、分かりました。こっちです」


 かぐやの相も変わらない強気の態度に笑ってしまいそうになる。気圧されたのか男は長老の家宅の方へ慌てふためいた様子で足を運ぶ。俺は巻き込まれた男に同情するに留めた。雲は一段と厚くなっていた。



 長老の家宅は他の民家と比べ、古くに建てられたらしく年季がかなり入っている。戸は強く叩くと壊れそうだ。


 しばらく待っていると老人が俺たちの前に現れた。白髪で顎髭を長く伸ばしている。顔中の皺は人生の長さを彷彿された。


燕石(えんじゃく)じゃないか。ん? その方たちは?」


 その柔らかな語り口と腰の曲がりからは優しさを想起させる。


「私たち長老に聞きたいことがあって」


 かぐやはずいと燕石を押し前に這い出た。強い姿勢は初対面の長老にだって変わらない。

 

「いいですよ。中へ」


 長老はそんなかぐやにも動じることなく、顔中の皺を増やして笑って見せると中へと案内する。ああいうのを年の功とでもいうのだろうか。一方のかぐやは立ち話で済ませる予定だったようで物腰柔らかな長老の対応に少々困惑しているようだった。


「じゃあ僕はこれで」


 かぐやは燕石に一言「ありがと」とこぼすと室内に入っていく。俺も燕石に一礼するとかぐやの背中を追いかけた。


「失礼します」


 古ぼけた奥の一室に案内された。軽く会釈をして長老の傍に座る。あぐらを組みかけた足を急いで崩して正座をする。長老は「いいから」と言って俺の正座を崩せた。


「古い家ですまないね。何分随分昔に建てられたものでね。ところで君たちはどこから、それに燕石とはどんな――――」


「讃岐造、竹取翁という人について聞きたいの」


 かぐやは長老の話を遮った。そこまでするものかと思ったが、それだけ二人に会いたくて仕方がないのだろう。長老は「すまなかったね」と一言添えると再び髭をさすると大きく息を吐いた。


「……その名前をまた聞くことになるとはねぇ」


 かぐやは「知ってるんですか」と前のめりになって詰め寄った。長老は静かに頷いた。


「聞かせてくれませんか?」


 長老は何かを察したかのように一瞬目が鋭くなった。


「大体聞きたいことが分かったぞ。かぐや姫について知りたいんだろう?」


「えっ」


 その言葉に心臓を一突きされたようになる。かぐやは本当に以前ここにいた。それが今長老の言葉によって証明されたからだ。それでもかぐやの聞きたい話は自身の話ではなく、老夫婦の話だったはず。


「あれはなぁ。そうだなぁ、夢幻のような話なのだ」


 長老は言葉に詰まるかぐやを待たなかった。その様はまるで夢を語る少年のようである。


「教えてちょうだい」


 かぐやも思うところがあったようだが、俺だってかぐやの昔話には興味がある。聞けるものならば聞きたい。


「分かりました」


 長老は仄かに微笑み、小さく咳払いした。


「儂がまだ十代だった頃、夫婦は竹の中にいたという女の子の世話を始めた。子どものいない夫婦であったのもあって女の子は丁寧に育てられた。女の子の名をかぐや姫といった。かぐや姫はそうとう可愛くらしくてな、それはそれは村中で宝のようにして育てられて――――ゴホン」


「そして二十と余年ほど経った後、今から三十年ほど前に突然幸せな生活は終わりを告げたのです」


「ちょっと待って」


「なんです?」


「三十年前ですって?」


「そうです」


「そんなわけないわ」


「そう言われましても」


 かぐやは長老に聞こえないような小さな声で「早く帰って来たのに」とぼやいた。俺には何が何やらさっぱり分からない。


「で。なんの話でしたかな」


「かぐや姫が空を飛んで帰っていった、てとこでしょうか」


 冗談まじりに言ってみる。かぐやの再訪が月からなのだとしたら帰りは空へ、ということになる。


「お兄さんよく知ってますな。夢幻だと言われても仕方はないが、確かに儂らは空に向かって飛び行くかぐや姫を見たのだ」


「それで、その今おじいさんおばあさんはどこにいるんですか?」


「そうよ、二人は今どこにいるの?」


 かぐやはまた長老に詰め寄った。かぐやが一番知りたいのはそこだろう。一体老夫婦は不老不死になりどこにいるのか。かぐやの再訪を待たずして一体どこに行ってしまったのか。


「二人とも既に天寿を全うしました」


 長老の言いようはとても優しく、事の厳しさをまざまざと突きつけるようであった。

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