第7話(日)
―― 21××年。5月。北海道。
起きてからたったの数十年しか経っていなくて驚いた。
私を起こしたのは天野博士ではなかった。研究にのめりこみ過ぎる彼は、若くして亡くなってしまったと聞いた。彼の遺言は「ただでは終わらない」だそうだ。
助手として研究に携わっていた人が、天野博士の言うとおりに私を時間をかけて起こしてくれた。つまり、私を起こすという手段をとった時点で、私の治療方法は確立されたということ。彼の遺言は私の存在で完成したということだ。
「ああ……体力がない……」
天野博士に助けてもらった身体は、永い眠りから覚めたはずなのにまだ眠気を引きずっているかのよう。遠回しに言わなければ怠いのだ。たったの数十年、されど数十年。山を登るなんて夢のまた夢だろう。
けれど、目が覚めて最初に思ったのは、「またこの世界に戻ってこれたんだ」という帰巣感。地に足をつけた瞬間の感動は今でも覚えている。何度も何度も踏みしめて、踏みしめる度に実感する圧。私の道は、これからも続くんだと涙ぐんだ。
生活に必要な体力を取り戻し、落とさないよう、また山に戻れるよう、今は散歩とリハビリを兼ねて公園に来ている。自家用車を使ってでも、どうせならと日々楽しめる、草花と山と小川がある公園に来たかった。
そもそもの私はアウトドアが好きだった。だからこういう自然に包まれると心が落ち着く。それを忘れず、覚えていられたことが嬉しくて、感謝してもしきれない。
現在時刻、午前4時すぎ。
公園のハイキングコースの半分手前地点で最初のギブアップ。道中のベンチで水分補給をしていると、奥に小さい人影があるのに気が付いた。
「倒れてる……?」
まさかと思って見つめていると、ゆっくりと上に伸びた。屈んでいただけだったらしい。そして二人いた。
二人は静かな足取りで私のいる方へ歩いてくる。一人は杖を突いたお爺さん。もう一人は、お爺さんの腕をとりながら寄り添っているジャージ服の若い女性。耳がとがっているからヒューマノイドだろう。
「今年も見れてよかった」
「そうですね」
「来てくれてありがとう」
「わたくしはずっと世界の傍にいます」
「うん、ありがとう」
まるで仲の良い夫婦のような会話をして、通りすがりに私に会釈して行った。
こんな朝早くに来て、何が目的だったのだろうか。気になって、少しばかり回復した体力を使って、二人がしゃがんでいた所に辿り着く。
「……わぁ」
花が咲いていた。白い、可愛らしい花。それだけではなくて、同じ形なのに透明な花弁を持った花もある。
スマホをかざして検索すると、開花時期は短く、繊細で散りやすい。透明な姿が見れるのは弱い雨に長く濡れた時か、朝露に濡れた時だけ。そんな限られた姿を、あの二人は見に来たのだろう。
花言葉は『親愛の情』、『幸せ』、『清楚な人』。
花の名前は、『山荷葉』。
この時期、この時間、この足で来なければ見れない可憐な花。思わず顔がにやけてしまう。ああ、私はこれを見るために、この気持ちを感じるために生まれてきたんだ。
「おはよう、世界」
また会えたね。