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第6-5話

 どことなく威圧を感じる。敵対とか悪いものではなくて、探られているかのような。チーターが獲物の行動を見定め、今か今かと探っているような。


 思わず目を逸らしたくなるけれど、そうさせてくれない不思議な魔力。

 泣き腫らした目をした母も、肩を強ばらせ、俺と天野さんとの間に身体をねじ込ませる。

 その様子を見て、天野さんは息を吹き出した。



「取って食おうというわけではないのだがね」



 電動車椅子を操作して、テーブルに囲われた中に入ってくる。俺の前で止まり、真正面から見ている。手が伸びてきた。身体が身構えたが、お構い無しに俺の左胸に添えられた。心拍が伝わっていく。そして、頷いた。



「私の考えを聞いてくれるかい?」

「……どうぞ」



 息を吸った。天野さんは口角を上げて、片手で頬杖を着いた。



「君の母は君のことを案じていたね。何処がそんなに心配なのかと気になっていたんだ。君の体の外見上の特変というのは無さそうだ。四肢欠損ではない。それは動きを見ればわかる。では内臓か? 外出を制限するほどのそれはなんだ? 脳腫瘍? いや、それならば治療で痩せているはずだ。副作用の様子もない。つまり違う。腎不全で透析が必要? 腕を見ればカテーテルは入っていないのは明白だ。これも違う。呼吸器もなく、黄疸もなく、ペースメーカーもない。そもそも、学校や数時間の公共交通機関を使って移動できるだけの体力があるのに深刻な内臓の疾患は考えにくい。『安全』を第一に考えるにしたって、母は随分過保護じゃないか。多少の擦り傷ぐらいでは内臓への影響は凡そ考えられない。それこそ、それだけ免疫力が下がっているとするならば、体型もそうだが学校なんてそうそうに行けないだろう。まあ、だからこそ通信制を望んだのかもしれないが、それを選ばなかったから今があるわけだ。そもそもだ。数年に渡って何か治療が必要であったり、何かを患っているのだとしたら、こんなに肉はつかないだろう。では、君の『特殊性』は何か」



 ごくり、と。俺は強く息を飲む。



「血液、何かあるのかな?」



 母が勢いよく立ち上がる。俺を抱き抱え、天野さんから距離を取った。

 されるがまま。呆気にとられた。



「なんで……っ」

「なんで? 少年の母よ。今説明したではないか」

「っ、この子に近づかないで! 誰にも、この子の血液は渡さない!」

「ふむ、誰かの手に渡ることを拒否する。ということは、誰の手に渡っても意味があるものということ。血液も臓器移植と同様の価値があるものだ。それはともかく、RH-や抗体欠損と多少珍しい血液でも、世界に少ないとはいえいない訳では無い。むしろ血液バンクに登録して、いざと言う時に備えるのが通常で正常だ。だが、つまり、少年……」




 ―― 黄金の血液の持ち主かな?




「……はい」

「な、なんで……!」

「母さん、もう取り乱しても取り乱さなくても、この人にはわかっちゃうんだと思うよ」



 何をしても無駄だ。そう考えた。俺は正直に打ち明ける選択肢をとる。否定しても正解までこじつけてきそうだし。


 緩んだ母の腕を解いた。天野さんはスッキリした表情で、笑顔を向けている。



「けど、誰にでも輸血できる『全抗体欠損(黄金の血液)』と揶揄されるものとは少し違います」

「ほう? 一部欠損か? -D-(バーディーバー)かな?」

「いえ、確かに俺の血液には抗体は何もありません。ただ……」



 血液を流してしまえばいちばんわかりやすいのだけど、そうすると母が発狂してしまうだろう。もうこれ以上、母の感情を振り回さないようにしたい。

 深呼吸して、犬のように待つ天野さんを見る。



「俺の血の色が、金色なんです」



 目を見開いた。口角がより吊り上がり、獲物を見つけた猛獣の雰囲気を漂わせる。

 一瞬、身じろいだ。本能が『離れろ』と告げてくる。血の気が引いて頭蓋内がひんやりする傍ら、ガンガンと警笛を鳴らしている。全身の毛穴が開いて水分が吹き出した。けれどそれで済んだのは、湯田先生が天野さんの両肩を抑えていたからだ。

 俺の肩に何かが乗った。振り向けば、アルがいた。机を挟んで、目の前の天野さんと湯田先生のようなのだろう。



「天野博士。程々にしてください」

「あぁ、あぁ、すまない。いや本当に」



 顔面を自分の手で抑えて声を震わせる人は総じて危険だと思われる。心做(こころな)しか、アルが込める力は強い。



「よし!」



 無理やり落ち着かせたのだろう、天野さんは両頬を叩いた。危険性を取り払った、幾度か見た表情で、天野さんは俺を向かって身を乗り出してくる。湯田先生が肩を抑えたままだけど。



「少年、少年の母よ提案がある」

「提案?」

「研究に協力してくれないか」



 それは、また突拍子もない提案。言葉に詰まるのも無理はないだろう。天野さんは「説明しよう」と、先程のように肘を着いては指を組み、顎を乗せた。



「とてもとても内密な話だ」



 その言葉を皮切りに、天野さんの背後で高橋先生が動いた。何かを察したのだろう。物音を立てず、静かに部屋を出た。天野さんの後ろには湯田先生と、OAHE(オーへ)が静かに座っている。

 枕詞から、数秒開けて。

 天野さんは俺の背後を見やる。



Re:aru(リアル)には、とある人間の血液を循環させている」



 衝撃は、首の動きとなって現れた。

 振り向いた先のアルの顔は、もちろんだが真顔以外の何物でもない。ただ、動いた俺を見つめ返すだけ。肯定も否定もないことが、むしろ肯定である。



「私のもう一つの研究テーマがあってね。それはとある病の治療法についてなんだ」

「……薬を作っている、ということですか?」

「それも込みの話だ。対処療法すらも確立されていない。何をどうすれば有用性が出るのか、の段階なんだ」



 まあつまりは初期も初期、と軽く言ってのけた。

 軽く笑い飛ばす表情は一変し、鋭く、猛禽のような目付きになる。



「とある患者が、記憶を無くすという希少な病に罹っている。それは症例自体が少なく、研究も進んでいない。今までは打つ手もなかった。その病自体は血液型や抗体の有無に関わらず発症することはわかった。患者は希少な血液型だった。少年と同じように輸血が難しいとなると、治療は一般の血液型の持ち主よりも困難な可能性がある。けれど、だからこそ、一つの行動を取ることになった」

「行動……」

「コールドスリープだ。今は見つからなくとも、未来に確立出来れば良いのだと。自分の体をどれだけ使ってもいい。だから、後世に伝えられるよう、調べ尽くしてくれと頼まれた」

「自分を……差し出して……」

「『生贄』ととる人間もいるだろう。そして悪魔と罵る奴もいた。凍りつく前の患者の身体から、血液と造血細胞をできる限り採取した。私はやる。その為に私は、今、ここに居る」



 力強い瞳が俺を撃ち抜いた。

 銃のように鋭く、無重力のようにゆっくりと。

 吹き抜けた胸を風が通り抜けた。その先で草木が揺れる。山の、大地の息吹が鳴き声を上げた。



「それは、この子に何をさせるのですか」



 母さんが、小さく声を上げた。

 震えなくなったにしろ、声色は天野さんを拒否しているように感じる。当人に気にする様子は無いけれど。



「患者の疾患は血液によるもの。しかし造血細胞には異常は見られなかった。現代の技術では見つけられなかった、と言った方が正しいかもしれないが、それを知る技量も今の我々には無い。だから、別の方向で考えた」



 天野さんは、片方の指を、俺の背後に向けた。



Re:aru(リアル)に循環機能を導入した。血液を入れ記憶が再生されるのかどうかを調べるためだ。再生されるのならば、一度は外部に排出した血液を輸血することで、記憶を保存し、その疾患の対処療法が出来るからだ。外付けハードディスクと同じ要領さ」

「記憶を、再生?」

「『転移』という言葉を知っているかな?」

「ファンタジーの意味なら。人や物を別の場所にっていう」

「それではないな。医学用語の『転移』とは、物質を介して、元の持ち主の何かを移動させるという意味だ」

「……つまり、どういう」

「心理学で言えば、自身の経験によって形成された感情を特定の相手にぶつけてしまうこと。病理学で言えば、がん細胞が循環した先で別の臓器に根を生やしてしまうこと。そしてもう一つ。臓器移植に関するものでは、移植する前の記憶や趣味、思考が、移植先に移るというものだ。時に水樹少年」

「はい」

「記憶を司るのは脳の海馬だ。それは有名な話で一般論。だが、『転移』という現象がある。なぜ脳ではない臓器に記憶が宿るのか。共通点はなんだろうか」

「共通点……」



 専門知識を持たない俺にもわかる問題なのか。

 それを前提に考えれば……点と点は繋がる。

 俺の中の記憶が、「行こう」という彼女を映し出した。AIなのに。俺が言った訳では無いのに。なぜか、提案してきた。



「私のもう一つの実験。それは、『素体の血液を循環させたAIは、【輸血(てんい)】によって人格を形成するのか』だ」



 アルは誰かの人格を宿して、きっと本人も知らずに、まるで人間のように、接してくれていた。

 嬉しいのか悲しいのか、言い表せない複雑な感情。けれど、アルは、確実に。『俺のためを思う人間』として、言葉をかけ続けてくれていたのだろう。そうであると信じたい。

 アルを見上げても、相も変わらずだけど、アルであることも、変わらない。



「少年の話を聞くに、私のこの実験の結論は出た。AIとして最善ばかりを選び、推奨するのでは無い。AIから逸脱した言動をしている。それは元の血液の持ち主の人格であるに他ならない。人格は記憶から形成される。その者がどんな環境で、何を感じ、どう判断し、どのように行動したか。血液にはそれらを『記憶』として保存、そしてさらに、『人格』『心』として再生する機能がある。――そこでだ」



 自信に満ち溢れた顔つきの天野さんは俺と、母さんと、そしてRe:aru(リアル)を順に見た。



「水樹少年の血液、そして造血細胞を提供してほしい。血液型関わらず誰にでも輸血できる血液型であり、『黄金』という特殊性は、今まで例にない研究結果を導き出すかもしれない」

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