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第6-6話

 何度息と唾液を飲んだだろう。もう乾いてしまって、何を飲んでいるのかわからない。

 天野さんは試すように、けれど確固たる意志と自信をもって、俺に、俺たちに提案してきている。


 母が俺を大事にしてきたのは今更だ。

 常に自分の手の届く範囲にいてほしかった気持ちは理解する。そして、母の手の届く範囲というのは、|俺の血液のストックがある場所・・・・・・・・・・・・・・ということだ。俺は週に一回、この病院で採血している。それは、俺にもしものことがあった時のため。自分の血液を、自分に輸血するためだ。この場にしかない俺に輸血できるそれは、それこそ修学旅行になんて行って何かあったら……間に合うかわからない。俺がこの土地に縛られる最大の理由だ。



「それは、この子に実験台になれ、ということですか?」



 母から発せられる剣呑な雰囲気が、室内をピリつかせた。

 けれど、意にも介していない様子の天野さんは、小首を傾げた。



「言いようによってはそうだ。けれどもちろん、ただでとは言わない。それは少年の母の不安も払拭させることができると約束しよう」

「……説明を」



 指を解いた天野さんは、腕を膝へ下ろした。背もたれに寄りかかり、よりリラックスして話し出す。



「先ほども言った通り、Re:aru(リアル)には循環機能を搭載している。それは半永続的に観察できるよう、透析機能も兼ねている。そして私は言ったね? 『外部に排出した血液を輸血する』と」



 言葉を反芻して、意味を紐解く。理解できるまで、数秒。理解した瞬間、俺は、母を見た。母も俺を見ていて、眼を大きく見開いて俺を捕らえていた。



「水樹少年の血液を、Re:aru(リアル)に半永久的に保存する。Re:aru(リアル)が水樹少年の傍にいる限り、水樹少年はどこへだって行けるよ」



 身体が浮いた感覚だった。目に見えず、どうすることもできない足枷が、腐敗して崩れ落ちたようだった。

 思わず泣いていた。溢れてしまってしょうがなくて、涙どころか声も抑えられない。今まで「しょうがない」と諦めていた。俺はもう、この土地から離れられない。それはいいにしても、やりたいことも、皆が普通にやっていることも、なにもできないただのお荷物なんだと思っていた。

 ――けど、そうじゃなくなるんだ。



「本当に?」

「私はできることしか言わない。できないことはできるまでやる。そういう人間だ」



 母を見た。涙を流し、頷いた。

 そして、アルを見た。



「アル」

「なんでしょう、マスター」

「また、一緒に、山荷葉を見に行ってくれる?」

「行きましょう。また、一緒に」



 天野さんに向いて、大きく頭を下げた。差し伸べられた手が視界に映って、強く、強く握った。隣で母も頭を下げた。


 俺の血液は希少で、誰にでも輸血することができた。過去に輸血をしたことで、自分を危険に晒した。輸血をしなければまだよかっただろう。

 母はこの時に思ったそうだ。「この子の血液はこの子のために。この子を守れるのはこの子と私たち両親だけ。この子の血液のことはどこにも、血液バンクにも知らせない」と。

 俺の自由を制限してでも俺を助けたかった。そんな母も、強く、縛られていたのだろう。ようやく解放してあげることができた。



「水樹少年」



 伏せた頭の上から声がかかる。

 頭を上げれば、やはり自身に満ち溢れた天野さんの顔がある。



「君はさっき、「なんで生まれたんだろう」と言ったな」

「はい」

「はっきり言おう。そんなものは誰も知らん!」



 衝撃的な効果音を脳内に流す。

 いや、まあ、そうなんだろうけど……。



「生まれた理由なんぞあってもなくてもいいんだ」



 トーンを下げ、優しく語り掛けてくる。



「私は結果的に誰かの力になりやすい立場と役職を手に入れた。それは今まで選びながら生きてきたからこそ手に入れたものだ」

「選びながら……?」

「そうだ。あの時どうすれば、この時はこうしたらと。後悔もあったが、その時それを選んだからこそ得られるものがある。それはそれが正解と思って生きていくほかないのだ。だから、今回君が、Re:aru(リアル)と無断で外出した。それは世間的には良くないことだったろうが、君自身としては進展になったのではないか?」

「はい。それは、確実に」

「手段をよく考えろ。そして、予測も立て、対策まで練るんだ。行き当たりばったりは自身の力がついてからだ。そうして身に着けた結果、君にしかできないことがあるだろう」

「俺にしか、ですか。どうでしょうね。俺にできることは誰にでも……」



 頭に鋭い何かが落ちてきた。

 チョップだった。



「いったぁ!」

「君の『特殊性』の話をしたばかりだろう」

「いや……それは俺が手に入れたものじゃないって言うか」

「だとしても君に備わったものだ。ひけらかすのはお勧めしないが、それを卑下するのは失礼に値する」



 見ずとも誰についての言葉かはわかった。

 同時に申し訳なく感じる。あとで謝ろう。



「生きて、生きて、生きて。生きた先に『自分とは何か』がわかる何かがあるんだ。すべて同じ選択肢をする人間はいない。それが個性で、人格というものだ。君には君にしかできないことがある。誰かのためという意味ではないよ。君にしかない感性で感じ取り、成せることがある。それだけだ。それを見つけるのが、人生というものだ」



 乗っかったままのチョップが縦から横へなって、水平に頭を撫でた。

 人生の先輩の、有難いお言葉だ。



「水樹少年は自由な足を手に入れた。色々なものを見ろ。多様に感じ、そして吐き出すんだ。それが君を構成する『全て(・・)』になるから」

「全て……?」

「そうだ。君自身だ。水樹少年。君は君のために生きろ。誰かのためなんて考えなくていい。そんなものはついで(・・・)でいい。水樹少年、君は水樹少年のまま生きるんだ。それが、君が生まれた理由になる」

「俺が、生まれた理由」

「うむ。それで、聞きたいのだがね」

「はい?」

「これから研究のパートナーとなる水樹少年の名前は何だい?」





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