4、邂逅と対峙(3)
最初で、おそらく最後の質問はこれにすると決めていた。
まず絶対に確認したかったことは、アラクスは警吏として、この少女の事件に関わっていたのか?という点。
もしそうではなかった場合 、ミレナやメリーの近場の署が判断を下した可能性が高い。
先ほども述べたように、 近場の署か、ここの署かよって捜査力の差は歴然だ。 近場の署なら、 ろくに 捜査のとされず、とりあえず自殺と判断されたということも十分にありえるからだ。
まずはその可能性を排除したかった。
ミレナはアラクスの表情を注意深く観察する。
どうせ アラクスはまともに質問に答えるはずはないのだから、たよりは自身の洞察力と、身内としての勘だ。
「 ……何?」
一瞬 、時が止まったかのような沈黙。
アラクスが息を飲んだのがわかった。
(……やっぱり)
ミレナにはこの沈黙が、「なぜ、お前が知っているのか?」 という驚きの沈黙だと、はっきりとわかった。
やはり兄は、メリーの件と何か関わりがあった。
つまりは捜査自体はしっかりとした上でメリーは自死と判断されたと、 今の質問ではっきりしたわけだ。
署に向かう道すがら、ミレナには考えていたことがある。
それは今、兄の元に向かい、警察の力を借りるとして──
やれることは2つ。
1つは警察に洗いざらい事情を話して、もう一度メリーの捜査をしてもらう。
2つめは警察から情報を聞き出し、自分でも捜査をする。
そのどちらの方向性でやるべきだろうか、と。
そしてミレナは──2つ目の方向性をメインに考えるべきだと結論付けたのだ。
(……)
少女──メリーは、 国一番の警察でも自死と判断されてしまった。ということがわかった。
わかったのは良かったが、これで余計話がややこしくなったとも云える。というより一筋縄じゃいかないことが確定したというべきか。
「……ごめん。唐突だったね。 順序立てて説明するよ」
アラクスが訝しがっている。よくない兆候だ。
今回ミレナは、独自で捜査を行おうとしていることを相手に悟られることなく、かつ、事件に対するヒントをできうる限りおおく得なければならないのだ。
(……こちらの情報も、少しは渡さないとね)
ミレナはポケットから手紙を取り出した。
「……これは彼女から受け取った手紙なんだ。 兄さんも知ってることかもしれないけど、彼女のお葬式はうちの教会が担当したんだ。
けど私は彼女とはその日が初対面ではなかった。
実は亡くなる五日ほど前、彼女は教会に頼み事があるって訪ねてきたんだ。ちょうど一人で、夜勤をしている時にね」
「夜勤……? 」
アラクスの 眉間にピクリと皺が寄る。
どうやら 何か気に障ることがあったようだが、ひとまずミレナは話を続ける。
「それで彼女、 少し話した感じだけどとても自殺するような人には見えなかったんだ。 けれど、とても困っている風に見えた。
だからひょっとしたら、殺人なんじゃないかなと思ったんだ」
「 困っているって 、それは どういう風にだ?」
「…… 当時は直感でしかなかったけど、まるで何かに追われてる、みたいな……
それにここに来た時の彼女 、異常なほど汗だくだったし……」
アラクスはミレナの言葉を聞き終わるや否や、頭を抱え「はー」と苛立ち混じりのため息を吐いた。
そして「その時点で通報しとけバカ!」ミレナにまたも拳骨をする。
痛い。
「……その子もお前なんかに助けを求めて、何をしたかったんだろうな?
来るならこっちだろ!
だから宗教は嫌いなんだ! 何でもかんでも神様とやらが助けてくれると思い込む。
……そのせいで本来やるべきことをやらず 、無残に散った命がどれだけあると思っていやがる !」
アラクスは憤っていた。
過去に警察として、何度か歯がゆい思いをしたのだろうか。
そしてミレナも、一部だがアラクスの言葉に同意だった。世の中には適材適所があるからだ。
今更言ってもどうしようもないことだが……、アラクスの言う通りすぐに通報してさえいれば……。
そういう意味でも、この拳骨は痛かった。
「……彼女が教会に来たのは、あの日が初めてだったし、 来てから 手を合わせるわけでもなかった。
あの様子だと 別に熱心な信徒というわけではなかったんじゃないかな?
もしかして、何か別の事情……もしかしたら警察に言えないような理由があったのかもしれないね」
アラクスをなだめるためにとっさに思いついた言葉だったが、それは案外的を得ているのではないかなとミレナは思った。
(そうだ。きっと彼女には事情が……)
そして、そんな事情があるからこそ、彼女は不幸にも殺されてしまったのだろう。 ミレナは改めて少女の境遇を憂いた。
「……ふん、それで 頼まれた事ってのは ?」
アラクスもミレナの言葉に異論はなかったらしい。 話の続きを促した。
「それが……」
ミレナは再びポケットから、今度はチャームを取り出した。
「あるチャームを預かって欲しいという話だったんだ。
チャームは受け取ってから、数日後パカリと開いて、手紙が出てきた。それが、今持ってる手紙。
……ただ困ったことに、彼女は雪の中ここまで来たから、チャームも中の手紙も濡れてしまっていて、中の文字がほとんど読めないんだ」
言いながらミレナは手紙を渡す。
ちなみにルゥの存在については、警察に押収物として取り上げられても困るので、ぼやかそうと決めいた。
「ふーん……」
アラクスは 手紙を顔の近くまで寄せて、食い入るように見つめた。
「……兄さん。どんなに顔を近づけたって、滲んだ文字は読めないよ」
「 うるせえ」
──。
さてここまでアラクスと話して感じた所見としては (案外興味深げに話を聞いてくるなぁ)だった。
正直ミレナの話した根拠だけでは、「殺人の話だなんて大げさな」と言われて、それで終わりかもしれないとすら思っていた。
なのに、アラクスはむしろ積極的と言えるほどにどんどん話を聞いてくるではないか。約束の5分はとうにすぎてしまっている。
普通に考えて 一度は自死と結論付けられた事件だ。 ミレナのこの程度の話で、警察がここまで食いつくものだろうか?
「……一応これは受け取っておく」
「── 兄さん、この手紙は……」
「…… 質問は受け付けない。お前は“相談”しに来たんだろ?」
「……」
だからって 一つの質問すら許さないというのは、頑なだ。
そして これが もう一つ感じた違和感。 アラクスは手紙を渡してから──いやミレナがメリーの名を上げた時から、ずっと何か威圧感を放っている。
自分に逆らった身内に対して怒っている、それとは別種の。
なんというか、何か知られたくないことがある人特有の、ある種警戒心からくるような威圧感に感じた。
(守秘義務……)
守秘義務という言葉が、ミレナの頭に浮かんだ。
守秘義務 。現在この国において、守秘義務が発生するのは捜査中の事件に限られる。
──それはつまりミレナの話が、この手紙が、メリーの件が、現在アラクス達が追っている事件と何か関係がある。ということなのだろうか?
──もしくはメリーさんの件そのものが、実はまだ未解決事件として、捜査中なのでは?
しかし…… とミレナは考える。一度は自殺と判断したにもかかわらず、 実際には現在なお 捜査中なんてなかなかイレギュラーな事態だ。 これは 一体どういうことなんだろう。
ミレナは 少しでもヒントを求めてやってきた身。 これは嬉しい誤算 かもしれないが、 ここに来るまで予想だにしなかったことでもある。
これからどう問答するべきかの指針がずれてしまったわけだ。