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第6-1話(土)

 ・♢・





「おはよう。気分はどう?」

「……おはよう」



 昨日は夕飯時に起きたが、食欲がなく味噌汁だけ飲んですぐ寝てしまった。朝は6割は食べたと思う。空腹だったわけじゃなく、それぐらい詰めておかないと、後々しつこいからだ。可能な限り体力を温存しようと横になっていた俺に、母は昨日とは打って変わって笑顔を向けた。予想は的中したようで、面会時間開始、早速の話題は食事だった。



「食べてないんじゃないかもしれないって、軽めの食べ物持ってきたわよ」

「……あとでもらうよ」

「いつでも言ってね」



 甲斐甲斐しい。すごく、とても……ひどく。

 今日はもう退院だ。それなのにこうも気が重いのは、きっと体調のせいだけではない。未来に対する気持ちだけでもない。この地球という星に何か起きて、全員がそう思っていてほしいと願わずにはいられない。


 母は俺の少ない荷物を手際よくボストンバッグに詰めていく。ようやく体を起こした俺は病院着から着替え、人前に出れるように整える。

 今から帰るのかと思いきやそうではない。昨日の話の続きをするそうだ。昨日の、「転校」の話の続きを。

 そう考えれば、体はさらに重くなる。俺のことを第一に考え、考え、考えすぎる母のことだ。冷静ではなかったにしろ本気だろう。もしかしたら、単身赴任している父親のもとへ行くことになるかもしれない。

 ……そうなったら。



「もう二度と」



 ――見れなくなってしまう。

 余計な期待をするのは、いつからかしなくなっていた。期待して、勝手に傷ついて、周りに心配をかけ、自己嫌悪する。それが嫌だった。だからやめた。

 呟いた言葉に反応せず、帰宅の準備を整えた母親が俺を見据える。

 こんなにも優しく、尽くしてくれる母親は早々いないだろう。



「準備できた?」

「うん」

「じゃあ行きましょう。車椅子乗る?」

「歩けるよ」



 俺は自分で歩ける。

 母より先にカーテンの外に出て、しばし自室だった部屋に別れを告げた。追って出た母は荷物を持ちながら、俺の隣を歩く。俺はここから先の目的地を知らない。母に導かれるまま、長く、特徴のない綺麗すぎる廊下を歩いた。途中ですれ違う看護師や患者と逆方向に。

 行先は思ったよりも遠く、エレベーターで最上階まで上がった、一番奥の会議室。母がノックして、返ってきた声の後に扉を押す。脚立に乗らないとセットできない程のカーテン。足音の立たないカーペットとロの字を描く長机。背の高い背もたれ付きの椅子。用意された20脚のうち、扉に近い一辺に青い制服、つまりは警察官が3名。手前壁側の5席の方に湯田先生、そして看護師の格好をした耳の長い女性がいる。



LAH(ラー)?」

「いいえ、こちらは|職業援助型ヒューマノイド・診療タイプ《Occupation Assistance Humanoid type Examination》、通称『OAHE(オーヘ)』です。簡単に言えば電子カルテです」

「カルテ、なんですか」

「そう。患者とやりとりをして、会話や表情の映像、動作を自動記録。OAHE(オーヘ)の視界に入ればバイタルも測れますし、採血や、輸血や点滴に必要なルートをもできるんですよ」

「そういうパターンもあるんですね」



 OAHE(オーヘ)は実際の看護師さんの様に、俺たちの方を見て一礼した。うかがえる表情からは、機械のような無機質さは感じない。クリーム色のショートヘア、膝丈ワンピース型の白い看護服。瞳はグレー。清潔感のある看護師像ではあるが、どことなく天使を思わせそうなのは果たしてよかったのだろうか。



「すみません、遅刻しましたかね」

「大丈夫ですよ、高橋先生」



 扉で棒立ちしていると、後ろには先日ぶりの高橋先生が慌てた様子で立っていた。

 途端、母は俺の手をひいて、扉から離れた窓側の椅子に座った。釣られて、というか、有無を言わさず。俺は母の隣に座る。

 先生二人は苦笑いをしながら、正面の席に座る。OAHE(オーヘ)、白衣の湯田先生、スーツの高橋先生がなぜ並ぶのか。そして上座に当たる一辺には誰もいない。それが良いのか悪いのかもわからないが。



「もう一人は遅れていますが、時間なので始めましょう」




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