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第6-4話

 清々しい気分だった。いつか見た青空の様に。アルの爽やかな瞳の様に。

 母は悲しそうな顔をしていた。俺の本心が届いたということだろう。嬉しい反面、悲しい。そんな顔をさせてしまうことが、どうしても。けれど、俺の口はよく滑ってしまうようだ。



「俺、ずっと考えてたことがあるんだ」

「……なに?」



 これを言ったらまた傷つけてしまう。そうわかっているけれど、きっと今言わないといけない。これからの俺のために、そして、そう思わせてくれた、アルのために。

 母は涙目だ。その目は俺に向かず、クリーム色のテーブルのどこかを見つめている。



「なんで、生まれてきたんだろう」



 そう言って、雫が落ちた。



「俺は欠陥品だ。欠陥品な俺は、こんなにも迷惑をかけて、こんなに悩ませて、こんなに……自分も周りも不自由にして、何のためにいるんだろう」



 語弊があるかもしれない。俺はそう感じているだけで、きっと本来の不自由な人はもっといるんだ。その人たちに失礼かもしれない。どこかで誰かが言っていた『不幸を比べるものではない』という言葉が、俺の背中を押す。



「欠陥品だけど、みんなと同じように生まれて、同じように生きてるんだ。同じように学んで、同じように食べてる。みんな、やりたいことを見つけたら一生懸命だよ。……俺もやりたいことのために一生懸命になりたい」

「……お母さん、確かに、あなたから何かをやりたいって、しばらく聞いてなかったわね。子どもの時はあったけど、怪我をするかもしれないと思ったらすごく怖かった。そうして取り上げていって、行き着いた先の美術で安心してたわ。でも、それはお母さんだけだったのね」

「俺を大事にしてくれてるのはわかってたよ。伝わってる。けど、俺には俺の意思があって、欲があって、夢があるんだ」

「……そう、そうよね。一人の、人間だものね」

「うん。俺は忘れかけてたよ。でも、それに気づかせてくれたのがアル……『Re:aru(リアル)』なんだよ」



 アルの手を握った。人間のように柔らかく、肉付きと骨を感じる。

 肩を震わせて小さく見える母と同じ人間のようだ。



「アルのおかげで俺は『俺』らしく、俺のらしさ(・・・)を見つけたよ。それは、今まで俺を守ってくれてた母さんや湯田先生たちのおかげで、アルを連れてきてくれた高橋先生のおかげで、アルを生んでくれた天野さんのおかげだ」



 警察の人三人を含めた全員を見た。多様の表情で、人の目を意識した瞬間に少しだけ恥ずかしくなった。

 強くアルの手を握り直す。心なしか握り返された気も、少し。

 体の中の酸素を入れ替える。まっすぐ前を向いて、叫ぶように、声に芯を入れる。



「俺は俺の意思で学校外へ行きました。嘘をついたのと連絡をしなかったのは俺が連れ戻されたくなかったからです。ご迷惑をおかけしてすみませんでした!」



 被さる様に頭を下げた。

 拍手なんてもちろん起こらない。けれど清々しい、晴れ晴れとした面持ちをしているだろう。

 数秒の後に頭を上げても、誰も何も言わない。母の身体の震えも止まっていた。

 警察の一人と目が合った。何も言わず、ただ力強く頷いただけだった。視線を逸らし、そして問いかける。



「開発者としてのご意見を頂けますか、天野さん」



 視線が集まる。見定めと、訝しみと、無感情。当の本人はなにやら気持ちよさそうな表情で「さてさて」と思いにふけっている。



「諸君らは、言葉というのはどこから学びましたかな?」



 出てきた言葉は、果たして自分たちは何をしていたのかと考え直すきっかけになりそうだった。

 きっと、そう考えているのは俺だけでは無い。部屋のどこかで「は?」と聞こえたから。

 天野さんは得意気にテーブルに両肘を着いては、組んだ指の上に顎を乗せた。



「人間は考え、行動する生き物だ。そしてそれは損得に限らず、感情が大きく左右する。それが理性と本能というものだ。今回の件。Re:aru(リアル)のマスターである少年は突発ではあったにしろ│そう《・・》させる理由があったのだと私は解釈した。そして逆に、今まで│そう《・・》させない理由もあったのだと察したよ」



 ちらり、と視線だけが動く。それは俺ではなく、母に向いている。母は俺からは見えないような顔の向きをしているが、天野さんを見つめているのだろう。



「少年の母よ」

「なんでしょうか」

「貴方は、言葉をどこで学んだ?」



 果たして、この質問を人生でされたことがある人間はどれほど要るのだろうか。母はされたことがあるだろうか。あるにしろ、ないにしろ、難しくは無いその質問に答えるには何故か勇気が必要だ。



「……本、でしょうか」

「そう! 本だ。だがそれだけでは無い」

「交流」

「そうだとも! 貴方は人との繋がりで言葉を学んできた、そうですね?」

「ええ、そうです」

「では、彼はどうだろうか」



 向けられる視線は、俺に。

 天野さん、他の人達、そして母。皆が俺を、色んなものを含めながら見つめてくる。

 思わず息を飲んだ。悪いことをしたけれど、今は違う。責められている訳では無いのに、心臓が悲鳴をあげている。



「彼はどれほど学んだ? 高々十数年。だが、その貴重な十数年も、聞くに、色々と制限してきたのだろう」

「この子のためでした。この子が、たった十数年で終わってしまわないように」

「それが親の心というものだ。不正解ではない。それは私が保証しよう。だが、彼がどうしたいのか、貴方は彼の言葉を聞いたことがあるか?」



 息を飲んだのは、俺ではない誰かもだった。

 手を握ると、握ったままだったアルの指が握り返してきた。

 近くにいてくれる安心感。見ずとも感じる存在。短期間でしかない繋がりなのに、誰よりも暖かい。



「人間というものは言葉を介す。物質的に表現出来ない感情、心情もだ。だが、それを表現するには『言葉の力』というものが必要不可欠。誰の目にも見えないそれを本人が理解した上で、だ。それらがどんなものかを知るには、同様の感情に触れるしかない。それは本だったり、誰かの話だったりだ。そう言った『誰かの体験』を知ることで、自分に置き換え、理解する。そうして言葉を増やし、理解し、理解されていくのだ。……さて、少年の母よ」

「はい」

「彼に、それだけの言葉の力は、備わっているか?」

「……」

「彼に、表現の機会を、与えていたか?」



 決して責めている声色ではない。だが。だけど。けれど。母の目尻には雫が浮いていた。口は一つに結ばれ、鼻と頬は赤く染まる。こんな表情の母を見るのは……いつぶりだろうか。



「……では本題に戻ろう」



 返答を待たずして、天野さんは切り替える。

 組んだ指は天井を向き、天野さんの背を吊り上げる。リセットするように腕を大きく広げて円を描き、再び指を組んで、顎を乗せた。



「生活援助型ヒューマノイド、通称『│LAHラー』は、契約者の手助けをするロボット。契約者が「助けてくれ」と言えばそれに全力で答える。もちろん、犯罪を犯さぬよう、最新の六法全書をインストールしてある。それは自動更新であり、個体名Re:aru(リアル)にも正しく行われているのを確認した。またバックアップも正常である。故に、契約者が希望しなければ、連れ出すことなど有り得ない」



 力強い一言が、窓の相手いない部屋に風を起こした。走り去っていったそれは、怒りや悲しみといったものを全て連れ去ったようにも感じる。

 隣に座る母は顔を伏せてはいるけれど、母以外は、みんな、晴れやかな表情をしている。



「経緯の説明は以上となりましょうか」



 湯田先生が見渡しながら語り掛ける。警察グループはそれぞれで見合い、一人が「事件性はなしと判断いたします」と言った。ここで胸を撫でおろしたのは高橋先生だ。文字通り綱渡り。自分の首や、国の研究も賭けていたんだから。行動には映さずとも表情が物語っている。


 警察の人たちが席を立ち、一足早く部屋を後にする。



「ところで」



 天野さんは、俺を見ていた。


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