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暁天の明星  作者: 藤田テツ
エピローグ
32/32

暁天

「こら、カノ!お皿を持ったまま走ったらいけませんって、何度も言ってるでしょ」

「だって、チーリ君が来てるんだよ。早く食べてもらわなくちゃ!」

 そう言って走ってくるカノが転びそうになった。その体をイーゴがスッと支える。

 食事が載ったお皿はチーリがなんとか掴むことができた。料理も無事だ。

 厨房からメリノが「ごめんなさい!」と走ってくる。カノはすっかりイーゴのことが気に入ったようで「もう一回もう一回」とはしゃいでいる。

 イーゴは何度かカノを宙に投げ掴むのを繰り返した。「もっと」と喚いているカノをメリノが中へと引き摺って行ってしまった。

「元気な女の子だな」イーゴは笑っている。

「本当にね。他の家族は静かなんだけど…」

 イーゴは料理を一口食べて「これはおいしいな。今まで食べた野菜料理の中で一番おいしいかもしれない」と言ってバクバクと食べ始めた。

 チーリも夢中で食べた。メリノの料理は相変わらずどれもおいしくて、食べる手が止まらなかった。

 本当はダンや息子たちにも会いたかったが、今は出かけているようだった。

 食事を食べ終えると、メリノがお茶を出してくれた。イーゴは彼女に何度も食事がおいしかったと伝えている。次はサージを連れてくるよと言い、メリノを困らせていた。

 お茶を飲み一息つく。

「それで、アンタ話があるって言ってたね」

「うん」

「どんな話かは大体想像がついてるよ。どんなことだって聞くから話してくれるかい?」

 緊張していた。お茶をたくさん飲み、そして大きく息を吐く。

「あのね、イーゴ、よく聞いてほしいんだ。ヤカのこと、ちゃんと考えてみたんだ」

「うん」

「本当にね、ヤカの事を思うと俺、イーゴのこと許せそうにないんだ。イーゴだけじゃない。あの時怖くて木の上で身動きが取れなかった自分のことも許せない」

「ああ」

「だけどね、イーゴ昔言ってたよね。『私はサシャに許してもらおうなんて思ってない。彼女が死んだのは、彼女の決断の結果だ』って」

「よく覚えてるね」

「俺ね、イーゴと別れた後それについてよく考えてみたんだ。だけど、よく分からなかった」

「それで?」

「だけど、今回のことがあってイーゴが言っていたことが少し分かったんだ。ヤカがあの時飛び出して行ったのは、あいつの判断だ。あの状況なら生きていられないことは分かっていたんじゃないかって。それでも許せなくて飛び出して行ったんだ」

「そうだね」

「だから、俺がそれについて責任を感じたり復讐のために生きるのは、きっとヤカは望んでいない。むしろ、それを知ったら怒られそうだなって思うんだ」

「…」

「もう死んでしまった人が何を考えていたかなんて知る術はないんだ。それを生きている人間の都合で『きっとこう考えているだろう』なんて想像して、それに縛られて生きるなんて冒涜だと思うんだ。気持ち良いのは何かしているつもりになっている俺だけだ」

「チーリ…」

「だからね、俺はヤカのことについてイーゴにあれこれ考えるのはやめようと思う」

 そこまで言い、お茶をグビっと飲む。

「イーゴ、俺はさ、旅に出るよ。色んなところへ行って、色んな人に会って、その度にヤカたちに報告するよ。死んでしまった人の分まで目一杯生きる事を楽しむよ」


 イーゴと別れた後、王都を発った。

 それから数日が経っていた。

 夜の闇の中、見慣れた鳥居が現れた。

「じいさん、ヤカ、シュカさん、帰ってきたよ。ただいま」

 メリノにもらった酒とお茶を鳥居に掛ける。

「結局さ、復讐なんてできなかったよ。だけど、俺はそれで良いのかなって思ってるんだ。せっかく生き残ったんだからさ、これから楽しんで生きていくよ。何かあればここで報告するからさ」

 そう言って手を合わせる。

「じいさん、ヤカ、シュカさん、旅に出るよ。しばらく戻ってこない。色々なものを見て知って、生きる楽しさを見つけてくるよ。それまで、しばらくさよならだ。この旅がうまくいくように見守っていてくれよ」

 空を見上げると明け方の空にぽつんと一つ、星が輝いていた。


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