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暁天の明星  作者: 藤田テツ
第4章 選択
30/32

24 バウリット

(体が浮いているのか?)

徐々に水の中にいるような感覚に包まれていく。だんだんと息苦しくなってきた。

(なぜこんなところにいるんだ?どうして…?)

 これまで何をしていたのか思い出そうとしたが、記憶に黒い靄がかかっているように感じ、覗くことができなかった。

 辛うじて思い出せたこともある。

ついに『星の娘』と対面し、戦を止めるよう説得していたことだ。サージとイーゴも一緒に来ていたはずだ…

(イーゴ…!そうだ、イーゴはどこにいるんだ?大丈夫なのか?)

 そう考えた途端、息が苦しく体が重たくなったように感じた。どうにか抜け出そうと体をもがけばもがくほど、さらに苦しく重くなっていく。

(サージ様は、無事か?俺は『星の娘』は説得できたのだろうか?)

 そう考えていると不意に声が聞こえてきた。

〈記憶を手放しなさい。そうすれば上手く息ができる。大丈夫だ。君がここを離れる時にはちゃんと記憶は戻るから〉

 どこから聞こえているのか分からなかった。辺りを見回しても誰の姿もない。

 辺り一面真っ白だ。

(俺は死んだんだっけ?)

〈大丈夫、君は死んでなんかいない。ただ、少し話がしたくて私が呼んだのだ。いいかい、まずは記憶を手放しなさい〉

 そう言われても記憶の手放し方など分からなかった。

〈想像すればいい。そうだな…「記憶」という「物質」を手に持ち、それをどこかへ放り投げる姿を想像するんだ。ここでは想像力が全てを凌駕する〉

 記憶という物質…記憶…

 思い描いた記憶は矢の形をしていた。

これを放つには弓がいるな、と思うとどこからともなく弓が現れた。ヤカが使っていたものによく似た、大きな弓だった。

 それに記憶を番え、力いっぱい弦を引く。

 放たれた記憶は力無く飛んでいくと、すぐに落ちてしまった。

〈初めてにしては上出来だ〉

 声の主は笑っている。

〈さあ、続けてくれ〉

 言われるがまま、それから何度も記憶を放った。

次第に親指と人差し指の付け根の部分が痛くなってきて、血が滲んできた。

 どうにか最後の矢を放つと、途端に息苦しさや体の重さが消えた。

 手の痛みも滲んでいた血も同時に消えた。

〈うまくやったね。さすがだ〉

 先ほどまでと違い、声はどこか遠くで響いているように感じた。

〈今はただただ体に身を任せているといい〉

 声に従うことにした。

全身の力を抜き、宙に横たわり目を瞑った。とても心地よい。

〈そのまま私の話を聴いてくれ。これから言うことはとても大事なことだ〉

 チーリが心の中で頷くと、声は〈ありがとう〉と言った。

〈私はバウリット。君とは、君の夢の中で会ったことがあるね。覚えているかい?〉

 チーリは首を縦に振る。

〈そうか…まあ構わない。なら、これが初めましてだね〉

 首を横に振る。

〈私については知っているね?〉

 首を縦に振る。

〈ふふ、いちいち首を動かさなくても大丈夫だよ。心の中で思ってくれたら分かるからね〉

〈そうそう、それでいいよ〉

〈私のことはおそらく、力に溺れ『惨劇』へと導いた極悪人として伝わっているんじゃないかな?〉

……

〈そうかい?けれどまあ、私が力に溺れたことも『惨劇』へと導いたことも、どれも真実だよ。君がそう思ってくれるのは嬉しいけれどね〉

 ……

〈私はね、自分に特別な『力』があることが誇らしかった。その結果、周囲の期待に応えることこそ、私の生きる意味だと考えてしまった〉

 ……

〈君の言う通りかもしれない。ただね、力があり何でも出来る人間がいると、その周囲の人々がどのように変わっていくのか、君には想像できるかな?〉

 ……

〈ほう、さすがだな。私の周囲の人々もまた、私に寄りかかり自分で努力することをやめてしまった。無論それは、私の傲慢さが招いてしまったことだ。私はそのような人々が私に縋ってくることを嫌悪できなかった。そして…〉

〈気がついた時には「父祖の地を取り戻す」などと息巻いていた〉

 ……

〈その通りだ。私は「父祖の地を取り戻す」ことなど、どうでも良かった。私はただ、ひたすらに力を誇示したかっただけだ〉

 ……

〈そう。そしてあの『惨劇』を起こしてしまったのだ〉

 ……

〈そうだね、私は後悔している。そんな資格はないと思いながらも〈メス〉の民もルータンス王国の民も共に手を繋ぎ生きていって欲しいと、今では心の底から願っているよ〉

 ……

〈私は君に道を選び直して欲しいと思っているんだ〉

 ……

〈そうだ。今、君たちは争いの目の前に立っているだろう。そのまま争いが始まれば『惨劇』の二の舞だ。私はそんなことを望んでいない。二度と私を言い訳に争いなど起きてほしくない〉

 ……

〈君が選ぶ道は二つに一つだ。このまま争いの道を歩むのか、それとも争いのない平和の道を歩むのかどちらか、だ〉

 ……

〈そうか、ありがとう。ならば、決意を形で見せて欲しい〉

 ……

〈簡単だ。君が真に争いのない平和な道を歩むというなら、力を捨てて欲しいのだ〉

 ……

〈ああ、そうだ。君がここで力を捨てる選択をすれば、君だけじゃなく〈メス〉の民全体から力が失われる。そうすれば争いは二度と起こらないだろう〉

 ……

〈簡単だ。ここでは想像が全てを凌駕する。君はその弓で『力』を放てばいいんだ。だけど、今回は本気でそれを願わなければならない。記憶を放った時とは比べ物にならないくらい『力』の姿を鮮明に思い描かなくてはいけない。それができるかどうかは君の覚悟次第だ〉

 ……

 ……

 ……

〈ありがとう。これで、力は失われたが、争いは止められるだろう〉

 ……

〈いや、君が礼を言う理由はないよ。…伝承の子が君で良かった〉

 ……

〈安心してくれ。もうすぐここは崩れ、君は現実に戻ることができる。…ああ、そうだ。ここはもう一度だけ訪れることができるように、どうにか保っておく。もし『星の娘』の説得が難しいようなら、彼女をここに連れてくれば良い。今、ここで起きたことをそのまま再現するくらいならどうにかできるだろう。彼女は聡明な子だ。どうすべきか判断するには十分だろう〉

 ……

〈ああ、さよならだ。ありがとう〉


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