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暁天の明星  作者: 藤田テツ
第3章 再会
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17 昼食・露台からの景色

 目を覚ますと首の痛みはすっかり引いていた。

 話を聞き終われば去っていいと言われたが、そんな気分になれなかった。

 昨日のことが頭の中でぐるぐると繰り返される。

(イーゴが黒狼団のドイだった?俺が『黒耳の童』で〈メス〉の人々を救うことができる?そしてその力をルータンス王国のために使ってほしい?そのために大臣が俺を追っていた?)

 考えても考えても、どれ一つとして信じられそうになかった。

(このまま布団に横になっていても同じことを考えてしまうだけだ。せっかくだし少し城の中を歩いてみようか)

 部屋を出るとすぐにサチカと会った。

「あら、おはようございます。と言ってももうお昼ですけどね。今、お部屋にご飯を持ってきますのでちょっと待っていてくださいね」

「お腹減っていないので、いいですよ。何か食べたいっていう気分でもないし」

「ダメですよ。丸一日以上ほとんど何も食べていないんですから。ほら、お部屋で待っていてください」

 結局サチカに部屋へ押し戻され、運ばれて来たご飯を食べた。

 柔らかそうなパン。野菜がたっぷりの温かいスープ。それに燻製肉が数切れとたっぷりの果物。

 村では特別な日以外に、一度の食事でこれだけ色々な物を食べることはなかった。

 パンにはほのかに甘い味がついていた。食べたことがないほどおいしかったので初めは丁寧に一口ずつちぎり食べていたが、途中からかぶりつくように食べた。口の中の水分がなくなると野菜のスープを飲む。軽い塩味がパンの甘さと相性抜群だった。パンを食べスープを飲む、そしてまたパンを食べスープを飲む。それだけで、いくらでも食べられそうだった。

「ふふ、お肉もパンと一緒に食べるととってもおいしいですよ」とサチカに言われたので、パンに肉をのせて食べてみた。こちらもまたパンの甘さと肉の塩味の相性が絶妙だった。肉を食べた後にスープを飲むと野菜の甘みが感じられた。

 結局最初に持って来てくれた分では足りず、果物以外は全て追加してもらった。甘酸っぱい果物を食べ終わった時には今まで感じたことがないほどお腹がいっぱいだった。

「それだけ食べられたらもう体の方は大丈夫そうですね。今日はもうお薬飲まなくていいですよ」

「ごちそうさまでした。とってもおいしくてついつい食べ過ぎちゃいました」

「気にしなくて良いのよ。あなたの食べる様子を厨房にいた人たちに伝えたらね、とても喜んでいたわ。ここの人たちってこの食事に慣れちゃって、誰もおいしそうに食べないの。だからあなたみたいに笑顔で食べる人って珍しいのよ」

 そんなに表情に出ていたのかと思うと恥ずかしかったが、それだけおいしかった。起きてすぐのモヤモヤした気持ちが少しだけ晴れたような気がする。

「あ、お城の中なら好きに見て回っていいそうよ。もし厨房に寄ることがあったら、声を掛けてあげてね。きっとみんな喜ぶわ」

 彼女は厨房の他に必ず見て回るべき場所をいくつか教えてくれると、食器を持って部屋から出て行った。


 お腹が少し落ち着いてから、城の中を見て回ることにした。寝ていた部屋は客間で城の二階にあった。部屋の外には一階と三階に続く階段がある。

(三階から順番に見て、全部見て回った後はそのまま外へ出掛けようか)

 東側の階段を登るとすぐに広い回廊があり、その中心には植物が植えられている広場があった。サチカが言うには三階にはこの広場と露台があるだけだそうだ。「外の景色以外には特に見るものはありませんよ」と言っていたが、室内に植物が植えられているのを見るのは初めてだった。時間はたくさんあるので、ゆっくり回廊を歩くことにした。

 植物が植えられている他には東西に二階へと続く階段があり、南北には露台へと続く廊下があった。

お昼だからか人の姿はほとんどなく、植物の世話をしているお婆さんとそれぞれの露台へと続く道を警備している兵士の姿しかなかった。

 お婆さんはとてもゆったりとした動きで植物を見て周り、時々植物に何やら声を掛けていた。お婆さんと植物たちの時間を邪魔しては悪いと考えその場を離れ、露台へ出てみることにした。

 外へと続く道には兵士が立っている。

(こんな所に立っていて意味はあるんだろうか)

 それが何であっても自分には関係ない。

 挨拶をして通り過ぎようとしたが、止められてしまった。

「おい、ここに何の用だ?」

 どうやらすんなり通してもらうことは出来そうにない。

「外へ出てみたいなって思ってるんですけど…サージ様にも好きに見て回っていいと言われています。それにサチカさんに『ここからの景色は絶対見ておくべきですよ』って教えてもらったので気になってるんです」

 兵士は怪訝な顔でこちらを睨むと、反対側にいる兵士に向かって手で合図をした。

 その後二人の兵士に色々と尋ねられたが、結局外へと続く道を通してくれそうになかった。「子どもがうろうろするなんて事は誰からも聞いていない。大人しくしておけ」と追い払われてしまった。

 あまり騒ぐのも良くないだろうと思い引き下がることにした。

サージには必ず文句を言わなければならない。

「こんにちは。坊や、少しこの子たちを見ていかんかえ?」

 露台に出る事が叶わず不貞腐れて歩いていると、植物の世話をしていたお婆さんに声を掛けられた。坊やと言われたことが少し気になったが、時間はある。

「いいんですか。ありがとうございます」

「おやおや、礼儀の良い子だねえ。城の人たちはほとんど誰も婆の相手をしてくれんでのう、話し相手が欲しかったところじゃ」

「そうなんですね」

「そうなんじゃ。毎日、儂の話を聞いてくれるのはこの子らだけじゃ」

「サチカさんは聞いてくれそうですけど」

「あの子はええ子じゃけど、毎日毎日忙しそうにしておるからのう。儂が話しかけても迷惑じゃろう。今日はこの子らと話をしてるところへちょうど坊やが通ってくれて良かったわい」

「お婆さんが一人でここの植物の世話をしているんですか?」

「ああ、そうじゃ。もうずっと儂が一人で世話しておる。すごいじゃろ?」

「ええ、本当に。水やりとかどうしているんですか?」

「一階に井戸があるからの、そこの兵士たちに毎朝水を運んでもらっておるんじゃ。儂がいくら元気でも、あんな重たいもん運べんからのう」

「あの兵士たちにどんな仕事があるんだろう?と思ってましたけど、そんな重要な仕事を任されていたんですね」

 お婆さんはいたずらっぽく笑った。

「坊や、兵士たちと言い争っておったけど、外へ出たいのかい?」

「言い争い、ってわけじゃないですけど……だけど、その通りです。あそこからの景色は絶対に見ておくべきだって言われたので、気になっているんです」

「じゃあ、儂と一緒に行かんかえ?」

 そう言うとお婆さんはスタスタと露台の方へ歩いて行ってしまった。歳のわりにしっかりとした足取りだ。

「……様、どうなさりましたか」

「少し、外へ出たいと思ってのう。ええか?」

「よろしいですが」そう言いながらこちらを睨んでいる。「その子どもは?」

「その子は儂のわがままに付き合ってくれるんじゃと。ええ子じゃ」

「しかし……」

「お主、まさか儂の言うことが聞けんと言うんじゃなかろうのう?」

「いえ、そのようなことは。分かりました、どうぞお通りください。私もご一緒します」

「それはならんのう。お主がいてはこの子が緊張して話してくれんかもしれん。お主はここで待っておれ。なに、問題ありゃせんよ。それじゃあのう」

 お婆さんは「ほれ、ついてきんさい」と言うと、またスタスタと歩いて外へ出て行ってしまった。兵士が睨んでいることが分かったが、それは無視した。

 外へ出ると、まず強烈な青色が目に入ってきた。空の色だ。

今までで一番近いところに立っているからだろうか。

これまでに見た中で一番鮮やかな空だった。

「ほら、こっちも見てごらん」

 お婆さんの声で視線を降ろした。

少し頭がふらふらしたが、そんなものは目の前の景色のおかげで一瞬で吹き飛んだ。

 遥か遠くまで見渡せる。

正面にはまばらに生えた木々と綺麗に均された道が見え、そこを実物よりかなり小さい人たちの行き交う姿が見える。

(これだけ高いところから見ると、あんなに小さく見えるんだな)

そして視線を横に移すと、圧倒的な緑色だ。人の手がほとんど入っていない、あるがままの姿の森。ところどころ木の合間を縫って川が見える。

空の青と森の緑。その対比の美しさに、あまりの存在感に、すっかり圧倒されてしまった。

「どうじゃ?凄いじゃろ。ここからの景色は、この国の一番の宝物かもしれんのう」

「ええ、本当に。なんか、今悩んでることが、物凄くちっぽけなもののように感じてきました」

「ほっほっほ。この景色と比べてしまうと、どんなものであっても些細なものに思えてしまうじゃろうて。若いうちの悩みなんてもんは、それが晴れるか、あるいはどうでもよくなるまでは大事に抱えておくもんじゃよ。悩みを抱え、それと向き合い生きていくのが成長するということじゃ。その日々が坊やを強くするんじゃ」

「……ええ、そうかもしれません。それでも、自分が抱えていた行き場のない怒りみたいなものは少し晴れたように感じます」

「それはここを見た甲斐があったってもんじゃ」

「本当にそうですね」

「昔はの、この土地を巡って争いがあったんじゃ。そしてそれは幾度となく繰り返されておる。何かを征服したいというのは、人間の性なのかもしれん。それでも、これだけの圧倒的な存在を前にしては、誰であろうと人間がちっぽけな存在である事は変わらん。どれだけ権力があっても、どれだけ財があっても、どれだけ力があっても、人間なんてもんは、自然の前ではただひたすらにちっぽけな存在に過ぎんのじゃよ」

 お婆さんが言っている事は、本当にその通りなのかもしれない。

人などどれだけ優れていても、取るに足りない存在なのかもしれない。

「だからこそ、儂らは誰かを支配したくなるのだろう。儂らが従えることが出来るのは同じ人間だけだからのう。誰かを従えたい、誰かと一緒にいたい……その思いが人間を人間たらしめていることもまた事実であるがのう」

「お婆さんは……?」

「ほっほっほ、坊やがチーリ君じゃろう?」

「えっ」

「サージから大方のことは聞いておるよ」

「だから声を掛けてくれたんですか?」

「声を掛けたのは、坊やが不貞腐れておったからじゃ。兵士までしっかり指示が伝わっていないのは儂らの不手際じゃからの。外を見たいなら見せてあげたいと思ったのじゃ」

「ありがとうございます。おかげで、素晴らしい景色を見ることができました」

「お主たちが何をしようとしておるのかまでは知らん。じゃけどの、ここから一緒に見た景色は忘れんでおくれよ。人間が出来ることなんて知れておる。度を越した願いは身を滅ぼしてしまうんじゃよ。儂はそれをよーく知っておる。そして坊ややサージのような力や立場があるもののそれは、関係のない者を巻き込んでしまうんじゃ。人は、たとえ考えや出自が異なっても、手を取り合って生きていくしかないと、婆はそう思っておるんじゃ」

「ええ、今はそれがよく分かるような気がします」

「ほっほ、それは嬉しいのう…年は取りたくないもんじゃ。せっかくこんな綺麗な景色を見ておるのに、どうも説教をしてしまう。さて、そろそろ中に戻ろうかの」

「ええ、分かりました」

 最後にもう一度この景色を見ておこう。目に焼き付けるのだ。

 十分に景色を楽しみ、そろそろ中に戻ろうと思った時に、視界の端に見覚えのある三人の人影が見えた。サージとセッタ、そしてイーゴだ。

(あんなところで何をしているのだろう?)

 後ろから兵士が「早く戻って来い」と怒鳴っている。

 お婆さんに挨拶をすると、怒鳴る兵士を無視して三人がいた場所へ急いだ。


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